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王女の思惑 女性護衛騎士の憂鬱  作者: 樫本 紗樹


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五人での茶会

「結婚式の日取りが決まったの。皆予定を調整して頂戴ね」

 今日はアリスが招集をかけた茶会がレヴィ王宮の一角で行われていた。参加者はヨランダ、グレース、ケイト、スカーレットの幼なじみだけ。この五人がこうして集まるのは久々の事だった。

「兄がよくここまで待ちましたね」

 グレースは渡された招待状を見ながらアリスに尋ねる。日程は次の王宮舞踏会の二十日前。婚約期間などを設けずに即結婚と言っていた割には、半年近い期間が空いている。

「いくら新居が完成しているとはいえ家具は先日注文したばかり。それにすぐに結婚すると要らぬ腹を探られるでしょう? 私達は清い関係なのに」

 レヴィ王国の王侯貴族は婚前交渉をしないと言うのが表向きだ。しかしあくまでも表向きで、避妊方法もある程度確立されている為に隠れてしている者はいる。そして妊娠してしまった場合は、婚期を早めて誤魔化す事が多い。アリスは王女故にそのような不名誉な噂は絶対に受け入れられなかった。

「父が悪いのよ。昔あの人が手当たり次第に声を掛けたから私まで疑われるなんて」

 アリスは不機嫌そうに吐き捨てると紅茶を口に運ぶ。今は愛妻家で有名なエドワードだが、レヴィ王家は一夫多妻が認められている。結婚前も、そして結婚してからもエドワードが多くの女性に声を掛けていたのは誰もが知る話。一方ナタリーには浮ついた話はない。

 アリスも幼い頃からエドガーを結婚相手と決めていた為に、妙な噂が立ちそうな振舞いは一切してこなかった。ここまでの努力を無駄にしない為に、早く結婚したい気持ちを抑えたのだ。リチャードの婚約が決まり奔放になったなどとは言われたくなかった。

「お姉様はお父様似だから」

「嫌だわ。私はあの人に似ていないわよ」

 アリスは笑顔を浮かべながら冷たい視線をヨランダに向ける。その視線こそがエドワードとそっくりなのだが、アリスに自覚はない。六人の子供の中で見た目が一番エドワードに似ているのもアリスである。

「誰が見ても国王の娘だと思うけれど」

 しかしヨランダもエドワードの血を継ぐ娘だ。アリスの視線には動じない。

「私はスミス家に入るから、あの人とは縁を切るわ。母とは一生繋がるけれど」

「また陛下を悲しませるような事を」

 アリスの発言に対してグレースが窘める。アリスは不満気な視線をグレースに向ける。

「グレースもあれと親戚なんて嫌でしょう?」

「父は大喜びですけれど」

「リアンくらいよ、親戚になりたがっているのは。この国の為にも長生きして欲しいわね」

「父は絶対に陛下を見送って、王妃殿下と茶飲み友達になると言っていますよ」

「それはフローラとしては認められるの?」

 リアンの妻フローラはリアンに近付く女性をけん制する事で有名である。勿論、ナタリーとフローラが友人として付き合っているのはアリスも知っている。しかしエドワードが亡くなった後だと話は違うような気がしたのだ。

「それは大丈夫です。父と王妃殿下は陛下を無条件に愛している同士だと母は認識していますから」

「それは大丈夫なのかしら。スミス家に嫁入りするのが少しだけ不安になったわ」

 アリスは憂い顔を浮かべる。スミス公爵家の敷地内にエドガーと二人だけで暮らす予定ではあるが、一切顔を会わせないというわけにはいかない。アリスがエドガーしか見ていないとわかっているフローラは、アリスに対し好意的だ。しかし今はあくまでも王女と公爵家の人間という関係。嫁としてスミス家に入ればアリスの肩書から王女は消えるので不安が広がったのだ。

「当家で特殊なのは両親だけであり、使用人や兄達は普通なので気にしないで下さい」

 アリスの不安を払拭するようにグレースは微笑む。グレースは常識的な公爵令嬢である。父親の憎めない所を継ぎ、母親を反面教師とした為に、誰とでも仲良く接する事も出来る稀有な存在だ。

「私がスミス家に慣れるまではあの家に留まってくれる?」

「留まるのは問題ありませんけれど、兄に新婚生活を邪魔するなと言われていますので、その距離は置かせてもらいますね」

「グレース、そのエドガーの言葉はアリスに言ってはいけないと思うけど」

 黙って聞いていたスカーレットが口を挟む。しかしグレースは不思議そうにスカーレットを見つめる。

「別宅を建てている時点で、そう言っているようなものではなくて?」

 そう言われてしまうと、スカーレットも納得してしまった。スミス公爵家の館はそれなりに大きい。別宅を建てなくても夫婦で暮らす場所は確保出来るだろう。

「結婚式後十日休みが欲しいとエドガーが言ったらしいわね」

 にやにやしながらヨランダが口を開く。それに対し、アリスが表情を引きつらせる。

「リチャードから聞いたの?」

「ジミーから聞いたわ。五日でまとまったのでしょう?」

「三日にしたわよ。リチャードの側を五日も離れるなんて仕事を何だと思っているのかしら」

 アリスは憤慨しているが、ヨランダはエドガーに対して同情した。幼い頃から結婚すると決めて、それがやっと実現するのに二人きりの時間を相手が削ってくるとは、流石にヨランダには理解が出来なかったのだ。

