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王女の思惑 女性護衛騎士の憂鬱  作者: 樫本 紗樹


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前向きに検討中

 グレンとスカーレットはいつもの部屋でメイネス王国の歴史書を翻訳していた。レヴィ王国とは違い、メイネス王国の歴史はそれほど長くない。そもそも借りた歴史書自体、歴史の流れを簡単に知る為の簡易的な書物だったので終わりが見えかけていた。

「歴史書を訳し終えても完全に話すのは難しそう」

 今日の作業が終了してスカーレットは思わず呟いた。歴史書ゆえに言葉に偏りがある。日常会話に必要な言葉は他に沢山あるように彼女には思えた。

「そうだね。これを終えたらメイネス語での会話訓練に切り替えていこう」

 グレンは笑顔で提案をした。折角二人で過ごせる時間を確保出来ているのだ。歴史書を翻訳して終わりにはしたくなかった。スカーレットは頷いて同意する。

「えぇ。会話が出来なければ意味がないもの。頑張るわ」

 スカーレットは長らく自分には語学力がないと思っていた。しかしライラやアレクサンダーが秀で過ぎているだけで、やればそれなりに出来ると証明出来た。これからも学び続ければ、レヴィ語と同じくらいまで扱えるようになるのではないかと期待している。

「グレンには感謝しているの。私もやれば出来ると教えてくれてありがとう」

 スカーレットは笑顔でグレンに礼を言った。彼女だけではメイネス語を覚えられたかわからない。グレンが提案してくれた勉強法が彼女に合っていたからこそ、ここまで学べて更に頑張ろうと思えたのだ。

「レティは基本的に何でも出来ると思うよ。出来すぎるアレックスと比べるから良くない」

「兄上は異常だと私も最近思うようになってきた」

「それがいいよ。あのような人間はそうそう存在してはいけない」

 グレンが笑顔でそう言うので、スカーレットも笑顔で頷く。成人するまでは狭い人間関係だったが、成人後近衛兵になってからは色々な人達と交流する機会も増えた。近衛兵も優秀な人ばかりではあるが、そこでも飛び抜けているアレクサンダーと比べる事自体間違っていたのだ。

「兄上は卑怯なのよ。賢くて顔立ちも整っているのに誰からも好かれて」

「あれでも恨みは買わないように気を遣っている」

「そうなの?」

 スカーレットは納得がいかず聞き返したが、グレンが肯定を強調するように頷いたので、そうなのかと判断をする。乳兄弟でもあるアレクサンダーとグレンの仲は、彼女が知らない部分も多い。

「アレックスの話はここまでにしよう。今日は公務の引継ぎだったと思うけど順調?」

「えぇ。アリスの結婚式まで時間があるから、特に問題なく引き継げると思う」

「その公務はヨランダ殿下が嫁いだ時はどうなるの?」

「多分王妃殿下に戻ると思うけれど、どうして?」

 現時点ではヨランダとスカーレットが引き継いだ後の事は何も決まっていない。アリスが公務をはじめた時も、嫁いだ時の取り決めは特にしていなかった。だからスカーレットは取り決めなど別に必要ないだろうと思っている。

「もしレティがその仕事を一生したいというのなら、それを支えようと思って」

「確かにやりがいのある仕事だけれど、あれは王家の仕事だわ。私だけではどうにも出来ない」

「将来王妃殿下と共に、という話になるかもしれないだろう?」

 グレンに言われて、スカーレットはその可能性に気付いた。そもそもナタリーの仕事量を減らす為にアリスが担っていた公務である。ナタリーは一人で問題なく引き受けるだろうが、エドワードが口を挟んでくる可能性は否定出来ない。

