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王女の思惑 女性護衛騎士の憂鬱  作者: 樫本 紗樹


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辞める決心

 微妙な空気になってしまったので記念式典は最低限必要な部分だけ進行し、アリス達はすぐに王宮へと戻ってきた。スカーレットを襲った男性は騎士に連行されて、牢屋の中である。

「本当にごめんなさい」

 アリスは深々と頭を下げた。

「私は職務を遂行しただけよ。アリスは何も悪くないから」

 スカーレットは護衛騎士の仕事をしただけであるが、アリスは罪悪感に駆られていた。エドワードの態度を批判していたのは、このような事件が起こるとは露程も思っていなかったからだ。それが実際に暴漢を目の当たりしてしまい、エドワードの大袈裟すぎる対応が正しかったと証明された。仮に第二王子のウォルターが出向いていれば、性別の違いでこの事件は起きなかったというのもアリスの罪悪感に拍車をかけている。

「足を捻ってしまったのは私の対応が悪かっただけだから」

 とにかく男性の手から刃物を落とさなければと思ったスカーレットは、腰に佩いた剣を抜くより先に男性に体当たりした。そのはずみで男性は刃物を落とし、その上に倒れ込んだので男性に怪我をさせてしまったのだが、職務を遂行する為には仕方がなかったと彼女は思っている。一方彼女は切り傷など一切ないが、倒れ方が悪くて足を捻ってしまった。痛みが強くこのままでは護衛が出来ないがどうしようかと倒れたまま考えていたら、泣きそうな表情でアリスが近付いてきたのだ。

「それでも私が行くと言わなければ、レティは痛い思いをしなくて済んだのに」

「大丈夫。しっかり診てもらったから」

 王宮と国立病院は近くない。記念式典は病院とは反対側だったので、スカーレットはアリスの馬車に乗り王宮へと戻ってきた。その前に馬車内で待機していたアビゲイルがスカーレットの馬に乗って状況を説明しに先に戻り、王宮へ着いた時にはフリードリヒが待機していてくれたのだ。フリードリヒはエドワードの側近になる前に医学を学び、専攻は外傷関連だった。医者の到着前に応急処置をすると申し出てくれ、スカーレットの足は包帯で固定されて冷やされた。その後フリードリヒが最も信頼できるという医者に診てもらい、痛み止めも処方されてスカーレットは落ち着いている。

「顔に大怪我をしていたらウォーレンが文句を言ったでしょうけれど、捻挫だから大丈夫よ。もう自分を責めないで。ね?」

 スカーレットは笑顔をアリスに向けた。アリスは泣きそうな顔をしていたが、頷いて真剣な眼差しを向ける。

「わかった。私を守ってくれてありがとう」

「アリスが無事で本当に良かったわ」

 スカーレットはフリードリヒから応急処置の前に手紙を渡されていた。それはエドワード直筆のもので、職務を遂行した労いと感謝が綴られていた。国王と父親の両方の言葉で書かれている手紙を見て、彼女は達成感が込み上げて無意識に微笑んだ。

「思うように動けないでしょうから、暫くゆっくり休んでね」

「えぇ、お言葉に甘えるわ」

 二人が微笑んでいると扉の向こうから話し声が聞こえてきた。スカーレットの処置が終わった後、ジョージとライラ、それにエミリーが様子を見に来ていたが、アリスが訪ねてきたので三人とも退出している。ここはスカーレットの私室であり、部屋の前で誰かが話し込むなど珍しいと彼女が思っていると、失礼致しますという声の後でエミリーが入ってきた。

「もしかしてグレンかしら?」

 無表情のエミリーにアリスが声を掛ける。

「はい。心配ないので仕事に戻るよう言ったのですが、会いたいと頑なで」

「そう。それなら私は戻るわ。レティ、明日はアビーとお見舞いに来るわね」

「わかった」

 アリスは笑顔で立ち上がると、エミリーに声を掛け二人は退室した。扉の向こうで暫く話し声がした後で、扉を叩く音が響く。スカーレットが返事をすると、扉を開けてグレンが入室してきた。

「レティ、大丈夫なの?」

 グレンはスカーレットの姿を確認するなり、心配そうに尋ねる。彼女はベッドで横になっており、捻挫した足をクッションで上げていた。アリスが訪ねてきた時は起き上がろうとしたのだが、制止されたので横になったまま対応して今に至る。

