四人で回る王都の市
グレンとスカーレットは王都にある噴水近くで二人を待っていた。王都は国内一賑わっているが、市の日は普段以上に人出が多い。辻馬車乗り場もあるこの場所は、多くの人が行き交っている。
「どうしてジミーまで?」
スカーレットは二人でグレースを迎えに行くのだと思っていた。王宮から王都の市へ行くのに、スミス家を経由するのはそれほど遠回りではない。一度グレースに王宮へ来てもらうよりは、迎えに行った方がグレースも楽だろうと納得をした。しかし今朝になってジェームズが迎えに行くからとグレンから説明を受けたのである。
「ジミーはこのカフスを気に入っていたから一緒に行きたいだろうと思って。三人も四人も一緒だろう?」
「それはそうかもしれないけれど」
平和を享受している現在、王都で窃盗や喧嘩などに遭遇する確率は低い。しかし絶対にないわけではないのだ。グレースは勿論の事、グレンとジェームズも剣技など鍛えていない。スカーレットはグレースだけなら守れると思ったのだが、三人は流石に難しいと表情を曇らせた。
「私達の護衛はしなくていいよ」
「グレースに何かあればスミス卿に顔向けできないわ」
「グレースが行くと言ったのだから、レティが責任を感じる必要はない。そもそも今までも二人で歩いていて何もなかっただろう?」
王都の警備は赤鷲隊の担当である。戦争がない故に人員も確保出来ており、非常に安全な都市だ。スカーレットもジョージが取り仕切っている警備に穴があるとは思えない。しかしいつ何かが起こるかもしれないと常に考えてしまう。
「グレースが万が一誘拐でもされたら」
「子供ならまだしも、成人女性を誘拐する?」
「ほら、グレースは可愛いから」
グレースはスカーレットが持ってないものを持っていると思っている。誰とでも分け隔てなく話せるのも尊敬するし、彼女の笑顔は周囲を笑顔にしてしまう魅力がある。本気で心配しているスカーレットにグレンは冷めた視線を向ける。
「グレースは大人しく誘拐されたりしない。きっと上手に変装してくるよ」
「変装に上手と下手があるの?」
スカーレットがグレンに投げかけた時、背後から聞き覚えのある声が聞こえた。
「だから背中を曲げさせないでよ」
「姿勢が良すぎるんだって」
スカーレットが振り返ると、ジェームズが女性の背中を曲げようとしている。スカーレットは一瞬戸惑ったものの、声でグレースだと気が付いた。幼い頃は化粧などしていなかったが、ここ数年は常に化粧をしていたので素顔に近いグレースの顔が一瞬誰だか判別出来なかったのだ。
「うちの使用人は皆姿勢がいいの。だから背中は曲げないわ」
「あの家で働ける者は出身も悪くないだろう?」
「児童養護施設出身者もいるわよ」
「二人はそんな言い合いしながら来たのか?」
二人の会話にグレンが割って入る。その声でジェームズとグレースはやっとグレンとスカーレットを認識した。
「グレンも言ってよ。私のこの完璧な変装に文句をつけるの。おかしいと思わない?」
グレースは胸を張ってグレンとスカーレットの前に立った。質素なワンピースに斜め掛けの鞄をかけている。靴下も靴も質素であり、髪も後ろに束ねただけ。そしていつもとは違う素顔に近い化粧でどこから見ても平民に見える。はずなのだが、グレンもスカーレットも違和感を抱いた。
「見た目は確かに平民だけど、とてもお嬢様な感じがするわ」
「どこが?」
「何と言えばいいのかな。とにかく雰囲気」
スカーレットは言葉で上手く説明出来なかった。しかしグレースから漂う雰囲気が、ただの平民とは思えない。
「よく見ろ。グレンとレティはかつらだけで馴染んでいる。私もどこから見ても商人の息子だろう?」
ジェームズは自信満々にグレースに言っているが、スカーレットから見れば彼も雰囲気が商人の息子らしくない。よほどグレンの方が王都に馴染んでいる。
「残念だがジミーも裕福な育ちが隠せていない。二人とも大富豪の息子と娘が限界だな」
「グレンの目は節穴なの? これほど質素な大富豪の娘がいるものですか」
「もうその話し方が平民と違う」
「グレンもそうでしょう?」
「やろうと思えば俺は出来るよ。アレックス風な話し方」
グレンの一人称俺に、グレースだけでなくジェームズもスカーレットも訝しげな表情を向ける。
「何?」
「グレン、一人称は普段通りの方がいいわ。全然似合ってない」
スカーレットの指摘にグレンは複雑そうな表情を浮かべる。
「結構合ってると思ってたんだけど」
「違和感しかない。兄は一人称が何でも平気だけれど」
「俺は?」
二人の会話にジェームズが割って入る。それを見てグレースが鋭い視線で彼を睨む。
「ジミーは好きにしたらいいでしょう? レティに問いかけないで」
「四人で出掛けるのだから別にいいだろう?」
「後から割り込んできたのだから出しゃばって来ないで。私は市を楽しみにしてきたの。二人とも案内宜しく」
