次に向き合うべき事
スカーレットは舞踏会の翌朝、近衛兵の控室で兵長のオリバーと向かい合っていた。正式にアリスの降嫁が決まったので、その後の身の振り方を確認する為だ。
「ヨランダ殿下の護衛の場合、彼女や侍女達と上手くやれそうか?」
アリスには不名誉な噂があった為に、周囲に知らない者はいなかった。しかし第二王女ヨランダにはそのような噂などなく、慣例通り侯爵家の令嬢が三人侍女として仕えている。その三人ともスカーレットは顔を知っているくらいの関係だ。
「黙って護衛するだけではないのでしょうか」
「いや、ほら。彼女はアリス殿下とは少し違うから、な」
オリバーの歯切れが悪い。スカーレットも何を言いたいのかわかる。王子王女が全て優れた人物とは限らない。ヨランダはアリスが公務をしているのを奇異だと思っている節があり、自分は絶対にやらないと公言している。実際王女が公務に携わったのはアリスだけなので、ヨランダを責める者はいない。
ヨランダはスカーレットの一歳上なのでアリスより近いのだが、スカーレットとヨランダは幼なじみとしても従姉妹としても親しいとは言い難い。これはライラがアリスとリチャードを可愛がっていたせいでもある。ライラは元々社交性が高くないので、自分と合わないと思えば距離を置く。そしてスカーレットも母と同じく社交性は決して高くなかった。
「正直に言えばヨランダ殿下の護衛は私の仕事ではないと思います。ただ陛下の命令に背く気はありません」
「陛下からは私の裁量に任せると言われている。陛下とハリスン卿は政治以外では仲が良くないからな」
国王エドワードと宰相ウォーレンは、昔から一線を引いた付き合いである。親しくならないのはウォーレンがエドワードの弟チャールズの側近だったから、というのが周囲の憶測だ。チャールズが亡くなってから二十年以上経っているにもかかわらず、この憶測が消えないのはエドワードとチャールズが一度も顔を会わせない関係だったせいだろう。実際はお互い思う所があっての距離感なのだが、本人達以外にそれを察している者はいない。
そしてウォーレンが是非ハリスン家の嫁にと望んでいるスカーレットを、近衛兵とし続けるのはエドワードも抵抗があった。今でも再三、絶対に怪我をさせないような任務にして欲しいと言われているのを知っているのはオリバーだけである。
「昨日の舞踏会に参加したのだろう? 近衛兵を続ける必要はないと思うが」
オリバーの言葉にスカーレットは曖昧に微笑んだ。レヴィ王国の法律上、家名さえ持たない彼女はどうしても気後れしていた。しかし昨日の舞踏会で妙な視線を投げられる事はなく、彼女は考えすぎていたのだと気付いた。しかしそれと結婚の話は別である。彼女は未だグレンと結婚をする未来は見えていない。
「成人をしたのに何もしないのは抵抗があります」
ライラも表向きは何もしていないように見える。しかし得意分野を生かして辞書の作成をしたり、ボジェナの活動を支援したり、赤鷲隊隊長夫人として隊員の家族の面倒を見たりと日々忙しくしていた。
「それなら何をやりたいか考えてみるといい。アレックスなんて自分のやりたい事しかしないからな」
オリバーは笑顔だ。スカーレットも兄の行動のうち、どこまでが近衛兵の仕事なのかわからない。今はヒルデガルトの通訳を再びエミリーに任せ、暫く休暇が欲しいと王宮内の部屋で睡眠中である。
「アレックスが自由ですみません」
「あれくらい自由だと楽しくていい。レティももっと肩の力を抜いて、気軽に考えればいい」
「しかし近衛兵は国王陛下唯一の兵ではありませんか」
「そうだ。だがジョージ様が閣下の間は、この国の平和を守る事だけ考えればいいから気楽なものだよ」
オリバーの笑顔を見て、スカーレットは彼もまた戦争経験者なのだと思い出した。実際戦場には行っていないが、エドワードの命令でシェッド帝国の間諜をしていたという話は聞いた事がある。
