家族四人での夕食
ヒルデガルトとの茶会があった日の夕方。王宮内にある食堂ではエドワード、ナタリー、アリス、リチャードがテーブルを囲んでいた。普段なら朝食は家族全員、夕食は各自自由となっているのだが、アリスがどういう状況なのか説明をして欲しいとエドワードに言った所こうなったのだ。
「誤解を招くような話は一切していない。勿論、先方が妙な解釈をした責任など私は取らない」
エドワードの言葉はアリスが想定していたものだった。基本的に自分の意見を曲げない彼の事だ。レヴィ王国に何の益もない話をするはずがない。
「今回の招待状の控えだ。文面はレヴィ語で共通にしてある」
エドワードに差し出された書類をアリスは受け取って目を通す。王宮舞踏会の招待状を送ります。ご都合が宜しければご参加下さい、という内容しか書かれていない。
「レヴィ語の翻訳を間違えたのかしら」
「間違えないように簡単な言葉を選んだのだが」
エドワードの言葉にアリスは納得するしかない。アリスも帝国語を習得しているので、他国語を習得する難しさはわかっている。しかしこの程度のレヴィ語ならば、通訳でなくとも商人でも翻訳可能だろう。
「彼女を帝国行きの馬車に乗せて追い出してしまおうかしら。話が噛み合わない者同士、ルイ叔父様と合うかもしれないわ」
「兄は本当に酷いの。犠牲者は不要よ」
アリスの思い付きにナタリーが慌てて窘める。しかしそれをエドワードは楽しそうに聞いていた。
「ルイよりユーグがいいのではないか?」
ユーグはナタリーの異母姉シルヴィの長男であり、次期教皇である。皇妃アナスタシアと父ジェロームの教育により申し分ない青年であるが、まだ結婚も婚約もしていない。
「だがまずはリチャードの意見を聞くべきではないのか? リチャードがヒルデガルト嬢を気に入ったのなら話は変わる」
「我が国に染まりそうもない女性には興味ありません」
リチャードは言い切った。彼も色々と言われているが、王太子として国を豊かにしたいと思っている。レヴィ王国の繁栄を願わない者と一緒になる気などなかった。
「そもそもお父様は彼女が将来のレヴィ王妃に相応しくないと、わかっていらしたのではないのですか?」
アリスは厳しい視線をエドワードに向ける。しかしそれを彼は笑顔で受け止めた。
「噂は聞いているだろうが、ローレンツ公国は長く持たない。ここ数年農作物が不作にもかかわらず何も対策をしていないからだ」
その噂はこの場にいる者全員が知っていたので神妙な表情で受け止める。レヴィ王国もローレンツ公国も農業王国である。土地が広い分レヴィ王国の方が豊かではあるが、レヴィ王国は自然がいかに思い通りにならないかを知っており、どのような状況でも共存できるように研究を惜しまなかった。故に予報士の天候予測に沿って育てる品種を選ぶ。また国土が広いので、全国で不作は滅多にない。
一方ローレンツ公国は元々シェッド帝国の一部が独立したものだ。公国の名の通り、公爵が治める土地なので広くはない。天候不順となれば国全体が影響を受ける。しかしそれに対する対策が皆無であった。ルジョン教に則り女神マリーに祈ったのかもしれないが、その祈りは届いていないようだ。
「昔は帝国が横暴な振舞いをして亡命を企む者がいたが、今は聖地巡礼と称してシェッドへ行く者が多いらしい」
レヴィ王国は自国の為になる者は受け入れるが、亡命には厳しい。一見冷たく感じるが、エドワードは国を守る為に必要な判断だと信じている。
一方シェッド連邦の中央にあるマリー聖堂は、ルジョン教の聖地である。ルジョン教は人々が助け合うのを教義としており、同じ宗教の者は同胞として扱う。また、昔は攻撃的であったシェッド帝国だが、連邦制になってからは穏やかである。
「母は大丈夫かしら」
ナタリーの声は憂いを帯びている。エドワードは彼女を慰めるように、彼女の手に自分の手を重ねた。
「問題があればジェリーから連絡が入るだろうから心配しなくていい。それまでは手を差し伸べないが」
「陛下はいつもルジョン教徒に冷たいですよね」
「神に祈るより自分で行動した方が確実だ」