グレースはジェームズに睨みを利かせた後で、グレンとスカーレットに笑顔を向けた。楽しそうなグレースにスカーレットは思わず微笑む。
「それならクレープを食べに行こう。美味しいお店を知っているの」
「銀貨は沢山持ってきたの。楽しみ」
スカーレットとグレースは微笑み合うと、市へと向かって歩き出した。その後ろをグレンとジェームズもついていく。
「グレースに連れて行かれているけどいいのか?」
「レティが楽しそうだからいいよ。クレープに噛り付くグレースも見てみたいし」
「噛り付く?」
グレンの言葉の意味がわからずジェームズは聞き返す。ここにも平民の暮らしに詳しくない者がいたかとグレンは苦笑いをする。貴族が食べるクレープは皿に綺麗に盛られているものだが、スカーレットが案内するのは片手で食べられるように巻いてあるものだ。
「何事も経験だ。ジミーも食べるといい」
しばらく歩いて四人は目的のお店の前に辿り着いた。グレースは瞳を輝かせながら露店で焼いているクレープを見つめている。彼女は料理をしている場面を見るのも初めてだった。その間にスカーレットはクレープを注文する。
「え? これ?」
グレースはスカーレットに渡されたクレープに戸惑う。彼女は紙に包まれたクレープをどうしていいのかわからない。グレンは人を避けるように路地を指差し、四人は移動をする。そこでスカーレットは笑顔でクレープに噛り付いた。
「美味しいから食べて」
笑顔で薦められグレースは戸惑いながらクレープに噛り付く。そして笑顔を浮かべた。
「思っていたクレープとは違うけど美味しい」
「露店では片手で食べられる物が沢山売られているの」
二人が笑顔でクレープを食べている間、グレンはジェームズにここにいてと言い残して市へと消えていく。そして暫くして両手に飲み物を持って戻ってきた。
「はい、果実水」
グレンはスカーレットとグレースにそれぞれ果実水を渡す。
「ありがとう。喉が詰まりそうって思っていたの。流石グレンね、気が利くわ」
グレースは笑顔で礼を言うと果実水を口に運ぶ。
「さっぱりしていて美味しい。あ、代金は鞄から銀貨を持っていって」
グレースは両手が塞がっているので、腰を使って鞄をグレンに差し出した。グレンはそれを微笑んで受け止める。
「いいよ、これくらい」
「グレンと貸し借りをする気はないわ」
「私もないよ。レティにだけ買うわけにいかないついでだから気にしないで」
「そう言われると面白くないけど、まぁ奢られてあげるわ」
グレースが楽しそうに微笑むとグレンも楽しそうに笑う。その二人の仲が良いやり取りを見て、スカーレットは何だか胸の奥がもやもやとした。グレンは幼なじみ達誰とでも仲良くしているが、グレースと二人でやり取りしているのを見る機会は今までなかった気がした。
「銀細工のお店も楽しみだけれど市全体を見たいの。グレン、案内してくれる?」
「私は構わないけど、グレースの足が持つかな」
「歩きやすい靴を用意して貰ったわ」
「体力的な話。私とレティは歩き慣れているから加減がわからない」
スカーレットは近衛兵であるし、乗馬もこなすので体力は一般女性より遥かにある。しかしグレースは公爵令嬢らしく普段の移動は馬車だ。舞踏会で踊るにも体力は必要なのでそれなりにはあるだろうが、踊るのと歩くのでは違うはずだ。
「最初に銀細工の店を見て、余裕があったら他を見ればいいのでは?」
「どうしてジミーが仕切るのよ」
「もう歩けないと言われて連れて帰るのが嫌だから」
「そんな事は言わないわよ。万が一歩けなくなったら馬車を呼ぶから」
グレースは不満そうにそう言うと、クレープを食べきり果実水も一気に飲み干した。
「ごみはどうしたらいいの?」
「向こうに屑入れがあるから捨てよう。レティは食べ終わりそう?」
「あ、すぐ食べるね」
二人のやり取りを見ていたのでスカーレットは動きを止めていた。彼女は慌てて残りのクレープを口に入れる。あまりにも慌てたので、口の横にクリームが付いた。
「レティ、急がなくていいわよ」
そう言いながらグレースは鞄からハンカチを取り出して、スカーレットの顔についたクリームを拭う。
「ありがとう」
「どういたしまして。さぁ市へ戻りましょう」
グレースはハンカチを鞄にしまうと立ち上がってスカーレットに手を差し出す。スカーレットは驚きながらもその手を取る。
「女性同士で手を繋ぐのはどうなの?」
「人混みではぐれたら大変だもの。一番頼りになりそうなレティの手がいいわ」
ジェームズの指摘にグレースは笑顔で答える。彼は何をしに来たんだと視線で訴えたものの、彼女はそれを無視してスカーレットの手を引っ張って市へと戻っていく。その背中を見てジェームズはため息を吐く。
「何をしに来たんだ、グレースは」
「息抜きだろう。今回だけなら私は構わないよ。はぐれないように私達も行こう」
グレンはスカーレットとグレースの後を追う。ジェームズはもう一度ため息を吐いてから、三人の後を追った。




