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迷宮

 アリスが主に携わっている公務は福祉関係だ。児童養護施設に訪問する際は子供達と触れ合うだけでなく、運営状況も確認している。また、女性の自立支援事業にも参加しており毎日忙しい。そしてその合間を縫って茶会も王宮で開いている。

 アリスはリチャードに結婚相手がいない事をとても気にしていた。その為に、開催する茶会は弟に相応しい女性を探す目的も兼ねていた。第一王女の茶会は優雅に飲食を楽しむものではなく、アリスと会話する為の教養が必要なのである。この時にアリスが厳しい視線で女性達を見ていたのも、気難しいと噂された理由のひとつであろう。

 今日も無事に茶会は終了し、緊張の面持ちで出席していた令嬢達は一礼して辞していく。その中の一人にアリスは声を掛けた。

「グレースは少し話があるから残ってくれる?」

「わかりました」

 他の令嬢達が茶会を開催していた応接間から退場すると、アリスはスカーレットに目配せをした。ここからは公務ではなく私的な時間という合図だ。スカーレットは頷くと開いている席に腰掛けた。アビゲイルは茶器などを回収し、部屋を出ていく。

「グレースはグレンを好きよね?」

 何の前置きもなく発した言葉にスカーレットは驚いたが表情には出さなかった。一方、グレースは一瞬驚いた表情をしたものの、すぐに人懐っこい笑顔を浮かべる。

「えぇ、レヴィで一番格好いいと思っています」

「顔立ちならアレックスが一番ではないかしら?」

「アレックスは近衛兵ですから結婚相手にはなりません。勿論、目の保養ではありますけれど」

 グレースはスカーレットがいるにもかかわらず、悪びれもなく言う。しかしスカーレットも特に気分を損ねなかった。アレクサンダーが幼い頃からそのような視線を受けていたのも、そしてそれを全て流していたのも知っている。

「公爵家がいいと言うのなら、オースティンはどう?」

「オースティンは悪くないですけれど、それならまだ殿下の方が――」

 そこまで言ってグレースは口を噤む。アリスからの視線が痛かったのだ。アリスは姉として弟と妹をとても大切にしている。グレースの口調はアリスにとって不愉快だった。

「流石に顔だけではないわよね。他の理由は?」

 スカーレットはグレースを助けようとしたわけではない。グレンのどこに魅力を感じているのかを知りたかったのだ。その質問にグレースは笑顔を浮かべる。

「顔さえよければ、後は問題ないと母が言っていたわ」

 グレースの言葉にアリスとスカーレットは耳を疑った。グレースの母フローラは夫を愛しすぎていて嫉妬深いと有名だ。しかしその夫であるリアンはどこにでもいそうな平凡な顔である。むしろ彼の魅力は人柄にあるので、人柄さえよければの間違いでないかと思えたのだ。

「性格ではなくて?」

 思わずアリスは疑問を口にした。スカーレットも同意見だったのでグレースの答えを無言で待つ。しかしグレースは笑顔のままだ。

「顔ですよ。アリス殿下も兄の顔がお好きでしょう?」

「エドガーの顔立ちは素敵だけれど、何よりも包容力が好きなの」

 スカーレットはアリスとエドガーが将来の約束をしていると知っていたが、アリスがエドガーのどこを好きかという話は初めて聞いた。リチャードが立派な王太子になるまで降嫁出来ないと言われ、そして八年も待っているエドガーは包容力があると言えるのかもしれない。しかしスカーレットには包容力というよりは執着という言葉が頭に浮かんだ。

「エドガーもリチャードの側近として努力を惜しんでいないわ。それなのにどうしてあの子は頼りないのかしら」

 アリスは小さくため息を吐いた。アリスの意を受けてエドガーはリチャードを誰もが認める王太子にしようと日々努めている。しかしまだアリスが認められる程には成長していない。

