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王女の思惑 女性護衛騎士の憂鬱  作者: 樫本 紗樹


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国王の思惑

 スカーレットはグレンに貰った耳飾りと飾り紐をつけ、王宮の庭で彼が通るのを待っていた。彼女は王宮内に暮らしていて、彼は通いという事もあり、職場が同じ王宮でも毎朝会うわけではない。それでもたまに会うのは偶然ではなく、彼が意図的に王宮を歩いていたのかもしれないと彼女は思い当たった。時間は多少前後するものの、彼女はアリスの部屋まで毎朝同じ道を歩く。リチャードの執務室とアリスの部屋は離れており、彼が馬を預けて執務室まで最短距離を歩くなら、彼女とは会わないのだ。

 本当に何も考えようともしていなかったのだとスカーレットが反省していると、裏門が開く音がした。主に赤鷲隊の出入りに使われている門だがグレンは例外だ。彼女は遠くから彼が馬を預けて歩いてくるのを待った。厩舎の前で待つのが確実ではあったが、ジョージをはじめ顔馴染みの多い所で待ち伏せする勇気を持てなかったのだ。

「グレン、おはよう」

 人が少ない場所を通りかかったグレンにスカーレットは声を掛けた。彼はまさか声を掛けられるとは思わず、驚きを隠せない表情を彼女に向ける。

「おはよう、どうしたの?」

「これをグレンに渡したくて」

 そう言いながらスカーレットはグレンに袋を差し出す。それは彼女が昨日王都で購入したものだ。買った時の包装そのままなので、彼は何かわからないまま受け取った。

「昨日休みで王都を歩いていたら、グレンに似合いそうだなと思って買ったの」

「ありがとう。開けてもいい?」

「どうぞ」

 スカーレットから初めて貰う贈り物が、グレンはとても嬉しくてすぐに包みを開けた。中に入っていたのはカフス。少し癖のある意匠を彼はまじまじと見つめる。好みではあるが、自分に似合うかはよくわからない。彼は自分の好みが必ず自分に似合うとは限らないと知っている。

「気に入らなかった?」

 ただ見つめるだけで感想を言ってくれないグレンに、スカーレットは不安気に尋ねた。彼はその声に反応して視線を彼女に向ける。

「いや、好きな感じだけど、私に似合うかどうかを考えていた」

「そっか。好きそうとは思ったけど、似合うかはまた別の問題なのね。アリスの衣服も選べないし、素質がないのかも」

 スカーレットはあっけらかんと答えた。その態度がここ最近の彼女とは違うとグレンは感じる。そもそも贈り物を贈る時点で、今までの彼女とは違うのだ。

「レティ、何かあったの?」

「グレンに三年の猶予を貰ったのに、一歩も前に進めていないと気付いたの。だから自分のやりたい事は何かしっかり見据えて一歩を踏み出そうと思って」

 スカーレットは笑顔だ。婚約期間を三年延長した時、何かを考える前にアリスの護衛の話があって、そのまま受けて今に至る。本当は自分と向き合う時間を持つ必要があったのだろうと、彼女は今になって思う。しかしまだ期間は半分も過ぎていない。これからアリスの護衛を終え、ヨランダと公務をしながら自分を見つめ直すいい機会だと彼女は思い至っていた。

 一方グレンはスカーレットの笑顔を複雑な心境で受け止める。彼女自身は気付いていないが、自立して生きていける程優秀だ。大学入試も問題なく合格するだろう。ボジェナが大学を首席で卒業後に教授として第一線で活躍した事をきっかけに、国内では女性の大学進学率は上がっている。そして社会進出も増えてきているのだ。彼は結婚後彼女を家に押し込めておこうなどとは露程も思っていない。しかし彼女と向き合う為にどうするべきか、彼はまだ考えをまとめていなかった。

 グレンがどう返そうか悩みながらスカーレットを見ると、耳飾りが視界に入る。気に入らなかったわけではなかったのだと安心した。そして一歩踏み出す選択肢の中に自分との結婚もあるのだと、彼は勝手に解釈をする。

「ヨランダ殿下と公務をすると聞いたよ」

「えぇ。私にどこまで出来るかわからないけれど頑張るわ」

「児童養護施設はサリヴァン卿の管轄だから力にはなれないかもしれないけれど、話ならいつでも聞くから」

「ありがとう。何かあったら相談するね」

 スカーレットは微笑んだ。グレンも微笑みながら頷きつつ、内心は穏やかでない。元々彼女の容姿はこの国一整っていると彼は思っている。その彼女が愛想よく色々な人と関わる業務をすれば、声を掛ける男性も出てくるだろう。婚約の話は貴族の間では有名であるが、それでも諦められない者がいてもおかしくはない。

