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王女の思惑 女性護衛騎士の憂鬱  作者: 樫本 紗樹


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公務の引継ぎ

 アリスは想定よりも結婚までの時間が出来たので、確実に公務を引き継ごうとヨランダに細かく教えていた。その場にはスカーレットだけでなく、グレースも児童養護施設を訪れた後は毎回参加している。しかしグレースは三人でやろうというわけではなく、スミス公爵領の施設に役立てようとしているだけだ。

 エドワードが選んだ補佐の男性も参加をし、今日は運営についての説明があった。ヨランダは資料を片手に聞いていたが、元々何もやっていなかったので根本的な所からわからない。それを男性は嫌な顔をせず、ひとつひとつ丁寧に教えていく。ヨランダはアリスと比べると劣るというだけで、この公務を任せられる程の能力は持ち合わせている。教えて貰った事はすぐに理解するので、二人のやり取りは問題なく前に進んでいく。その様子をアリスとグレースは無言で見守り、スカーレットは同じ公務を引き継ぐ為に二人を邪魔しないよう黙々と聞いていた。

「もう少し身なりを整えてあげたいのだけれど」

「それは難しい問題ですね。生活水準は一度上げると下げるのが難しくなります。今の人数なら問題ありません。しかし隣国から難民が流れてくるようになる可能性は考えておくべきです」

「それは父が許さないと思うけれど」

「国境で泣き叫ぶ人々を無視し続けられると思いますか? 泣き叫ぶ彼等は被害者なのですよ」

 男性に問われ、ヨランダは難しい顔をして考え始める。仮にヒルデガルトが縋ってきたとしても、自業自得だと突っぱねるのは誰もが賛成するだろう。しかし庶民達に罪があるとは思えない。神に祈るだけで何もしなかった事を罪とするのは、ヨランダには横暴に思える。だが、エドワードならそれを罪と言いそうだとも思えた。

「父が受け入れると思っているの?」

「陛下の考えはわかりかねます。ただ、サリヴァン卿が難民について色々と調べています」

 児童養護施設の公務はアリス担当であるが、彼女が全てを請け負っている訳ではない。教育と福祉に関する国家事業は全てフリードリヒの管轄なので男性は彼の部下に当たる。侯爵家の嫡男である彼はフリードリヒにその才能を認められて、今の仕事をしていた。

「ローレンツ公国はスミス公爵領に近いのに、叔父が口を挟んでいいの?」

「難民は領地問題ではなく国家問題です。実際国境を守っているのは閣下配下の軍人ですから」

 二人のやり取りをアリスは無表情ながら、内心はヨランダを抱きしめたい思いで見つめていた。公務をやりたくないと言っていた割には、文官と話が出来る程度には国の事を把握している。ナタリーがいつでも自分に戻していいと言っていたのだから、ヨランダが投げ出してもアリスは責めないつもりでいた。しかしこうして公務を引き継ごうと努力している姿を見て、最初に強引に押し付けてよかったと思う。ただ、二人のやり取りの中に愛情が芽生えている兆しがないのだけは残念だった。

