第二王女への引継ぎ
スカーレットがアリスの部屋に入ると、そこにはヨランダがいた。二人は話し合っている途中だった為、スカーレットは大人しく扉の前に控える。
「私は公務なんかしないわ。お母様に戻せばいいでしょう?」
「お母様から受け継いだ以上に手を広げてしまったの。ヨランダも王女なのだから王族の義務だと思って手伝いなさい」
「嫌よ。私もすぐに嫁いで王族でなくなるのだから」
ヨランダの発言にアリスもスカーレットも怪訝そうな表情を浮かべた。アリスは幼い頃からエドガーを慕っていたが、ヨランダは別段誰とも親しくしていない。
「降嫁はすぐに出来るものではないのよ」
アリスは諭すようにヨランダに告げる。エドワードの治世は落ち着いていて、過激な派閥争いはない。それでも王女の結婚相手が誰でもいい訳ではなく、公爵家に降嫁する場合は暗黙の規則がある。現在レヴィ王国には公爵家が五家あるが、そのうちベレスフォード家とサリヴァン家はエドワードの異母弟が当主であり、スミス家はアリスが嫁ぐため除外。ハリスン家の後継グレンはスカーレットと婚約しており、降嫁に問題がないのはモリス家のみだ。しかしモリス一家は領地で暮らしており、ヨランダはモリス家の子供達とは面識がない。
侯爵家や他国の王家との結婚も問題はないが、まだ婚約の話が出ていないヨランダがすぐに嫁げるものではない。アリスが婚約期間を持たずに結婚出来るのは、納得していないながらもエドワードがエドガーとの結婚を前々から認めていたからである。
「モリス卿に昨日声を掛けられたわ」
「お父様は受け入れないわよ」
モリス家の当主であるセオドアは元々フリードリヒの側近を務めていた。フリードリヒがエドワードの側近になった時に、その任を解かれ領地に戻っている。そして領地に大病院を建設した。フリードリヒと一緒にレヴィ国立大学医学部に通っていたセオドアの専攻は外科であり、手術の腕は確かという評判は王都まで届いている。
ただエドワードはセオドアを昔から冷ややかに見ていた。元々はエドワードの異母妹サマンサとの結婚を望み、それが叶わないとわかるとアリスとの結婚を望んだのだ。誰でもいいから王族と繋がりたいという態度が、エドワードには受け入れられなかったのだ。また、エドワードが正妻以外を置かなかった為、一夫多妻の貴族は減りつつある。しかしセオドアには正妻以外に側室が二人おり、其々が息子を出産している。
「重い愛より一夫多妻の方が余程ましよ。私は監視されるような生活をしたくないの」
「王女が降嫁した場合は一妻になるのが暗黙の了解なの。本当にわかっているの? 場合によっては義弟とも関係を持たなければいけないのよ。異母兄弟での争いに身を投じるなんて、やめておいた方がいいわ」
結婚して子供に恵まれない場合、どちらに問題があるのかを調べる術はない。そのような研究もされていないのだ。それでも男性にしか爵位が認められないレヴィ王国では、男性側が強い。しかし王女降嫁となると話は別である。特に王族の血を昔から求めているセオドアである。長男で無理なら次男三男と相手を変え、次期当主も子供に恵まれた息子にする可能性は大いに考えられた。
「レティはいいわね。すぐにでも結婚出来るのだから」
「私はまだ婚約だけで、婚期は未定です」
アリスに返す言葉が見つからなかったヨランダは、身体ごとスカーレットに向けた。しかしスカーレットはまだ今後どうするかを決められていない。ただ他にやる事がないから結婚というのは、グレンに対して失礼だと思っている。
「耳飾りをしておいてよく言うわよ。ねぇ、お姉様」
ヨランダはアリスに同意を求めた。アリスもスカーレットの耳飾りに気付き、微笑を浮かべる。
「確かに珍しいわね。婚約者からの贈り物が余程嬉しかったのかしら」
「そういう訳では」
「ではどういう訳なの?」
ヨランダは面白いものを見つけたかのように、楽しそうな表情でスカーレットを見ている。スカーレットは居心地が悪くて仕方がない。
「私の事は置いておいて、ヨランダの話を進めてよ」
「敬語でなくなったわ。お姉様、ここはもう少し問い詰めるべきではないかしら」
ヨランダがいた為に敬語を使っていたスカーレットだが、完全に心を乱されていた。何とか表情を取り繕おうとするが既に遅い。ヨランダの興味は完全にスカーレットに移っている。しかしそれをアリスが許すはずもない。
「ヨランダ。今は公務の話に戻るわよ」
「嫌だと何度言えばわかるの?」
「もう成人しているのだから我儘は許さないわ」
「嫌」
ヨランダはふいっと顔ごとアリスから背けた。その表情には苛立ちが滲み出ている。アリスは嘆息した。
