次の約束
グレンとスカーレットは目立つ金髪を栗毛のかつらで隠し、国立大学の敷地内にある国立図書館を訪れていた。この図書館は大学生だけではなく、誰でも利用出来るようになっている。エドワードの即位十年を記念して絵本など児童向けの本だけを置いたナタリーこども図書館も設立されたが、そちらは大学内ではなく王都の庶民が暮らす一角にある。それ故に国立図書館は目的を持った大人しか足を運ばない。
図書館に行きたいと言うスカーレットに、グレンは難色を示したかったのだが、彼女の行きたいという気持ちを尊重する方を選んだ。折角彼女が前向きに色々と考えているのに水を差したくなかったのだ。勿論、図書館の後は彼が行きたい場所に行くという話でまとまっている。
スカーレットは図書館にどのような本が置いてあるのか、ざっくりと見て回った。彼女は歴史書が好きだが、父が所有している本しか読んでいない。そもそも本の数が多く、以前はジョージの側近カイルの部屋だった場所が現在では書庫となっている。総司令官が揃えている書物ばかりを読んで育ったので、恋愛小説が読めないのは仕方がないのかもしれない。
スカーレットは一周した後で、他国の書物が置いてある一角へと向かう。この図書館には各国の大使館から寄贈された本も置いてある。一番多く置いてあるのはナタリーの母国でもあるシェッドの本。スカーレットが探していたメイネス王国の書物は五冊しか置いてなかった。
「思ったより少ない」
スカーレットは思わず呟く。私語は慎むようにとはなっているが、厳禁というわけではない。しかしずっと黙って歩いていた彼女に話しかける事なく、グレンは彼女の後ろを歩いて同じように図書館を見て回っていた。
「メイネス王国は識字率が低いので仕方がないと思うよ」
メイネス語を学習中のスカーレットでも本の題目が読めた。どれも歴史と書かれていたのだ。彼女が求めていたのは風習や伝承などだったので落胆を隠せない。
「私の用事は済んだわ。次はグレンの行きたい所に行きましょう」
「あぁ、それなら美味しいケーキの店に行こう。個室を予約しているから」
グレンに笑顔でそう言われ、スカーレットも頷く。二人は図書館を出て、大学敷地内から出ている乗合馬車で王都の中心地へと向かう。そして馬車を降りてから彼が予約をしていたお店まで歩いた。
グレンが予約していた店は貴族が使う店であるが、お忍びの者や裕福な商人も使うので最低限の身だしなみさえ整っていれば問題ない。二人は個室に案内されて、テーブルを挟んで腰掛けた。
「メイネス王国の歴史以外を学びたかったのに」
それぞれケーキと飲み物を注文し、スカーレットは残念そうに零した。
「この前アリス殿下と話を聞いたのだろう?」
「あれはパウリナ殿下の育った環境などを聞いたの。王家以外の事も知りたいと思ったのだけれど」
レヴィ王国で暮らしている限り、他国の情報など知らなくても生活出来る。国境沿いにでも暮らしていなければ、メイネス王国の存在を庶民は知らないだろう。これから王太子妃として迎えるのならば、色々とエドワードが宣伝をする可能性はある。しかし嫁の為にそこまでする気が彼女にはしなかった。
「それは必要ないと思うけれど」
グレンにそう言われ、スカーレットは不服そうに彼を見つめた。彼はその視線を微笑んで受け止める。
「王妃殿下はシェッド皇女だから国民に受け入れられたのではなく、王妃殿下個人が受け入れられた。パウリナ殿下が国民に受け入れられるのは彼女自身にかかっていると思うよ」
レヴィ王国とシェッド帝国は表向き仲良くしていたが、実際は色々と複雑な関係であった。それ故にシェッド皇女であるナタリーが最初から皆に受け入れられた訳ではない。彼女の行動が徐々に国民の心を動かしたのだ。現王妃がそうである以上、パウリナも同じ道を歩むべきだとグレンは思っている。
