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王女の思惑 女性護衛騎士の憂鬱  作者: 樫本 紗樹


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母の思惑

 アレクサンダーがスカーレットの所を訪ねた翌日以降も、王宮内は普段と変わりないように感じられた。ローレンツ公国の難民が流れ込んでくる話は確証がない。表立って対策するわけにもいかないので、リチャード達は普段の執務をこなしながら、時間外でその対策に追われていた。

 スカーレットは少しでも何か手伝えないかと、近衛兵長オリバーに確認したもののアリスの護衛だけでいいとあしらわれていた。彼女はアリスの公務内容は把握しているが、政治は詳しくない。素人が手伝える内容ではないのだろうと、簡単に引き下がった。そもそも彼女が勉強をしているのはメイネス語であり、似ているとはいえ公国語との違いを把握していないので通訳や間者としても役に立たない。

 グレンと会わなくなって五日が過ぎた。スカーレットは小さくため息を吐く。今まで五日以上会わない日など数えきれない程あった。しかし最近は毎日会っていたからか、無性に寂しい。彼女は兄が届けてくれた詫び状に視線を向ける。そこには暫く仕事が忙しくなる旨、次回の王都に行く約束を延期して欲しい旨が書かれていた。本来なら今日が出かける日だったのだが、彼女は一人では出掛ける気になれない。以前なら一人でも王都へ出かけていたはずなのに、いつの間にか彼と出掛ける事に意味を見出していたのだと今更ながら気づいた。

 母親達が定期的に茶会を開く仲だったからこそ、幼なじみ達とは幼い頃より一緒に過ごしている。その中でもスカーレットの乳母がグレンの母エミリーという関係で、二人は生まれた時から一緒にいる存在だった。アレクサンダーとグレンが同い年なので、スカーレットにとってグレンは幼なじみというよりは、もう一人の兄という感じだった。長らくそう思っていたはずなのに、知らぬ間に兄から婚約者になっている。いつからと言われても彼女にはわからない。しかしアリスが降嫁した時に近衛兵を辞めて結婚をする、という未来がスカーレットにはしっくりこなかった。今のまま結婚するのは違う気がするのだ。

 休日に煮詰まっていた娘を心配して、ライラは一緒に出掛けないかと声を掛けた。ずっと部屋にいても考えが纏まらない気がしたスカーレットは、ライラの誘いに乗る事にした。

「あら、珍しい組み合わせですね」

「たまにはいいでしょう?」

 スカーレットを連れてきたライラに嫌な顔をせず、ボジェナは二人を邸宅に迎え入れた。ライラとボジェナは義理の姉妹になるが、ボジェナがメイネス王国から留学していた時から、何かとライラが世話を焼いている関係だ。その為、対外的には親族の対応をしているが、二人は友人である。スカーレットは二人が友人とは知っているものの、サリヴァン邸を訪れたのは初めてだった。

 スカーレットは母の思惑がわからないまま、応接間のソファーに腰掛けた。スカーレットはグレンが暮らすハリスン屋敷を訪れた事があるが、それよりも小さい屋敷が意外だった。王都にあるハリスン本家は当主ウォーレンが暮らしていて広いが、グレンが暮らしている別宅はそれほどでもないのだ。

「パウリナ殿下の準備は順調そう?」

「正しい発音に時間がかかりそうです。私以上に風当たりが強い婚姻になりますから、流暢なレヴィ語習得は避けられません」

 フリードリヒとボジェナの婚姻は、誰かに反対されるようなものではなかった。ただ公爵夫人になる彼女が大学で医学を修め、教授として女性の為の医学を研究し続ける事に難色を示した貴族が多かったのだ。幸い元々人付き合いをしないフリードリヒだった為に、その声はあまり大きくはならなかった。それどころかボジェナの研究の素晴らしさを実感した貴族女性からの支持が徐々に集まり、彼女は社交をほぼしないにもかかわらず貴族女性から尊敬される立場にいる。

