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王女の思惑 女性護衛騎士の憂鬱  作者: 樫本 紗樹


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母娘の会話

 メイネス王国の歴史を学び、パウリナの母国での暮らしを知り、スカーレットはパウリナを少し身近な存在に感じるようになった。実際彼女に会ったのはアリスの護衛として参加したお茶会だけだ。王宮舞踏会では挨拶をしていない。

 仕事を終えたスカーレットは、グレンとの約束の前にライラを尋ねていた。

「母上、少し話があるのだけれどいい?」

「いいわよ。メイネス語で話す?」

「レヴィ語のままでお願い」

 グレンの提案によりスカーレットのメイネス語は少しずつだが形になってきていた。だがそれはあくまでも簡単な言葉であり、今自分が質問をしたい内容をメイネス語で話せと言われても、彼女は出来る気がしない。

 スカーレットはライラが腰掛けている向かいのソファーに腰掛けた。

「母上は他国に嫁ぐ不安はあった?」

「なかったと言えば嘘になるわね。けれど休戦出来るならそれで良かったの」

 スカーレットは質問する相手を間違えたかもしれないと思った。ジョージとライラの結婚は休戦協定の一環だとわかっていたのに、他国に嫁ぐパウリナの心境を知るひとつとなればと質問したのだ。それでも他に尋ねる人がないので彼女は質問を続ける。

「家族や友人と離れるのは寂しくなかった?」

「家族と離れるのは寂しかったけれど、エミリーは一緒に来てくれたから」

「母上の友人はエミリーだけなの?」

「ガレス王国では外交官をしている女性と仲良くする人なんていなかったのよ」

 ライラは楽しそうに微笑んだ。現在レヴィ王国でも女性の外交官は存在しない。だからといってガレス王国では女性が政治に積極的に参加しているというわけでもない。ライラが特殊だったのだ。

「母上は普通から遠い人よね」

「レティも女性初の護衛騎士なのに」

「私の場合は形だけだから。アリスの前で剣を抜いた事もないし」

 スカーレットは視線を伏せる。これは別に彼女だけではない。リチャードの護衛であるアレクサンダーも誰かに向けて剣を構えた事などなかった。それだけレヴィ王国は平和なのである。

「それを抜くような国ならジョージが黙っていないわね」

「確かに」

 国王の統治に問題があれば、まずは側近など周囲が諫める。それでも聞き入れてもらえない場合、実力行使を出来るのが総司令官である赤鷲隊隊長の役目だ。

「もし愚王なら、私と兄上は父上と戦わないといけないのね」

「そうならない為に赤鷲隊隊長の子供達は近衛兵になるのでしょう。仄暗い歴史を持つレヴィ王国だからこそ、よく考えられていると思うわ」

 ライラは感心したように言い、スカーレットも頷いて応える。レヴィ王国も最初から大国だったわけではない。歴史を積み重ねて今がある。

「メイネス王国の歴史は面白い?」

 歴史書を翻訳しているという話は、以前スカーレットから聞いていたのでライラは尋ねる。ライラも歴史は好きなのだが、メイネス王国の歴史は把握していなかった。

「結構地味かな」

「山に囲まれた国だから派手な戦いはなさそうよね」

「確かに今の所ない。ただ、結構貧富の差がある国みたい」

「国力も違うわ。ボジェナは学生時代、庶民と同じ格好をしていたし」

 ライラの言葉にスカーレットは驚きを隠せなかった。スカーレットが知っているボジェナは公爵夫人であり、それ相応の格好をしている。教授の時は控えめだと聞いているが、それは公爵夫人という肩書が邪魔だからだろうとスカーレットは思っていた。

「本当は今もそれで十分なのだけれど、立場上仕方なく着ているのよ」

「そうなの?」

「ボジェナは本当に学びに来ていたから。パウリナ殿下はわからないけれど」

「母上はパウリナ殿下をどう思う?」

 人を見る目ならライラよりもエミリーが優れているのはスカーレットもわかっている。それでも意見を聞いてみたかったのでスカーレットは尋ねた。ライラは困ったように微笑む。

