三人での夕食
アレクサンダー、グレン、スカーレットの三人は王宮内の一角で夕食を共にしていた。この組み合わせは非常に珍しい。
「アレックスはメイネス語も扱えるのだな」
「ん?」
アレクサンダーは女装を解き、普段着に着替えていた。彼は王都に暮らしているが王宮内の部屋もそのまま置かれている。王宮へ自由に出入り出来る数少ない一人だ。これは彼の才能を買っているエドワードの配慮である。
「とぼけても無駄だ。公国語とは発音が違った」
「些細な差だが、やはりわかるか」
「わかる」
グレンは鋭い視線をアレクサンダーに向けた。アレクサンダーはそれを笑顔で受け止める。
「元々同じ言葉だ。変化の過程さえ理解すればグレンも話せる」
「別に話す気はない。ただアレックスが話せる言語数は知りたい」
「それは私も知りたいわ」
男同士の会話を黙って聞いていたスカーレットが声を上げる。アレクサンダーはグレンとスカーレットに視線を向けて真剣な表情をする。
「誰にも言わないのなら教えてもいい」
アレクサンダーの言葉にグレンとスカーレットは同時に頷いた。アレクサンダーは笑顔を浮かべる。
「母と同じだけ話せる。文字は主要なものしかわからないが」
アレクサンダーの言葉にグレンとスカーレットは驚く。ライラ自身も何ヶ国語話せると明言はしていないが、この大陸だけでなく海の向こうの言語さえ自由に操れる。
「いつの間に」
「母とエミリーの会話を聞いていて馴染んだ。あの二人はややこしい話し方をするからな」
「あぁ、多数の言語が入り乱れている。正直落ち着かない」
スカーレットも同じ気持ちだったので頷いた。レヴィ語だけなら問題はないのに、会話の途中に違う言語が挟まるので話が成立せずにもやもやするのだ。二人が笑ったとしても、どこに笑う所があったのか全くわからなかったりする。
「あれが二人の普通らしい。そして私の耳も同じように出来ていた、というだけだ」
アレクサンダーは置いてあった葡萄酒を口に運ぶ。グレンは余裕そうなアレクサンダーに怪訝そうな表情を浮かべた。
「聞いただけで、教わってはいないのか?」
「グレンが公国語を教わっている横で聞いていた以外は独学だ。だが、母に色んな言語で話しかけると、間違いは指摘してくれた」
スカーレットにはアレクサンダーの言っている事が理解出来ない。彼女はライラが話している他国語など、どれも耳に残らなかった。複雑そうな表情を浮かべる妹に、アレクサンダーは優しく微笑みかける。
「レティは向いていない。母上もレティは父上似だから努力をしても無理だろうと言っていた。生まれ持った素質の違いだから落ち込むな」
「兄上は何でも持ち過ぎです」
「それは否定しない。これだけ持っていると短命かもしれない、とは思う」
アレクサンダーは笑顔だ。本当にそう思っているのか冗談なのかスカーレットにはわからず黙り込む。それを察して彼はおどけた声を出す。
「レティにはグレンがいるが、俺の結婚相手は何処の国にいるかわからないからな」
「兄上は結婚する気がないのだと思っていたわ」
スカーレットは思わず本心を口にした。アレクサンダーは容姿が整っているので女性人気は高い。リチャードの護衛をしているので、近衛兵の中では目立つのだ。しかも女装をする為に色々と調べているので、女性との会話はスカーレットよりも弾むほどだ。だが、特定の女性がアレクサンダーの隣にいた事はない。
「誰かさんが何か言ってくる気はしている。まぁ、俺は自分の意思で結婚するが」
「伯父は無視してくれ」
「言われなくても無視するさ。レティだけで満足して欲しいものだ」
「その言い方は気に入らないな」
グレンは不機嫌そうにアレクサンダーを睨む。アレクサンダーは両手を上げて降参の意を示す。
「言葉の綾とはいえ悪かった。ところで、今度の舞踏会で本当にレティはドレスを着るのか?」
「どうして兄上がそれを知っているの?」
「母上が楽しそうだからな」
アレクサンダーの言葉にスカーレットは首を傾げる。一緒に暮らしていない彼の方がライラについて詳しいのが納得いかなかったのだ。しかし、先日グレンと出かけた際はとても楽しそうだった。もしかしてあれの事かもしれないと彼女は思い当たる。
「母上はやはり私に女性らしくあって欲しいのかしら」
「母上はレティの幸せを願っているだけだ。あとアリスとリック。多分俺は気にしてない」
「気にしていないのではなくて、ライラ様はアレックスなら勝手に幸せになると思っているのだろう」
