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近衛兵の打ち合わせ

 スカーレットは仕事を終えて王宮内を歩いていた。彼女は生まれてからずっと王宮の一角で暮らしている。それ故に時間には自由が利くのだが、勤務時間はアリスの公務をしている間に限られていた。これは侍女の待遇と同等である。

 スカーレットはどうしてもアビゲイルの話に納得がいっていなかった。しかしアリスに辻褄が合うと言われてしまうと受け入れざるを得ない。だが、彼女はリチャードを異性としてどうしても意識出来なかった。

「アレックス」

 スカーレットはアレクサンダーの背中を見て声を掛ける。軍服を着ている時は兄とは呼ばず、愛称で呼ぶ決まりだ。アレクサンダーの勤務時間も彼女と同じだった。ただし、彼は近衛兵としての別の仕事も請け負っており、王都で一人暮らしをしているので夕方以降捕まらない時もある。

 アレクサンダーは振り返ったものの、声を発せずスカーレットを見据えている。彼女は小走りで兄に近付いた。

「アリス殿下の件、リチャード殿下はどのように受け止めていましたか?」

「予想通りだな」

 アレクサンダーは淡々と答えた。リチャードが凡庸である事は、一番近くに居る近衛兵ならば誰もが知っている。何よりもそれを心配しているのがエドワードであるからだ。

「そうですか」

「少し付き合え。兵長と話を纏める」

「はい」

 二人は一部の人間以外に知られていない、王宮内にある近衛兵の控え室へと向かった。

「アリス殿下も大胆に発言をなさる。王宮内はその話で持ち切りだ」

 二人が控室に入るなり、一人の男性がため息交じりにそう声を掛ける。彼は近衛兵長オリバー。エドワードの従兄弟として王太子時代から任務に励んでおり、アビゲイルの父親でもある。彼もまた愛称であるノルと呼ばれている。

「わざと狙うだろうと予測されていたではありませんか」

 アレクサンダーは呆れたようにそう言った。それをオリバーは笑顔で受け止める。

「まぁ、幼い頃から見てきたのだから外す訳がない」

 オリバーは分析能力の高さをエドワードに買われている。国内だけでなく、国外にも出向きエドワードに代わって見聞し、エドワードの治世を陰から支えていた。最近では国外に行く仕事を息子に任せて王都で暮らしている。

「レティ、アビーの話は聞いたか?」

 オリバーの問いかけにスカーレットは無表情を向けたつもりだった。しかし彼の目を誤魔化すには、まだ彼女の技量が足りていない。彼は口の端を上げた。

「流石は私の娘だろう? なかなかの観察眼だ」

「あの意見は本当なのでしょうか」

「婚約期間を延長してすぐ、アリス殿下の護衛の話が舞い込んできたのを不思議に思わなかったのか?」

 質問に対し質問で返されて、スカーレットは内心苛立ったが今度は上手く隠せた。しかし質問内容を考えると、自分の愚かさに気付く。腕前を買われて護衛になったのではなく、リチャードと距離を置く為にアリスの側に侍らされていたのだ。

「以前からご存じだったのですね」

「陛下に仕えて何十年だと思っている。あの父子は似ていないように見えて、案外似ているのだよ」

 オリバーは含みのある表情を浮かべた。勿論スカーレットは面白くないが、親戚であろうと上長である彼に勤務中食って掛かる訳にはいかない。

「殿下はとてもお優しい。相手の不幸など絶対に願わない。為政者として相応しくないという声もあるが、私はリチャード殿下が次の国王に相応しいと思っている」

「それはアリス殿下が女性だからですか」

「アリス殿下なら上手く治めるかもしれない。しかし女性に従いたくないという男は多いだろう。ベレスフォード夫人のような女性が増えるとまた違うだろうが」

 ベレスフォード公爵家の当主はエドワードの異母弟ウルリヒであるが、実権を握っているのはその妻エレノアである。しかしこれは領地クラークがエレノアの実家である故だ。他家に嫁ぎ、表立って当主のような振る舞いをしている女性はいない。表立っていないだけで、裏で実務を担っている者はいるが。

「母は応援すると思います」

「ライラ様にはアリス殿下政権を支える権力がない。そもそも陛下も王妃殿下も首を縦に振らないだろう」

 総司令官であるジョージの力は盤石でも、その妻ライラは何も持っていない。隣国ガレス王国より嫁いだ為に、レヴィ王国内で昔からの馴染みがいるわけでもない。そしてライラは社交嫌いなのでレヴィ王国内での交流も非常に狭い。ただ、その狭い中にナタリーや各公爵夫人がいるので、侮る事も出来ないのだが。

「陛下はまだしも、王妃殿下は嫌がるでしょうね」

 アレクサンダーが冷静に告げる。スカーレットも同意見なので特に何も言わない。エドワードは実力主義だが、ナタリーは伝統を重んじる。それに国王というのは決して楽な立場ではない。可愛い娘にわざわざ苦労をさせるとも思えなかった。

