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王女の思惑 女性護衛騎士の憂鬱  作者: 樫本 紗樹


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方針決定

 捕縛された男性をアレクサンダーが尋問した。レヴィ王国内に公国語を話せる者が限られている上に、完全に理解している近衛兵は彼だけである。尋問した結果、男性は勝手な思い込みによる単独行動と明らかになった。国の中央から指示されていたならば正式に抗議も出来るのだが、男性から漏れるのはローレンツ公国の不満ばかり。ナタリーの存在が邪魔になってローレンツ公国がレヴィ王国に攻撃を仕掛けた、という建前は流石に無理が過ぎるという結論に至った。

 相変わらずこの一件はエドワードからリチャードに丸投げされていた。王太子の執務室では今日も、この対応に追われている。

「やはりアレックスが公国に潜入してくるべきではないか?」

 エドガーにそう言われ、アレクサンダーは美形が歪むほど嫌そうな表情を浮かべた。

「簡単に言うな。国境を越えたら何もない。俺を餓死させる気か」

「食糧は青鷲隊の砦から持っていけばいいだろう」

「俺は料理が出来ない。干し肉と黒パンだけの食事なんて嫌だ」

 アレクサンダーはリチャードの護衛兼四人目の側近だが、行動の自由はエドワードから保障されている。その為、彼は周辺国の言葉がわかるのをいい事に、視察という名目で大陸中を旅していた。勿論、他国の情報を常に集めているエドワードに全てを話す約束があっての事だ。そしてその時一番苦労したのがローレンツ公国での旅だったのである。

「食事は食堂で賄えばいいのではありませんか? アレックスさんは何でも食べられますよね?」

 ローレンツ公国の事情を良く知らないオースティンが声を上げる。アレクサンダーは幼なじみではない彼にも、遠慮なく嫌そうな視線を向ける。

「食堂がどこにでもあるのはレヴィとガレス王国だけだ。キーヌやメイネスなら主要都市には食堂もあるが、ローレンツ公国は首都以外に栄えた町がない」

「町がない?」

 オースティンはテーブルに広げられていた地図を見る。そこには大陸全体の地図が広げられていた。ローレンツ公国単体の地図はない。本当は地図を作ろうと思ってアレクサンダーは潜入したのだが、餓死に怯えて踵を返していた。過去にローレンツ公国を訪ねた事のあるフリードリヒに情報を貰って首都への道はわかっていたのだが、月日が流れていたのもあり到底歩けなかったのだ。

「しかし、ヒルデガルト嬢がここまで来たのだから宿はあるだろう?」

 頭を悩ませているオースティンの横からリチャードが口を挟む。流石にアレクサンダーは表情を真面目に取り繕った。

「ある筋からの情報ですと、その土地の領主館で宿泊されていたとの事です」

 ある筋とは勿論ウォーレンであり、ヒルデガルトに下剤を飲ませる為に手を回していた時の話である。

「領主がいるなら、その土地の町があるだろう?」

「ありません。レヴィの常識は通用しません」

 ルジョン教の教義のひとつに、金儲けは卑しいというものがある。それは皆が富む為に、富が一部に集中しないよう協力し合おうという崇高なものであった。しかし時代が経つにつれ、そして国を違えて教義の受け止め方は変わっていく。首都一極集中を目論んだローレンツ公国は、他の領主が富むのを許さなかった。自分達がシェッド帝国から独立した故に、他の領主が独立するのを恐れたのだ。その代わり逆らわないのならば領主としての生活が保障されていた。領主達は領地を栄えさせようとはせず、徴税だけするようになった。説明を受けてリチャードは押し黙る。

「その男性を招き入れた者は特定出来そうか?」

 黙々と報告書を読んでいたグレンが顔を上げでアレクサンダーに尋ねる。しかしアレクサンダーは首を横に振るのみ。男性は公国人であり、道端で餓死しそうになっていた所を通りすがりの商人に助けられた。助けられた商人が公国語を話したので、相手がどこの国の者かは知らないという。しかもレヴィ王都に入った後でナタリーの話を聞き、勝手に飛び出したらしい。鞄に入っていた刃物は男性唯一の財産だったという。

「人助けをした商人に罪悪感を押し付けるのは良くない。このまま知らせない方がいいだろう」

 リチャードにそう言われ、グレンは不満を抑えて頷く。悪いのは八つ当たりをした男性であり、その商人ではない。それはグレンもわかっている。むしろ商人は縁もゆかりもない行き倒れの男性を助けたのだから褒めるべきだろう。しかしグレンは納得がいっていない。スカーレットがいくら受け入れていても、彼はどうしても受け入れ難かった。