「王都を案内した時にいい子だとは思ったけれど、王妃が務まるかはわからないわ」

「今もリックにはグレース推しなの?」

「それは流石に諦めたわよ。でもグレースには幸せになって欲しいの。ガレス王国に売り込もうかしら」

 ライラの思い付きにスカーレットは嫌そうな表情を浮かべる。

「やめて。出来ればグレースには王都にいて欲しいから」

「それならオースティンに売り込む?」

「私はオースティンをよく知らないの」

 ベレスフォード公爵家嫡男であるオースティンは独身で婚約者もいない。しかし元々領地で育った為に、スカーレットもライラもオースティンとの接点はなかった。

「ウルリヒの息子だから弱そうではあるけれど、モリス家よりは絶対いいわよ」

「モリス家はアリスも毛嫌いしていたわ」

「私は当主のセオドアが気に入らないの。あそこには嫁に行ってはいけないわ」

「ヨランダが迷っていたけれど」

「嘘でしょう?」

 ライラは信じられないと言わんばかりの表情を浮かべた。それが少しおかしくてスカーレットは笑みを零す。

「アリスが必死に止めて今は諦めたわ」

 スカーレットの言葉を聞いてライラは安堵の息を吐く。そしてライラは真剣な表情をスカーレットに向けた。

「ところで今日の質問はパウリナ殿下を考えての事かしら」

「そうよ。他国から嫁ぐのは大変だろうから、少しでも支えられたらと思って」

 ライラはスカーレットの言葉に複雑そうな表情を浮かべる。自分の好きなようにしていいと言ったはずなのに、娘はやはり誰かの為に動こうとする。それが悪いとは言わないが、ライラからしてみれば不自由そうに見えて仕方がない。

「近衛兵は一旦忘れて、それでもパウリナ殿下を支えたいと思う?」

「レヴィ語の通じない国に嫁げと言われたら、私は不安だもの」

 スカーレットはパウリナの立場を自分に置き換えて考えていた。自分が他国へ嫁げと言われても、簡単に受け入れられない。

「パウリナ殿下は自らの意思で嫁ぐのよ。リチャードの求婚に応えたのだから覚悟をしてくるはず」

「それでも寂しいと思うのよ」

「私は寂しさよりもジョージと一緒に過ごす楽しさの方が大きかったわ」

「母上は今も父上を愛しているというのがとても伝わってくる」

「ジョージは誰よりも格好いいもの。当然でしょう?」

 ライラは笑顔だ。娘にも夫を自慢する母親が正しいかどうか、スカーレットにはわからない。しかしスカーレットはこのライラに憧れていた。自分もいつかそう言える日が来るだろうと漠然と思っていたが、ここでグレンも格好いいのよとは返せない。スカーレットの中のグレンは未だ兄のような存在から動いていなかった。

『焦っても仕方がないわ。ゆっくりでいいのよ』

 ライラはメイネス語でスカーレットに語り掛ける。スカーレットはそれが聞き取れてライラを驚きの表情で見返した。

「今の言葉、聞き取れたわ」

『それならグレンの教え方が上手なのね』

「そう、そうなの。私に合うようにと考えてくれて」

『レヴィ語ではなくてメイネス語で話さないと』

 ライラの言葉にスカーレットは首を横に振る。

「聞き取れるけれど話せない。だけど聞き取れた」

 スカーレットはライラのメイネス語が聞き取れた事が嬉しかった。突然聞こえるようになるとは聞いていたが、まさか自分もそうなるとは思っていなかったのだ。

『ちなみにさっきまでは気を遣ってゆっくり話したけれど、本当の早さは聞き取れるかしら』

 急にライラの言葉が早口になり、スカーレットは眉間に皺を寄せた。その表情を見てライラは微笑む。

「まだまだね。先程の速度が本来のメイネス語よ。妙に早口らしいの、メイネス人は」

「そうなの?」

「ボジェナから聞いたから間違いないわよ。グレンにも聞いてみるといいわ」

 ライラにそう言われスカーレットは置時計に視線を向ける。グレンとの約束の時間が迫っていた。

「そろそろ行かないと。色々とありがとう、母上」

「何かあればいつでもいいわよ」

 ライラが笑顔で言うので、スカーレットも笑顔で頷く。スカーレットはメイネス語を聞き取れたという自信を胸に、グレンとの約束の部屋へと向かった。

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