王太子の私室にて
「パウリナ殿下を選んだ理由を教えて」
家族四人での食事を終えて寛いでいたリチャードの私室に、仕事を終えたジェームズが訪ねていた。ジェームズはエドワードの側近スティーヴンの長男であり宰相補佐をしている。リチャードとジェームズは、はとこというより友人だ。
「ウォーレンに何か言われた?」
テーブルの上には葡萄酒が入ったグラスがふたつ、葡萄酒の瓶、つまみを乗せた皿が置かれている。リチャードはジェームズに尋ねながらグラスを口に運ぶ。
「あの人は自分の美的感覚から外れたものには一切興味を持たないよ」
ジェームズは皿に並べられていたラスクを口に運ぶ。リチャードはジェームズの言葉に笑みを零す。ウォーレンの美的感覚をリチャードは把握しきれていないが、パウリナが外れているのは何となくわかったのだ。
「ヒルデガルト嬢の方が綺麗かもしれないが、私は受け付けなかった」
「そちらの話はしていない。レティと違い過ぎる。適当に結婚相手を決めると困るのは自分だ」
「パウリナ殿下に関しても気になる程度、としか言っていない」
リチャードは少し困ったように吐き出した。実際パウリナを正妻に迎えたいという強い思いはない。もう少し彼女と話をしてみたいというだけなのだ。
「その発言だけで十分だと思うが」
「どこが?」
「今までの自分の態度を振り返ってみればわかる。今まで数えきれない程の女性と舞踏会で踊ったり話したりした時に、気になると何度発言したと思う?」
呆れ顔のジェームズにそう言われ、リチャードは真剣に考え始めた。正直覚えていない女性も多い。それでも気になったのなら記憶に残っているはずだ。しかしリチャードにはそのような女性が思い当たらなかった。
「一度もない?」
疑問形の答えにジェームズは小さくため息を吐く。
「ケイトに興味を持たないのだから、他の女性を気にする方がおかしいか」
「ジミー、妹の話は今持ち出すな」
ケイトはジェームズの妹である。彼は誰もが認める兄馬鹿であり、この世で一番可愛い存在はケイトであると疑わない。そしてケイトに興味を持たない者達にとても冷たいが、興味を持った所で彼に気に入られなければ彼女には近付けない。この兄馬鹿にケイトは辟易しているのだが、その態度さえも可愛いとジェームズは思っているので重症だ。そしてジェームズがケイトについて語り出すと長いので、リチャードはそれを止めた。
「そうだな。ケイトはリックに興味がないと言っていたから置いておこう」
ジェームズは深い意味もなくそう言った。しかしリチャードにしてみれば、友人の妹以上の感情を持っていないのに振られたような気がして面白くない。
「ジミーはそういう所を直さないと一生結婚出来ないぞ」
「ケイトより魅力的な女性などこの世にいないのだから結婚などしなくていい」
リチャードは憐みの眼差しをジェームズに向ける。彼はウォーレンに才能を買われたほど優秀な人材だ。しかし仕事以外は非常に残念である。父親の血が濃いのかもしれないが、リチャードは将来の宰相候補に一抹の不安を覚えた。
「そもそもウォーレン様が独身なのだから何も問題はない」
「そちら側に行きたいのなら止めはしないが」
ウォーレンは昔から変わった人で有名だ。美意識が異常に高く、外見は年齢性別不祥で気軽に声を掛けにくい雰囲気を纏っている。リチャードも出来ればあまり関わりたくなかった。
「友人だと思っているなら止めてほしい。私は私の信じた道を歩いているのであって、決してウォーレン様に影響されてはいない」
ジェームズは力強く否定しているが、リチャードは内心似ていると思っていた。ウォーレンも弟カイルを可愛がっており、その息子グレンを将来のハリスン家跡継ぎと公言している。リチャードは両親の仲が良く、きょうだいにも恵まれているので家族愛は理解しているが、この二人の愛情は理解しがたいのだ。
「いつも思うがジミーは話が逸れやすい。本当に宰相としてやっていけるのか?」
