友人との王都散策
約束通り、スカーレットは休日にグレースと二人で王都を歩いていた。市がない日の王都も歩きたいというグレースの要望に応えた為、今日は前回よりも人出は落ち着いている。それでも市場は毎日人で賑わっており、グレースは今日も瞳を輝かせながら王都を歩いていた。
グレースが歩き疲れたと言うので、二人は茶店に入った。貴族御用達の所ではなく、平民が普段通っている店だ。使用される食器や店員の質は違うものの、提供される商品は価格以上だとスカーレットは思っている。グレースが任せるというので、スカーレットは自分の気に入っている果実水とケーキを注文した。
「レティ、葡萄酒はどういうものが好き?」
注文した商品を待っている間、グレースが問いかける。その意味がわからずスカーレットは首を傾げた。成人しているので飲酒は問題ないが、スカーレットは基本的に飲まない。近衛兵というのもあるが、そもそも好きでも嫌いでもないのである。
「私は葡萄酒よりも紅茶が好きよ」
「スミスで茶葉の栽培はしていないわ」
グレースの言葉でやっとスカーレットは意味を理解した。スミス領は葡萄及び葡萄酒の名産地である。王宮で振舞われる葡萄酒もほぼスミス産。レヴィ王国どころか、この大陸で葡萄酒といえばスミスと言われるほど有名なのである。
「領地に行くのはアリスの結婚式の後でしょう?」
「結婚式まで日数があるから、先に行ってこようと思うの。スティーヴィーお兄様に手紙を書いたら、いつ来てもいいと返事も貰っているわ」
ヨランダが引き継ぐ予定の児童養護施設の公務について、グレースは真面目に耳を傾けていた。スカーレットはもしかしたら三人でやりたいのかなと思っていたのだが、本当に領地の児童養護施設で役に立つから参加していたらしい。
「勿論、戻って来るよね?」
「十日程度で戻るわよ。女官の話を前向きに考えているから」
グレースは微笑んだ。スカーレットもグレースが王都にいてくれるのは嬉しい。しかし女官は基本的に独身女性か未亡人が勤める。
「結婚はどうするの?」
「領地にいい人がいればいいけれど、多分いないと思うから一人で生きていくわ」
「でもそれだと家族が作れないよ」
スカーレットは以前聞いたグレースの夢を素敵だと思っている。だからこそグレースには家族を作って欲しかった。
「夢は必ず叶うものではないわ。それに数年後に巡り合うかもしれない」
「年下は嫌なのでしょう?」
「平民上がりの官僚や他国の大使館関係者、いくらでも可能性はあるわ。それに私が自立する女性になるのも面白いでしょう? アリスやレティ程ではないにしろ、私も勉強は頑張ったのよ」
グレースは楽しそうに笑っている。彼女は自分の容姿に劣等感があるからこそ、家柄以外に羨ましがられるものを手にしようと頑張っていた。彼女もまた大学へ通えるほどではあるが、極めたい学問がなかったので試験を受けていないだけである。彼女の誰よりも優れている武器は父親譲りの社交性であるが、本人はあまり重要視していない。
「児童養護施設の件も、ヨランダより余程理解が早かったものね」
「あれは説明が上手だったの。彼はきっと出世するわ」
お待たせしましたと声を掛けて、店員が二人の前に注文した商品を置く。そしてごゆっくりどうぞと言って去っていった。グレースは笑顔でテーブルの上の商品を見つめる。
「ケーキも美味しそうだけれど、お皿が可愛いわ」
グレースの言葉にスカーレットも笑顔になった。グレースは無意識なのだろうが、基本的に前向きで、いい所を見つけたら素直に褒める。グレースのそういう所がスカーレットは好きだった。好きだからこそ、グレンが優しく接していたのが嫌だったのだ。
「どうかしたの?」
自分の中の仄暗い感情をグレースに知られたくなくて、スカーレットは無意識に俯いていた。それを不審に思ったグレースが声を掛ける。
「ううん、何でもない」
「何でもないという顔ではないわ。グレースさんに隠し事は厳禁よ」
スカーレットにとってグレースは、幼なじみであり姉のようでもある。上手く誤魔化せるはずなのに、何故かグレースの前だと上手く振舞えない。
「グレンと三人の方が良かった?」
