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王女の思惑 女性護衛騎士の憂鬱  作者: 樫本 紗樹


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王都の市にて

 図書館に出向いてから十日後、グレンとスカーレットは王都を歩いていた。彼は約束をしたその日に次の市の日を調べた所自分の休みと合わず、その日休みだったオースティンと休みを交代して貰ったのだ。

 先日は一般学生のような格好をしていた二人だが、今日も同じように栗毛のかつらを被っていた。ただグレンはカフスが身に着けられるようにシャツを着ているので、学生というよりは商人のようである。

 天気は快晴であり、市は人で溢れかえっていた。グレンはスカーレットに手を差し出す。

「レティ、はぐれるといけないから手を繋ごう」

「私は子供ではないから大丈夫よ」

「急に子供が走ってくるかもしれない」

「それなら避けられるわ」

 スカーレットは護衛騎士になれるほどの腕前だ。人の気配を感じて避ける事は難しくない。しかしこれがグレンの口実だとは気付けなかった。だが彼も簡単に引き下がらない。

「私とは手を繋ぎたくない?」

「そうではないけど、必要性を感じない」

「私は感じているのだけれど」

 グレンは再度手をスカーレットに差し出す。二人の付き合いは長い。彼に引き下がる様子がないのは彼女にもわかったので、自分の手を差し出した。すると彼は嬉しそうに微笑むと彼女の手を握り込んだ。

「例の露店はどこに出店しているの?」

「適当に歩いていた時に見つけたから覚えていないわ」

 あの日、スカーレットは目的もなく歩いていた。そしてカフスを買った後はまっすぐ王宮に帰ったのだが、その道を覚えていない。

「それなら端から見ていこうか」

 グレンに提案され、二人は市の端の方から露店を見て回った。王都で開かれる市の露店の出店権利はなかなかの高倍率で、余程繁盛していない限り同じ場所を確保するのは難しい。故にスカーレットが覚えていたとしても同じ場所に出店しているとは限らないのだが、そういう諸事情には二人とも詳しくなかった。そもそもこの市は庶民向けなので貴族はまず来ない場所である。しかしスカーレットだけでなくグレンも今は爵位を持っておらず、彼は彼女と結婚するのに必要なら爵位を継ぐくらいの感覚だ。容姿は二人とも貴族らしいが、考え方は平民らしい所も持ち合わせている。これは母であり乳母であるエミリーが元平民である事も影響しているだろう。

「あ、お姉さーん!」

 二人が歩いていると見ている露店の反対側から声がかかった。スカーレットが振り向くと、そこには以前カフスを売ってくれた男性が笑顔で手を振っていた。

「誰?」

 グレンはスカーレットに気安く声を掛ける男性が面白くなかったが、それは表に出さずに尋ねた。彼女は笑顔を浮かべる。

「探していたお店の人よ」

 そう言ってスカーレットはグレンの手を引いて、男性の店の前へと移動する。今日も色々な商品が所狭しと並んでいた。スカーレットは挨拶だけして、すぐに商品に目を奪われた。男性はグレンのカフスに気付く。

「あの時笑顔で買ってくれましたけど、恋人への贈り物だったんですね。お兄さん、それ気に入ってくれました?」

 男性は笑顔でグレンに問いかける。グレンも恋人と言われて悪い気はしない。

「あぁ、気に入ったから二人で来たんだ」

「恋人同士ならお揃いの装飾品なんていかがですか? 指輪がお勧めです」

 男性はそう言いながら指輪を勧める。二人は婚約者ではあるが指輪はしていない。グレンは贈ろうとしたのだが、スカーレットに要らないと言われたのだ。そもそも婚約指輪の意味合いは、結婚前に何かあった場合は指輪を売って生活費の足しにして欲しいというもの。縁起でもないと言われたら、彼は引くしかなかった。

「指輪は仕事の邪魔になるから他の物がいいわ」

 スカーレットは視線を商品から男性に向けた。彼女がグレンの申し入れを断った一番の理由はそれである。剣を振る時に邪魔だと思ったのだ。騎士全員が指輪をしていない訳ではないので、着けていても平気な人もいるとはわかっているが、彼女はしっくりこなかった。

「知らない間に落とすのも嫌ですからね。それならこれはいかがですか?」

 男性は隅の方に置いていた商品を手に取ると、二人の前に置いた。同じ意匠のカフスと耳飾りだ。宝石はついていないが、細かい細工がしてありスカーレットは一瞬で気に入った。