リチャードは再び葡萄酒を口に運ぶ。人払いをしてしまったので、グラスに入っている分を飲み干した場合は自分で注がなければいけない。彼はそれが面倒でグラスをくるりと回す。それを見て、ジェームズは仕方がないなと瓶を手にして、リチャードのグラスに葡萄酒を注ぐ。
「仕事中は問題ない。リックの前は気が緩む」
「その気持ちはわかる。側近達も信用しているが、私にとってジミーは特別だ」
リチャードはジェームズに笑顔を向ける。幼なじみとして多くの人に囲まれながら育ったが、リチャードにとってジェームズは年下だが気の置けない存在だ。
「レティを諦めたのなら、グレンとの関係は変わる気がするけど」
「レティは最初から望んでいない」
リチャードはグラスをテーブルに置く。従兄妹婚が良くないという以前に、スカーレットが絶対にレヴィ王妃になりたがらないというのはわかっていた。ただ好きだと思う気持ちの消し方がわからず強引に抑えていただけ。しかし今はその気持ちがどこかに消えていて、好きだと思っていた感情が恋だったのかさえわからなくなっていた。
「アリス殿下がエドガー大好きと昔はよく言っていたからな。自分も誰かを好きでないとおかしいのかもしれない、と思ってしまう気持ちはわからなくもない」
「そういうものだろうか」
「そういうものだと思っておけばいい。ただグレンはレティに本気だから、揉め事に発展しなくて安心したよ」
ジェームズは心底安心したという柔らかい表情を浮かべてラスクを食べた。彼は侯爵家であるが故に、王太子側近の条件を満たせなかったので今の職務になっている。しかし誰よりも幼なじみの関係を大切にしていた。グレンとスカーレットの婚約がリチャードによって壊され、幼なじみの関係性が崩れる未来がなくなった事が嬉しかったのだ。
「レティは別にどうとも思っていなさそうだけど」
「それでもウォーレン様には逆らえないよ。あの人は自分の希望を絶対に曲げないから。それは陛下も同じ。パウリナ殿下と決めたらもう後戻り出来ないけどいいのか?」
「だから決めてはいない」
「彼女のどこが良かった?」
「懸命に焼菓子を食べていた。あれ程瞳を輝かせながら焼菓子を食べる女性を初めて見た」
リチャードの言葉を聞いてジェームズは表情を険しくしたが、慌てて表情を作る。王太子と話せる地位にある貴族令嬢ならば教育されているので、焼菓子を懸命に食べる事はないだろう。物珍しいから気になったという事ならば、そこに恋はないとジェームズは判断した。
「一度アリス殿下の公務についていったらどうだ? 似たような光景を見られると思う」
「どういう意味だ?」
「そのままだ。もう少し色恋な理由が聞きたかった」
ジェームズはソファーに身体を預けた。パウリナを選んだと話を聞いて、仕事終わりに寄ったものの、雲行きが怪しくて落胆したのだ。彼は自分の結婚には興味ないが、リチャードには幸せな結婚をして欲しいと心から願っている。
「ジミーは児童養護施設に赴いた事があるのか?」
「そのような時間があるならケイトと過ごしたい」
「聞いた私が愚かだった」
リチャードは笑うと再びグラスを手に取り葡萄酒を飲む。その笑顔を見てジェームズは身体を起こした。先程は発言内容に気を取られていたが、リチャードの清々しい笑顔は久しぶりだったのだ。
「舞踏会ではパウリナ殿下を紹介してほしい」
「どうした、急に」
「二人が並んでいる姿を見てみたくなった」
「それは構わないが決めてはいないからな。それだけはジミーからも周囲に言っておいて欲しい」
「あぁ、わかった」
ジェームズは頷くとグラスを手に取った。そして笑顔を浮かべる。
「リックの未来に乾杯」
「何だ、それ」
リチャードは呆れながらも、差し出されたジェームズのグラスに自分のグラスを近付けた。ジェームズはリチャードの幸せを願いながら、笑顔で葡萄酒を口に運んだ。




