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王女の思惑 女性護衛騎士の憂鬱  作者: 樫本 紗樹


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妬ましいとは思えない

「どうしてカフスの事をジミーに話したの?」

 いつも通りグレンとスカーレットはメイネス王国の歴史書を翻訳する為に、顔を会わせていた。しかし彼女は始める前に、先程の茶会で聞いた話を彼に尋ねる。

「ジミーにカフスを褒められたから答えただけだよ」

 グレンは笑顔で答える。彼はスカーレットから貰った二種類のカフスを交互に着けていた。職場が違うのでグレンとジェームズは毎日会うわけではないが、先日の議会後に声を掛けられたのだ。グレンはスカーレットと同じ意匠の装飾品を持っているのが嬉しくて気軽に話したのだが、とある可能性に気付いてはっとする。

「もしかしてふたりだけの秘密だった? それなら迂闊に話してごめん」

「そ、そんな事はないけど」

 より恥ずかしい方向に話が転がり、スカーレットは慌てて否定する。ふたりだけの秘密なんて彼女には恋人同士みたいに思えたのだ。その慌てた様子を見てグレンは微笑む。

「嬉しいな。少しは私の事を意識してくれるようになって」

「え?」

「だってそうだろう? 何とも思っていなかったら気にならないよ」

 グレンの言葉にスカーレットは内心首を捻る。たとえ何とも思っていなくても、揶揄われるのは恥ずかしい。二人は幼い頃から婚約の話が出ており、幼なじみ達はそれを知っている。別に最近始まった事ではないのだ。ただ、前回の耳飾りで揶揄われた時とは違う感じが、彼女には今まで以上に恥ずかしかっただけだ。

「違う装飾品で同じ意匠というのが、あまりない感じで私は気に入っているのだけど、レティは違うの?」

 グレンに少し寂しそうに言われてスカーレットは言葉に詰まった。彼女も意匠は気に入っている。だが、彼とお揃いという点は深く考えていなかった。お互いの好みが似ているくらいにしか思っていない。

「この意匠はとても気に入っているわ」

「わかった。今後はお揃いではなくて、お互い気に入った物を贈り合おうか」

 グレンはスカーレットとの距離を急いで縮めて失敗するのは嫌だった。彼女の様子を観察し、嫌そうなら引ける。しかし彼女に合わせていては、下手をすると一生結婚出来ないかもしれない。その線引きを慎重に見極めていた。

「ごめん、遅くなった!」

 突然扉が開き、明るい声で謝りながらアレクサンダーが入ってきた。突然の事にグレンもスカーレットも驚いてアレクサンダーの方を見る。

「アレックス、いきなり開けるな」

「何? 何か疚しい事でもしていた?」

「それはしないが、足音を消したまま急に開けられたら驚く」

 アレクサンダーは出来る事は何でもやるので、気配を消すのも日常的だ。足音も気配もしないのに、扉を叩きもせず開けられては心臓に悪い。

「悪い。急いでいたから」

「急ぐなら普通は気配も足音もすると思うのだが」

「それはもう訓練の賜物だな」

 アレクサンダーは楽しそうに笑う。グレンは自由に生きている親友に呆れた視線を送るが、意味がない事は知っている。スカーレットも不満そうに兄を見つめた。

「私は気配を消せないのに」

「別に護衛なら気配を消す必要はない」

「兄上はリックの護衛でしょう?」

「俺は潜入もするから」

 アレクサンダーは得意気だ。彼が有能な近衛兵なのはグレンもスカーレットもわかっている。しかし王太子の護衛騎士兼側近であるのに、更に色々な仕事まで抱える必要性があるのか、スカーレットには疑問だった。

「何故兄上はそれほど働いているの? 私と違い過ぎるわ」

「言っておくが俺はリックに関してしか動かないぞ」

「リックが潜入捜査を依頼するとは思えないが」

「それは俺の独断だ。リックが立派な王になれるよう、不穏分子は極力取り除きたいだけ。レティ、俺も紅茶が欲しい」

 アレクサンダーは開いている椅子に腰掛けながらそう言った。スカーレットは小さく息を吐いた後、用意していたカップに紅茶を注いで彼の前に差し出す。彼は礼を言うとそれを口に運んだ。

『で、メイネス語はどこまで進んだ?』

「ゆっくりした日常会話なら聞き取れるくらいよ」

 急にメイネス語で話しかけてきたアレクサンダーにスカーレットはレヴィ語で答える。今日は元々アレクサンダーとグレンがメイネス語で話しているのを、スカーレットがどれくらい聞き取れるかを確認する予定だったのだ。