「王妃殿下と一緒でも私は構わないけれど、それならグレースの方が向いているかもしれない」

「そう言えばグレースも最近一緒に参加していたね」

「そうなの。領地スミスの児童養護施設運営に役立つかもと言っていて」

「この前の市でもお土産を買っていたけれど、グレースは領地に行くの?」

「行かないで欲しいとは伝えたのだけれど、領地で結婚相手を探すみたい」

 スカーレットの言葉にグレンは不思議そうな顔をした。結婚相手を探すのと、児童養護施設の運営が結びつかなかったのだ。彼女もまた説明が下手だったと、改めてグレースがどういう意図で行動をしているのかを順を追って説明をした。

「そうだったのか。グレースならどの道を選んでも上手く立ち回りそうではあるな」

 スカーレットの説明で理解をしたグレンは微笑みながらそう言った。その表情が彼女は何だか面白くない。グレンは誰にでも優しく接するが、ケイトやヒルデガルトとの時は一線を引いている感じがする。しかし先日の王都でもそうだったが、グレースに対してはそういう線引きを感じない。それを間近で見るのが嫌で、先程はグレースにグレンと出かける日以外と言ってしまったのだ。

「グレースが、また王都へ行きたいと言っていたわ」

「結構楽しそうにしていたからな。あれだけ歩くとは思わなかった」

「二日間、筋肉痛で泣いていたと言っていたわ」

 スカーレットの言葉にグレンは声を出して笑う。

「ジミーと同じ事を言っている。あの二人は自分の筋力を知った方がいい」

「でもね、また一緒に行く約束をしたの」

 スカーレットの言葉にグレンは笑いを収めて彼女を見つめた。彼女はその視線の意味を測りかねたが、嫌なものは嫌だと言おうと言葉を続ける。

「今度はグレースと二人で行ってくるね。グレンと約束した日以外で」

 グレンは微笑を零した。彼の安心したような表情にスカーレットもつられて微笑む。

「そう判断してくれたなら嬉しい。四人も楽しかったけれど、本当はレティと二人が良かったから」

「でもグレンはグレースに色々と世話をしていたわ」

 グレンは果実水だけでなく、飴もグレースに買っていた。また大量に購入していたお土産も全てグレンが持っていたのだ。グレースがこういうものが見たいという要望に対しても、にこやかに応じていた。

「一回で終わらせようとしていただけだよ」

「グレースを誘ったのはいけなかった?」

 そもそもそこから間違えていたのかもしれないとスカーレットは思った。グレンは彼女が提案した事に対して、基本的に否定をしない。

「ケイトなら断っていたけれど、グレースなら問題ない」

「つまりケイトの気持ちを――」

 そこまで言ってスカーレットは口を噤んだ。ケイトが内緒にしている事を彼女が口にしていいわけがない。それを察してグレンはゆっくりと頷いた。

「グレースはレティの生涯の友人になると思っているから、大切にしたいかな」

「だけどグレースは領地で結婚してしまうかもしれない」

「どうかな。領主の娘と結婚したいと名乗れる男性が、スミス領にいるとは思えない」

 グレンの言葉にスカーレットも思わず納得してしまった。あの土地は長らくスミス家が治めている。今はグレースの兄スティーヴィーが領主代理として治めているが、スティーヴィーはジェームズ程ではないにしろ、妹を可愛がっている。簡単に結婚を許す気がしない。

「何だかグレースも大変だわ」

「それでもグレースは自分の意思を曲げないと思うよ。アリス殿下もそうだけれど」

「そうね、皆強いわ」

「レティも強い意志で私を選んでくれたらいいなと思う」

 グレンは真剣な表情をスカーレットに向ける。彼女は戸惑いながらも、目を逸らす事無く受け止めた。

「ま、前向きに検討中よ」

「本当? それは嬉しいな」

 グレンは本当に嬉しそうに微笑んだ。彼はグレースのお節介がどうかと思ってジェームズを巻き込んだのだが、結果的に良い方向に転がったようで一安心したのである。一方、自分の気持ちを未だ把握しきれていないスカーレットは、それでもグレースと自分に向ける彼の表情は違うと漠然と思っていた。

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