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王女の思惑 女性護衛騎士の憂鬱  作者: 樫本 紗樹


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スカーレットの私室にて

 幼なじみとして王宮で集まる時、幼い頃は母親達の茶会の傍らだった。だが子供達が大きくなると、母親達は子供を連れずに茶会をするようになった。リチャードをはじめ王子にはその学友として幼なじみが一緒にいる事は多かったが、王女はそうでもない。特にアリスは王女としては異例の量の学業を修め、公務をし、茶会でリチャードの結婚相手を探すなど忙しくしていた。その為、スカーレットの私室を訪れたのは初めてであった。

「この狭さはおかしいわ。父に文句を言っておく?」

「私はこれでいいから大丈夫」

 アリスの部屋と比べればスカーレットの部屋は狭い。しかしそれは身分が違うので当然の事だ。そもそもスカーレットの部屋は誰かを招く想定をしていない。あくまでも生活拠点であり、来客時には他の空き部屋を使えばいいのである。今回はグレースがスカーレットの部屋でと言うから連れてきただけなのだ。

「私の部屋もこれくらいよ。アリスの部屋が広すぎるだけなの」

 グレースにそう言われ、アリスはそういうものかと納得をする。王族は公務以外で王宮から出ないので、アリスには貴族令嬢の一般的な私室の大きさがわからない。勿論、結婚後に暮らす予定のスミス家別邸には足を運んでいるが、エドガーの配慮によってアリスが暮らす予定の部屋は現在と同じ広さとなっていた。

「でも、ライラの部屋は私の部屋と同じくらいよね?」

 アリスはふと思い立ってスカーレットに尋ねる。王宮の外の事情はわからなくても、中ならわかる。ライラの部屋はスカーレットの部屋より広いのだ。

「母は赤鷲隊隊長夫人で、本来なら色々な人が訪ねてくる立場の人だから」

 ライラの部屋はナタリーをはじめ、他の王族と同じ広さを有している。しかしその部屋に尋ねてくる者は家族を除くと、数少ない友人かウォーレンくらいだ。彼女の社交嫌いは有名であり、また今は平和なので総司令官の妻に擦り寄ろうという者もいないのである。