「言葉を学んでいるうちに、どういう国なのか気になったのなら旅行をするのも良いと思う。ただ、パウリナ殿下は抜きで考えた方がいい」
グレンの言葉にスカーレットは頷いた。ナタリーが今までの王妃とは違い、公務に積極的なのは知っている。彼女が読んでいた書物の中には、レヴィ王国の過去の王や王妃の功績が書かれた物もあった。一夫一妻が歴史上はじめてというのも影響しているかもしれないが、ナタリーは間違いなく自分で自分の立場を固めたのだ。
「パウリナ殿下を迎える為に出来る事って難しいわ」
「メイネスを理解するのは良いと思うけれど暮らすのはレヴィだ。レヴィについて教える方がパウリナ殿下の為になるような気もする」
「そう言われたら、そうかも」
スカーレットは納得した。メイネス語を学べと言われてから、メイネス語や歴史などを学ぶ事に時間を割いていたが、パウリナはレヴィ王国に嫁いでくるのだ。パウリナを構成する国を知るのは大切だろうが、彼女とメイネスの歴史について語りたいわけではない。
「王妃殿下の横には貴族事情に詳しいミラ様が常にいる。でもその役目はアリスがするわ。私は何処に立てばいいのかしら?」
スカーレットは首を傾げた。エドワードの命令には必ず意図がある。しかし彼女はミラのように貴族事情に詳しくはないし、エミリーのように人を見る目も持ち合わせていない。彼女の護衛になる可能性はなくもないが、果たして護衛が必要なのかは疑問である。実際エドワードが即位してから王族を襲撃した者はいない。
「立ちたい所に立てばいい。陛下の思惑通りに動かなくてもいいはずだ」
「それはどうなのかしら」
「閣下もライラ様もアレックスも絶対に陛下の思惑通りに動かない。レティだけ従う道理はないよ」
ジョージとライラはエドワードの臣下ではないので思惑通りに動く必要はない。しかしアレクサンダーは王家に忠誠を誓った近衛兵である以上、従わなければならない。だが、スカーレットには兄が国王の命令だけを忠実にこなしているようには見えなかった。
「兄は器用に生きているわよね。私もそう生きてみたい」
「レティはレティだよ。アレックスのようにではなく、レティらしく生きればいい」
「私らしく」
スカーレットは視線を伏せて考える。自分らしいと言われても難しい。すると店員がケーキと飲み物を運んできて、手際よくテーブルに並べて去っていく。
「とりあえず食べよう」
「そうね、とても美味しそう」
スカーレットはフォークを手に取りケーキを口に運ぶ。彼女が頼んだのは苺のケーキで、口の中で苺の甘酸っぱさとクリームの控えめな甘さが広がり、思わず顔を綻ばせた。
「美味しい」
「あぁ」
スカーレットの笑顔を見てグレンも笑顔を浮かべる。気分転換には美味しいものがいいだろうと色々と調べて予約していた。その努力が報われて彼は嬉しかったのだ。個室でケーキを食べるという婚約者らしい感じも楽しかった。
「また美味しいお店を探しておくから、今度の休みも王都を散策しよう」
グレンは笑顔でそう告げる。メイネスの事で頭がいっぱいになっているスカーレットに、自分の存在を主張したかった。
「それなら次は市のある日がいいわ。あのカフスの露店が出るかもしれないから」
スカーレットは笑顔で答えた。彼女はあれを見つけた時、とても気持ちが高揚したのだ。同じようになりたくて彼女は提案をした。それを知らない彼は乗り気に答えてくれたと思って表情を崩す。
「あぁ、わかった。市の日を調べて休みを調整するよ」
アリスの公務の引継ぎが順調なので、スカーレットは休みが取りやすい環境になっていた。一方グレンは王太子の側近なので簡単に調整は出来ない。それでも彼は何としてでも次の市の日に休みを取ろうと思いながら、ケーキを口に運んだ。




