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王女の思惑 女性護衛騎士の憂鬱  作者: 樫本 紗樹


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予想外の展開

 夕方、いつものようにスカーレットがグレンを待っていると、部屋に現れたのはアレクサンダーだった。

「どうして兄上が?」

 スカーレットはアレクサンダーが一人で何をしに来たのかわからないまま、部屋へと招き入れた。彼女の会話能力を確かめるという話は出ていない。そもそもその場合ならグレンと二人で来るはずである。

「グレンというか、リックと側近達は暫く忙しい。メイネス語習得は一旦休みにして欲しい」

 アレクサンダーは真剣な表情で告げた。リチャードと側近が忙しいのならば、四人目の側近でもある彼も忙しいはずである。ただし彼は近衛兵であるが故に、命令の優先順位はエドワードの方が上になる。国王が指示をして王太子が忙しくなる事など、スカーレットにはひとつしか思い当たらなかった。

「公国に何かあったのね?」

「あぁ。その対応について陛下はリックとウォルターに任せられた」

「任せる?」

 スカーレットは腑に落ちなくて聞き返した。エドワードは何事も自分でやらなければ済まない性格である。たとえ息子とはいえ、他国に対しての処理を任せるとは思えない。

「表向きは任せたんだ。こちらはある程度整っている」

 こちらというのは近衛兵の事だろう。スカーレットはエドワードに忠誠を誓っていないが故に、近衛兵の深い所の話は聞けない。一方、アレクサンダーは将来の兵長候補として色々な任務を請け負っている。

「つまり、リックが自分で考えるように護衛の任務から外れたのね」

「あぁ。多分ウォルターと共に国境付近まで行くだろうから英気を養えという意味もあると思う」

「どうして国境へ?」

 ローレンツ公国は軍隊を持っていない。仮に戦争を仕掛けてきたとしても、公国との国境を守っている青鷲隊だけで十分防げるだろう。

「グレン用だと思うが、俺に淹れてくれないか」

 アレクサンダーは用意されていた茶器に視線を向けた。スカーレットは頷いて準備をする。確かにグレンと飲む為に用意した物だが、彼が来られない以上、無駄にするよりは兄に振舞った方がいい。

 テーブルを挟んで二人は向かい合って腰掛けた。アレクサンダーは出された紅茶を口に運ぶ。

「これは初めての味だな。本当にグレン用だったのか」

「味が気に入らないのなら残していいわよ」

「いや、美味しい」

 そう言ってアレクサンダーはもう一口紅茶を飲む。スカーレットは首を傾げてから自分も紅茶を口に運ぶ。

「エミリーが毒を用意した話だけど」

「あれは毒ではなくて下剤でしょう?」

「ヒルデガルト嬢が料理を用意した者にきつく当たったらしい」

 急にお腹を下せば食中毒を疑うのは自然な話だ。足がつかないように細心の注意を払ったとスカーレットは聞いているが、まさかそれが露見したのだろうか。いくらヒルデガルトの態度が常識から外れていたとはいえ、下剤を無断で食事に混ぜていい理由にはならない。

「その人はどうなったの?」

「体調不良になったのはヒルデガルト嬢唯一人。だから食事ではなく、貴女の体調が悪かっただけだと言ったらしくて」

 スカーレットは驚いた。レヴィ王国で、平民が王家の者に対して言い返すとは考えられない。勿論、レヴィ王家の誰も筋の通らない我儘など言わないのだが。

「貴女には女神マリーの加護がない。だから作物が育たないという話に発展したらしい」

 アレクサンダーの説明に、スカーレットは表情を歪めた。彼女は宗教に興味がないので、ルジョン教について良く知らない。レヴィ王国は無宗教であり、宗教を信じる者を迫害する事はないが、神の存在を信じている者は少数だ。あのヒルデガルトに加護を与えるような女神なら存在しない方がいいだろうと彼女は思う。

