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王女の思惑 女性護衛騎士の憂鬱  作者: 樫本 紗樹


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護衛騎士の務め

「公私混同をする国王なんて存在してはいけないわ」

 アリスはわざとらしいため息を吐いた後で文句を言う。ローレンツ公国の動きはレヴィ王国内では何も伝わっていない。その為に公務も通常通り行うべきである。そうでなければ国民がおかしく思う。そんな当たり前のことをエドワードは嫌がった。ナタリーは暫く体調不良で寝込んでいる設定にしようと言い出したのだ。ナタリーは困惑した表情を浮かべただけだったが、アリスは馬鹿馬鹿しいと正面から文句を言った。しかしエドワードも譲らない。結局ナタリーは足を捻ったので暫く王宮外に出られないという建前で過ごす事になった。

「万が一に備えるのも国王としての義務だと思います」

 内心呆れながらもアビゲイルはアリスを宥める。妻の安全を第一に考えるのは国王として確かに正しくないかもしれない。しかしエドワードに限れば、ナタリーの存在は欠かせないのだ。少なくともリチャードが国王として相応しく成長するまでは、ナタリーの命はエドワードと同様にレヴィ王国に必要であるというのが近衛兵の見解である。

「大袈裟だと思うのよ。母を頼りたいローレンツ公国の平民が襲うはずがないわ。そもそも国境も破られていない」

 何か起こったのなら、レヴィ王国とローレンツ公国の国境警備を担っている青鷲隊から連絡が入っているはずである。しかしそのような動きはない。

「あのヒルデガルト嬢の育った国ですから、こちらの常識で考えるのは危険かもしれません」

「くだらない。レティもアビーと同意見なの?」

「レヴィの常識は通じないでしょうけれど、王妃殿下の件は大袈裟かな」

 ナタリーが公務で訪れる場所は王都内限定だ。しかも腕のいい騎士が必ず護衛をしている。手練れの暗殺者ならわからないが、一般人が簡単に襲うのは不可能だ。

「他国の情勢を気にするのはわかるけれど、レヴィの事も考えるべきだわ。母が訪ねるのを楽しみにしている国民もいるのだから」

 今日予定されているのは、橋の完成記念式典である。平和を享受するようになったので、人口も商流も増えた。王都内を流れる川に架かる従来の橋だけでは対応出来なくなり、新たに橋を架けたのだ。慰問などなら日程を変える事も出来るが、この橋は近隣住民が心待ちにしていたものなので延期は考えられない。

「母も母よ。理不尽な父の要求なんて聞かなくてもいいのに」

 アリスはテーブルの上に置いていた手紙に視線を落とす。それは訪問出来なくて申し訳ないという内容が書かれている。

「陛下は自分の意見を曲げないというのを、一番ご存じの方ですから」

 エドワードは決して暴君ではないので臣下の意見を聞く耳は持っている。しかしナタリーに関する話だけは黙殺するのだ。しかも当事者であるナタリーが受け入れているので、誰も強く言えない。そもそもナタリーは自分の意思で対応しているのだから、夫婦で勝手にやっていてくれという話でもある。

「ここで文句を言っていても仕方がないわ。そろそろ行きましょう」

 アリスはソファーから立ち上がる。ナタリーの代理としてアリスが式典に参加する事になったのだ。国王主導での公共事業だった為に、王族が式典に参加する必要がある。エドワードはジョージに任せろと言ったのだが、総司令官が近々の予定を変えるのは現実的ではない。しかも今は平時のようで水面下に緊急事態が起きている。流石にそれは難しい話であった。その為、降嫁すると決めているからこそ予定がほとんどないアリスが自ら志願したのである。エドワードは不満そうであったが、彼の血を継ぐ彼女もまた自分の意見を簡単には曲げない。