「部屋の大きさの話はここまで。それよりグレースさんに悩んでいる事を打ち明けちゃいなさいよ」

 グレースは満面の笑みをアリスとスカーレットに振りまく。アリスは訝しげな表情を浮かべ、スカーレットは準備してきた果実水をグラスに注いで全員の前に置いた。

「一人で悩んでいても解決しないわ。私に話したら何か見えるかもしれないでしょう?」

「グレースは見た目だけでなく、中身もリアンに似ているのね」

「友人を思う気持ちは大切だと思うわ。アリスはもうすぐ義姉になるから、友人と呼んでいいのかわからないけれど」

「私は昔から妹だと思っているわよ」

「そうなの?」

 グレースは驚きの表情を浮かべている。そこまで驚く事だろうかとアリスは首を傾げた。

「エドガーの妹は私の妹。当然の話だわ」

「そう。妹には恋愛相談しないわよね。だけど、兄絡みで私ほど適切な相談相手はいないと思うのよ」

「私は結婚に対して何も悩んでいないけれど」

「母に関して不安はない?」

「ないと言ったら嘘になるけれど、エドガーは私の味方でいてくれると思う」

「その兄の愛の重さに不安は?」

 グレースは真剣な表情でアリスを見つめる。アリスもグレースの視線をまっすぐ受け止めた。

「エドガーは私の嫌がる事は絶対にしない」

「それはそうかもしれない。だけど兄は母と同じく独占欲が強いわ。結婚後の休みを三日にしたのは悪手だと私は思う」

「結婚後に五日も休む臣下なんて聞いた事がないわよ」

「兄の世界はアリス中心に回っているの。もう手筈は整ってしまったから、覚悟を決めるしかないけれど」

「グレースは誰の味方なのよ」

「私はアリスにもレティにも幸せになって欲しいの」

 そう言ってグレースはスカーレットの方へ視線を向ける。

「レティはグレンとの関係に進展はあったの?」

 スカーレットは視線を伏せると首を横に振る。児童養護施設の公務やメイネス語に関しては前に進めていると思えていた。しかしグレンとの関係は今も中途半端なままだ。

「ちなみにジミーに誘われたら一緒に王都へ行く?」

 突然のグレースの問いにスカーレットは視線を上げる。グレースに揶揄っている様子はない。

「ケイト至上主義のジミーが私を誘わないと思うけれど」

「それならグレンの弟でも私の兄でもいいわ。二人きりで出掛けてもいい幼なじみはいる?」

 スカーレットは考えてみたものの、会えば話をするが、一緒に王都を歩く程仲のいい幼なじみはいない。アレクサンダーとなら問題ないが、ここは兄の名前を出すべきではない事は流石にわかる。

「グレースとなら一緒に行くわ」

「私とグレンと三人で行くのに抵抗はないの?」

「別に構わないけれど、今度一緒に行く?」

 グレースは内心グレンに同情しながらも、笑顔を浮かべた。

「それならお言葉に甘えて一緒に行こうかしら。グレンのカフスをジミーが褒めていたから少し気になっているのよね」

「一点物ばかりを扱っているお店だから同じ物はないけれど、とても魅力的なお店なのよ」

 スカーレットは例の店がとても気に入っているので、多くの人に知って貰いたい気持ちがある。グレースもスカーレットの口ぶりでそれを察した。

「折角見つけたお店なのに、私に教えてもいいの?」

 グレースの言葉にスカーレットは頷こうとして止まる。アレクサンダーに問われた時、グレンは紹介を避けていたのを思い出したのだ。スカーレットは秘密にしたいとは思っていないが、グレンはふたりの秘密にしたいと思っているのかもしれない。

「グレンに聞いてからにしようかな」

「まずは三人で出掛ける事に対して確認するべきだと思うわ」

「グレンもグレースなら気にしないと思うけれど」

「私は父に顔が似ているせいか無害な人間と思われやすいのよ。あぁ、腹立たしい」

 グレースは不満そうにそう言うと果実水を勢いよく半分程飲む。しかしスカーレットにもアリスにも何が不満なのかわからない。

「グレースが有害に見える人間は心が病んでいると思うけれど」

「そういう意味ではなくて。私は常に恋愛対象外という話」

 慰めの言葉を紡いだアリスにグレースは鋭い視線を送る。しかしアリスには響かない。

「グレンに関して言うならレティ以外全員対象外よ。多分エドガーも私以外対象外だわ」

「そうね、二人とも一途な愛を向けられて大変だとは思うけれど心底羨ましい。私には一生そういう人は現れないもの」

 グレースは拗ねている。いつの間にか相談者の立場が入れ替わっている事に、スカーレットは追い付けない。

「仮に父のような男性が現れても嫌でしょう?」

「監視はされたくないけれど、悪くはないわ」

「グレース、落ち着いて。父は結婚相手に選んではいけない類の人よ」

「それをエドガーお兄様と結婚するアリスに言われても何の説得力もないわ」

「エドガーと父は似てないでしょう?」

 アリスは嫌そうに言った。それに対しグレースは呆れ顔を浮かべる。

「近いものはあるわよ」

「どこが?」

「結婚したらわかるわ。ところでレティ、次はいつグレンと王都に行くの?」

「三日後だけれど」

 同じ意匠の装飾品を買ってからスカーレットはあの店を訪ねていない。グレンの休みと市の日が重なるのが三日後なので、その日に一緒に行く約束はしていた。

「朝からここに来れば一緒に連れて行ってくれるのかしら」

「多分。一応グレンに話はしておく」

「よろしく。話はその後に聞く事にするわ」

「三日くらいでどうにかなるとは思えないけれど」

 スカーレットは本心でそう言ったが、グレースは含みのある笑みを浮かべるだけ。不審に思ってアリスの方を見るが、アリスは余程エドガーとエドワードが近いと言われたのが引っかかっているようで、一人で考え込んでしまっている。スカーレットはグレースの考えがわからないまま、果実水を口に運んだ。

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