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王女の思惑 女性護衛騎士の憂鬱  作者: 樫本 紗樹


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お見舞い

「足の調子はどう?」

 グレースはスカーレットに問いかける。今日は前触れを出してからお見舞いに訪れていた。流石のグレースでも何の約束もなしに王宮には入れない。ただし王宮に入ってしまえばスカーレットの私室まで問題なく通して貰える。友人として認識されているのだ。

「結構良くなったよ。剣は振れないけど、日常生活は出来るくらい」

「流石美人女性騎士様は治りも早いのね」

「何よ、その言い方」

 グレースの言葉にスカーレットは不満そうな表情をする。しかしグレースは笑顔だ。

「使用人の子達から聞いた話だけど、アリスを守ったレティがとても格好良かったらしくて、王都の平民達が女性騎士様の活躍を褒めそやしているみたい」

「私は任務を遂行しただけだから、余計な噂は要らないのだけれど」

「仕事が認められるのは嬉しいでしょう?」

「そうだけど、もう辞めると決めたから」

 スカーレットはきっぱりと言い切った。グレースは予想外の言葉に驚きを隠せない。

「考えが纏まったの?」

「それ以前の問題。私は必死に剣技を磨いたけれど、騎士として限界を感じたから」

「だけどアリスを守ったのはレティでしょう?」

「私一人では守り切れなかったわ」

 レヴィ王国の軍隊組織は戦闘の単独行動を基本的に許していない。しかし緊急事態ならば例外になる。アリスに暴漢が襲い掛かったのは例外であり、本来なら一人で守り切るべき場面。王族の外出に騎士が一人だけという場面はまずないだろうが、綿密に計画された襲撃で周囲から孤立させられた場合を想定して、スカーレットは己の限界を痛いほど感じたのだ。平和だから大丈夫、というのは通用しない。

「それに格好良くなんてなかったわ。短剣を飛ばされるなんて騎士失格」

「武器についてはわからないけれどアリスを守り切ったのは事実。もっと誇ればいいのに」

「あくまでも仕事だから」

「仕事だからこそ誇るべきなの。平民達は騎士が実際何をしているか知らない。だけどあの襲撃事件を見た人達は、暴漢をすぐに捕まえてくれると知った。騎士がいるからこの国は平和なのだと再確認出来たのよ」

 スカーレットはグレースの言葉にはっとさせられた。レヴィ王国は長らく戦争をしていない。近衛兵は国王及び王太子の私兵なので少し扱いは違うが、ジョージを頂点とする軍人達は騎士ではあるものの、現状は警備か公共事業の工夫の割合が多い。剣を振るう機会などないのである。それでも万が一に備えて鍛え続ける騎士達を、冷めた目で見ている人はいた。実際、議会でも防衛費の削減について何度も取り上げられている。

「常に国境を厳しく守っているからレヴィ王国は安泰なのよ。今回の男性は稀な事例で、本来なら入国出来ないの」

 不幸な偶然が重なって起こった事件だった。しかしそれが国民に国境警備の重要性を知らせるきっかけになったのならば、警鐘を鳴らせたのなら悪くはなかったのかもしれない。

「そうみたいね。犯人は公国出身の一般人と聞いたわ」

「誰から聞いたの?」

 確かに王都での事件ではあるが、中心部から馬車で一時間離れた場所での出来事だ。最初は聞き流したスカーレットだが、よく考えればスミス家で働く使用人がその事件の内容を知っているのはおかしい気がした。

「使用人から。その使用人は食材を持ってくる商人から聞いたらしいわ」

 商人は噂話が好きな者も多い。情報を売り買いするような者になれば軽々しくは語らないだろうが、食材を運ぶ商人ならただの噂好きだろう。平和であるが故に事件は珍しい。しかも暴漢を捕縛した話なのだから、盛り上がるのは間違いない。

