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侍女の憶測

「とうとう言ってやったわ」

 スカーレットが第一王女の公務用に宛がわれた部屋に入るなり、アリスはそう告げた。スカーレットはその言葉で内容を把握し、無言のままアリスの側に控える。アリスもまたそれ以上口を開く事なく、手紙の仕分けを続ける。

 近衛兵は本来国王と王太子にのみ従うが、彼等に命じられれば他の王族に仕える事もある。スカーレットは国王の命令でアリス専属の護衛騎士となっていた。レヴィ王宮は出入りが厳しいので護衛など本来ならば要らない。だが、アリスには侍女が一人しかいないのでそれを兼ねている。本来王女の侍女は侯爵令嬢から選ばれるのだが、成人して八年も独身を貫いているとよからぬ噂が広まってしまった。気難しくて仕え難い王女という噂は根も葉もないのだが、そう聞いて立候補する者はいない。スカーレットとアリスは従姉妹で幼い頃から知っている仲なので、この仕事を打診された時すぐに受けた。

「随分と我慢されましたね」

 アリス唯一の侍女をしているアビゲイルが机の上に紅茶を置く。彼女は近衛兵の両親を持ち、自らも近衛兵ではあるが表向きは侍女である。それ故に彼女もまた愛称であるアビーと呼ばれる。そしてアリスのはとこでもある。

「リチャードの成長を期待していたの。数年無駄にした気もするけれど」

 アリスは手紙を置いて紅茶を口に運んだ。そして味に満足をして笑顔を浮かべる。

「陛下の反応はどうだったの?」

 スカーレットは立場を弁えているが、三人しかいない時は言葉を崩す。これはアリスからの要望である。ちなみにアリスはアビゲイルにも同じ要望を出したが、こちらは断られていた。

「最初は結婚話だと思ったのではないかしら。けれど私の言葉で全てを悟ったでしょうね」

 アリスはティーカップを優雅に戻すと小さく息を吐いた。

「せめてリチャードを支えてくれる優秀な女性が居ればいいのに。どうして二十一歳にもなって婚約者もいないのよ、あの子は」

 普通ならリチャードより二歳年上の独身であるアリスがこの文句を言うのはおかしい。しかし彼女は婚約をしていないだけで、幼き頃より心に決めた相手がいて相手も了承している。スカーレットもアビゲイルも知っているのでそれに触れる事はない。しかしアビゲイルは思い当たる事があり、少し視線を彷徨わせた。それをアリスは見逃さない。

「アビー、もしかして何か知っているの?」

「知っていると言いますか、心を寄せている女性として思い当たる人がいるのですけれども、それはあくまでも私の憶測で、実際話を聞いた訳ではありません」

 アビゲイルは自信がないのかしどろもどろだ。しかしアリスは追及を緩めない。

「それは将来の王妃に相応しい人かしら?」

「え、そ、そうですね。本人は嫌がりそうですけれども、務まると思います」

 アビゲイルの答えにアリスは不機嫌そうな表情を浮かべる。

「嫌がる? リチャードは確かに頼りないけれど、とても優しい子よ。見た目も父似で悪くないわ。その生意気な女性を教えなさい」

「嫌がるはそちらの意味ではなく、王妃になる事を嫌がるという意味です」

「将来のレヴィ王妃を嫌がる? どう考えてもこの大陸で一番憧れの地位だと思うけれど。一体誰なのよ、その生意気な女性は」

 大陸一の大国レヴィ王国。権力は国王が掌握しているものの、王妃がただの飾りというわけではない。政治に直接口は挟めないが、公務を通して自分の意思を伝えられる。自由になる王妃の予算も多い。ただナタリーはこの予算を使いきれず、エドワードが余った分で妻を着飾っている。

 アビゲイルは困ったようにスカーレットを見つめる。縋るような視線を向けられ、スカーレットはアリスに視線を向けた。

「アリス、アビーが困っているわ。平民だったならば嫌がる可能性もあるでしょう?」

「アビーは王妃が務まると言ったのよ。絶対に平民ではなく教養がある貴族女性よ。ほら、言いなさい」

 アリスはアビゲイルに鋭い視線を向けた。父親譲りのその視線は大抵の者の口を割らせる。アビゲイルも耐えられない側だった。

「本当に私の憶測で、リチャード殿下からは何も聞いていないのです」

「とりあえず言いなさい。名前を聞いてどうするか考えるから」

 アビゲイルは再び視線をスカーレットに向けた。この状態のアリスを止めるのはスカーレットにも難しい。スカーレットはアビゲイルに告げるように目で訴える。

「……レティです」

 アビゲイルは意を決し口にした。それを聞いてアリスもスカーレットも目を見開く。グレンとスカーレットの婚約は幼い頃から決まっており、リチャードもそれを知っている。むしろ貴族で知らない者はいない程有名な話だ。