「素敵ね」

「なかなか売れないんですけど、お姉さんが褒めてくれるから嬉しいです」

 男性は本当に嬉しそうに微笑んだ。前回も今回も多くの銀細工が並んでいる。以前男性は一点物と言っていたのだ。以前と違う物もあるが、半分以上は同じ物のようだった。

「私は好みだけれど、少し癖があるから一般受けはしにくいかもしれない」

 グレンは商品を見ながらそう言った。男性は困ったように微笑む。

「わかってはいるんですけどね、やっぱり自分の好きな形を作りたくて」

「親戚に将来有望な若者に出資するのを趣味としている者がいるけれど、良かったら紹介しようか?」

「え? ウォ……あの伯父さん?」

 スカーレットはウォーレンと言おうとして言い換えた。別段ウォーレンという名が珍しいわけではないが、折角平民の格好をしているのに宰相の名前を出すのはどうかと思ったのだ。だが平民が知っているのはせいぜい家門だけなので、要らぬ気遣いである。

「あぁ、このカフスを気に入ったみたいだ」

 ウォーレンは美意識が高く、周囲の者が身に着けている物の確認も欠かさない。甥であるグレンもその対象であり、一時期から同じカフスしか着けなくなったのが気になり、グレンに注意したのである。しかしグレンはスカーレットに貰った物だから見逃して欲しいと言うと、じっくりとカフスを確認し、その職人にやる気があったら連れてきたらいいと告げて去ったのだった。

「気持ちは嬉しいけれど、出資者の好みを強制されるのが嫌だから難しいです」

「その親戚は才能にお金を出すだけだ。だけどそんな上手い話があるはずがないと思うのは大切だと思う。今後も定期的に来るから、気持ちが変わったら教えて欲しい」

 グレンは男性の気持ちを察して引いた。そもそも平民が会うにはウォーレンの肩書が重い上に、容姿が一般離れしていて胡散臭く感じるだろう。グレンは幼い頃からそういう人だと思っているが、ウォーレンに初めて会って何の動揺もなく対応できる人間は非常に少ない。

「定期的に来てくれるのですか?」

「彼女がこれ程瞳を輝かせているのは珍しいからね」

 以前王都の宝飾店に行った時、スカーレットはあまり興味がなさそうだった。しかし今は目の前の商品を楽しそうに見ている。宝石で飾った物より、銀のみで細工をした物が好みなのだろうが、それでも彼女が楽しそうにしているのは珍しい。

「仕事はどうするの?」

「市の日に合わせて休みを調整すればいいだけだと思うけど」

 スカーレットの問いにグレンはさらりと答える。しかしグレンはリチャードの側近だ。外せない議会もあるだろう。それ程休みの調整が簡単とは思えなかった。

「毎回というのは難しいだろうけど、定期的には可能だろう」

 グレンは言い換えた。流石に市が立つ日全てを休みにするのは難しい。しかし三回に一回くらいなら何とかなると思ったのだ。スカーレットも納得して頷く。

「私はこのカフスがいいと思うけど、レティは気に入った?」

「えぇ、とても気に入ったわ」

「それならお互いで贈り合おう」

 グレンはふたつ買うお金を持っていない訳ではない。ただスカーレットから贈ってもらいたいだけだ。二人のやり取りを男性は生暖かい目で見守る。

「わかったわ。お兄さん、これを下さい」

 スカーレットに言われ、男性は其々の代金を二人から貰う。そしてまずカフスを袋に包んで彼女に渡す。

「耳飾りはそのままでいいよ。レティ、着けてあげる」

 グレンは男性の手を止めると、耳飾りを手に取りスカーレットの耳に着けた。急に耳を触られた彼女の心臓が跳ねる。彼女は落としそうになった袋を握りしめ、困ったように彼を見た。

「ちょっと、了承を得る前に着けないで」

「似合っているよ」

 スカーレットの文句を受け流してグレンは微笑む。彼女は感じた照れくささをどこに持っていっていいのかわからない。

「今日はありがとう。また来るから」

「今後も御贔屓に。ありがとうございました」

 グレンの礼に対し、男性は笑顔で応える。グレンは頷いた後でスカーレットの手を再び握る。

「だからはぐれないってば」

「私はレティと手を繋ぎたい」

 楽しそうに微笑むグレンに、スカーレットはどう返せばいいのかわからず口を噤む。直接そう言われると断るのは違う気がしたのだ。彼はそれを肯定と捉えた。

「折角だから他の露店も見てから帰ろう」

 スカーレットは手を振り解く理由が見つからず、グレンの言葉に頷く。こうして二人は手を繋ぎながら市を楽しんだ。

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