「アリス殿下が有能であると示してしまったのが間違いだったのではありませんか」

 グレースは憎めない笑顔のままだ。王女が賢いかどうかは貴族達にわかるはずがない。教養を担当している家庭教師はそのような話を言いふらしたりはしないのだ。しかしアリスは母を助けるという名目で公務に携わっている。児童養護施設の運営は滞りなく行われ、年々良くなる王都の治安はアリスの手腕であると広く知られていた。

「私はリチャードの敵対心を煽りたいと思って」

「敵対心を持たれるような性格ではないと思いますけれど」

 グレースの的確な指摘にアリスは視線を伏せる。男性なら誰でも女性に負けたくないと思うものではない。リチャードが争いを好まない優しい性格である事は、誰よりもアリスが知っている。

「私が悪いの? 私は自分で婚期を遅らせていたの?」

「私にはそう見えます」

「それなら早く言ってよ」

「兄から口を挟むなと言われていましたので。申し訳ありません」

 グレースは相変わらず悪びれた様子はない。彼女はいずれどこかに嫁ぐ身であり、実家がどうなるかに興味は持っていない。そもそもエドガーが絶対にアリスを諦めないだろうと思っている。

「ねぇ、本当にグレンの顔だけなの?」

 二人の会話が切れた所でスカーレットは口を挟む。スカーレットもグレンの顔立ちがいいのはわかるが、好みかと問われると答えられない。周囲があまりにも美男美女が多すぎて感覚が麻痺しているのだ。

「どうしたの? いつもこのような話に乗ってこないのに」

 グレースは不思議そうな表情をスカーレットに向けた。スカーレットは恋愛感情をどうにも理解出来ず、恋愛話になると途端に空気と化す。普段と違う態度にグレースはある事を思い出した。

「もしかして恋愛小説を読んで、何か感じた?」

「ごめん、途中で挫折した」

 スカーレットは素直に謝った。下手に嘘を吐いても取り繕う自信がなかったのだ。グレースは心底残念そうな表情を浮かべる。

「貸したのはどれも有名作品なのに。活字が嫌なら観劇にする?」

「読書が嫌ではないの。歴史書なら何でも読めるから」

「レティは本当に見た目と違い過ぎるわ」

 グレースはスカーレットに残念なものを見るような視線を向ける。スカーレットも過去散々言われてきた事なので返す言葉がない。

「私も恋に恋しているのだろうとは思うのよ。心の底からグレンを好きだったら、どのような手を使ってでも婚約を潰しているもの」

 にこやかな表情には似合わないグレースの物騒な物言いに、スカーレットは目を見開いた。アリスも眉を顰めているがグレースは動じない。

「恋愛小説みたいな恋愛をしたいわ。どこかに私を好きと言ってくれる男性はいないかしら」

「舞踏会で色々な男性と踊っていたでしょう?」

 スカーレットは舞踏会にドレスを着て参加はしていないが、アリスの護衛としては参加している。その為、グレースが様々な男性と踊っているのも知っていた。

「あれはスミス公爵令嬢の肩書に寄ってきただけよ。持参金目当てなんて嫌だわ。それに家族全員が私を愛してくれているけれど、美人でないのもわかっているから」

 グレースは三人きょうだいの末っ子だ。唯一の女児としてそれは甘やかされて育っている。しかし兄二人が美人の母似に対し、彼女は父似であった。化粧映えするので陰口を叩かれたりはしていないが、幼なじみ以外に素顔を晒したくないと強く思っている。

「つまり、二人ともグレンを愛してないという事?」

 アリスは呆れたように二人に問いかけた。スカーレットもグレースも頷く。

「信じられない。二人とも成人しているのだから、恋愛感情くらいわかりなさいよ」

「それがわかれば苦労しないのですよ。ねぇ、レティ」

 グレースに同意を求められスカーレットは再度頷く。スカーレットもグレンに恋すれば丸く収まるのはわかっている。しかし恋愛感情がわからないのだ。

 いい案だと思ったグレースへの質問が失敗に終わったスカーレットは、出口のない迷宮に頭を抱えた。

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