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父との会話

 スカーレットは王宮内にある庭の一角で黙々と剣を振っていた。考えても答えが出ない時は身体を動かせば気が紛れるからだ。

「太刀筋が良くない。止めろ」

 スカーレットは声を掛けられて腕を止める。そして剣を収めてから声がした方を振り返った。日が暮れかけて暗くても、声と存在感で誰かはわかる。

「閣下」

「仕事中以外はそう呼ぶなと何度言ったら覚えるんだ」

 閣下と呼ばれたジョージは困ったように笑う。彼は心底そう呼ばれたくないと思っているが、名実共に唯一無二の総司令官である。

「軍服を着ている間は勤務中と同じです」

「真面目なのはいいが、父としては寂しい限りだな」

 ジョージはそう言いながらベンチに腰掛ける。

「気分転換に剣を振るのはありだが、集中出来ないなら他を当たれ。大怪我してからでは遅い」

 スカーレットは実戦経験などないが、彼女が佩いている剣は飾り物ではない。ひとつ間違えれば怪我もする。剣を扱う者というよりは父親としての意見に、彼女は娘の対応に切り替えようと、笑顔を浮かべながらジョージの横に腰掛けた。

「それほど酷かった?」

「酷い。隊員だったら説教だな」

 ジョージは笑顔をスカーレットに向ける。彼女もつられて微笑んだ。

「父上は気分転換をする時はどうするの?」

「甘いものを食べるか、ライラと話すかな」

「母上と?」

「ライラは俺と違う視点を持っているから、思考が広がる」

 しかしスカーレットは母に相談する気にはなれない。ライラは恋愛経験が豊富でないと知っている。だからと言って恋愛経験豊富な人間に聞いた所で、彼女の問題は解決しそうもなかった。

「周囲が急かしたとしても、レティはそれに合わせる必要はない」

「え?」

 スカーレットはジョージが何を言い出したのかわからず、驚いて視線を向ける。そこには優しい父親の顔があった。

「絶対に譲れないものは譲らなくていい。後悔はずっと残る」

「父上は何か後悔をしているの?」

「後悔のない人生を歩める者なんていないだろう。それでも最小限にする努力は怠るべきじゃない」

 ジョージの言葉にスカーレットは視線を伏せる。彼女は譲れないものと言われても、何も思い浮かばない。

「難しい」

「そうだな。だから絶対に譲れないものだけ死守すればいい。そうすれば他を諦めた時の気持ちが違う」

「父上は何を死守したの?」

「平和。俺はもう二度と隊員を戦争で失いたくない」

 スカーレットは知らないが、ジョージは戦場を知っている。彼は必死に戦争を回避する道を探したが、最終的に回避出来なかった事を今も後悔していた。しかし、それ以降レヴィ王国は戦争をしていない。これはエドワードとジョージの功績だ。

「母上との結婚も休戦協定の一環よね」

「色々な人の思惑があっての話だったが、結果としては良かったな」

「最初は嫌だったの?」

 スカーレットはこの話をライラからは聞いていた。ジョージに好感を抱いて嫁いできたと。だが父とはこのような話を今までした事がなかった。彼は自虐的な笑みを浮かべる。

「どうでもよかった。戦争相手の国の公爵令嬢と話が合うと思えなかったから」

 ジョージの答えにスカーレットは納得する。軍人として彼は尊敬出来る人物であるが、女性受けするかといえば肯定出来ない。高身長で鍛え上げられた身体を誰もが受け入れるとは思えない。それに王家の血が流れているのか不明な顔である。家族四人で並ぶと明らかに父だけが違う顔立ちであるが、子供達の顔立ちに王家の雰囲気がある為に、彼の王家の血が証明されたとも言える。

「確かに。父上とグレースでは会話が噛み合わなさそう」

「グレースって誰だ?」

「もう、公爵家の人間くらいは興味を持って。スミス家の長女だよ」

 ジョージは興味のない事は一切覚えない。スカーレットに指摘され、彼は思い出したかのように頷いた。

「リアンの娘か。俺とは接点がないから覚えてないのは仕方がない」

「娘の幼なじみなのに?」

「レティとアレックスの幼なじみは覚えきれない。何十人いると思ってるんだ」

 実際は何十人もいない。そもそも幼なじみの中には従兄弟姉妹が六人いて、それはジョージにとって甥と姪に当たるのだが、その辺りも記憶しているのか怪しい。

「母上の話を聞いていない証拠を掴んだわ」

 スカーレットは笑顔を浮かべた。ジョージは基本的に職場である赤鷲隊の兵舎で食事を取るが、夕食は一日おきに家族と一緒に食べる。その時は基本的にライラが色々と話し、子供の交友関係の話も多い。

「人聞きが悪いな。話は聞いているが、名前を憶えてないだけだ」

「どうだか」

「とりあえず夕食にしよう。美味しいものを食べて寝たら解決する時もある」

「うん、わかった」

 ジョージが立ち上がり、スカーレットもそれに続く。二人は仲良く王宮へと歩いていった。


 スカーレットは夕食後、自室へと戻りソファーに腰掛けていた。夕食時の話題はアリスの発言についてだったが、ライラはアレクサンダーの予想通りアリスの思惑を理解していた。皆が次期国王はリチャードで一致しているのだ。にもかかわらず、貴族達の間でリチャードの資質を問う声が消えない。

 スカーレットは改めてリチャードについて考える。しかしどうしても異性と意識出来そうもない。これはグレンと違い従兄妹というのも大きいだろう。父親同士がはとこなのでグレンとも遠縁ではあるが、親戚というよりは幼なじみの意識が強い。

 スカーレットは袖机に視線を送る。そこにはグレースに押し付けられた恋愛小説が積んである。試しに一冊読んでみたものの、どうにも気分が乗らなくて途中でやめてしまっていた。彼女は恋愛小説を読むよりも歴史書を読む方が余程楽しかったのだ。

 スカーレットはグレースがグレンを好きだという話を思い出した。彼女は一切気付いていなかったが、アリスは自信を持って言っていたので多分間違いない。もしかしたら彼女の知らないグレンの一面をグレースは知っているのかもしれない。彼女はグレースと話をしてみようと決めた。

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