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王女の思惑 女性護衛騎士の憂鬱  作者: 樫本 紗樹


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意訳

「大丈夫か?」

 近衛兵として軍服を着て出勤してきたアレクサンダーに、リチャードは思わず確認してしまった。アレクサンダーは誤魔化せていると思っているのかもしれないが、リチャードから見ればまだ休養が必要としか思えない。いつもの自信に溢れている雰囲気が一切出ていないのだ。

「最低限、何とか」

 アレクサンダーの返しにリチャードもグレンも不安しかない。朝よりはましになっているとはいえ口調が普段と違う。最低限の言葉しか口にしない時は疲れている証拠なのだ。

「無理はしなくていい。護衛は他の者にも頼めるし、通訳も叔母上に」

「いや、やる」

 リチャードの言葉を遮って断言をするアレクサンダー。そう言われてしまえばリチャードは性格上断れない。しかし本当にいいのだろうかと不安そうにグレンを見る。

「アレックス。依頼した私が言うのもあれだが、失敗は許されない」

「問題ない」

「馬には乗れるのか?」

 何を言っても付いてきそうなので、グレンは違う視点から切り込んだ。リチャードとグレンは馬車で向かうが、アレクサンダーは護衛の為騎馬。サリヴァン家はボジェナが医者である故に国立病院の近くに館を構えている。王宮からは少し遠い。

「覚醒、もう少し」

 もう少しなら今すぐ覚醒しろと言いたかったが、出来るなら既にやっているだろう。それにアレクサンダーの愛馬は駿馬で有名である。主を振り落として走り去るなどという事はないだろう。リチャードとグレンは目で合図をし、不安な護衛兼通訳を連れて行く事にした。



 レヴィ王国には現在公爵家が五家あるが、年中王都に暮らしているのは三家。サリヴァン家は当主がエドワードの異母弟の為に一番新しい公爵家である。しかし他の公爵家とは違い、館も庭もこぢんまりとしている。これはフリードリヒが人付き合いを重視していない故に、人を招く事を想定していないからだ。それでも一応訪問者用の馬車止めと応接間はある。

 サリヴァン家の使用人に案内され、リチャード、グレン、アレクサンダーは応接間へと入った。ボジェナとパウリナが三人を迎え入れる。

「この度は訪問を受け入れて頂き感謝します」

 リチャードの言葉をボジェナが通訳する前にアレクサンダーが通訳をする。ボジェナはそれを聞かされていなくて、驚きの表情をリチャードに向ける。ヒルデガルドの茶会の時にアレクサンダーがメイネス語を話したのを聞いているはずなのだが、その通訳が女装中のアレクサンダーだとボジェナは気付いていなかった。

「申し訳ありません、叔母上。彼の予定が未定だった為に前触れには書けませんでしたが、今日はアレックスが私の通訳をします」

「ライラ姉上の御子息なら話せても不思議ではありませんね。しかし今日の王都案内中に教えて下さっても良かったのに」

「ライラ叔母上はアレックスが通訳をしている事は知りませんので、責めないで頂けると助かります」

 この話はライラには通っていない。そもそもリチャードの近衛兵としてアレクサンダーが何の仕事をしているのか、ライラに知らせる義務もない。

 ボジェナは恋愛事には疎いが、流石にわざわざ前触れを出して訪問してきた事、通訳を連れてきた事で何となくリチャードの気持ちを察した。全員がソファーに腰掛けた後、ボジェナはリチャードへ視線を向ける。

「それでは少し席を外しても宜しいかしら?」

「はい、お忙しい所押しかけてしまい申し訳ありません」

「いいえ」

 ボジェナはリチャードに微笑むと不安そうにしているパウリナに視線を向ける。アレクサンダーは最初の挨拶しか訳してくれなかった為、二人が何を話しているのかパウリナにはわからなかったのだ。

『少し席を外すわ。何かあればこの鈴を鳴らしてね』

 ボジェナはテーブルの上に置いてある呼び鈴を指す。それは本来なら使用人を呼ぶ為に使うものだ。パウリナは不安そうなまま頷く。それを確認してボジェナは控えていた女性を手招いた。彼女はパウリナが自国から連れてきた通訳である。

「パウリナの通訳は彼女が致します。宜しいですね?」

 ボジェナの言葉にリチャードは頷く。ボジェナの様子からしてアレクサンダーの通訳は問題ないのだろう。しかし平常通りではない。もう一人通訳がいてくれた方が助かる。

 リチャードの許可を得てボジェナは通訳をパウリナの横に座らせると、一礼をして部屋を辞していった。部屋には沈黙が広がる。グレンはパウリナに見えないように、リチャードの足をつついて促した。

「王都の観光は楽しめましたか」

 アレクサンダーはそのまま通訳をする。長時間の約束ではないが、リチャードには今日これ以降の公務予定はない。そもそもリチャードは単刀直入に話をしない性格だ。

『はい、とても楽しかったです。このワンピースもボジェナ叔母様に買って頂きました』

 パウリナは二日間の観光を心から楽しんだ。それを思い出して笑顔で語る。通訳がレヴィ王都の話をレヴィ王太子に話していいものか困惑していると、アレクサンダーがリチャードへ通訳をする。リチャードは相槌を打ちながらそれを聞いた。この状態ではパウリナが一方的に話して終わってしまうと思った通訳は、途中でアレクサンダーに目で訴え、パウリナの通訳を引き取る。

