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茶会前の打ち合わせ

 仕事を終えたスカーレットは部屋へと向かっていた。その途中、廊下に人影を見つけて歩みを緩める。グレンは彼女を見つけると笑顔を浮かべた。

「レティ、疲れていると思うけれど明日の件で少しだけ話せないかな」

 明日はリチャードとヒルデガルトとの茶会である。しかしその茶会についてスカーレットは詳細を知らない。準備はアリスとアビゲイルがしているのだ。

「私は何も知らないわ」

「いや、彼女への対応について相談がしたい」

「それなら一緒にアリスの所へ行く?」

 スカーレットはヒルデガルトと直接話す気がない。気位が高い女性なので、騎士である自分が話しかけるのは避けた方がいいと思っているし、アリスも同意見だった。スカーレットに王族の血が流れていても、ヒルデガルトには通用しない気がしたのだ。

「それは話をまとめて明日の朝にお願いしたい」

 グレンが真剣な表情で言うので、スカーレットも彼の要望を受け入れようと頷く。

「アレックスは?」

「アレックスは通訳として拘束されている」

 確かに言葉が通じないのは不便だろう。しかしスカーレットには四六時中通訳が必要とは思えない。そもそも通訳を連れてこなかったのはローレンツ公国側であり、アレクサンダーを通訳としたのはアリスの厚意だ。

「大丈夫なの?」

 スカーレットは不安そうに問うた。リチャードとの会話の通訳ならば大丈夫だろうと彼女も思うが、四六時中一緒に居れば男性と露見してしまうかもしれない。そうなった場合が非常に面倒ではないだろうかと思ったのだ。しかしグレンは笑顔を浮かべた。

「アレックスは自信満々だった」

「どこから来ているのかしら、その自信」

 同じ血が流れているはずなのに、アレクサンダーはスカーレットの理解を超えた存在である。何でも器用にこなし、出来ない事など何もないのではないかとさえ思う。女装をすればスカーレットよりも女性らしい振舞いをし、ダンスも男女どちらでも踊ってしまうのだ。

「何処かに腰掛けないか?」 

 グレンに言われてスカーレットははっとした。彼女は仕事柄長時間立っていても何の違和感もない。しかしグレンは王太子の側近であり、基本は座って仕事をしている。こういう気遣いが出来ない自分が嫌なのだが、なかなか直らない。

「ごめん、気が利かなくて」

「いや。だけど廊下で話す事ではないから」

「そうね。空き部屋に行きましょう」

 ジョージが借り上げたのは王宮の一角である。家族とその使用人達が暮らしてもまだ空いている部屋がある。スカーレットとグレンはそのうちのひとつの部屋に入った。二人は向き合って椅子に腰掛ける。

「ヒルデガルト様は庭園での茶会を希望されている」

「雨だったらどうするの?」

「予報士に確認した所多分晴れるとの事だ」

「主催者はアリスよ。勝手に変更なんて無理だわ」

「わかっている。今頃アレックスがアリス殿下の所に向かって話していると思う」

 グレンの言葉にスカーレットは訝しげな表情を浮かべた。先程通訳として拘束されていると言っていた兄の行動を何故知っているのか疑問だったのだ。そして彼はその表情を正確に読み取った。

「アレックスが私の所へ報告に来たからここに来た」

「それなら四人でアリスの部屋に集まればよかったのではないの?」

「アレックスがアリス殿下と二人がいいと言ってきた。多分通訳をしている際に何かあったのだろう」

 グレンの言葉を聞いてスカーレットは悪い予感しかしなかった。アレクサンダーにとっても一生仕えるリチャードの結婚相手は重要だ。ヒルデガルトを選ばせたくない気持ちはわからなくもない。しかし彼女から見てヒルデガルトは普通の感性ではない。アレクサンダーとアリスがいいと思って計画を立てても、それがヒルデガルトに通じる気がしなかった。

「不安しかないのだけれど」

「アレックスはレヴィ王家の血を継いでいるから複数の計画を練ったと思う。教えてはくれなかったけれど」

 リチャードはレヴィ王家特有の性格を持っている感じがしない。色濃く出ているのはアリスとアレクサンダーだった。そのせいか二人は従姉弟以上に気が合う。だからこそアレクサンダーは女装をして通訳をするなどという突拍子もない話も受け入れたのだろう。

