庭園での茶会
リチャードとヒルデガルトの茶会は王宮の庭園で催される事になった。予報士が言った通り天気は晴れ。レヴィ王宮の庭園にはいくつか四阿もあるが、今回はあえてテーブルなどを芝生の上に準備した。議会で婚約者候補がくる話は出ているので、ある程度の貴族は知っているが、それでも誰もが通るような場所で顔合わせをするのは良くない。それで王族以外は通らないような場所が選ばれたのだ。
楕円形のテーブルにリチャードとグレン、ヒルデガルトと侍女が向かい合うように座る。そしてアリスとアレクサンダーがその間に腰掛けた。スカーレットはアリスの斜め後ろに待機する。静かな中、アビゲイルがティーカップを置いていく。
スカーレットはアレクサンダーの座る位置が気になったが、ヒルデガルトの表情が普通なので何か打ち合わせての事なのだろうと判断した。楕円形のテーブルなのでアレクサンダーとヒルデガルトは十分会話が出来る距離である。
「心地よい天気で良かったわ。さぁ、はじめましょう」
アリスがそう言い、アレクサンダーがヒルデガルトに通訳をする。
「はじめまして、私がリチャードだ」
リチャードが名乗り、グレンが通訳をする。
『はじめまして、ヒルデガルトよ』
ヒルデガルトは昨日とは違い、笑顔でそう言った。リチャードも柔らかい表情だ。しかしそれが作っている表情だと、アリスと幼なじみ達はわかっている。アレクサンダーが何か言ったのだろうとスカーレットは思ったが、実際の所はわからない。
「何故わざわざ庭園を希望されたのだろうか。室内の方が風もなくいいと思うが」
『室内よりも温かい日差しの下の方がいいでしょう?』
近年、ローレンツ公国では雨天が多い。それ故に日差しの下がいいというのはわからなくもない。レヴィ王国では庭園で茶会を開く事も珍しくないのだが、わざわざ変更する程の事でもないとリチャードは思っている。
ローレンツ公国では長雨の影響で小麦の収穫が悪化していた。レヴィ王国は別段ローレンツ公国に支援をしていないが、リチャードは支援を申し込まれる事を想定していたのだ。しかしそういう話は屋外でするものではない。彼にはヒルデガルトの意図がわからなかった。
『ところで私が嫁ぐか貴方が婿に来るか、どちらが希望?』
ヒルデガルトの言葉をアレクサンダーはそのまま通訳し、それを聞いたアリスとリチャードの表情が無になる。公国語を理解しているグレンは一瞬険しい表情になった。
「現時点ではどちらも望んでいない」
はっきりと言いきったリチャードに驚きながら、グレンは現時点を強調して通訳をする。しかしそれを聞いてヒルデガルトは明らかに不満そうな表情を浮かべた。
『わざわざこちらが出向いたのに?』
「今回は王宮舞踏会の招待状を送っただけだ。茶会は他国との交流を深める為の機会であり、それ以上ではない」
スカーレットは訳を聞きながら内心はらはらしていた。パウリナとは会話をしなかったが、余程その方がましだ。今回は明らかに空気が張り詰めている。せめてヒルデガルトを刺激しないような通訳をしていると思いたいのだが、彼女にはそれさえもわからない。
「リチャード殿下!」
張り詰めた空気の中、突然明るい声が聞こえた。その場にいる者が声のしたを向くと、そこにはパウリナとボジェナがいた。ボジェナは慌ててパウリナの袖を引っ張っているが、パウリナはそれを気にせずリチャードの方へ歩いてくる。
「今日も会えるなんて嬉しいです」
『パウリナ、邪魔をしてはいけないわ』
片言のレヴィ語で挨拶をするパウリナを必死にボジェナが止める。パウリナは視界に入った人々を見て、やっと自分の過ちに気付いた。どうしようと慌てるパウリナにヒルデガルトが冷たい視線を向けた。
『貴女、何なの?』
『私はパウリナよ。貴女がローレンツ公国の方?』
『妙な発音ね。どこの田舎者なのよ』
『私はメイネス語で話しているわ』
ローレンツ公国とメイネス王国は隣接していない。間にシェッド連邦とレヴィ王国があるのだが言葉は近い。これは今ある国々が建国される前まで遡らなければならないのだが、元々は同一民族だった事に由来する。それ故に公国語を話せるフリードリヒが、難なくメイネス語を話せるのだ。だが全く同じではないので、話す内容によっては齟齬が生まれる。
アリスは言葉がわからないにしても、受け入れ難い状況にアレクサンダーに目配せをした。アレクサンダーは頷いて応える。
『パウリナ殿下。申し訳ありませんけれどご遠慮して頂けませんか』
『そうよ。庭園散策に戻りましょう』
アレクサンダーの言葉にボジェナも困惑顔でパウリナに言う。パウリナは困りながらリチャードに視線を向けた。彼は柔らかい表情を彼女に向ける。