「絶対にさせないはずだ。ただ、王妃殿下がアリス殿下の真意に気付くとも思えない。暫くは王家の雰囲気が悪くなるかもしれないな」

「王妃殿下が妙な態度を取らないといいですね」

「嫌な事を言ってくれるな。陛下の機嫌が悪くなるのは避けたい」

 オリバーは明らかに嫌そうな表情を浮かべた。エドワードがナタリーに執着しているのは近衛兵の中では当たり前の事実。アリスの公務を認めていたのも、ナタリーの負担が減るからに過ぎない。

「王太子はリチャード殿下、それでいいのですよね?」

「あぁ。我々はアリス殿下の意を汲む。アレックスはリチャード殿下を頼む」

「承知致しました」

「ライラ様はアリス殿下の発言をどう受け止めるだろうか」

「母は真意に気付き、何もしないと思います」

 アレクサンダーはスカーレットと違う意見を述べた。それを彼女は不思議に思ったが、彼は余裕そうに微笑んでいる。それを見てオリバーも頷く。

「閣下が認めた女性だ。その辺りは鋭いか」

「母国では外交官をしていましたから公私混同などしません」

「そうだった。王妃殿下とは育った環境が違ったな」

 オリバーは視線をアレクサンダーからスカーレットに移す。

「この問題はアリス殿下だけではない。レティの行動も結果に影響を与える」

 オリバーの口調はリチャードがスカーレットに片思いをしている前提だ。彼女はそれがそもそも納得いっていない。

「アビーの話は仮定ではないのですか」

「態度からして確定だ。レティが気付くのを待っていたのだが、案外鈍感だな」

 オリバーの声色は同情が滲んでいた。そこにアレクサンダーが助け舟を出す。

「レティは幼い頃から婚約者がいたので、色恋の機微を捉える必要がありませんでしたから」

「近衛兵として育てられたアレックスと違うのは仕方がないか」

 アレクサンダーは生まれた時から将来は近衛兵と決まっていた。一方スカーレットは近衛兵になる義務はない。そもそも幼い頃に婚約をしていて成人したら結婚という話だったのだから、彼女は何の制約もなく育った。その途中で剣に興味を持って腕を磨き、護衛の仕事に就いただけだ。

「それとエドガーが結婚の意をはっきりと口にしました。残念ながら殿下はそれを受け流されてしまいましたが」

「よく我慢したな、スミス家の長男は」

「エドガーはアリス殿下の為なら何でもしますよ、本当に」

 アリスが結婚を口にしなくなった時、近衛兵も当然理由を探した。そして辿り着いたのが、リチャードが王太子では不安という声を抑えたいというものだ。アリスは姉としてリチャードを支えるべく勉学に励んだ。自分が努力する姿を見せればリチャードの意識も変わるだろうという思惑もあった。しかしアリスが頑張った分だけ、リチャードでは不安という声が大きくなっただけだった。

「それこそ、アリス殿下が王位に就く可能性も踏まえて準備していますよ」

「いやー、陛下以上だな。アリス殿下こそ結婚相手を考え直した方がいいのではないか」

「父親似の男を選んだのでしょう」

 アレクサンダーの指摘にオリバーはため息で応えた。納得したくはないが、せざるを得ないという気持ちの表れだろう。オリバーは軽く首を横に振ると、まっすぐスカーレットを捉えた。

「レティ。アリス殿下は王位など望んでいない。それは間違いないな」

「間違いありません。アリス殿下からはエドガーに嫁いでスミス夫人になると聞いています」

「我々はリチャード殿下に自信を持って王太子であって欲しい。その為にもレティは早々にグレンと結婚をするべきだ」

 結婚の話をされてスカーレットは少し苛立つ。

「まだ二年残っています」

「一年で解決しなかったものが、あと二年でどうにかなるのか?」

 オリバーの問いにスカーレットは答えられない。アリスの護衛兼侍女としての仕事は楽しいが、グレンとの関係は何も進展していない。

「もし殿下に思いを告げられたら曖昧にするな。せめてそれだけは覚悟をして欲しい」

「承知致しました」

 スカーレットは頷く。もしリチャードに何か言われても、彼女は気持ちが動かない自信があった。どう考えても自分は王太子妃に相応しくない。

「今日の任務は終わりでいい、お疲れ。アレックスは残れ」

「お疲れ様でした。お先に失礼致します」

 スカーレットは一礼をすると部屋を出た。そして自分の部屋に戻りながら頭を抱えたくなるのを必死に我慢する。アリスの結婚の為に彼女を支えるはずが、何故自分の結婚問題に発展してしまったのか。彼女もまた、誰に相談したらいいのか途方に暮れた。

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