友人との夕食
元々メイネス王国から婚姻の打診があっての舞踏会招待だった為、パウリナの帰国を追いかけるように婚約についての使者が出立していた。長らく噂のひとつもなかった王太子リチャードの婚約話を、貴族全員が受け入れたかというとそうでもない。二代続けて他国の女性が王妃になっており、次は国内女性の王妃を望む声があったのだ。その声に配慮してエドワードもリチャードも、レヴィ国内の貴族女性を迎えようという姿勢は示していた。しかしリチャードの心を動かしたのは、国内の女性ではなくパウリナであった。
貴族達は王宮舞踏会に参加していたので、ヒルデガルトもパウリナも目撃している。それ故にパウリナが選ばれたのが信じられない者が多かった。どちらの女性も流暢にレヴィ語を話せない。大陸一のレヴィ王国の言葉を話せない者が、将来の王妃になるなどおこがましいという思いが強いのだ。王妃ナタリーが受け入れられているのは、嫁いだ時から流暢なレヴィ語を話しているという部分は大きい。
「妙な雰囲気になってきたな」
王宮の一室ではリチャードと共にグレンとジェームズが夕食を囲んでいた。リチャードは周囲の反応に疎い所があり、何かあるとジェームズがこうして食事をしながら情報を共有している。
「ヒルデガルト嬢の見下しも酷かったが、メイネス王国に対して我が国の貴族共の見下しも相当だ」
ジェームズはため息を吐いた。隣国メイネス王国はレヴィ王国に比べれば小国である。しかし前国王時代に荒れていた政治を現国王が立て直し、今は非常に落ち着いていた。また現国王の妹ボジェナが公爵夫人でありながら教授として働いているのを良く思っていない貴族が多い。ボジェナの研究は女性の為の医療に特化している為、男性貴族には全く伝わっていないのが現状である。
「国を安定させたのは父だ。侯爵家の者達は一体何を勘違いしているのか」
公爵家の人間は議会で国王の意に反する発言をする事はない。それはスミス家とサリヴァン家の当主は側近の為、文句があるなら執務室ではっきり言う。ハリスン家も当主が宰相なので議会の前に話を調整する。他の二家は王都にいないので国政に口を挟まないからだ。一方侯爵家は国政の中枢で働いており、色々と意見を言う。特にエドワードは平和になったからこそ平民に対して優遇政策を施しており、貴族達は面白くないのだ。
「能力の低い者ほど自己評価が高くて鬱陶しい、が伯父の口癖だ」
「それは聞き飽きた」
グレンの言葉にジェームズが嫌そうに口を歪ませる。宰相ウォーレンは見た目の美しさとは違い、言葉は非常に厳しい。言葉遣いが丁寧だからこそ余計鋭利に感じるのだが、響いてほしい人間ほど響かなかったりする。宰相補佐であるジェームズは飽きるほどその言葉を聞いていたし、その場面にも数え切れないほど立ち会っている。
「文句を言う前にリックが惚れる娘を育てておけばいいのに」
「今回の経緯を考えると、それは難し過ぎないか?」
パウリナは可愛らしい容姿をしているが、リチャードに響いたのは外見よりも一生懸命さや、天真爛漫な所である。貴族女性が受ける淑女教育とは遠い。流石にそれを求めるのは酷だとグレンは思った。
「問題は結婚後だろう。貴族女性達との定期的な茶会は催さなければならないだろうが、何をしてくるかわからない」
「それに関しては姉上が助けてくれると思う」
「アリス殿下に頼るな。そういう甘い考えだから王太子はリックでいいのかと言われてしまうとわかっているのか?」
ジェームズの指摘にリチャードは返す言葉がない。そもそもリチャードはナタリーが普段どのような茶会を催しているかも知らないのだ。ジェームズはリチャードに厳しい目を向ける。
「王妃殿下の横に母が必ず居る。グレンの母親もほぼ参加する。助けてくれる友人は必要だ。義姉よりも友人の方がいいと思わないか?」
ナタリーは今でこそ王妃らしく振る舞えているが、元々の性格から言葉の裏を探るのを苦手としていた。それに他国から嫁いだのでレヴィ貴族の事情にも疎かったのだ。故に貴族事情に詳しいミラと、人を見る目があるエミリーと共に茶会を開くようになったという経緯がある。
「それならレティにその役をお願い出来ないだろうか」
リチャードの言葉にグレンは嫌そうな表情を浮かべた。スカーレットは母親譲りで社交を苦手としている。とても腹の探り合いをする茶会に参加して欲しいとは言えないし、そもそも参加させたくもなかった。