「次は舞踏会で会いましょう」
「はい」
リチャードのレヴィ語にパウリナは笑顔で応えた。そして片言で失礼しますと言うと、ボジェナと共に庭園へと戻っていった。
『何なの、あの非常識な娘は』
ヒルデガルトが苛立たしげに吐き捨てる。アレクサンダーはあえて通訳をしなかったが、グレンは微妙な表情で受けとめ、アリスとリチャードは何となく察した。
「この庭園には珍しいものが多いのよ。ヒルデガルト嬢も興味があれば後でアレックスに案内させるわ」
アリスは接待役に徹しようと、笑顔でそう告げてアレクサンダーに通訳を任せる。
『別に興味ないわ。私は婚約をしに来ただけだもの』
ヒルデガルトの冷めた物言いを、アレクサンダーは興味ないという部分だけアリスに伝える。一方グレンはリチャードにそのまま通訳した。リチャードはそれを聞いて冷静に口を開く。
「貴女の態度はとても婚約をしたいと思っているようには見えない」
今まで聞いた事のない低い声に、アリスは驚いて弟を見る。リチャードは無表情のままヒルデガルトを見据えていた。グレンもわざと声を低めにして通訳をする。婚約を打診したのはリチャードではない。国の大きさを横に置いたとしても、何故打診した側が偉そうな態度なのか、リチャードは腹に据えかねたのだ。
『そちらが結婚したいと言ってきたのでしょう?』
しかしヒルデガルトもリチャードの態度に怯まない。むしろ苛々した表情を向けていた。だが、彼女の言葉にレヴィ側の人間の表情が一気に変わる。誰もそのような話を聞いていなかったのだ。
『私は貴方よりも通訳の方の顔が好みだわ。言葉も通じるし』
空気を読まずにヒルデガルトは続ける。グレンは苛立ちを隠し、彼女の言葉を通訳せずに真剣な表情を向けた。
『私には婚約者がいます』
『護衛と結婚してどうするのよ』
『私は彼女を愛しているから結婚するのです』
グレンの言葉にヒルデガルトは嘲笑う。
『愛なんかいつか冷めるわ。大切なのはお金よ』
『お金なんて――』
『いい加減にして下さい』
ヒルデガルトとグレンの会話に、アレクサンダーが公国語で割って入る。そしてアレクサンダーはグレンを睨んだ。
「通訳の仕事以外はしないで頂けませんか」
アレクサンダーにそう言われ、グレンはすまないと謝罪をする。アレクサンダーに止められていなければ、お金なんて公国以上に持っていると言う所だったのだ。実際グレンはそれ程稼いでいるわけではないが、ハリスン公爵家は王家に次ぐ資産を有している。それをヒルデガルトに教えては余計に話がややこしくなるだろう。
『レヴィ王家はローレンツ公国側から婚約の打診を受け、王宮舞踏会の招待状を送りました。こちらからは一切打診していないと聞いていますが、先程の話はどういう事でしょうか』
グレンが反省している間、アレクサンダーはヒルデガルトに問い質す。ヒルデガルトも訳がわからないようで、横に座っている侍女に話を聞く。するとその侍女もまた妙な事を言い出した。
『リチャード殿下が独身なのは、ヒルデガルト様が婚姻可能な年齢になるのを待っていたからだと伺っておりますが』
侍女の言葉にアレクサンダーとグレンは呆れた。アリスはアレクサンダーに通訳するよう促し、訳を聞いて呆れる。スカーレットも後ろで聞いていて呆れた。一体、どうしたらそのような解釈になるのか全くわからない。
「お互い結婚を望んでいないのだからこの話は流そう。私が独身であったのは一生愛したいと思う女性を探していたからなので」
先程のグレンとヒルデガルトの会話をリチャードは理解していない。しかし皮肉にも金より愛だと言ったのが面白く、グレンはそのまま通訳をする。
『そう。別にいいわ。私は貴方の方が好みだもの。今日は夕食を一緒に出来るかしら?』
ヒルデガルトの言葉を隣に座っている侍女が窘めるが、彼女はそれをものともせずグレンを見つめる。
『私もお金より愛が大切です』
『貴方なら愛せそうだわ』
『私は彼女以上に誰かを愛せる気がしませんので遠慮します』
二人のやり取りをアレクサンダーは楽しそうにアリスとスカーレットに通訳をする。アリスはそれを聞いて笑顔を浮かべ、スカーレットはどういう顔をすればいいのかわからず困惑した。
「この茶会は私が主催なの。リチャード抜きで話をするのはやめてもらえないかしら」
スカーレットの困惑を感じ、アリスは二人の会話を止めさせた。そもそもヒルデガルトにリチャードとの結婚の意思がないのなら、この茶会の意味などないのである。
こうして今回の茶会は微妙な空気のままで終わった。