「王都を案内した時に思ったのだけれど、あの子は王妃になるには純粋過ぎる気がするのよね」

「兄がかなり甘やかして育てたらしいですからね」

「それでね、私とナタリーのような関係にレティがなれないかと思って今日は連れてきたの」

 スカーレットはそのような話を一切聞いておらず、驚いて隣に腰掛けているライラを見た。しかしライラは笑顔を向かいに腰掛けているボジェナに向けている。ボジェナもまた困惑を隠せていなかった。

「しかし彼女はアリス殿下の護衛騎士ですよね?」

「アリスが降嫁した後は自由の身なのよ。王太子妃殿下の護衛でもいいでしょうけれど、友人の方がいいと思うのよ。レティはジョージに似てとても真面目なの」

「母上、友人というのなら私よりもグレースの方が適任だと思うわ」

「グレースは女官になると聞いているわよ」

 ライラは社交嫌いの割には、王侯に関する情報を入手するのが早い。ライラの社交嫌いを補うように、エミリーが色々な所へ顔を出しては情報を流しているからである。

「確かに私はライラ様が色々と教えて下さったので、とても心強かったです。ですが」

 ボジェナはスカーレットに窺うような視線を向ける。スカーレットもそれをどう受け止めていいのかわからない。スカーレットはグレースのように誰とでも仲良く出来る性格ではない。パウリナとも直接話をしていないので、友人になれるかと聞かれても答えられない。

「難しく考えなくてもいいわよ。アリスがパウリナ殿下を支えるでしょうけれど、二人は八歳差。間にレティがいた方がいいと思っただけだから」

 確かにパウリナとスカーレットの方が年齢は近い。しかしスカーレットは王族でも貴族でもない。他国の王女の友人に相応しいとは思えなかった。

「またその顔。いい加減身分を気にするのはやめなさい。ボジェナは自分の努力で今の地位を手に入れたのよ。レティも周囲に文句を言われないように自分の両足でしっかりと立ちなさい」

 ライラの愛情のこもった叱責にスカーレットは目の前が開けたような気がした。パウリナとの友人の話はどこまで本気なのか不明だが、ボジェナの生き方を教えてくれようとしたのは間違いないだろう。公爵夫人であるにもかかわらず、今までの公爵夫人とは明らかに違うボジェナの生き方は、フリードリヒの支えがなければあり得なかった。しかしグレンならきっとフリードリヒ同様、支えてくれるとスカーレットは確信が持てる。

「私の好きに生きろと言いたいの?」

「そうよ。レティの可能性を広げる為に教育には手を抜いていないわ。今から大学に入学してボジェナと同じ道だって歩めるの」

「教授になりたいとは一回も思った事ないけれど」

 アレクサンダーはリチャードの学友として十分な教育環境が整っていた。しかしスカーレットはアリスとは年が離れすぎ、ヨランダはそこまで学習に意欲的ではなかった為、ライラは自分なりに娘の教育環境を整えた。スカーレットは用意された環境に文句を言わずに取り組んだが、大学へ行こうとは一度も思った事がない。むしろ勉強より身体を動かしている方が好きだから、近衛兵になったのだ。

「例え話に真面目に返事しなくていいわよ。人生は楽しむべきという話」

「ライラ様程自由で楽しそうにされている方も珍しいと思いますけれど」

「ボジェナがそれを言うの?」

 ライラとボジェナは笑い合う。二人の仲の良さそうな雰囲気に釣られてスカーレットも微笑む。ライラも友人は決して多くないが、幸せそうなのは伝わってくる。

「私は今メイネス語を勉強しているのです」

 スカーレットはボジェナに向かって話しかけた。ボジェナはスカーレットに視線を向ける。

「パウリナ殿下と文通をしてみるのもいいかもしれないと思いましたが、いかがでしょうか」

「メイネス文字を書けるのですか?」

「勉強中ですけれど、少しなら」

「わかりました。パウリナと連絡を取ってみますね」

 ボジェナが快く承諾してくれたので、スカーレットもお願いしますと伝える。スカーレットは今すぐ両足で立つのは難しいと思えた。しかしメイネス語を習得させようとしたエドワードの狙いがあるはずであり、それに乗ってみるのも悪くない気がしたのだ。スカーレットが自ら申し出た事にライラは満足して微笑んでいた。

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