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王女の思惑 女性護衛騎士の憂鬱  作者: 樫本 紗樹


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我儘への対処

 舞踏会の準備が着々と進む中、王太子の執務室には人が集まっていた。リチャード、グレン、女装したアレクサンダー、ジェームズ、ウォルターという普段とは違う組み合わせである。本来ならいるべきであろうエドガーはアリスを優先していた。

 エドガーがいないので、幼なじみ五人だから敬語は不要と最初にリチャードが前置きし、アレクサンダーが招集をかけた理由を話し出す。元々パウリナとヒルデガルトに招待状を送っていた為、舞踏会への付添は各国の大使の役目となっていた。メイネス王国はそれを受け入れたが、ローレンツ公国側は大使が老齢なのでリチャードかグレンにして欲しいと要求してきたのである。当然、通訳としてその話を聞いたアレクサンダーは流石に難しいとその場で断った。しかし通訳アレックスの肩書は侯爵令嬢である。あなたが判断できる話ではない、上の者に話を通せと言われて仕方なく招集をかけたのだ。

「その我儘を聞く必要はないと思うけど」

 話を聞いたウォルターが呆れ顔で言葉を発した。彼は第二王子ではあるが、既に赤鷲隊に所属して将来兄を支える総司令官になると宣言をしている。それを理由に普段なら舞踏会に顔を出さないのだが、今回は他国から女性を招いているからとエドワードに呼び出されて渋々参加していた。ただでさえ嫌々なのに、面倒な話を聞かされてウォルターは気だるそうにソファーに身体を預けている。

「シェッド行きの馬車に詰め込めばいいと思う」

 アリスがそう発言していたと聞いたジェームズは、それが一番いいと思っていた。彼はウォーレンの元で働いているので、王太子の側近とは違う国政の情報を把握している。ヒルデガルトに同情する気持ちは一切持っていなかった。

「今回に限ってウォーレンが空いてないのも辛い」

 流石に宰相から断りを入れればヒルデガルトも黙るとアレクサンダーは思ったのだが、ウォーレンに忙しいので他を当たってほしいと冷たくあしらわれていた。スカーレットの化粧時間を削っていいと言ったのだが、当然聞く耳を持って貰えなかった。

「ここで宰相を出さないのは正解だと思う。余計調子に乗りそうだから」

 グレンは少し疲れた表情である。スカーレットがどう着飾るのか非常に楽しみにしていたのに、こんな所で拘束されるとは思っていなかったのだ。

「もう公国の人は参加しなくていいよ。それで終わらせよう」

「ウォルター、嫌なのはわかるが雑過ぎる。閣下の元で本当に学べているのか?」

 リチャードは冷めた目で弟を見る。名前を把握していないから、公国の人という表現になったのだろう。しかし仮にも婚約者候補として招待をした女性である。名前くらいは覚えておいて欲しいとリチャードは思った。

「剣の腕は褒められたよ」

「ウォルターは昔から勉強嫌いだから、父と同じ総司令官は無理だろう」

「女装趣味のアレックスに言われたくない」

「女装は趣味じゃない。近衛兵として幅を広げているだけだ」

 ウォルターは訝しい表情をアレクサンダーに向ける。趣味でないのに、ここまで完璧な女装を出来るとは思えなかった。男性と知っているウォルターでさえも、勘違いしそうになる完成度である。

「ウォルターが付添するのはどうだろう。一応王族だから」

「一応じゃなくて俺は一生王族だ。だが断る」

 グレンの提案をウォルターがあっさり却下する。ウォルターは母譲りの黒髪だ。ルジョン教教皇の証でもある黒髪であるが、ローレンツ公国は宗派が違い、ヒルデガルトをはじめ一家が金髪である。それに金髪であるグレンを気に入っていると聞いていたので、ウォルターは絶対に絡みたくなかった。

「そもそも公国の大使は父より若かった気がするのだが」

「確か陛下と同じだったと思う。付添出来ない程足腰が弱っていないのは確認済」

 付添を依頼する為にジェームズは両国の大使の所へ足を運んでいた。本来ならばレヴィ王国の貴族しか参加できない王宮舞踏会。付添とはいえ、参加出来るならばこれ程魅力的な場所はない。実際、メイネス王国の大使は大喜びで、些細な縁も逃がすまいと張り切っている。一方、ローレンツ公国の大使は消極的だった。元々レヴィ王国を下に見ている国なので、ジェームズは仕方がないと思っている。