「兄はパウリナ殿下とのお茶会の情報を聞きに行ったのかも。正直、微妙だったのよね」

「そうなのか? リックは満更でもなさそうだったけれど」

 グレンの言葉にスカーレットは驚いた。彼女から見てリチャードは楽しそうには見えなかった。ただパウリナが一人、紅茶と焼菓子を堪能していただけだ。

「何かパウリナ殿下について話していたの?」

「勢いよく茶菓子を食べる元気な少女だったと」

「それのどこが満更でもないの?」

 スカーレットには意味がわからなかった。リチャードの言葉は褒めているようには聞こえない。グレンは彼女に微笑みを向ける。

「リックが今まで多くの女性と顔合わせをしてきたのは知っているよね?」

 グレンの言葉にスカーレットは頷く。春と秋の王宮舞踏会では毎回、成人を迎えて初参加をした女性が王族と踊る習わしがある。リチャードが成人してからはその担当がリチャードに固定された。その意味を貴族は皆理解をし、女性達は王太子妃に憧れ気合を入れて臨んだ。しかし誰一人として声がかからなかったから、リチャードは現在独身なのである。

「リックは舞踏会で踊った女性について聞いても返事をしなかった。エドガーはいつも相手に興味を持てと怒っていたけれど、リックは聞き流すばかり。だけどパウリナ殿下については答えが返ってきたから側近全員が驚いたよ」

 たったそれだけの事でとスカーレットは思うが、グレンをはじめ側近達は全員驚愕したのだ。明らかに面倒臭そうに席を外したリチャードが、普通の表情で戻ってきたのも意外だった。

「でも元気な少女では結婚相手と認識したとは思えないわ」

「ヒルデガルト様とリックが合わないのは間違いない。私達に選択肢は残っていないのだから進めるしかない」

 スカーレットもヒルデガルトとリチャードが合わないのはわかる。だが本当にパウリナに興味を持ったのなら、アリスが提案した王都へお忍びで遊びに行く話に乗っていたのではないだろうか。

「勝手に進めるのは気が引けるわ」

「アリス殿下が二人とも王妃に相応しくないと判断をした場合、王位をアリス殿下に譲る話があるのは聞いている?」

「議会の内容は聞いているけれど、陛下の本心は知らないわ」

 スカーレットは一応ジョージにエドワードの真意を尋ねてみた。しかしジョージの返事は『俺は知らない』だった。本当に知らないのか、知っていて黙っているのか、彼女には判断出来なかったが、父の口が堅い事は重々承知なのでそれ以上は聞いていない。

「陛下は何を考えておられるのか、わからないからな」

「父が言うにはいくつも考えているだろうから、その内のひとつを当てた所で意味がないそうよ」

「王位継承者を決められるのは陛下だけなのだから、私達が予測しても意味はないか」

「えぇ。ところでヒルデガルト様の対応の相談は?」

「あぁ。レティには私の婚約者として堂々としていて欲しい」

「私は堂々としているつもりだけれど」

「アリス殿下の護衛としてではなく、私の婚約者として堂々として欲しいと言っているのだけれど」

 言い直してくれたので、スカーレットはグレンの言いたかった事を理解した。しかし明日はリチャードとヒルデガルトが対面するのである。今日はリチャードとの時間が取れなかったからグレンを誘ったのだろうし、明日はもう関係ない気がした。

「流石に王太子の前で妙な態度は取らないと思うけれど」

「私はレヴィの常識でヒルデガルト様が行動するとは思えない」

 グレンの言い方を咎めるべきなのだろうが、スカーレットも同じ気持ちなので何も言えない。

「それに婚約者と言ってくれて嬉しかった」

 グレンは本当に嬉しそうに微笑んだ。スカーレットはどう受け止めるべきかわからず、無表情でとりあえず頷く。

「あの場は私が発言した方がいいと思っただけよ」

「ただあの時今夜()と言っていた。明日以降誘われても困るから、レティが言い続けてくれると助かる」

「それくらいなら対応するけれど、近衛兵の私が口を挟んでも大丈夫?」

「アレックスがレティの血筋について説明すると言っていたから心配ないよ」

 アレクサンダーなら上手く説明してくれそうだとは思うが、やはりスカーレットには不安しかない。

「本当に大丈夫なの?」

「茶会を中止には出来ないから仕方がない」

 パウリナと茶会をした以上、ヒルデガルトとの茶会をしないわけにはいかない。しかしスカーレットは嫌な空気が流れるとしか思えないその茶会に、参加したいとは思えなかった。

「気が重いわ」

「アレックスの計画に期待しよう」

 グレンは笑顔をスカーレットに向けた。グレンとアレクサンダーも仲が良い。多分グレンは彼女以上にアレクサンダーを知っている。彼女は乗り気にはなれなかったが、少しだけ兄を信じようと頷いた。

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