「エミリーに説明されたと思うけど、足を捻っただけよ」

 スカーレットの微笑みを見てグレンは心底安心したような表情を浮かべた。そして力が抜けたのか、ベッド横に置いてあった椅子に腰掛ける。

「良かった。暴漢に襲われたと聞いたから気が気でなくて」

「剣は真面目に学んだから。男性に力で負けたのは悔しいけれど」

 スカーレットは袖机の上にある短剣に視線を向ける。男性を捕縛した後、別の騎士が拾ってくれたのだ。いくら相手が死に物狂いだったとはいえ、やはり武器を落とされたのは衝撃だった。

「アリス殿下を守ったレティは凄いよ。リックも他の騎士達は何をしていたのかと怒っていた」

「彼らがいなかったら危なかったわ。いるとわかっていたからこそ、体当たりしたの」

「それでも民衆の中から男性が走って出たと聞いた。レティに近付く前に止められたはずだ」

「想定以上に人が集まっていたのよ。王妃殿下は大人気ね」

 それでも普段なら騎士四人で十分だっただろう。長らく平和を享受しているレヴィ王国で、刃物を振り回す人間がいるとは誰も思っていなかった。エドワードも懸念していたが、腕の立つ騎士なら大丈夫だろうと思っての四人だ。運が悪かったとしか言いようがないとスカーレットは思っている。

「むしろこれで良かったのよ。王妃殿下に万が一なんて、誰も想像したくないでしょう?」

「それはそうだが、私はレティに何かあるのも嫌だ」

 グレンは泣くのを堪えているような表情だ。それ程心配をかけてしまったのかと、スカーレットの心は痛む。

「心配かけてごめんね。私も今回で近衛兵を辞める決心がついたわ」

 スカーレットは何でもないかのように話した。しかしグレンは想定外の言葉に驚いて、声を発せなかった。彼は幼い頃から彼女を見てきている。アレクサンダー程ではないにしろ彼女は賢くて器用だ。その彼女が夢中になったのが剣技である。近衛兵を辞めれば、女性が剣を振るう場所などレヴィ王国にはない。

「本当に辞めてもいいのか?」

「えぇ。今回は捻挫で済んだけれど、次は勝てないかもしれない。その度にグレンに心配をかけるのは本望ではないから」

「だがレティは剣を振るうのが好きだろう?」

「そうね。だけど実戦で役に立たないとわかってしまったから、これからは庭で振るわ」

 元々スカーレットは身体を動かす事が好きだったが、王族でも貴族でもない自分ならではの何かを模索した結果が剣技だった。これなら認めてもらえると打ち込み、女性ならば国内一だろうが男性には勝てない。しかも暴漢にさえ短剣を弾かれたとなると現実を見るしかない。趣味の範囲にしておいた方が賢明だと彼女は実感した。

「私よりは強いのに」

「グレンは弱すぎるのよ」

 スカーレットは微笑んだ。ハリスン家は宰相を多く輩出している家であり、身体を動かす教育に力など入れていない。それでもグレンはスカーレットと一緒にいたいと始めたのだが、アレクサンダーやウォルターには勿論、スカーレットにも勝てないほど素質を持ち合わせていなかった。その為、早々に挫折している。

「それなら今後どうするつもり?」

「パウリナ殿下と文通をしてみようと思うの。せっかく勉強したメイネス語を使ってみたくて」

「歴史書を翻訳するよりも手紙のやり取りの方が身に付くだろうけど、どうして?」

「グレースは女官になってパウリナ殿下を支えるの。だから私は友人の立場で支えてみようと思う。自由にしていいなら、やはり国の力になりたいから」

 両親をはじめ周囲の者が国政に関わっているので、スカーレットも内心ではずっと関わりたいと思っていた。真面目だと言われようとも、他にやりたい事は思いつかない。

 しかしグレンは内心うまくいくのか疑問を抱いた。リチャードがスカーレットに好意を抱いていたとパウリナが知ってしまったら、不要な諍いが起こるような気がしたのだ。勿論、リチャードの気持ちを察していたのは一部だけで、わざわざパウリナに言うような輩はいない。それに二人の間に疚しい話は一切ないのだ。

「グレンは文字もわかるのよね? 最初のうちは添削を頼んでもいい?」

「勿論だよ。同じ文章のレヴィ語の手紙も同封すれば、パウリナ殿下にとっても勉強になるかもしれない」

「確かにいい考えだわ。少し楽しみになってきた」

 スカーレットは楽しそうに微笑んだ。グレンは自分の考えなど杞憂だろうと彼女に笑顔を返した。

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