「仕事よりも優先したいという事でしょう? 何が不満なのですか」

 ここまで無言だったケイトが急に口を開いた。ケイトらしからぬ刺々しい物言いにアリスは不審に思いながら、視線を彼女に向ける。

「ケイトは顔合わせをした彼と仲良くしているのではないの?」

 アリスは直接ケイトからこの話を聞いた訳ではないが、グレースの話からそう予測していた。ケイトは今にも泣きそうな表情を浮かべる。

「顔合わせをした日はとても好意的な感じだったのですけれど、それから音沙汰がなくて。やっと手紙が届いたかと思えば、研究が忙しいので数ヶ月待ってほしいと書かれていて」

 ケイトはサージと顔合わせをした時、時に何とも思わなかった。しかし相手から好意を寄せられて悪い気はしなかったのだ。だがそこで放置されれば面白くはない。

「それならやめてしまえば? まだ婚約までは進んでいないのでしょう?」

「何も進んでいないわよ」

「別に待つ義理もないのだから、待てませんと返事を書いて終わりにしてもいいと思う」

 グレースは淡々と告げる。しかしケイトは煮え切らない様子だ。ケイトが何に迷っているのかわからないスカーレットは、グレースの意見に同意する。

「ミラ様もジミーも、ケイトが嫌なら無理強いはしないと思うけれど」

「レティにだけは言われたくないわ」

 ケイトは強めにスカーレットを睨んだ。スカーレットが困惑の表情を浮かべると、ケイトは彼女の耳を指差す。

「その耳飾り、グレンとお揃いなのでしょう? 仲のいい婚約者がいるレティに私の気持ちなんてわかるはずがないわ」

 スカーレットの耳には先日の王都の市でグレンに買って貰った耳飾りが着いていた。彼女はグレンとお揃いだと言いふらしていないが、グレンは聞かれれば答える。ジェームズにカフスを褒められてグレンが自慢したのを、ケイトは兄から聞いていたのだ。

「進める気があるなら会いに行けば? 待っているからいけないのよ」

 ヨランダが冷めた声色でケイトに言う。ケイトは眉を顰めながら顔をヨランダの方に動かした。

「男性が向こうから来てくれるのは小説の中だけよ。現実は厳しいわ。肩書関係なく個人を見てくれたのなら、進めるに値すると思うけれど」

 ヨランダの言葉にグレースも頷く。二人とも肩書関係なく近づいてくる男性がいないのである。父親の身分が高いので、ここにいる女性は簡単に恋愛関係を築けない。アリスとスカーレットは相手が幼なじみという特殊性があるのだ。

「でも別に彼を好きな訳ではないわ。放置されたのが腹立たしいだけで」

「嫌なら自然消滅を狙うでしょう? 腹が立っている時点で興味を持っているのよ」

 グレースは諭すようにケイトに言う。先程の煮え切らない様子のケイトを見て、心が少し傾いているとグレースは判断をした。ケイトは視線を彷徨わせる。

「数ヶ月待ってと言っているのだから、答えを急ぐ必要もないわ。ところでレティ、お揃いとはどういう事?」

 これ以上ケイトの話を引っ張るのも良くないだろうと、グレースはスカーレットに話題を振る。今日はアリスの結婚の話だけだと思っていたスカーレットは困惑しかない。

「王都の露店でたまたま二人の好みが合っただけで、深い意味はないの」

「つまり一緒に王都に出かけたのね?」

 笑顔で追及してくるグレースに、アリスとヨランダも興味津々の表情をスカーレットに向ける。

「幼なじみなのだから一緒に出掛ける事もあるわよ」

「二組同時の結婚式にするのもいいかもしれないわね」

「そのような状況ではないから」

 アリスの言葉をスカーレットは懸命に否定する。確かに気持ちは以前よりも前に向いているのだが、まだ結婚の文字はスカーレットの中で腑に落ちていない。

「それは兄を思うならやめて下さい」

「確かにエドガーは嫌がるかも。それなら仲良く二人で私達の結婚式に参加してね」

「結婚式は参加するけれど、兄も一緒だと思う」

 スカーレットは苦し紛れにそう言った。アレクサンダーは参加するだろうが、王都に借りている部屋から直接向かいそうである。彼女を迎えに来るのは間違いなくグレンになるだろう。そうわかっていても認めるのは恥ずかしかった。

「まだ時間はあるわ。ゆっくり愛を育んで頂戴」

 アリスは満面の笑みをスカーレットに向けた。ケイトは自分の事で手一杯で話を聞いていないが、ヨランダとグレースも微笑んでいる。スカーレットは誤魔化すように紅茶を口に運んだ。

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