グレンはアレクサンダーに笑顔でそう言った。アレクサンダーも微笑を零す。
『グレンもそう思うか。俺もそんな気はしてるんだ。だからレティはグレンに任せる』
『任せておけ。ただ、私は母から愚息扱いだ。まずはそこから何とかしたい』
『あれはエミリーの捻くれた愛情表現だろう』
『そうは思うが、母はたまに怖い程冷静だから』
『まぁ、母上に物を言える数少ない人物だからな』
スカーレットは突然レヴィ語ではない言語に切り替わったので、二人が何を話しているのかわからない。個人名だけは聞き取れるが、それ以外の情報は掴めない。
「私の前でこそこそ話さないで」
「悪口ではないから気にするな」
アレクサンダーにそう言われてもスカーレットは納得がいかない。視線をグレンに向けると彼は微笑む。
「レティのドレス姿が楽しみだという話だよ」
「それは違う気がする」
スカーレットは言葉こそわからなかったが、ドレス姿が楽しみというだけならレヴィ語で話すはずだと判断した。しかしグレンは微笑んだままだ。
「今回は母上に任せて誰もが振り返る美人にして貰え。そしてヒルデガルト嬢を見返してやるといい」
「え?」
「金の話をするならうちも公国には負けない。勘違い令嬢を叩きのめしてやれ」
アレクサンダーは含みのある笑顔を浮かべる。スカーレットは彼がヒルデガルトに対して結構腹を立てていたのだと知った。
「余程大変なのね、ヒルデガルト嬢の通訳は」
「ここまで話が通じないと知っていたら、いくらアリスの願いでも聞かなかったさ」
アレクサンダーは盛大にため息を吐く。そして残っていた葡萄酒を一気に飲む。
「まぁ、俺でなければ務まらなかっただろうが」
「今夜は放置していてもいいの?」
スカーレットはアレクサンダーの通訳する範囲を聞いていない。しかし女装をした以上、常に侍っている可能性は高い。しかし彼は着替えているので、通訳の仕事は終わっているはずだ。
「代理を頼んである。陛下に許可を取りに行ったら、パウリナ殿下で進めるからヒルデガルト嬢は適当でいいと言われた」
アレクサンダーにグレンとスカーレットは驚きの表情を向けた。そのような決定事項など聞いていなかったのだ。
「つい先程決まったらしい。妥当ではあるが」
「確かにヒルデガルト嬢が王妃なんて、想像さえ出来ないわ」
そう言いながらスカーレットはパウリナも王妃として想像出来なかった。彼女が知っている王妃はナタリーだけである。誰に対しても優しく接する女性が王妃なのだと彼女は認識していた。
『ただ決定ではないようだ。だからグレン、気を抜くなよ』
「言われなくてもわかっている」
またアレクサンダーが違う言語を使ったので、スカーレットは兄を睨む。グレンの言葉がレヴィ語だったので、彼に対する忠告なのだろうがそれでも面白くはない。
「レティ、俺は妹の幸せを心から願ってる」
「それならどうしてレヴィ語以外を混ぜるのよ」
「男同士の話というものもある。気にするな。レティが気にするべきは、ヒルデガルト嬢がグレンを連れて帰らないかだ」
「いくら何でもそれは無理よ」
「あの女性に俺達の常識を当てはめてはいけない」
アレクサンダーの声色は冷めていた。スカーレットも茶会に参加していた以上、ヒルデガルトの妙な発言はわかっている。思考を読むのは難しい。
「私は拉致されるほど弱くはない。剣の腕はないが」
「つまり今度の舞踏会では帯剣してグレンをヒルデガルド嬢から守ればいいのね?」
スカーレットは笑顔でそう言った。しかしアレクサンダーもグレンも残念なものを見るような視線を彼女に向けた。
『妹が色々とあれで申し訳ない』
『いや、こういう所が可愛いなと思っているから気にしなくていい』
「だからレヴィ語で話してよ」
スカーレットは面白くなくて不機嫌な表情を浮かべる。グレンはそんな彼女に微笑む。
「帯剣などしなくとも、綺麗に着飾って私の隣にいてくれればいい」
「でも素手では勝てないわ」
「戦おうとしなくてもいい。舞踏会では綺麗に着飾って毅然としていてくれれば抑止力になる」
グレンの言葉にアレクサンダーも頷く。しかしスカーレットは意味がわからず首を傾げた。アレクサンダーは妹が納得しそうな理由を探して口にする。
「舞踏会の会場は近衛兵が囲んでいる。万が一は先輩方に任せればいい」
「それもそうね。わかったわ」
スカーレットはアレクサンダーの言葉に納得した。こうして三人は夕食を楽しんだ。




