整理すべき事
スカーレットとグレースが王都へ出かけてから二十日後。グレースから面会を求める手紙が届き、アリスの部屋でグレースとアリス、そしてスカーレットは顔を会わせていた。
「葡萄酒が苦手というからお土産が難しかったわ」
グレースはそう言いながらスカーレットに小さな箱を差し出す。
「気を遣わなくても良かったのに」
「干し葡萄よ」
結局葡萄なのかと、スカーレットは箱を受け取りながら思わず笑みを零す。
「アリス殿下には葡萄酒をお持ちしました。館の奥に寝かせてあったアリス殿下と同い年の赤ですよ」
「それは持ってきて良かったの?」
「大丈夫ですよ。次兄の許可は貰っていますから」
グレースは微笑んだ。二十年以上寝かせていた高級葡萄酒ではあるが、王族への手土産なら決して高いものではない。しかももうすぐ義姉になるアリスに渡すものだ。スティーヴィーも二つ返事で了承していた。
「本日は先日お話し頂いた、女官の件の口添えをお願いしたく伺いました」
「それは母ではなく、将来の王太子妃のという事でいいかしら?」
「はい、問題ありません」
「女官になると茶会に参加が出来なくなるけれど、それでも?」
「構いません。情報収集はほぼ終わりましたから」
グレースはにっこりと微笑んだ。スミス公爵家の長女として彼女は社交界の中心にいる。それは母フローラに癖があるせいで、母の代理をしていた側面もある。しかし本来の目的は結婚相手を探していたのだ。年下に興味のない彼女にとって、今後成人する男性は眼中にない。
「スミス領でも年頃の男性をさり気なく探してみたのですけれど、やはり見当たらなくて。一旦結婚は置いておき、働く公爵令嬢を目指そうと思います」
「実家がしっかりしている令嬢は働く必要がないと思うけれど」
「アリス殿下に言われても説得力がありません」
グレースに笑顔でそう言われると、アリスも笑うしかない。アリスも公務をする必要などなかった。働いてみたいと思う気持ちは理解出来る。
「レヴィ史上一番自由な公爵家当主の娘ですから」
「スミス領に行って良かったみたいね」
「はい、いい経験になりました」
スミス家当主リアンはエドワードの側近なので、滅多に領地へ足を運ばない。その為にグレースも幼い時に二度訪れただけである。久々に訪ねたスミス領は自然豊かな所で、葡萄畑が一面に広がっていた。その葡萄畑の中にある集落に児童養護施設があり、子供達は葡萄畑の作業を手伝うのが日課であった。彼女は子供達に混ざって作業を手伝い、王都では経験出来ない時間を過ごしてきたのである。
「王都へお忍びで出掛けてみたり、農作業をしてみたり、最近のグレースは自由に拍車がかかっているわね」
「我慢は美容に良くないと、ウォーレン様に教えて頂きました」
グレースは先程までとは変わって優雅に微笑んだ。アリスは急にウォーレンの名前が出てきた理由がわからないが、スカーレットは思い当たる節があった。
「例の化粧品を買えたのね?」
「そうよ。手紙を渡してくれてありがとう」
グレンはスカーレットから手紙を受け取った日の夜に、ウォーレンに渡していた。そしてウォーレンもすぐさま中身を確認し、グレースがスミス領へ行く前に会う時間を作ったのだ。グレースは浮かれた気分でハリスン家へと赴いたのだが、開口一番に化粧を落とせと言われて表情を歪めた。すぐに肌の状態を見たいという理由を説明されて、グレースは渡された化粧落としを使ってすっぴんになり、ウォーレンと色々と話をした後で化粧品を購入出来たのである。
「ウォーレン様との会話もとても有意義でした。これからは気高さも身に着けていきたいと思います」
「ウォーレンとの会話を有意義と思える人間は少数派だと思うわ」
「父は苦手みたいですけれど、私は心の中で師匠と呼ぶと決めました」
ウォーレンに苦手意識を抱いている人間は多い。スカーレットはどちらでもないが、宰相として私利私欲なく国の為に働いている部分は尊敬している。
「ウォーレンを師匠としたから女官なの?」