「レティにはグレンという婚約者がいるのに?」

「ですからリチャード殿下は思いを口に出来ないのではないかと判断しただけなのです」

 アリスは暫く口に手を当てて考えた。そして視線をスカーレットに向ける。

「レティはグレンの事を愛していないから結婚を先延ばしにしたのよね?」

「ざっくり言うとそうね」

「リチャードと結婚なら考えられそう?」

 アリスに問われスカーレットは首を横に振った。従兄妹であるリチャードとも勿論幼い頃から付き合いがあるが、異性として認識はしていない。そもそも彼と結婚するとなるとグレン以上に面倒な地位が付いてくる。

「考えられないわよ、王妃なんて私に務まるはずがないわ」

「大丈夫よ、私が陰で支えてあげる」

「待って、勝手に人の結婚話を進めないで。そもそもあくまでもアビーの憶測でしょう?」

 何と面倒な憶測を言ってくれたのだと、スカーレットは恨むような表情をアビゲイルに向ける。しかしアビゲイルは告げろと言ったのはそちらだと開き直っていた。

「案外当たっている気がするわ。それなら辻褄が合うもの」

「私が王妃なんて考えられない。そもそも従兄妹婚は推奨されていないはずでしょう?」

 レヴィ王国では血縁が近い者との結婚は認められていない。いとこ関係は認められてはいるが歓迎されない。表立って批判するような者はいないが、陰で何か言われるのは覚悟する必要がある。

「それならグレンと早急に結婚をして。レティが結婚を嫌がっているからリチャードが諦められないのよ」

「嫌がっているというのは語弊があるのだけれど」

 スカーレットは困ったような表情を浮かべた。グレンを嫌いなわけではない。他に好きな人がいるわけでもない。ただ、自分が納得出来ていないだけだ。それにグレンとリチャードのどちらかを選ばなければならない、という話なら彼女に迷いはなかった。

「うかうかしているとグレースにグレンを取られるわよ」

「何故グレースが出てくるのよ」

「知らないの? グレースはグレンが好きなのよ」

 グレースはスミス公爵家の長女である。十八歳であるが婚約者はいない。王家と公爵家は元々女児が生まれ難く、現在は王家にアリスを含め二人、公爵家にグレースを含め二人だけだ。最近では家の繋がりを重視した政略結婚は少なくなってきたものの、王家や公爵家と繋がりを持ちたい者は少なからずいる。

「ハリスン家とスミス家の当主の関係を考えると難しいのではないかしら」

 スカーレットはハリスン家当主ウォーレンが絶対にグレースを認めないのはわかっている。しかしそれを口にするのは気が引けた。それよりも当主同士の仲が良くない方を指摘した方が無難と判断したのだ。しかしアリスがウォーレンの事を知らないはずがない。

「確かにグレースは父親似よ。けれどそれを補うに余りある愛嬌があるわ。未来の公爵夫人としての資質も問題ない」

「資質の話をされると私に反論の余地はないわね」

「そういう所が良くないと思うの」

 スカーレットがアリスの言葉を認めると、アリスはつまらなさそうにスカーレットを見る。

「この三年はグレンとの結婚を前向きに考える為の猶予ではないの? 私の護衛を逃げ道に使われるのは面白くないのよね」

「逃げ道だなんて思っていないわ。仕事には責任を持っているもの」

「そう。それなら私からの命令よ。どちらでもいいから気持ちをはっきりさせなさい」

 突然の命令にスカーレットは不満をあらわにした。彼女は国王に仕えているので、アリスから命じられる立場ではないのだ。

「何故そのような事を命じられなければいけないのよ」

「私の計画が狂うからに決まっているでしょう?」

 アリスに強い眼差しを向けられ、スカーレットは返す言葉がなかった。アリスは長らく考えた末に王位継承権を要求したのだ。それはスカーレットもわかっている。アビゲイルの憶測によって自分が巻き込まれてしまった事にスカーレットは憂鬱になった。

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