「そしてレヴィの作物が育つのは、女神マリーの加護があるナタリー様が王妃だからだという話になっている」

「え?」

 スカーレットは想像していなかった話の流れに思わず声を漏らした。ナタリーはシェッドの出身であり、ローレンツ公国とは縁がない。勿論どちらもルジョン教を信仰しているのだが、宗派が違うから別の国なのだ。シェッド連邦に属する国民がそう言うのならまだ理解は出来るが、公国の国民が言うのは筋が違う。

「レヴィの作物が育つのは、天候を予測して植える品種を毎年検討し、最適な育て方をしているからよ」

「勿論、レヴィ国民は皆そう思っている。ナタリー様が王妃になられてから毎年豊作だったわけではない。予測が外れ芳しくない年もあった。しかしそういう部分は見ない」

「勝手すぎない?」

「あぁ、上があれなら下もそうなんだろう」

 アレクサンダーはため息を吐いた。

「そういう感じで公国の民達は国には期待出来ないから、ナタリー様に助けてもらおうという機運が高まっている。しかしこちらは受け入れられない」

「勝手に期待されても困るわ。そもそもナタリー様は王妃になられてから宗教を表に出さなくなっているのに」

 王太子妃時代は王都にあるルジョン教の大聖堂を定期的に訪ねていたナタリーだが、王妃になってからは一度も訪れていない。無宗教であるレヴィ王国の王妃として、特定の宗教を信仰しているのは良くないと判断しての事だ。

「ルジョン教徒に言わせると棄教するはずがない、らしい。実際ナタリー様は棄教されていないが、公国の教義は受け入れていない」

 アレクサンダーの言葉にスカーレットは頷く。ナタリーは教皇の娘であるのだからローレンツ公国の教義ではなく、シェッドの教義を信仰している。そのような簡単な話でさえわからない程、ローレンツ公国の民は苦しんでいるのだろうかとスカーレットは不思議に思う。

「宗教問題にレヴィを巻き込まないで欲しいわ」

「ナタリー様ではなく、アナスタシア皇妃殿下を頼るのが筋だ」

 無宗教のレヴィ王国に嫁いだナタリーではなく、その両親であるルジョン教の教皇シャルルか皇妃アナスタシアを頼るべきである。しかしローレンツ公国からシェッド連邦の中央とレヴィ王国の王都ならば、レヴィ王国の方が距離的には近い。そして栄えているのも食糧が豊富にあるのもレヴィ王国なのである。

「そういう事情で難民が何時押し寄せてくるかわからない。その対策の為に暫くグレンに自由時間はない。必要なら俺が付き合うけど」

「兄上の教え方はわかり難いから遠慮するわ」

「言い方が冷たいな」

 アレクサンダーは不服そうだったが、実際スカーレットにはわかり難いので仕方がない。

「丁度、色々考えたかったからいい機会かもしれない」

「何を考えるんだ?」

「アリスが嫁いで護衛騎士をやめてからの身の振り方」

 スカーレットの言葉にアレクサンダーはわざとらしく驚いた。その態度が彼女の癇に障る。

「未だ考えてなかったのか?」

「悪かったわね」

「まぁ一度きりの人生だからな。後悔しないように考えればいい」

 アレクサンダーは笑顔を浮かべる。そして胸のポケットから一通の手紙を差し出した。

「グレンからの詫び状だ」

「詫び状、って。仕事なら気にしなくていいのに」

 スカーレットは微笑みながら手紙を受け取る。しかし封を切る気配がない。

「読まないのか?」

「部屋に戻ってから読むわ」

「あぁ、そう」

「何?」

「いや」

 アレクサンダーは意味深な微笑を浮かべると、残っていた紅茶を飲み干した。

「紅茶御馳走様。俺も国境へ行くのが面倒だから回避出来るか考えてくる」

「面倒なんて言っていいの?」

「近衛兵の仕事なんて面倒だらけだ。たまには回避したい。じゃあな」

 アレクサンダーは立ち上がって手を上げると、部屋を出ていった。相変わらず自由な兄にスカーレットは思わず笑みを零す。彼女も色々と考えようと立ち上がって茶器を片付け始めた。

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