『レヴィ王国に来られて本当に良かったです。招待状をありがとうございましたと、国王陛下にも宜しくお伝え下さい』

 パウリナはそう言ってやっと話すのを終える。結局パウリナが話している間、リチャードは一言も発せずただ黙って聞いていた。グレンはパウリナの言葉と通訳の言葉を聞きながらやはり公国語とは違うと考え、アレクサンダーに至っては睡魔に負けそうになっていて必死に掌を抓っていた。

「はい、必ず父に伝えます」

 リチャードは柔らかい表情で答え、それを寝かかっていたアレクサンダーが何事もなかったように通訳をする。早く用事を済ませて寝たいアレクサンダーは主の次の言葉を待ったが、一向に何も聞こえなかった。

『リチャード殿下、本日の御用件は何でしょうか?』

 痺れを切らしたパウリナが尋ねた。本来ならば訪ねたリチャードが先に発するべきである。これで大丈夫なのかとグレンとアレクサンダーは不安に思った。

「その、パウリナ殿下ともう少し話してみたいと思いまして」

『嬉しい御言葉ですわ。何について話しましょうか?』

 アレクサンダーはそのまま通訳したのだが、パウリナには意図が伝わらなかった。しかしパウリナの横に通訳が要る以上、あまり離れた通訳をすると訂正される可能性もある。アレクサンダーはヒルデガルドで手一杯だった為、パウリナの情報を持っておらず下手な事は言えなかった。

「今という訳ではなく、手紙のやり取りを今後できればと」

『手紙ですか? 私はレヴィ語を読めないので難しいですね』

 パウリナの通訳もまた、彼女の発した言葉をそのままレヴィ語に通訳した。それが間違っていればアレクサンダーは指摘しようと思ったのだが、正しいので黙るしかない。そもそも遠回しに言うリチャードが悪いのだ。

「それでは私がメイネス語を勉強して書いたものなら読んで頂けますか?」

『それは構いませんけれど、お忙しいのですよね? わざわざメイネス語を書いて頂くのは申し訳ないです』

 アレクサンダーは通訳しながら苛々していた。リチャードの将来がかかっていると聞いたから無理をしてきたのだ。このままでは何の収穫もない。もう無駄に疲れるだけの仕事は勘弁してほしかった。

「殿下。ここまで来たのですから己の言葉で希望を伝えて下さい」

 アレクサンダーの苛々を察したグレンがリチャードに小声で告げる。グレン自身も少し苛立ってはいた。パウリナがリチャードをどう思っているのかわからないが、楽しそうに王都観光を語ったのだから、嫌ってはいないのだろう。しかしリチャードが何も言わなければ本当にここで縁は切れる。

「貴女と仲良くなれるよう交流をしたいのですが」

『貴女と結婚を前提とした交流をしたいのですが』

 アレクサンダーの訳を聞いてパウリナは驚きの表情を見せる。それと同時に通訳が驚きの表情をアレクサンダーに向ける。その表情を見てアレクサンダーは己の通訳が間違っている事に気付いた。アレクサンダーが口にしたのは公国語。元は同じ言語であるが故に内容が違っても違和感なくパウリナが受け止めてしまったのだ。

『急に言われても、こ、困ります』

 パウリナは頬を赤らめながら明らかに動揺していた。しかしその動揺の意味がリチャードにはわからない。リチャードはアレクサンダーが正しく通訳しているのだと思っているのだ。しかしアレクサンダーと通訳、そして公国語がわかるグレンもこの状況をどう収拾すればいいのか迷い、誰もパウリナの言葉を通訳しない。

「どうした、通訳してくれないとわからない」

 リチャードはアレクサンダーとパウリナの通訳の二人に視線を向ける。しかしパウリナの通訳は気まずそうに視線を伏せた。この事態を引き起こしたのはアレクサンダーの為、彼が責任を取るのが筋。アレクサンダーはリチャードに向き直る。

「すみません、結婚を前提にと意訳しました」

 アレクサンダーはとぼける事にした。出てしまった言葉は戻らない。そして伝えたかった気持ちは間違っていないはずなのだ。だが、リチャードは困惑の表情を浮かべた。

「どうして勝手に意訳を。それはもう少し交流を持った後でと思っていたのに」

「ゆっくり構えていると手遅れになりますよ。他の方と婚約されたら終わりです」

 アレクサンダーは堂々としらを切り、むしろ説教する立場へと回る。グレンは呆れながらもあえてアレクサンダーの間違いを見逃す事にした。

「二人とも声を抑えて下さい。通訳の方から筒抜けになりますよ」

 パウリナは困惑したままなので二人のやり取りなど聞こえていないが、通訳は冷静に聞いていた。視線を向けられた通訳は困惑の表情を向ける。

「私は嬉しそうにしているパウリナ殿下に何と通訳をすれば宜しいのでしょうか」

 パウリナは結婚を前提にという言葉をやっと受け入れられ、全身から嬉しさが溢れていた。何か考えながら一喜一憂しているようにも見えるが、そのような彼女を見てリチャードは通訳に視線を向ける。

「彼の訳で間違っていない。私はパウリナ殿下との将来を見据えて交流を続けたいと思い、今日会いに来た。是非彼女の返事を聞かせて欲しい」

 通訳はリチャードの真剣な言葉を受け止めてパウリナに返事を促す。

『私に王太子妃が務まるかはわかりませんけれど、宜しくお願いします』

 パウリナは頬を赤らめたままそう言った。それを聞いてリチャードは嬉しそうに微笑む。他三人は何とか話が纏まった事に安堵した。

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