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王女の思惑 女性護衛騎士の憂鬱  作者: 樫本 紗樹


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明るくなりそうな予感

 グレンはスカーレットに貰ったカフスを毎日着けていた。贈ろうと思った経緯はよくわからないが、とにかく嬉しかったのだ。それも彼女が言った通り彼好みの意匠である。着けない理由などない。

 前を向いたスカーレットに自分が何をするべきかグレンは色々と考えた。今まで以上に仕事に向き合う事は当然として、彼女に対しどう接するべきか真剣に悩んでいる。彼は結局の所、ウォーレンが整えた婚約に甘えていたのだ。解消出来るとはいえ、彼女の性格上それはしないだろうと考えていた。しかし彼女に流れる血を考えれば、自由に歩き出してしまう可能性は十分にある。彼女は自覚さえすれば何でも器用にこなしてしまうのだから。

「おはよう、グレン」

「おはよう、レティ」

 グレンがスカーレットに会いに行こうと決意した翌朝、彼女は王宮の庭で彼を出迎えた。彼は驚きながらも嬉しくて自然に笑みを零す。

「少し話を聞いてほしいのだけれど、いつでもいいから時間を作って貰えないかな」

「今日の夕方でもいいよ」

 本当はアレクサンダーと夕食の約束をしていたが、グレンは迷う余地を持ち合わせていなかった。そもそもスカーレットに誘われたと言えば、アレクサンダーも夕食は翌日に変更しようと言うと確信している。アレクサンダーはグレンとスカーレットが結婚する事を望んでいるのだから。

「早いのは助かるけれど、今日でいいの?」

「勿論。王都のお店に予約を入れようか。私の家でもいいけれど」

 グレンは少し浮かれながら提案をした。しかしスカーレットは手を横に振って否定する。

「それ程長い話ではないから、以前も使った空き部屋で待っているわ」

「わかった」

 グレンは残念に思いながらも素直にスカーレットの提案を受け入れる。そして二人は其々仕事へ向かう為に別れた。



 夕方、グレンが指定された部屋を訪ねると、軍服からワンピースに着替えたスカーレットが出迎えてくれた。

「紅茶を淹れるから少し座って待っていてね」

 スカーレットにそう言われ、グレンは頷いてから椅子に腰掛ける。彼女はエミリーの手解きを受けているので紅茶を淹れるのが上手いのだが、グレンは練習時によく飲んだものの、最近はすっかり味わっていなかった。

 グレンはスカーレットが紅茶を淹れる様子をじっと見つめていた。彼女は真剣に淹れているので彼の視線に気付かない。こういうゆっくりとした時間もいいなと、彼は今までの二人にあまりなかった空気感を堪能する。しかし彼女が紅茶を注ぎ始めた所で彼は視線を外した。ずっと見ていたと知ったら彼女が困惑しそうだと思ったからだ。

「お待たせ」

 スカーレットはティーカップをテーブルにふたつ置いた。グレンは礼を言うと早速紅茶を口に運ぶ。彼は母がレヴィで一番紅茶を淹れるのが上手だと思っている。しかしスカーレットが自分の為に淹れてくれたという気持ちがあるせいか、今まで飲んだ中で一番美味しく感じた。

「美味しい。レティが考えた配合なのかな」

「えぇ。グレンの好みを考えて茶葉を選んだの。美味しいのなら良かったわ」

 スカーレットは笑顔を浮かべて自分も紅茶を口に運ぶ。そして味に納得したのか小さく頷いた。その様子が可愛くてグレンは表情を柔らかくする。

「話とは今後についてなの」

 スカーレットはティーカップをテーブルに置くと真剣な表情をグレンに向けた。彼も表情を引き締める。話と言われれば今後についてしかないとは思っていたものの、考えれば考えるほど悪い方向に流れるので、彼は何も考えずに彼女に向き合う。

「ヨランダが児童養護施設の公務だけ引き継ぎ、私は近衛兵のままだけれどヨランダの護衛はしないと決まったわ」

 スカーレットの言葉をグレンはすぐに理解出来なかった。別に近衛兵の仕事は護衛だけではない。しかし王女の公務を手伝う事が近衛兵の範囲とも思えなかった。

「私が聞いていいのかわからないけれど、レティの仕事はヨランダの補佐以外に何か増えるの?」

「兵長の手伝いで、パウリナ殿下を迎える準備をする事になったの」

「パウリナ殿下を?」

「グレンも聞いているかもしれないけれど嫌な噂があるでしょう? 陛下が先に手を打とうと色々な指示が出ているの。それで兄上は最近メイネス語習得に時間を割いているわ」

「アレックスは話せるだろう?」

「話せるだけで文字は書けないの。それに私も巻き込まれてメイネス語を覚える事になったわ」

 グレンは表情を崩さないように必死に耐えた。リチャードからの依頼は断ったものの、それより先にエドワードから指示が出ているとは思っていなかったのだ。近衛兵であるスカーレットはエドワードの指示には従わざるを得ない。