「しかしレティが耳飾りとは珍しいな」
オリバーは何げなくそう尋ねた。普通の男性ならそういう事にあまり気付かないかもしれない。しかし彼はエドワードに信頼されている兵長だ。情報分析能力を買われているのだが、少しの違和感も見逃さないからこそ正しく分析が出来る。目の前の部下が飾り紐をつけてきた時は流したが、耳飾りは揶揄いたくなったのだ。
「つけるのは良くなかったでしょうか」
「そのような細かい規則はない。アビーも自由にしているだろう?」
アビゲイルは色々な宝飾品を身に着けているが、それは彼女がアリスの侍女として相応しい格好をしているからだとスカーレットは勝手に思っていた。
「アリス殿下が降嫁してからの答えでも構わない。こちらは別段急いでいないからよく考えるといい」
「わかりました。それでは失礼します」
スカーレットは一礼すると部屋を出た。アリスの降嫁が決まり、リチャードの婚約者も決まりかけている。彼女はふと足を止め窓に映る自分を見つめた。耳には昨日グレンから貰った耳飾りが輝いている。舞踏会用としてはこぶりなので、普段使いして欲しいのだろうなと思って手に取ったのだ。
グレンと向き合わなければと思いながら、スカーレットは護衛の為にアリスの部屋へと向かった。
「色々とありがとうございました」
リチャードはレヴィ王宮内の応接間でパウリナと向かい合っていた。彼女の王宮滞在は今日までなので、挨拶をしたいと言われ彼はそれを受けたのだ。
「色々と時間が取れず申し訳ありません」
『いいえ。リチャード殿下はとてもお忙しい方だとボジェナ叔母様から聞きました。王都はボジェナ叔母様にこれから案内してもらう予定なので気にしないで下さいね』
パウリナの通訳をした後で、ボジェナも悪気はないので大目に見て下さいと付け加える。ボジェナにはリチャードの気持ちは伝わっていないのだ。そして勉強ばかりしていたボジェナにそれを察する能力もない。
「もうメイネス王国へ戻られるのですか?」
『王都を案内して貰った後でボジェナ叔母様の屋敷に二日泊まり、明後日帰ります。折角なので隅々まで見て回るつもりです』
パウリナは笑顔だ。しかしリチャードは一国の王女が気軽に出歩いていいのか不安で、ボジェナの方を見る。するとボジェナはその不安を察して安全は配慮してありますと告げた。
『国に戻ったらリチャード殿下と踊ったと自慢出来ます。私の拙いレヴィ語も笑わず聞いて下さりありがとうございました。とても嬉しかったです』
レヴィ王国の貴族達は発音に厳しい。発音が訛っていると田舎者だと陰口を叩かれるのだ。パウリナもそれを聞いて必死に覚えはしたものの、上手に発音出来なかった。それでも折角覚えたレヴィ語を話したくて、覚えたものだけ口にしたのだ。そしてそれをリチャードが笑わなかったので、パウリナは本当に嬉しかったのだ。
「いえ、私もパウリナ殿下と踊れて楽しかったです」
『もう二度と会う事はないでしょうけれど、リチャード殿下の将来が幸せで溢れるものであるようにお祈りしていますね』
笑顔で告げるパウリナの言葉をボジェナが通訳する。リチャードはそれを聞いて呆然とした。婚姻の打診があったのだから、今後結婚に向けて双方歩み寄るのだと思っていたのだ。それが二度と会わないと言われ、彼はその言葉を上手く呑み込めなかった。それでも彼は王太子として教育を受けている。不審に思われないように言葉を紡ぐ。
「国に戻られたらどうされるのですか?」
『父には素直に言うつもりです。私にレヴィ王妃など無理だと。他の姉妹も無理だから二度と打診をしないように言いますので安心して下さいね』
パウリナの笑顔は清々しく、そこに悔しさなどは一切ない。リチャードは今まで感じた事のない感情をどう表現していいのかわからず戸惑ったが、それ以上何も言えないままパウリナはボジェナと共に王宮を去っていった。