「史上初の女性宰相というのも憧れますけれど、私がその器でないのはわかっています。ですから女官長を目指し、将来の王妃を通じて国政に関わっていければと思います」
グレースの決意のこもった眼差しに、アリスは頷きで応えた。王宮に勤めていても自分の器の大きさがわかっていない者もいる中で、グレースはそれを理解している。グレースは賢いが一国の責任を任せられる程ではない。地方領主なら可能かもしれないが、スミス家はエドガーが継ぐと決まっている。アリスも流石にエドガーを差し置いて、グレースをスミス領の領主にしようとは思えない。
「レティも近衛兵を辞めて私と一緒に女官をやりましょうよ」
グレースは視線をアリスからスカーレットに移す。スカーレットは困惑した表情を浮かべながら首を横に振った。
「私はグレンと結婚をするから女官にはなれない」
「婚約延長期間を終了したの?」
「それはまだだけど、前向きに考えているわ」
スカーレットにとっては大きな一歩ではあるが、アリスとグレースは納得いっていなさそうな表情を浮かべている。スカーレットは何故そのような表情を自分に向けられているのか理解が出来ない。
「グレンを好きなら結婚すればいいでしょう?」
「グレンは私が納得出来るまで待ってくれると言ってくれているの」
スカーレットの言葉にアリスもグレースも呆れた表情を浮かべる。スカーレットは困惑した。その困惑を察して、グレースは微笑を零す。
「ここまで延ばしたのだから、納得するまで待つというのはグレンらしいけれど」
「最近グレンは仕事を片付けるのが早いとエドガーから聞いたわ。余程二人で会うのが楽しみなのでしょうね」
「私達はメイネス語を勉強しているの」
「ただの勉強だけなら、二人の距離は縮まらないと思うわ」
「カフスを買ったあたりから風向きが変わったわよね。レティの中で何が変わったの?」
アリスとグレースに問い詰められて、スカーレットは返答に窮した。スカーレット自身、グレンに対する気持ちの変化は感じているが、いつからどのようにと考えても明確な答えを持っていないのだ。
「幼なじみだとわからないかもしれないわ。私もエドガーをいつから好きかと聞かれても、気付いたらとしか言いようがないから」
困った表情のスカーレットにアリスが微笑みかける。
「私もそのような幼なじみが欲しかったです。どうしてアレックスに恋が出来なかったのかしら」
「アレックスだからでしょうね」
「そうですよね、アレックスですものね」
兄が貶されているのはスカーレットにとっては面白くないが、恋愛対象にし難いのは理解出来るので彼女は反論しない。しかもアレクサンダーからもグレースを女性として見ていないと聞いている以上、ここで余計な事を言っても仕方がない気がした。
「兄は何でも器用にこなすのに、何だか可哀想に思えてきたわ」
「アレックスは近衛兵としては申し分ないのだからいいわよ。あれで相思相愛の結婚相手までいたら、リチャードが不憫だもの」
アリスの口調は冗談か本気かわからない。しかしスカーレットもアレクサンダーは色々と恵まれていると思う。手に入らないものが少しくらいあってもいい気がした。
「安心して下さい。私が女官として間接的に王太子を支えてみせますわ」
「頼りになる妹がいて私は幸せ者ね。レティはハリスン夫人として支えてくれるのかしら?」
アリスの問いにスカーレットはすぐ対応出来なかった。以前ウォーレンから近衛兵だけは受け入れられないと言われているので、グレンと結婚をするなら辞めなければいけないが、それ以降の事は未だ決めていなかった。
「婚約期間延長中に考えるわ」
スカーレットの答えにアリスは微笑みながら頷く。
「無理はしなくていいわ。私がスミス夫人として支えるのは決定事項だから」
「わかったわ」
グレンを好きだから結婚するだけでは足りない。いくら現状のハリスン家が自由だとしても、責任を一切負わなくていい訳ではないのだ。スカーレットは頷きながら、将来について一度きちんと整理をしようと思った。