「私はお姉様と比べられるのに、うんざりしているの」
ヨランダは顔を背けたまま呟く。小さい声ながらもアリスとスカーレットの耳には届いた。
「肩身の狭い思いをしているのはリチャードお兄様だけではないわ。お姉様が努力する程私達は息苦しいの。ウォルターお兄様は赤鷲隊に入隊してから生き生きしているけれど」
ヨランダは誰とも視線を合わせないように顔を背けたまま続けた。エドワードは子供全員に同じ教育環境を整えたといっても、其々の資質は違う。ヨランダも決して出来が悪いわけではないが、アリスと比べると劣る。アリスは出来たのにという教師達の空気を感じるのが嫌で、ヨランダは何もやらないという道を選んだのだ。何もやらなければ比べられないという安直な考えだが、過去の王女は公務などしなかったので文句を言う者はいなかった。
「それにお姉様にはエドガーが、レティにはグレンがいるのに、私には誰もいないの」
ヨランダの声色は不貞腐れていた。幼なじみの男女比率は圧倒的に男が多いが、エドガーとグレンに相手がいる以上、ヨランダが降嫁出来る相手はジェームズしかいない。しかし妹しか見ていない男性にヨランダは興味などなかった。
「だからと言ってモリス家は短絡的よ」
「それでもモリス家なら私を大切にしてくれるでしょう?」
「それはどうかしら」
アリスは険しい表情を浮かべた。セオドアの念願が叶うのだから大切にしてくれるかもしれない。しかし彼女には不安しかなかった。息子達とは面識がないのでわからないが、舞踏会で挨拶をした事のある当主セオドアの印象はあまり良くない。
「セオドアは小物感があるのよね」
「それは私も昨日感じたわ」
「それならやめておきなさい」
随分な言われようだとスカーレットは思った。彼女はセオドアが昨日の舞踏会に出席していたとは知らなかった。ハリスン家とモリス家に交流がないので、グレンも挨拶の必要性を感じなかったのだろう。そもそもセオドアは普段領地の病院で医者をしており、年二回の舞踏会にしか王都へ出てこない生活をしている。
「私も愛していると言われたいの」
「またグレースから借りた恋愛小説に影響されているの? あれはあくまでも創作で現実とは違うと何度もお母様が言っていたでしょう?」
「私はお父様みたいな人は選ばないわ。もっと心が広い人がいいもの」
「セオドアの息子の心が広いとは思えないけれど」
アリスの指摘にヨランダは困惑の表情を浮かべる。ヨランダも納得してしまったのだ。
「手っ取り早いと思ったのだけれど、良くない気がしてきた」
「結婚を急いでも仕方がないわ。離婚は難しいのだから、公務をしながらゆっくり考えなさい」
「だからお姉様の公務をすると比較されるから嫌だと言っているでしょう?」
「それならレティと二人でやるのはどう?」
突然降られた話にスカーレットは戸惑う。スカーレットはアレクサンダー程ではないが、それでも能力は高い。アリスの護衛をしながら公務内容も把握していた。
「児童養護施設の件だけでいいわ。私達は国民の生活を守る義務があるの」
アリスは人生で苦労など一度もしていないので、児童養護施設にいる子供達の本当の気持ちはわからない。それでもナタリーが最優先で携わっていたこの公務は、王宮にいるだけではわからない現実が見えてくる。アリスはヨランダにもその現実を見て欲しかったのだ。
「引き受けてくれるなら、未来の侯爵家当主を補助につけるようにお父様を説得してあげる。モリス家より幸せになれそうな所はあるはずよ」
「一緒にお仕事をすれば愛が育つのね?」
ヨランダの表情が明るくなった。アリスは違うと思ったが、理由は何であれ公務の引継ぎをしない限り自分が結婚出来ない。それにスカーレットがいるなら妙な事にもならないだろうと思った。
「可能性はあるわ。レティも任せていいかしら?」
「私は近衛兵ですから陛下の命令でしたら対応します」
スカーレットはヨランダと一緒に仕事をするのは乗り気ではない。しかし彼女はあくまでも近衛兵なので、エドワードに命じられれば拒否は出来ない。彼女の今後がオリバーに一任されているとはいえ、アリスがエドワードに頼めば話は変わるだろう。
「決まりね。詳細は三人で夕食を取りながらにしましょう」
アリスはにっこりと微笑んだ。こういう時は何か企んでいる時である。それを察したヨランダも同じ笑みを浮かべた。
「えぇ、そうしましょう。この三人なんて珍しいから楽しみね」
「そうね」
スカーレットは王女二人の笑顔に違和感しかなかったが、拒否をする理由もなく頷いた。勿論公務の話などするはずもなく、彼女の耳飾りについてになるのは明白であるが、残念ながら彼女は気付いていない。




