自分の気持ち
「サージ? 暫く会っていないから知らないわ」
茶会がお開きになった後、スカーレットは母の部屋を訪ねた。ライラは趣味であるレース編みの手を止める事無く娘に返事をする。
サージがガレス王国から大学に留学し、そのまま教授としてレヴィ王国で暮らしているのは別段有名な話ではない。他国からの初めての留学生であったボジェナは王女という肩書も相まって社交界では話題となったが、レヴィ国立大学は元々爵位が望めない次男以下が己の道を切り拓く為に用意された場所。現在では性別、国籍、身分など関係なく、純粋に学力のみで入学出来るようになっている。特に言葉の壁がないガレス王国からの留学生は多く、サージもその一人というだけなのだ。
ただしサージは薬学の世界では有名人である。彼は大病ではなく、ちょっとした事に対応出来る薬を研究対象としていた。喉を痛めた、頭痛、お腹を壊した。そういう医者に行く程ではない症状に対して、誰でも手に入れられるような薬を開発している。効用は暫定的で軽い症状にしか対応していないが、それ故に副作用に悩む必要もなければ価格も手頃。貴族ではなく平民向けの商品なので、社交界では噂になっていない。
「それならエミリーなのかしら」
スカーレットは視線をライラからエミリーに向けた。エミリーも普段はナタリーの友人として忙しくしているが、その用事がなければ侍女としてライラに控えている。スカーレットの視線を受けてエミリーは微笑んだ。
「ミラ様に相談を受けてご紹介させて頂きました。リスター家の御令嬢は政治から離れた方に嫁いだ方が宜しいと思いましたので」
ケイトは父が国王の側近、兄が将来の宰相候補である。彼女を娶れば将来の地位を約束されると思っている男性からの申し込みはそれなりだ。しかしミラはそれを受け入れなかった。自分が政略結婚をして苦労をした経験から、娘には穏やかな生活をさせたいと望んでいたのだ。ケイトの恋心を悟っていたエミリーは息子の結婚の障害を潰す為に、さもミラの願いを叶えようという体でサージを紹介していた。
「確かにケイトは政治に興味がなさそうだけれど」
少しずつ女性の地位が認められてきたとはいえ、未だにレヴィ王国は男性社会だ。貴族女性の中でも自立しようとする者は少数派で、大多数は男性に嫁ぎ家に入るのを望んでいる。ケイトは後者だ。
「ケイトはサージと話が合うかしら?」
ライラはレースを編みながら問う。ライラはケイトの恋心には気付いていないが、仕事熱心な甥と合うようには思えなかった。
「サージ様は興味を持てば尽くすと思います」
「それは興味がなければ話にならないのでは」
「興味は持っているようなので大丈夫です」
エミリーの言葉にスカーレットは困惑した。国立大学で教授をしているサージとケイトの接点などない。少なくともケイトはサージを知らない様子だった。それにも関わらず興味を持たせるとはどういう事だろうか。スカーレットの困惑をエミリーは察して口を開く。
「ジェームズ様は宰相補佐の傍ら、色々な分野に興味を持たれています」
「ジミーとも知り合いだったの?」
「えぇ。ジェームズ様から話を聞いているようです。また妹至上主義であるジェームズ様から及第点を貰えている数少ない一人です」
エミリーの言葉にスカーレットは嫌そうな表情をした。ジェームズのケイト好きは昔からではあるが、正直妹の結婚にまで口を挟むのはどうかと思っている。スカーレットもアレクサンダーにたまに言われるが、こちらは結婚を保留にしている事に対してなので違うという認識だ。
「どの辺りが及第点? 顔?」
あまり興味なさそうにライラが尋ねる。彼女は自分の子供だけでなくアリスやリチャードも可愛がっているが、血の繋がった甥であるサージとはそれほど親しくしていない。
「賢さと浮気しなさそうな性格です」