「そうなるとまたジミーが来るだろうから遠慮するわ」
「どうしてジミーが?」
不思議そうに尋ねるスカーレットにグレースは呆れる。
「レティがグレンと二人がいいように、グレンも二人がいい。それだけの話」
さらっとそう言ってグレースはケーキを頬張る。そしてその素朴な味に笑顔になった。普段食べる物も美味しいのだが、料理人が腕に選りをかける為に複雑な味が多い。素材の味を前面に出したケーキは、グレースにとって初めての味だったのである。
「レティに独占欲が出てきたのなら私も嬉しいわ」
「嬉しいの?」
スカーレットは不安そうな表情で聞き返す。グレースは優しく微笑む。
「嬉しいわよ。レティには心から笑って欲しいもの。何も知らない女のやっかみは汚いけれど、レティが今抱えている感情は決して醜くないから」
「そうは思えないけれど」
「グレンは間違いなく喜ぶわ」
「確かに嬉しいとは言っていたけれど」
「それなら何も問題ないでしょう? 結婚の約束をしている二人が好き合っているだけの話よ。羨ましい限りだわ」
そう言ってグレースは果実水を口に運ぶ。爽やかな林檎の香りがほのかに感じられて笑顔で前を向くと、そこには困惑した表情のスカーレットがいた。
「好き合っている、わけでは」
「往生際が悪いわね。グレンが私に優しくするのが嫌だったのでしょう?」
グレースは真剣な表情でスカーレットを見つめる。スカーレットは言葉にするのを躊躇い、僅かに首を縦に振った。
「私とグレンはお互い恋愛感情がない、純粋な幼なじみなの。それだけ」
グレースは昔からグレンとスカーレットが仲良のいい夫婦になればいいと思っている。しかしスカーレットの態度が煮え切らないからこそ、二人で出掛ける所に無理矢理割って入ったのだ。グレンの自分に対する態度が他の女性と違う事をわかった上での行動である。自分の思惑通りにスカーレットの気持ちが動いてグレースは満足だった。
「それがわかっているから自分の感情が嫌になったの」
「レティの独占欲なんて可愛いものよ。父の親友なんて酷いわ」
流石に陛下と言うのは憚られたので、あえてグレースは父の親友と言ったが、スカーレットにはそれだけでエドワードだとわかった。そしてそれを聞いてスカーレットも微笑む。
「グレースの母親よりも?」
「母は解けない催眠術にかかっているのではないかと思うわ。娘の私からしても父の容姿は平凡にしか見えないもの」
「それは流石に言い過ぎだと思う」
グレースの声色があまりにも軽いので、スカーレットも思わず笑ってしまった。グレースも笑顔を浮かべる。
「誰にでも個性があるように、夫婦や家族の形もそれぞれだと思うの。レティは常識なんて気にしないで、レティが思う家族をグレンと築けばいいのよ」
「流石にそういう訳には」
「昔は生真面目な家だったらしいけれど、グレンの伯父さんが非常識すぎるのだから、誰も常識なんて期待していないわよ」
「あの人は見た目があれだけど、仕事はとても真面目なのよ」
「父に対しての容姿弄りが酷いわ」
「グレースの化粧の腕を褒めていたわよ」
スカーレットの言葉に、グレースはケーキを口に運ぼうとした手を止めた。自分の化粧が褒められていたとは初耳だったのだ。
「本当に?」
「本当よ。あの人は美に対して弛まぬ努力をする人が好きなの」
グレースは嬉しそうに笑いながらケーキを口に運んだ。どの男性に褒められても特に響かなかったが、ウォーレンに褒められるのは別だったのだ。男性であり公爵家当主であるにも関わらず、堂々と化粧をして宰相をしているウォーレンはグレースの憧れであった。
「私はあの化粧品が使いたいのよ。手紙を書いたら渡して貰える?」
「私は会う用事がないからグレンかエミリー経由になるけど、それでいいなら」
「渡して貰えるなら何でもいいわ。これを食べ終えたら帰りましょう。部屋で手紙を書くから持って帰って」
グレースは本当に嬉しそうだ。スカーレットは押し付けられて使っているだけの化粧品だったが、グレースの様子を見て大切に使うようにしようと思った。容姿の美しさなど意味はないと思っていたが、グレンの横に立つのに相応しい自分でありたいと、グレースを見ながらそう思えたのだった。