「ちなみに二人で対応するの?」

「アリスは侯爵家の嫡男を補佐にすると言っていたわ。ヨランダの降嫁先候補者みたい」

 そうか、と相槌を打ちながらグレンの内心は荒れる。いくらアリスがヨランダの為に選んだとしても、男性がヨランダを見るとは限らない。むしろスカーレットしか見ないとしか彼には思えない。彼の中ではスカーレットとヨランダは比べるまでもない程の差がある。

「そろそろ時間だわ。それでは、またね」

「あぁ」

 楽しそうに挨拶をして去っていくスカーレットの後姿を見つめながら、グレンは急いで彼女に振り向いてもらう努力をしなければと思った。



「おはようございます」

「おはよう」

 スカーレットは挨拶をしてからアリスの部屋へと入る。扉が閉まった音を聞いた後でアリスも挨拶を返す。そしてすぐにスカーレットの耳に視線を向けた。

「あら、耳飾りはやめたのではなかったの?」

「暫く着け続けてみるつもり」

 スカーレットの明るい声色にアリスは微笑む。アリスはヨランダとスカーレットをからかった事を後悔していた。アリスはスカーレットがいち早くグレンと結婚すればいいと思っているのだが、スカーレットの心の複雑さを上手く理解出来ていなかったのだ。

「そう。いいと思うわ。ところで相談があるの」

 アリスは席を立ちソファーへと移動をしながら、スカーレットにも座るように手で合図をする。スカーレットは頷いてアリスの向かいに腰掛けた。二人が腰掛けた後、アビゲイルがテーブルの上に三枚の紙を置く。

「公務の件を父に相談したら候補者の資料をくれたの。レティは誰がいい?」

「それは私ではなくヨランダに聞いたらいいと思うけれど」

「ヨランダは三人とも補佐にすればいいと言ったのよ」

 アリスはわざとらしくため息を吐いた。エドワードが選んだ三人はヨランダが降嫁するのに何も問題ない男性ばかりだ。最初から一人に絞るよりは三人見た方がいいのかもしれないが、今までアリス一人でやってきた公務を五人体制でやるのは違う気がしていた。

「それならアリスの他の公務もヨランダに任せて、それぞれに補佐をつければいいのではないかしら?」

 スカーレットの言葉にアリスは目を見開いた。ヨランダが公務をしたくないと言い張っていたので、増やすという発想は無意識に捨てていたのだ。しかしそれぞれ違う男性が補佐に就くのならば、引き受ける可能性はある。だがそれは同時にエドワードの真意を知ってしまったようで、アリスはうんざりした表情になった。

「私が抱えている公務をヨランダに任せて、母の負担を増やさない方向ね」

 アリスの言葉を聞いてスカーレットも微妙な表情を浮かべる。近衛兵である以上、国王であるエドワードの命令は絶対だ。しかしライラが常々エドワードは国王としては立派でも男性としては器が小さいと言っていたので、この対応も娘を想うより妻を独り占めする時間を減らしたくないだけにしか思えない。

「父の思惑通りは面白くないけれど、ヨランダの為には三人と接した方がいいのも確かなのよね」

 スカーレットは資料に目を通す。彼女は貴族には疎く、幼なじみ以外はほぼ接点がない。先日の舞踏会でも基本的に幼なじみとしか会話をしなかった。しかしその三人は名前と顔が一致したのだ。それによって彼女はエドワードの思惑を確信した。

「この三人はそれぞれアリスの公務の担当部署の人達ね。補佐だから仕事に通じている人がいいと言えばそうなのだけど」

 スカーレットの指摘を受けてアリスは再び資料を見る。アリスは家柄やその為人に意識が引っ張られていて、現在の業務担当まで意識が回っていなかったのだ。

「本当にあの人は用意周到過ぎて気持ち悪い」

「アリス殿下」

 本当に嫌そうな表情のアリスをアビゲイルが窘める。しかしアリスは表情を変えない。

「つまりヨランダの降嫁先候補になりそうな男性を、国王権限で私の公務担当部署に配属していたという事でしょう? 何年前から計画しているのよ、あの人は」

 アリスに言葉にされると、確かに気持ち悪いという感情がスカーレットとアビゲイルの中にも芽生える。しかし二人は近衛兵なので決して言葉にはしない。

「ヨランダにやる気を聞いてから考えるわ」

 アリスの言葉にスカーレットとアビゲイルも頷いた。これはあくまでもヨランダが決めるべきなのだ。

 結局ヨランダはそれぞれ補佐と共に全ての公務にあたれるか試用期間が欲しいと言い、アリスの公務は一旦ヨランダとスカーレットが引き継ぐ形で纏まった。

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