メイネス王国を学ぶ
グレンとスカーレットは毎日メイネス王国の歴史書を翻訳していった。翻訳しながら彼女は少しずつメイネス語に馴染んでいく。元々しっかりと他国語を学んだ経験はない。ただライラ達が話す他国語を聞き取れないだけで、向いていないだろうと判断されていただけだ。しかし彼が提案した勉強法は彼女に合っていて、二ヶ国語を交互に聞く事によって彼女は今まで以上に吸収していった。
スカーレットのメイネス語学習が順調に進んでいたある日。オリバーが一度会うといいと薦めてくれた人物をレヴィ王宮に招待していた。場所はアリスの部屋である。
「よく来てくれたわ。私はアリス。彼女は私の護衛騎士であるレティよ」
「はじめまして。私はキアーラ・ジャンニーニと申します。この度はお招き頂きありがとうございます」
キアーラと名乗った女性は一礼をした。アリスが座るように促すと、キアーラはアリスの向かいに腰掛ける。キアーラはケィティの商人だ。メイネス王国とレヴィ王国にて商売をしており、一年の三分の一はメイネス王国で暮らしている。
「早速だけれど商品を見せてもらえるかしら」
「かしこまりました」
キアーラは頷くと持ってきた鞄をテーブルの上に広げた。それはメイネス王国で流行っている宝飾品である。文化の違いを学ぶ為に、まずはメイネス王国の流行を知ろうというわけだ。
「レヴィとは違うわね」
アリスは商品を一点ずつ細かく確認しながら呟く。国が違えば流行も違うのは当然だ。しかし宝飾品の質自体にも差があるように彼女は感じた。スカーレットも隣で商品を見つめながら、アリスの意見に同意する。
「国家の規模が違いますので、動くお金が違います。アリス殿下の身に着けられている宝飾品をメイネス王国に持っていっても、それを購入できる財力を持つ方は国王陛下だけなのですよ」
メイネス王国は小国故に、国王に富が集中している。それでも前国王よりは現国王の方がましだとアリスとスカーレットは聞いていた。しかし、前国王がどのような振舞いをしていたのかもわからないので、二人ともきちんとは理解出来ていない。
「それでも国王陛下なら買えるのね?」
「えぇ。ただし、分割払いですけれど」
キアーラの言葉にアリスは憂い顔になる。ヒルデガルトと違ってパウリナは欲深そうな感じはしなかった。しかし人はお金を持つと変わる場合がある。
「思っている以上に規模が違うのね」
「メイネス王国は先代の借金が多く、現在財政を立て直している状態です。現国王ダリウス陛下は真面目な方ですので、レヴィ王国に金の無心をしてくる事はないと思います」
「それでも政略結婚をさせようとしたからには、多少の思惑はあるのではないかしら」
「いいえ。ダリウス陛下はパウリナ殿下をとても可愛がっておられます。可愛い娘に一番いい嫁ぎ先をという願いだけです」
キアーラは断定するような言い方である。その言い方がアリスには引っかかった。ケィティはレヴィ王国の自治区だ。メイネス王国寄りの発言が気になったのだ。
「随分とメイネス王国の王家に詳しいのね?」
「はい。父が陛下と懇意にしておりまして、城内への出入りも許可されております」
キアーラの言葉を受けて、ただメイネス王国の王家事情に詳しい商人という事だろうとアリスは納得した。そもそもキアーラはオリバーの推薦である。エドワードが信頼している近衛兵長の情報網はアリスの想像を超える広さであろう。その中からメイネス寄りの人物を呼ぶはずがないのだ。
「リチャードがこの世界で一番いい夫かはわからないわよ」
「それは私にもわかりかねます。ただ、パウリナ殿下はリチャード殿下と顔合わせをして好意を抱いたのですから、父親としてこの縁談をまとめられると思います」
王家同士の結婚になるので政略結婚と呼ばれるだろうが、二人とも顔を会わせて好感を抱いたのなら恋愛結婚に近い。これから交流を深めて仲の良い夫婦になってさえくれれば、アリスは十分である。
「父もその気だからこの縁談は確定よ。少し公国は気になるけれど」
「私の父はシェッド連邦に属するようになるのではないか、と申しておりました」
アリスとスカーレットはキアーラを見つめる。メイネス王国とローレンツ公国は親しいわけではない。メイネス王国とレヴィ王国を行き来している商人がローレンツ公国の情報を持っているのに違和感を覚えたのだ。
「ケィティ出身者には独自の情報網がありまして、各国の事情に詳しいのですよ。勿論、別大陸も範囲内になります」
二人の視線を受けてキアーラは笑顔を浮かべた。
「本日はパウリナ殿下についてですよね。パウリナ殿下はツェツィーリア様ではなく、王妃殿下のように対応されると思います」
「母のようにとは?」
「レヴィ語を覚え、レヴィの風習に沿われるでしょう。既に身に着ける物はボジェナ様から色々と教えて頂いているようです」
ボジェナも忙しい立場ながら姪の結婚に協力していると聞いて、スカーレットは自分も頑張ろうと思った。
「それでもレヴィ語を完璧にするのはまだ時間がかかりそうです」
「私は言葉を知らないけれど、ツェツィーリア様の発音がおかしいと言われていたのだから、公国語に似ているメイネス語も発音がレヴィ語と違うのよね?」
「そうですね。訛り方の法則が違うので難しいと思います」
キアーラの言葉にスカーレットは無意識に頷いていた。文字はほぼ同じなので、綴りさえ覚えてしまえば書けるようになるだろう。しかし発音はレヴィ語で使用しない音や訛りがあるので、グレンから何度も発音を聞いてやっと覚えるような状況だ。
キアーラはスカーレットの頷きに気付いて声を掛ける。
「レティ様はメイネス語を御存じなのでしょうか」
「最近勉強をしているのですが、なかなか進んでいません」
スカーレットは正直に答えた。オリバー推薦の商人なのだから隠す必要はないと判断をしたのだ。
「父の命令なんて適当に聞き流せばいいのよ」
「そういう訳にはいきません」
アリスの冷めた言葉にスカーレットは真面目に答える。アリスはつまらなさそうな表情を返した。
「近衛兵は私が王宮を出る日に辞めてしまいなさいよ」
「近衛兵はそれほど簡単に辞められる職業ではないのですけれども」
近衛兵は国王及び王太子に忠誠を誓う。そして生涯辞められない。だが、エドワードは前例を作っているので、スカーレットも辞める事は可能だ。そもそも最初に誘われた時から生涯忠誠を誓えとは言われていない。一方アレクサンダーはエドワードとリチャードに忠誠を誓っているので簡単に辞められない。
「ヨランダの公務の手伝いは近衛兵の範疇ではないでしょう?」
「その話は後で良いではありませんか。今はメイネス王国の流行をキアーラさんから聞きましょう」
招いたキアーラを無視して二人で会話をするのは、スカーレットには気が引けた。それに初めて会う商人の前で話す内容でもない。スカーレットの言葉を聞いてアリスも納得したように頷いた。
「そうね。折角の機会だからパウリナ殿下が育った環境も聞きたいわ。教えてくれるかしら?」
「私の知っている範囲でしたら何でもお答え致します」
キアーラが快く了承してくれたので、アリスとスカーレットはメイネス王国でのパウリナの様子を色々と聞く事にした。