「それでね。美人女性騎士様にどこで会えますか、という質問が多いらしくて。だから私は教えてあげたの」

 グレースはにっこりと微笑んだ。スカーレットは嫌な予感しかしない。

「児童養護施設にアリス王女殿下が訪れる時に護衛するわよ、と」

「私が人に注目されるのを好んでいないと知っているでしょう?」

「レティは自己肯定感が低すぎるの。自信のある分野で注目されれば、少しは良くなると思ったのよ。まさか辞めるなんて」

 グレースは残念そうに息を吐いた。スカーレットはグレースなりに自分を思っての行動だったのだろうと思え、困ったように微笑む。

「女性の中では一番だと思っているよ。ただ、男性には勝てない」

「グレンやジミーには勝てるでしょう?」

「騎士でもない人に勝っても嬉しくないのだけれど」

 スカーレットは呆れたような表情を浮かべる。グレースも確かにと納得をした。

「でもね、私は王妃や王女を守る女性騎士は必要だと思うの。ほら嫉妬深い夫もいるでしょう?」

「王妃殿下に護衛騎士がいないのは本人の希望で、陛下は側に置きたいのよ」

「そうなの?」

「そうよ」

 その話は嘘だと思っていたと、グレースは独り言ちる。スカーレットもエドワードの全てを知っている訳ではないが、色々と勘違いされていて少し同情をする。護衛騎士の話に関してはナタリーから直接聞いているので本当なのだ。王都に出掛ける場合の護衛はまだ受け入れられるが、王宮内までついて回られたくないと言っていた。もしナタリーが受け入れるのなら、アリスが降嫁した後はナタリーの護衛騎士になるようスカーレットに命令が下っていたはずである。

「でもそう言われると、私はパウリナ殿下の友人になろうと思ったのだけれど、護衛騎士をするのもいいかもしれない」

「いいと思うわ。公爵夫人なのに医師が許されているのだから、騎士もありよ」

 グレースは笑顔だ。しかしスカーレットは同列に考えられない。事件の後、グレンは非常に心配をしていた。出来ればもう心配をかけるような事はしたくない。

「それは近いようで遠いと思うけれど」

「それなら万が一の場合に護衛が出来る友人? レティにしか出来ないわよ」

「常に短剣を持ち歩く女性はありなのかしら」

「それはリックに相談でしょうね。近衛兵は表に出ない人も多いのでしょう?」

 グレースの言葉にスカーレットは頷きながら考える。表向きは近衛兵を辞めた事にして、裏でパウリナの護衛を担うのはあり得る気がした。国内の貴族の誰もナタリーに手を出せないのは、エドワードの愛情が重いのを知っているからだ。しかしリチャードはそういう表現をしそうにない。しかもメイネス王国は小国なので、誰かが危害を加える可能性は十分ある。

「グレースと話していると色々な可能性が思い当たるわ」

「そもそも友人とはどういう事? 最初に纏まっていないと言っていたわよね?」

「折角メイネス語を勉強したから手紙のやり取りをしようと思って」

「どの立場から送るの?」

 グレースは真剣な眼差しをスカーレットに向ける。スカーレットは深く考えていなかった。しかし確かにアリスの護衛騎士である自分から友人になりたいと言われても、困惑しかないかもしれない。しかも護衛騎士をやめれば、肩書は総司令官の娘だ。尚更困惑するだろう。近衛兵なら他の肩書よりは受けれ入れてもらえそうだが、それでも友人関係を築く必要性はない。他にないかと探して、スカーレットは思いつく。

「リックの幼なじみ?」

「それは止めておくべきね。要らぬ誤解を招くから」

「誤解?」

「そうよ。レティは恋愛小説を読まないからわからないでしょうけれど、幼なじみの女性から手紙なんて牽制されていると思うわ。リックの側近であるグレンの婚約者が正しいはずよ」

 スカーレットはグレースの言っている意味がよくわからない。しかしグレースが真剣な表情で忠告をしているのだから、聞いた方がいいだろうとは思えた。だが納得は出来ない。

「その立場は少し遠くない?」

「遠くないわよ。グレンがリックを支えるように、私もパウリナ殿下を支えますという提案なのだから」

 グレースの説明にやっとスカーレットは納得をした。彼女達の母親達の関係と同じなのである。

「わかった。その立場から手紙を書いてみる」

 スカーレットは休みを利用して手紙を書こうと思っていたが、実は行き詰っていた。グレースの言葉を受けて何とか形に出来そうな気がしてきて微笑む。グレースもそうしなさいと笑顔を浮かべた。

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