「研究熱心で教授室に泊まり込んでいるような夫、私なら要らないわ」
「愛する妻が待つ家には帰りますよ。ジョージ様もライラ様がいらっしゃらなければ王宮に戻ってきません」
エミリーの言葉に気を良くしたライラは嬉しそうに微笑む。スカーレットはこのような母の姿が何時も羨ましい。結婚して二十年以上経っているのに、未だに仲のいい両親はスカーレットの憧れでもある。しかし同時にグレンとそうなる未来が描けない自分が無性に悲しくなるのだ。
「待って、及第点と愛は一致しないわ」
ライラは論点がずれていた事に気付き、エミリーに追求する。エミリーは微笑んだ。
「私の勘を侮らないで頂けますか」
「エミリーの勘は信用しているけれど、結婚はそれほど簡単ではないでしょう?」
「夫婦の形はそれぞれだといつも申しているではありませんか。束縛をするのも、お互いを尊敬しあうのも、不幸ではないというだけでも本人達に合っていれば宜しいのですよ」
ライラの質問に対し、エミリーはいつも例えを変えながらも同じ事を言う。スカーレットはそれを普段は聞き流していたのだが、今日は珍しく耳に残った。
スカーレットは知らぬうちに一般的な結婚を想像し、そこに自分を上手く当てはめられなかっただけだと気付いた。そもそも彼女の家族は一般的ではない。背景も特殊だが、両親は常識こそ持っているが自由人であり、兄は更に輪をかけた自由人である。その中で育った自分を一般家庭に当てはめる事がそもそも間違っていたのだ。それにグレンの家庭も決して一般的ではない。彼の母は自分の家よりライラの側に居る時間の方が圧倒的に長いのだから。
「私に合う夫婦像を見つけられるかしら」
スカーレットは小さく呟いた。それをエミリーは聞き逃さず、スカーレットに微笑みかける。
「勿論ですよ。レティ様は何も我慢しなくて宜しいのです。批判する者など無視をして、自分の気持ちを優先して下さい」
「自分の気持ち」
「はい。それに私達は結婚したのが二十歳を過ぎています。あと五年ほど悩んでも大丈夫ですよ」
エミリーは恋愛結婚だが、正直スカーレットには実態が見えない夫婦である。夫婦で見かけるのは王宮舞踏会くらいで、基本的に別行動だ。しかもエミリーはライラの侍女として王宮で寝泊まりをしているのである。それでも男児を四人出産しているし、グレンに言わせると仲が良いらしいのだが。
「エミリーはそれでいいの?」
グレンとスカーレットの婚約はウォーレンが整えているが、ライラとエミリーも賛成しての事だ。急かされた事はないが、心の中では期待しているのだろうとスカーレットは思っている。
「私はレティ様に幸せになって頂きたいのです。その為にグレンが邪魔だと言うのであれば、領地に閉じ込めてもいいと思っていますよ」
流石に息子の命は奪わない事にスカーレットは安堵した。エミリーが自分の子供以上にアレクサンダーと自分を優先しているのは感じている。だが彼女はグレンの将来を自分が変えるような事はしたくなかった。グレンは幼なじみの誰とも仲が良いので、王都から離れるような生活などさせたくない。
「もしそうなった場合は私が王都から出ればいいと思うけれど」
「そのような寂しい事を仰せにならないで下さい」
「エミリーは余計な事を言わないで」
ライラはレースを編む手を止めてエミリーに鋭い視線を向ける。それに対しエミリーは頭を下げて謝罪の意を示した。それを確認してライラはスカーレットを見つめる。
「レティは真面目過ぎるわ。もっと自分の気持ちに素直でいいのよ」
「素直?」
「アリスの護衛を辞めた後についても、婚約についても、自分の気持ちを優先して考えなさい」
優しく微笑むライラにスカーレットもつられて微笑むと頷く。ヨランダとアリスの公務を引き継ぐ話を含めて、今一度考え直そうとスカーレットは思った。