レヴィ王国は国家宗教を持たない。宗教の自由は保障されているので、国内にはルジョン教をはじめ色々な宗教を信じる人々が暮らしているが、レヴィ王家は無宗教である。ルジョン教はこの大陸で一番信者の多い宗教であるが、信者が多い分宗派も多く、まとまりには欠ける。ローレンツ公国の人々が聖地に行って幸せになれる保証はない。余程宗教を捨てて現実を見据え、何が必要かを学ぶべきだとエドワードは思っている。勿論、ナタリーが表向き無宗教としながらも棄教していないのを知っているので、ルジョン教徒に対し何か行動を起こす事はない。
「メイネス王国も独自の宗教を持っていたはずだが」
「ボジェナ叔母上を見る限り、信仰心は高くないのではありませんか」
リチャードが発したのでエドワードは視線を動かした。レヴィ王国は大国故に他国など知らなくても生きていける。自分で学ぼうと思わなければ、周辺国の知識は得られない。リチャードがメイネス王国について調べていたのが、エドワードには意外だった。
「少なくとも神を信じていないからと見下す事はないだろう」
「ルジョン教徒も見下したりなど致しません。公国は聖書を読み違えているのです」
「ナタリー。ここはルジョン教の解釈について問答する場ではない。リチャードの結婚相手としてヒルデガルト嬢が相応しくないという話だ。たとえ家族しかいないとはいえ、発言には気を付けるように」
エドワードは冷めた視線をナタリーに向けた。ナタリーも自分の失言に気付き、失礼致しましたと謝る。両親の仲がとてもいいと子供は全員知っているが、政治が絡む場合のエドワードの冷たさも知っている。しかしそれでもアリスには耐えがたい雰囲気だった。
「お父様。少し冷たくありませんか」
「発言には常に気を遣うべきだ。何処で誰が聞いていて、話が湾曲して伝わるかわからない。公国の件に関しても、何か誤解があった可能性は否定出来ない」
「それは単に自分の都合のいいように捻じ曲げただけにしか思えません。お父様はまさか違うと思っていらっしゃるのでしょうか」
「先方の勝手な解釈だと思っている。だがこの世に絶対などない」
エドワードは真剣な表情でそう告げた。アリスはそれを受け止めながら、この話し合いに緊張感が必要だったかを考える。しかしどう考えてもローレンツ公国の解釈がおかしいとしか思えない。
「リチャード自ら断れば、どちらも帰るしかない。どのような難癖をつけられたとしても問題ない」
エドワードは底冷えのするような眼差しで微笑む。この眼差しを向けられれば大抵の者は反論など出来ない。リチャードもいつもなら口を閉ざす。しかし自分の婚約者候補の話であるので黙ったままではいられなかった。
「私はもう少しパウリナ殿下と話してみたいと思っています」
「パウリナ殿下を気に入ったの?」
ナタリーは笑顔を浮かべてリチャードに問う。彼女はリチャードがスカーレットを好きだとは知らない。だが、一向に結婚相手が見つからない息子を心から心配していたのだ。
「気になる、という程度です。ヒルデガルト嬢は非常に疲れますので遠慮をしたいのですが、対応は平等にするべきでしょうか」
「舞踏会では二人と踊るべきだが、その後に関しては好きにするといい。先程も言ったようにねじ伏せるだけだ」
エドワードは楽しそうに微笑んだ。息子がパウリナに興味を持った事が嬉しいのか、ローレンツ公国に対してどのように対応しようか考えるのが楽しいのか、リチャードにはわからない。それでも自分の希望が通ったので胸を撫で下ろした。
「アリス。パウリナ殿下は将来のレヴィ王妃に相応しいと思えたか?」
エドワードの質問にアリスは迷った。しかし嘘が通じる相手ではない。
「現状では難しいと思います。しかしパウリナ殿下はレヴィ語を勉強中です。こちらが教育環境を整えたならば期待に応えてくれると思います」
「スミス夫人として支えられる範囲内なら許容出来るな」
エドワードの言葉に他の三人が驚きの表情を彼に向ける。アリスがエドガーに好意を抱いている事はわかっていても、結婚に関しての話題をエドワードは避けてきたのだ。まさか結婚を認めるような言葉がここで出てくるなど誰も予測していなかった。
「私も女王アリスなど望んでいない。エドガーと話し合い、詳細が決まったら報告するように」
「ありがとうございます、お父様」
「良かったわね、アリス」
ナタリーが泣きそうな表情を浮かべていたので、アリスも泣きそうになりながら頷く。エドワードはその二人を複雑そうな表情で見守っていた。
アリスの王位継承権を巡る話はここで幕を閉じたが、エドワードが人払いをしていた為、噂が王宮内を駆け巡る事はなかった。




