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王女の思惑 女性護衛騎士の憂鬱  作者: 樫本 紗樹


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王太子の決断

 リチャードは机に腰掛けながらも心ここにあらずであった。メイネス国王がレヴィ王国と繋がりを持ちたくて結婚を打診したのであり、それは決してパウリナの意思ではなかったのだと頭では理解している。他国から嫁ぐ難しさも彼はナタリーやボジェナから感じ取っていた。しかも二人はレヴィ語を完全に習得してからレヴィ王国へ来たのだ。レヴィ語を勉強中のパウリナに、王太子妃の肩書は非常に重いだろう。しかも自分の幸せを祈られてしまったのだから、彼女は嫁ごうと思っていないに違いない。そう考えると彼は胸が苦しい気がした。

「殿下」

 エドガーの呼びかけにリチャードは顔を上げる。エドガーだけでなく、グレンとオースティンもリチャードを見つめていた。

「何だ?」

「何だ、ではありません。先程から手が止まっています」

 エドガーに指摘をされ、リチャードは時計に視線をやる。少しだけ考えていたつもりだったが、思った以上に時間が経っていた。目の前の今日中にやるべき仕事はひとつも片付いていない。

「婚約者候補との茶会などで、仕事が滞っているのですよ。しっかりして下さい」

「あ、あぁ。すまない」

 そう言いながらリチャードは目の前の書類に視線を移したが、頭に入っていないのは誰が見ても明らかだった。

「殿下。集中出来ないのでしたら問題を解決された方が宜しいのではありませんか?」

 エドガーにはリチャードの思考がわからないだろうと、グレンが声を上げた。エドガーとアリスは幼い頃から思い合っている。一方グレンは長らく片思いのままだ。リチャードの気持ちがパウリナに傾いているのを応援したい気持ちは、決してスカーレットに惹かれた者同士だからではなく、純粋に幼なじみに幸せになって欲しいからだ。昨日ジェームズにパウリナを紹介していた時のリチャードは、本当にいい笑顔だった。ジェームズもそれを見てこの話を進めていいと判断し、グレンに助力を仰いでいた。

「問題などない」

 リチャードは頼りない笑顔を浮かべた。昨日の舞踏会での笑顔とは違う。アレクサンダーとエミリーのおかげでヒルデガルトの押さえつけに成功し、公言しないながらもリチャードとパウリナが婚約するという雰囲気は出していたのだ。

「殿下。優しいだけでは解決しないのですよ」

 グレンは恋敵だと思っていたからこそ、リチャードの考えが手に取るようにわかった。リチャードはレヴィ王太子妃、将来のレヴィ王妃についてとても重く受け止めている。そしてそれを望まない者に強く出られないのはスカーレットの件でわかっていた。メイネス王国は小国であり、レヴィ王国内の伯爵領と変わらない程度の国だ。リチャードに選ばれなかった貴族女性達が受け入れないだろうとは簡単に想像出来る。しかし、グレンはパウリナに逞しさを感じていた。舞踏会の時に正しい発音を習得出来ていないのに、わかる範囲はレヴィ語で受け答えたパウリナは、決して前王妃ツェツィーリアと同じ道は歩まない気がしたのだ。

「グレンさん、それは言い過ぎだと思います」

「オースティン。陛下の側近三人は恐れず意見を言うと聞く。私達もそうあるべきだ」

「それは公務においてではないのですか?」

「少なくとも私の父は公務以外の意見ばかりだろうな」

 オースティンの問いにエドガーが応える。オースティンは彼の父とエドワードが親しくない為、エドワードについて殆ど知らない。グレンの父親もエドワードと接点がないのは同じだ。それでも事情を知っているのはエミリーとナタリーが親しいからである。

「スミス卿は公爵当主らしくない方だとお見受けします」

「父は陛下の親友であって側近はおまけだと言い張っている。それを許せる懐が陛下にはあるのだろう」

 エドガーの言葉にリチャードは少し傷付く。エドワード程の器がないと指摘された気がしたのだ。実際リチャードは父に敵わないと思っているのだが、比べられたくないという気持ちも当然持っていた。そんなリチャードの表情を見てグレンは声を上げる。