「嫌だ。母になら頼んでもいい」
グレンは言いながら、エミリーは引き受けないだろうと思っていた。ナタリーの茶会に参加しているのはライラとナタリーが友人であり、自分もまた友人であるからだ。グレンの表情からスカーレットもエミリーも難しいと判断したリチャードは視線をジェームズに向ける。
「それならケイトはどうだろうか」
「ケイトは教授に嫁がせるから無理だ」
ジェームズの言葉にリチャードもグレンも驚いた。ケイトに婚約者はいないが、多分どこかの侯爵家に嫁ぐだろうと二人とも思っていたのだ。教授でも爵位を持っている者もいるが、せいぜい子爵まで。侯爵家の娘が嫁ぐ相手とは思えない。
「ケイトはその教授と仲が良いのか?」
ケイトの気持ちなど知らないリチャードが尋ねる。ジェームズはゆっくりと首を横に振った。
「見合いを組んである。相手はライラ様の甥にあたるサージ・ウォーグレイヴ。将来性のある教授だ」
「見合い? あれだけケイトから男を遠ざけておいて?」
リチャードはジェームズの行動が理解出来なかった。常に妹に構っていた男が自分の納得出来る男性を紹介するまではわからなくもない。しかしライラの甥ならばガレス王国出身者。いくら優秀といえども侯爵家で育ったケイトが満足に暮らせる環境を用意出来るとは思えなかった。
「ケイトには幸せになって欲しい。いつまでも報われない気持ちを抱えていても仕方がないからな」
ジェームズの言葉にグレンは驚きを隠せない。ケイトは自分の気持ちを隠している。それでも当事者であるグレンは気付いていた。だが隠している以上、応えられないと言うわけにもいかず、グレンはスカーレットを愛おしく思っていると隠さずに接していた。ジェームズは呆れ顔でグレンを見る。
「私がどれだけケイトを見ていると思っているのだ」
「相手の気持ちを変えようとは思わなかったのか?」
グレンは告白されたわけでもないので、自分の気持ちと言うのは憚られた。それに気付いていないリチャードもいるのだから濁すのが当然だろう。
「どちらの気持ちなら変えられるか考えた結果だ」
ジェームズはにやりと笑う。グレンはそれを困ったような笑顔で受け止めた。
「何の話だ? ケイトは誰かを想っているのに見合いを進めているのか?」
リチャードは話が見えず二人を見る。
「王太子殿下はいちいち臣下の恋愛感情など気にしなくていい。それより将来の王太子妃友人候補を探しておけ」
「レティとケイトに断られたら、グレースしか残っていないではないか」
「グレースは適任だろうけど、リックの結婚までに結婚しているか怪しいな」
リチャードとパウリナの婚約に弊害はないが、結婚の時期は一年以上先の予定だ。これは立場上色々と手続きがあるというわけではなく、パウリナがレヴィ語を覚えてから嫁ぐ為だ。
「グレースはいい女性だと思うが何がいけないのだろうか。私には妹にしか見えないが」
「その妹という所では。私も幼なじみとしての好意はあるけど、女性として意識した事はない」
「グレンはレティ以外の女性を意識などしないだろうが」
ジェームズの指摘にグレンは困惑しながらも笑って受け止める。
「あぁ。いい加減レティに意識して貰えるように行動するつもりだ」
「やっとか。遅すぎる」
「伯父が宰相をしている間には何とかする」
「あの人、あと二十年はやりそうだけど」
ジェームズの言葉にリチャードは嫌そうな顔をした。人の命などどうなるかはわからない。しかしレヴィの王位は終身制ではないので退位が出来る。エドワードは退位してナタリーと二人でゆっくりしたいと、よくリチャードに漏らしていたのだ。
「二十年もあれば私が王位を押し付けられていると思うのだが。そこはウォーレンを引退させてくれ」
「私がウォーレン様にどうこう出来るはずがないだろう。頑張れリック」
「伯父は美容と健康に力を入れている。頑張れリック」
二人の心ない応援にリチャードは悲しそうな表情を浮かべた。将来の国王としては頼りないが、グレンは今と違う対応でウォーレンが宰相を務めるのではと思っている。
「頑張るから、二人とも支えて欲しい」
リチャードは気合を入れ直したのか力強い視線を二人に向けた。グレンもジェームズもそれを頷いて応える。きっと結婚をすると決めたからリチャードは変わろうとしているのだろう。グレンも変わらなければと、明日はスカーレットに会いに行こうと決めた。