「だが農民はほぼ息をしていないと思って良さそうだ。男性は家族を全員餓死で失っている」

 アレクサンダーの言葉に、他の四人が辛そうな表情を浮かべる。レヴィ国内に餓死する者がいないわけではないが、滅多に聞かない話だ。王家直轄地の土地は勿論、各領主が治めている土地に多少裕福の差はあれ、餓死者が多発するような状況はない。

「それならそもそも難民などいないのでは?」

 グレンは言葉にしながら、胸の中にあった違和感の正体を掴んだ気がした。本当に難民が押し寄せてくるのならば、悠長に考えさせていないでエドワードが指示をすれば済む。しかしリチャードに振っているのは時間的余裕があるからだと判断していたのだが、そもそも難民問題が発生しない方がしっくりくる。

「穀物の輸出入資料はどこだ」

 グレンの言葉を受けてリチャードが叫べば、エドガーが資料の山から該当の書類を探し出して手渡す。ローレンツ公国は小麦が収穫出来るので、シェッド連邦に輸出している。シェッドが帝国から連邦になり、自給率が上がったので小麦の輸出が減っているのはその影響とばかり思っていた。しかし収穫出来ずに輸出が出来ていないとするならば。他の穀物を輸入して補っているとするならば。

「アレックス、知っていたな?」

 リチャードは普段とは違う低い声でアレクサンダーに問う。アレクサンダーは笑顔を浮かべた。

「情報は全て開示していました。黙っていたのは陛下命令です」

 アレクサンダーの答えを聞いてリチャードは大きくため息を吐く。エドワードはリチャードが気付くまで黙っているつもりだったのだろう。しかし予想外の事件が起き、レヴィ国内に混乱が生じてはいけないので早急に対応する必要が出てきた。その為、暫く任務を離れると言っていたアレクサンダーがこうして今日王太子の執務室に顔を出したのだろう。

「ちなみにあのヒルデガルト嬢の不可解な行動の理由は」

「あれは単に自分の我儘をどこまで聞いてくれるか試していただけです。彼女は本当に国が傾いていると知りませんよ」

「祖母に預けて再教育をさせてみるのもいいのかもしれない」

 シェッド連邦の皇妃アナスタシアはリチャードの祖母である。面識はあるが、手紙のやり取りをするほどの関係ではない。しかしローレンツ公国の未来などないに等しい。それならシェッド連邦に吸収された方が色々と楽である。

「あのヒルデガルト嬢が納得しますか?」

「しないだろうが、この様子なら国庫は空に近いだろう。今年の税収もこのままでは望めない。百年前の形に戻した方が幸せだろう」

 ローレンツ公国では女性にも継承権が認められている。その為、現在の公爵はヒルデガルトの母である。この女公爵が悪いのか、配偶者が悪かったのか。とにかくこのまま生き長らえさせても仕方がないと思えた。せめて跡継ぎであるヒルデガルトが賢ければ救いようはあったのだが。

「父はヒルデガルト嬢を見極めたかったのかもしれないな」

「と、申しますと?」

 リチャードが言いたい意味がわからずオースティンが尋ねる。

「ヒルデガルト嬢が国家運営を出来る賢さを持ち合わせていれば、手助けをするつもりがあったのかもしれない。だが、あれでは無理だと切り捨てたのだろう」

「なるほど。陛下は私の母を認めていますから、そういう事ですね」

 少し違う気もしたが、リチャードは頷いておいた。エドワードがオースティンの父ウルリヒを平凡な男と切り捨てているのを口にする必要はない。エドワードの現在生きている弟は全て異母だが、ウルリヒだけ扱いが違うのでリチャードは父に尋ねたのだ。そして帰ってきた答えは、ジョージとフリードリヒはレヴィ王国の為に必要だから近くに置いている。ウルリヒは国の役に立たないから、役に立つ所へ送ったと。それはオースティンの母エレノアを守るものであった。それでもオースティンを側近にしたのだから、嫌っている訳ではないのだろうとリチャードは思っている。

「とりあえず難民の心配はない、公国の瓦解の衝撃を和らげるためにシェッド連邦に協力を仰ぐ、これで纏めよう」

 リチャードの言葉に側近三人が頷く。アレクサンダーは何とかローレンツ公国に行かずに済みそうだと一人胸を撫で下ろしていた。

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