「殿下。パウリナ殿下はサリヴァン家に滞在されるのでしょう? 会いに行かれてはいかがですか」

「だが」

「サリヴァン夫人にお願いすれば宜しいではありませんか。今日明日とも昼間に王都を見て回るだけと聞いていますので、夕方以降は時間があると思います」

「何故知っているのだ」

「王都の案内を買って出たのがライラ様なのです」

 ボジェナが留学した時にライラが世話を焼いてから、二人の交流は続いている。パウリナが王都を見て回りたいと言い出して困っていたボジェナに、赤鷲隊隊員が遠くから見守るから大丈夫だとライラは案内役に立候補した。ライラは王都ではジョージの妻として有名であり、彼女と一緒にいる者が襲われる事はまずない。

 グレンの説明にリチャードは納得した。ライラはリチャードの事を息子同様に可愛がっている為、彼は叔母というより第二の母として認識している。そして彼女の自由さを常に羨ましいと思っていた。それを彼女に言うと、不自由にしているのは自分自身なのだと諭された事がある。リチャードはその言葉を思い出し、一歩踏み出そうと前を向く。

「アレックスの予定は?」

「アレックスは休暇申請が通り、現在死んだように寝ています。通訳はサリヴァン夫人にお願いした方が宜しいと思います」

 グレンの言葉にリチャードは申し訳なさそうな表情を作る。エドガーとオースティンもヒルデガルトの話は聞いていたので、休暇は当然の権利だと思っていた。そもそもアレクサンダーはアリスの命令で女装をしながら通訳をしていたのだ。普段以上に負担がかかっていたのは想像に難くない。

「それならグレン、通訳をお願い出来ないだろうか」

「公国語ならわかりますが、メイネス語はわかりません」

「しかしあの二人が話せていたのだから近い言葉なのだろう?」

 確かに庭園での茶会の時、パウリナとヒルデガルトの会話は成立していた。しかし発音がおかしいとヒルデガルトが言っていたように、グレンの耳にもパウリナの言葉は公国語と捉えると違和感があったのだ。アレクサンダーならその違いもわかるのだろうが、彼は死んだように眠ると平気で半日以上寝続け、その後しっかりと覚醒するのに非常に時間がかかる。明日の夕方までに復帰するかグレンにはわからなかった。

「近くとも同じではありません。私は通訳を間違えた場合に責任が取れません。確実なのは出身者であるサリヴァン夫人です」

 グレンもリチャードがボジェナではなく自分に依頼したい気持ちはわかる。好意を寄せていると伝える場に、血が繋がらないとはいえ叔母がいるのは抵抗あるだろう。しかもリチャードにとってボジェナは家庭教師でもあったのだ。

「辞書を借りてきて手紙にしようか。急に尋ねては叔父夫妻にも彼女にも悪い」

「どうしてそう弱気なのですか。レヴィ王太子らしく堂々として下さい」

 訪問を諦めようとするリチャードをグレンは叱責した。リチャードとグレンは遠縁ではあるが、親族というより幼なじみだ。側近の中では自分が一番リチャードと親しいと思っている。

「陛下と約束をされたのでしょう? 勝手に縁談を組まれてベレスフォード卿のようになっても宜しいのですか」

 グレンは口にした後で気付いたが遅かった。つい幼なじみの立場で話していたが、ここは王太子の執務室。グレンがちらりとオースティンを見ると、彼は笑顔を浮かべた。

「私の事は気にせずどうぞ。父が母に勝てないのは事実ですから」

 オースティンは成人まで領地で暮らしていたので、夫婦とは妻が強いものだと思っていた。それが王都に出てきてベレスフォードは他と違うと気付いたものの、母の方が有能なのは間違いないので周囲に何を言われても気にしない。むしろ彼は両親が結婚した経緯を聞いて、エドワードに心の中で感謝したくらいである。それ程彼の母エレノアは、領地クラークで生き生きと暮らしているのだ。

「補足をしておくと両親の仲は普通ですよ。それに陛下なら婚約を整えてくれるのではありませんか」

「それはそうかもしれない。しかし周囲が整えた婚約と自分が申し込んだ婚約では違う」

 グレンは自分の情けなさを押し殺しながら言った。彼自身、周囲が整えた婚約に甘えていたのだ。自分がスカーレットに好意を持っているように、彼女も受け入れてくれるだろうと。しかし現実は婚約期間の延長である。彼は最近になって少しずつ気持ちを伝えているが、手応えは未だ感じていない。同じ思いをリチャードにはしてほしくなかった。それをリチャードは深く受け止める。

「サリヴァン家に前触れを送る準備を頼んでいいか」

「かしこまりました」

 リチャードが微笑んでいたのでグレンも表情を和らげて応える。エドガーはひっそりと安堵した。

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