『会話は難しい?』

「言葉がすぐに浮かばないの」

『話そうとしないと覚えられない。ほら俺に話しかけて』

 予定と違う事を言われてスカーレットは困惑する。アレクサンダーが言っている事も正しいとは思うのだが、メイネス語で何を話しかけるべきか思いつかなかった。

『レティを困らせるな』

『話そうとしないと永遠に覚えられない。それともこの時間を延長したいのか?』

 アレックスはスカーレットではなくグレンの方を向き、本来のメイネス語の速度で話しかける。グレンもそれに応じて速度を上げる。

『別にメイネス語という目的がなくても、婚約者なのだから会う機会はいくらでも作れる』

『お、前向きになったな。最近仕事も頑張っているし良いと思うぞ』

『私はアレックスの臣下ではない。一体どこ目線だ』

『そんなの義理の兄目線に決まっているだろう』

 二人の会話の速度が上がり、スカーレットは全部を聞き取れない。ただ、アレクサンダーが偉そうな感じだけは掴めた。

「早くて聞き取れないわ」

「この会話が聞き取れないと、メイネス大使とは会話が出来ないぞ」

「別に大使と話す機会なんてないと思うのだけれど」

 そもそもレヴィ王国に赴任している各国の大使はレヴィ語を話す。相手の国の言葉で話す必要はない。それにスカーレットは近衛兵であろうと、グレンと結婚しようと、大使と話すような機会などあるとは思えない。しかしそんなスカーレットにアレクサンダーは残念そうな視線を向ける。

「レティはハリスン家に入るのを理解してないな。ハリスン家は年に数回夜会を開く。当主が宰相だから各国の要人は当然招待される。レヴィ語で問題はないが、大使と会うのは避けられない」

 アレクサンダーの言葉を受けて、スカーレットはグレンに視線を向ける。グレンは困ったように微笑んだ。

「伯父が夜会を催しているのは本当だけれど、別にレティが参加する必要はないよ。母も私も毎回出ている訳ではないから」

 実際ウォーレンが開く夜会は彼が認めた者にしか招待状が配られないので、他の貴族達が開く夜会とは少し違う。交流を深めるというよりは、討論をする感じである。

 スカーレットはライラから貴族としての立ち居振る舞いは習っているが、夜会や舞踏会には参加をしないので、自分が参加しても問題ないものなのか判断が出来ずに悩む。そんな彼女を放置して、アレクサンダーはグレンの袖に視線を向けた。

「そのカフスいいな。どこの店で買った?」

「王都の露店だよ」

「露店は普段見ないな。今度その店を紹介して欲しい」

「露店だから自分で探せばいいだろう?」

「冷たいなぁ。レティの婚約者は心が狭い、ってあれ?」

 アレクサンダーはグレンからスカーレットに視線を動かして、彼女の耳飾りに気付く。アレクサンダーはそれが同じ意匠だと気付いて、にやりと笑った。

「そういう事か。それなら俺はやめておこう。兄妹で同じ店に通うのは微妙過ぎる」

「あのお店は一点物ばかりだから、同じ物は置いてないわ」

「それならわざわざ同じ意匠の装飾品を作らせたのか?」

「違うわよ、お店の人に薦められたの」

 ふーんと言いながらも、アレクサンダーの表情はにやついたままだ。アリス達から揶揄われるのも嫌だが、兄のこの態度の方がスカーレットには堪えた。

「俺はもう帰った方がいいかな?」

「メイネス語について真面目に対応してよ」

「さっきのが聞き取れなかったなら、それが今のレティの実力。まだまだ勉強が必要だ」

 アレクサンダーにはっきりと言われてスカーレットは落ち込む。自分では出来ているような気になっていただけに余計に落胆した。

「レティは頑張っているよ。話し言葉と同時に文字も覚えているから」

 グレンはテーブルに置いていたレヴィ語に翻訳したメイネスの歴史をアレクサンダーに見せる。彼はそれを受け取ると置いてあったメイネス語の歴史書と合わせて目を通していく。

「確かに。しっかり訳されているな」

「兄上にはそれがわかるの?」

「先日文字を覚えたから、ある程度読み書き出来るようになった」

 相変わらず人並外れた資質をアレクサンダーに見せつけられ、スカーレットはより落ち込む。ここまでこつこつと努力してきた事を、何でもないようにさらりとこなしてしまう兄が羨ましい。しかし差があり過ぎて妬ましいとは思えなかった。

「アレックスはどこかの看板娘に振られてきてくれ」

「だから看板娘に惚れないし。というかその話はジミーだけでいいから」

「何の話?」

 グレンが急に何を言い出したのかわからず、スカーレットは尋ねる。しかし彼もわかっている訳ではない。先日ジェームズが言っていたのを真似ただけだ。

「恋愛小説の設定らしい」

「違う。王道なら俺は幸せを掴む設定のはずだ」

 アレクサンダーは否定をするが、恋愛小説を読まないグレンとスカーレットには何が王道かなどわかるはずもない。

「よし、真面目にメイネス語をやろう。何でも聞いていいから」

 妙な空気を払拭しようとアレクサンダーはそう言った。スカーレットも元々はそのつもりだったので、ここからは真面目にメイネス語を学び始めた。

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