 王宮から馬車移動で約一時間。目的地で馬車はゆっくりと停車する。護衛であるスカーレットは先に自分の馬を木に括りつけてから、アリスの乗っている馬車へと近付く。護衛は連れて行けとエドワードに強く言われた為に、今日は彼女以外に騎士が四人ついていた。しかし、アリスの一番側で守るのはスカーレットの役目である。王妃を一目見ようと集まった平民は多い。彼等がアリスに近付かないように、他の四人の騎士達はそちらに気を配る事になっていた。

 アリスが馬車から降りて、多くの平民は首を傾げた。何故金髪の若い女性が降りてくるのだろうと皆が思ったのだ。全員がそう思ってくれていたのならば、アリスがナタリーの手紙を読み上げ、母親の代理だと納得したであろう。しかし残念ながらナタリーの容姿を知らない人間が混じっていたのだ。

 それは偶然が重なったとしか言いようがない不幸な出来事だった。ナタリーが黒髪なのはレヴィ王都民なら誰でも知っている。レヴィ民族の髪色は金色と栗色のみ。また、ナタリーの黒髪はルジョン教の教皇の血筋を証明しているものなのだが、宗教を持たないレヴィ国民はその詳細を知らない。そしてローレンツ公国が過去にシェッド帝国から教義違いで別れた原因のひとつに、髪色が関わっているなど知るはずもなかった。シェッド連邦では黒髪は尊重される。むしろ黒髪でなければ、たとえ皇族でも扱いが雑になるのだ。それに嫌気が差した当時の皇族が南西部の一部の民族を従えて独立した。それ故にローレンツ公国では黒髪ではなく金髪が高貴な者の証明であった。前王妃ツェツィーリアも金髪であり、彼女の息子二人も金髪である。しかしナタリーでさえもローレンツ公国の教義はおかしいと切り捨てていたが故に、ローレンツ公国で広まっているルジョン教の教義を知っている者など、レヴィにはいなかったのだ。また、ナタリーの母である皇妃アナスタシアが金髪であるのも誤解を招いてしまったひとつであろう。

『ナタリー!』

 民衆の輪からレヴィ語とは異なる発音の声が響いた。集まった人数が多かった為に、騎士四人の警戒から外れた所から男性が飛び出てきたのだ。アリスは驚き動けなかったものの、スカーレットは冷静にアリスを庇うように前に出る。それを見て男性も鞄に手を入れて刃物を取り出した。群衆から悲鳴が上がる。

「アリスは動かないで」

 しかしスカーレットは冷静さを保ったまま、アリスに指示を出して短剣を抜いた。素人相手には腰に佩いた剣ではなく、護身用の短剣で十分だろうと判断をしたのだ。そもそも素人が振り回した刃物に当たるとは思えなかった。彼女は色々な事に自信がないのだが、剣技に関しては自信を持っている。

『どうして無宗教の者を助けるんだ! ルジョン教徒を救わないのなら死ね!』

 今までのスカーレットなら何を叫ばれたのか一切わからなかっただろう。しかしメイネス語と公国語は似ている部分があり、それ故に死ねという言葉だけ拾えてしまったのだ。自暴自棄になっている相手ほど、やりにくいものはない。そもそも彼女は騎士を相手に訓練を積んできたのだ。素人がまずどう出るのか彼女は判断しかねた。それに短剣を構えたものの、目の前の男性を攻撃していいのか躊躇してしまった。その一瞬が命取りになると、頭ではわかっていたはずなのに。

 男性がアリスに狙いを定めて突進をする。自分の右を抜けると判断をしたスカーレットはアリスを逆に逃がして男性を止める為に短剣で男性の刃物を弾こうとした。しかしいくら鍛えているとはいえ男女差がある。金属音が響きスカーレットの短剣が宙を舞う。だがスカーレットはそれに気を取られず、男性を抑え込むように全体重をかけて倒れ込んだ。それを見て騎士のうちの一人が、男性の動きを封じようと二人に近付く。

 だが騎士が男性を後ろ手で縛り上げた後も、スカーレットは倒れたまま動かなかった。彼女の側には男性が持っていた刃物が転がっており、それは血に濡れていた。

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