「お姉様はどう思っているの? 公国の難民について」

「父ならシェッドに押し付けると思うわ」

 アリスは思っていることを素直に口にした。その言葉にヨランダだけでなく、男性もがアリスの方を見る。

「何故シェッドなの? レヴィの方が近いでしょう?」

「宗教を持たない人間がルジョン教を理解するのは難しいわ。教義が違うとはいえ、公国とシェッド連邦は同じ唯一神を崇めているの。距離ではなく心が近いのよ」

 アリスの説明にヨランダは納得いかないのか、不満そうな表情を浮かべる。

「しかし教義が違うのは大きいのではないでしょうか。少なくとも国を分けた程なのですから」

 ヨランダの横で男性がアリスに意見をする。それを聞いてヨランダも頷いてアリスを見つめた。

「母の話によると聖書は同じで、教義としてまともなのはシェッド連邦の方らしいの。公国は国を分けた後で教義を曲解しているみたいよ」

 アリスはルジョン教に詳しくない。彼女はエドワードの血を濃く引いている為、宗教を拠り所にする気持ちが理解出来ないのだ。それでもナタリーが棄教していない事も知っているし、母が信じている宗教を頭ごなしに否定する気もない。ただ、ナタリーがエドワードと夫婦でいる為に、またレヴィ王妃である為に宗教と折り合いをつけているのは特殊だというのは理解している。折り合いをつけられる人間が少数派なのは間違いないのだ。

「難民問題は置いておいて、身なりを整えるのは賛成しないわね」

「どうして?」

「人は与えられるとそれに甘え、次第に慣れてしまう。慣れてしまうと上を目指さなくなり、むしろもっと与えろと文句を言うようになる。それは国の為にならない」

 アリスは厳しい口調でヨランダに言う。

「これは国だけではなく愛情も同じだと思うわ。愛されるのが当たり前だと思うようになればおかしくなる。その点に関して両親は流石だと思うわよ」

 アリスは幼い頃の記憶は曖昧なので、彼女は仲が良い両親しか知らない。愛情を試すような行動も見た事はない。それでもお互いが、愛され続けたいと思っているのは何となくわかる。勿論、エドワードとナタリーが夫婦として成り立っているのは、ナタリーの寛大さのおかげだ。行動を監視されようとも、政治関係の話で冷たく言われようとも、ナタリーはエドワードの全てを受け止めている。アリスはエドガーの全てを受け止められるのか、最近少し悩んでいた。

「お父様はいつお母様に捨てられてもおかしくないと思うけれど」

「お母様は何故かあのお父様が愛おしいのよ」

「どこがいいのかしら? お母様は別に地位やお金に執着もしていないのに」

「それはヨランダがいつかいい人に巡り合えればわかるわよ」

「お姉様はわかるの?」

 ヨランダの問いにアリスは微笑む。

「話が逸れているわ。公務の引継ぎに集中しなさい」

 アリスは有無を言わせない強い声でそう言いながら、補佐担当の男性に視線を向ける。男性は手元の資料をヨランダに差し出しながら、説明の続きを始めた。

「私がいるので気を遣いましたか?」

 グレースは小声でアリスに尋ねる。アリスは微笑んだ。

「グレースは口が堅いと信じているわよ」

「それは光栄です。ねぇ、レティはどう?」

「どう、って?」

「グレンに地位やお金がなくても、グレンと結婚をする?」

 急に話を振られてスカーレットは困惑を隠せない。そもそも彼女は未だグレンとの結婚について答えを出せていないのだ。それなのに架空の話をされても、上手く想像出来ない。

「レティ、この後で少し話に付き合って」

「私は今日休みではないのだけれど」

「護衛はこの引継ぎまででいいわよ」

 仕事を理由に逃げようとしたスカーレットを、アリスがあっさりと切り捨てる。グレースは嬉しそうにアリスに微笑みかけた。

「アリス殿下も良ければ三人でどうですか?」

「あら、私がいると誰かに筒抜けになる可能性があるわよ」

「レティの部屋は閣下の敷地内なので監視対象外という話を聞きました」

 グレースは楽しそうに微笑んでいる。アリスは少し考え、そして納得したように頷いた。エドワードとジョージは仲のいい異母兄弟だが、仲が良いからこそ踏み込んではいけない境界線を理解しているはずだ。それにナタリーはライラの部屋に赴く時がある。グレースの話は一理あると思えたのだ。

「それなら参加しようかしら」

「嬉しいです。あ、レティは引継ぎに戻っていいわよ」

 スカーレットは了承していないのに、自分の部屋で話をする事に決まり面白くなかったが、引継ぎの話を聞き逃すわけにもいかず、渋々ヨランダと男性の話に耳を傾けた。

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