「それは大丈夫なのか? レティは言語関係が苦手だろう?」

 アレクサンダーとスカーレットは同じ環境で育ったにもかかわらず、言語に関してだけは明らかな差がある。勿論、ライラが向いていないと思って教えていなかった部分は大きい。しかし苦手分野を強制されるほど苦痛な事はない。

「正直自信がないわ。それで、公国語とメイネス語は似ていると聞いたから、良かったらグレンも一緒に覚えてくれないかと思って」

 グレンはアレクサンダーと一緒でいいのではと思ったが、すぐに言葉を飲み込んだ。アレクサンダーは既に会話は問題なく出来る。しかも元々資質があって特に困難なく習得している。一方スカーレットは初歩から始めなければいけない。ライラに教えを乞うとしてもその道は険しいだろう。

「私は構わないけれど、レティが嫌なら無理にやらなくてもいいのではないか?」

「正直自信はないけれど、やってみたいの。母が自分の気持ちを優先して物事を考えなさいと言ってくれたのだけれど、陛下は決して無理を押し付けない。期待して貰えるのなら応えたいと思って」

 スカーレットは微笑んだ。彼女は国の為に働いている父親を尊敬している。兄も自由人ではあるが、国の為に働いているのは同じだ。グレンもリチャードの側近として国の為に働いている。だから自分も国の為に働こうと思えたのだ。

「相変わらず真面目だな、レティは」

「真面目ならグレンに頼ったりしないわ」

「頼って貰えるのは正直嬉しいよ。ただ――」

 グレンはそこまで言って口を噤んだ。思わず本音を零しそうになったが、それは今言うべきではないと気付いたのだ。婚約期間が延びそうで嫌だなど、言葉にしていいはずがない。

「ただ?」

 しかしスカーレットは聞き流さず、グレンに先を促す。彼は必死に言葉を探し、困ったように微笑んだ。

「私は公国語しか知らないから、頼りにならないかもしれない」

「一緒に学んでくれれば、それだけで大丈夫」

 スカーレットは嬉しそうに微笑んだ。グレンは一緒に学ぶ相手に選ばれて喜べばいいのか、婚約期間が延びそうだと嘆くべきなのかわからず、曖昧に微笑む。

「もしかして忙しい? 無理をしてまで付き合ってもらうのは悪いから」

 グレンの曖昧な表情をスカーレットは断りたくても断れないと判断をしてそう言った。彼は慌てて首を横に振る。ここで遠慮をされるのは嫌だった。

「いや。レティと一緒に過ごす為なら時間なんていくらでも調整するよ」

「グレンに無理をさせたいわけではないのよ。それでもグレンと過ごす時間が増えれば嬉しい」

 微笑みながらそう言ったスカーレットの心境をグレンは図りかねた。ただ、今までの彼女とは何かが違うというのだけはわかる。

「それは自分の気持ちを優先した結果?」

「えぇ。グレンを兄のように思っているのを一度壊そうと思って。グレンとは誠実に向き合わないと前に進めないから」

 スカーレットはケイトの言葉を気にしていた。グレンに対して中途半端な気持ちのままでは、婚約期間を延長した意味がない。異性として認識し、夫として受け入れられるのかという目線で彼と向き合おうと決めたのだ。

 グレンはスカーレットの言葉を聞いて固まった。アレクサンダーと同等の扱いだろうとは思っていたが、実際そう思われていたと言葉にされると思ったより心に重く響いたのだ。しかしこれはまたとない機会でもある。彼女が向き合うと言っているのだから、自分は積極的に行動をすればいいと切り替える。

「それなら私は今まで以上にレティを好きな気持ちを前面に押し出していくよ」

 グレンの言葉にスカーレットは困惑の表情を浮かべる。それをグレンは笑顔のまま見つめた後で、紅茶を口に運んだ。自分の好みを考えて淹れてくれたのだから、脈がないわけではないだろう。彼はこれからの未来が明るくなりそうな予感に胸を高鳴らせた。

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