「誰も迎えに行かなかった場合、公国の人はどうするつもりなのかな」

「絶対にグレンが迎えに来ると思っているのだろう。その自信の由来は不明だが」

「私は行かない。折角レティが参加するのに他の女性に時間を割くなど御免だ。この時間さえ勿体ない」

 グレンは真剣な表情だった。この場にいる者達は、彼の長い片思いを知っている。しかしウォルターだけはリチャードの気持ちを知らない。ウォルターは笑顔をグレンに向ける。

「やっとレティと結婚するの? 長かったね」

「未だしない」

 ウォルターは結婚を決めたからこそスカーレットが舞踏会に参加するのだと思っていた。アリスの思惑など知るはずもない。

「それはもう脈がないと思うけど」

「まだある。諦めない」

「ウォルター」

 リチャードはウォルターの無粋な発言を咎めた。争いを好まない兄の珍しい声色に、ウォルターは失言だったと気付き小さく頭を下げた。グレンはそれを頷いて受け止める。グレンも手応えは感じていない。それでも諦める気はない。

「ウォルターは結婚についてどう考えているの?」

 空気を変えるようにジェームズがウォルターに問いかけた。ウォルターは予想外の質問に数回瞬き、暫く考え込む。そして何か思い当たったのか、急に笑顔をジェームズに向けた。

「ケイトなら考えてもいいよ」

「ケイトは本当に幸せにしてくれる者に嫁がせる。ウォルターは除外」

「何だよ、それ」

「ここにいないオースティンに任せるのはありだろうか」

 ジェームズとウォルターの言い合いを無視してアレクサンダーは提案をする。オースティンは元々舞踏会の前後は領地から出てきた両親と過ごすと決まっているので、あえて招集をしていなかった。

「それはオースティンに悪過ぎて頼めない」

 リチャードは首を横に振った。そこまで親しくないので頼み難いというのもあるが、ヒルデガルトの人柄を知ってしまった以上、誰であっても気が引ける。

「公国の人の我儘なんか無視でいいよ。閣下は戦争をしないけど、父上なら何か仕掛けてくれるだろうしさ」

 ジェームズとの言い合いをやめて、ウォルターがリチャードに笑顔を向ける。

「それは流石に」

「元々二人に招待状を送ったのは父上でしょう? それなら父上が責任を取るべきだ。それに公国はこれ以上甘やかさない方がいいよ。俺が青鷲側に張り付いてもいいしさ」

 青鷲隊の砦はローレンツ公国との国境にある。ジョージは絶対に戦争をしないが、ウォルターは戦争がどういうものかよくわからないので、防衛戦ならしてもいいと思っていた。

「本当に老齢なら提案された時に言い出すべきであり、当日というのは非常識すぎる。だからこちらが対応出来なくても文句を言われる筋合いはないと思う」

 グレンは早くスカーレットを迎えに行きたくて、何とか纏めに入ろうとした。それを他の四人も感じ取る。

「確かに公国だけ対応するのは良くない。メイネス王国と同等に扱うのが最善だろう。私が宰相代理という事でヒルデガルト嬢を説得に行くか」

 ジェームズは重い腰を上げた。しかしアレクサンダーは不安な表情を彼に向ける。

「ジミーは侯爵子息だから聞いて貰えるかな」

「血統しか見ていないから国が持たないのだ。私も早くケイトの所に行きたいから言ってやる。アレックス、通訳を頼む」

「俺は言われたままを通訳するから、言葉は選んでくれよ」

「任せておけ」

 ジェームズは自信満々の笑顔をアレクサンダーに向ける。アレクサンダーはそれに不安を覚えリチャードを窺う。リチャードはアレクサンダーに微笑む。

「ウォーレンに認められた男だ。嫌味は上手く通訳して欲しい」

「そういう通訳は難しいから嫌だ」

「アレックスなら上手くやってくれると信じている」

 リチャードにそう言われ、アレクサンダーは小さくため息を零した。母と同じく多数の言語を操るアレクサンダーでも、嫌味の言い回しを正しく通訳するのは難しい。それでも自分の役目を全うしようとアレクサンダーはジェームズと共にヒルデガルトの所へと向かった。

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