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顔合わせの茶会

 アリスは部屋に戻るなり大きく息を吐いた。スカーレットも気持ちは同じだったが耐える。二人の様子を見てアビゲイルが不安そうにアリスに声を掛ける。

「とてもお疲れのようですね。ハーブティーをお淹れしましょうか?」

「気持ちだけ頂くわ。これからお茶会だもの」

「エミリーさんが淹れられるそうなので、そちらが宜しいでしょうね」

「エミリーが?」

 アビゲイルの言葉にアリスは首を傾げた。王太子リチャードと王女パウリナの茶会であるが、催すのはアリスである。当然アリスの侍女であるアビゲイルが淹れるものだと思っていた。

「サリヴァン夫人からの希望です」

 ボジェナの名前を聞いてアリスは納得した。元々ボジェナとライラの仲が良かったのだが、その繋がりでエミリーとも交流がある。それにアリスもエミリーの技術を買っているので不満はない。

「パウリナ殿下にレヴィで一番美味しい紅茶を飲ませようなんて、案外姪を気に入っているのね」

 スカーレットはアリスとは違う見解だった。言葉にするか迷ったものの、リチャードの結婚はレヴィ王国の未来に影響する。

「多分母が裏で動いたのではないかしら」

「ライラが?」

 アリスはスカーレットに従姉妹として詳しく話すよう視線を送る。スカーレットはそれを了承した意を込めて頷いた。

「母は政略結婚に反対でグレースを推しているの。だから婚約者候補をエミリーに観察させようとしていると思う」

「でもエミリーはメイネス語なんてわからないでしょう?」

 エミリーは公国語を話せると公表していない。グレンの公国語はあくまで父から習ったとなっている。しかしエミリーはライラ程ではないにしろ、日常会話なら公国語もメイネス語も理解出来るのだ。だがエミリーはそれを一切隠しており、たとえアリスでもスカーレットは口に出来ない。

「エミリーは人を見る事が出来るから」

「そう言えば赤鷲隊の隊員の結婚相手の世話をしていたと聞いたわ」

 エミリーは別に世話をしたくてしていたわけではないのだが、一人の世話をしたら次から次へと対応する羽目になり、両手で足りない程世話をした。カイルが赤鷲隊を除隊した今はもう対応していない。

「それでエミリーが合わないと判断をしたらグレースを推すの? 悪いけれど私は先に嫁ぐわよ」

「母はスミス家に権力が偏らないと思っているみたい」

「それはエドガーを見くびっているのかしら?」

 アリスは明らかに不機嫌そうだ。スカーレットは否定するように首を横に振る。

「違うわ。ハリスン家とサリヴァン家の力を信じているの。それにアリスも権力を握るような事はしないと思っているのよ」

「確かにしないわ。リチャードは立派な王になると私は信じているもの」

 そう言うとアリスは時計に視線を向けた。茶会の時間が迫っている。

「そろそろ着替えないと間に合わないわ。グレースの件は置いておいてお茶会に集中しましょう」

 アリスはそう言うと立ち上がった。アビゲイルが着替えの準備を始める。スカーレットは特に手伝う事もないので、そのまま待機しながら思考を巡らせた。スカーレットもリチャードとグレースが結婚するのは想像出来なかった。それ以上に想像出来ないのがヒルデガルトだ。出来るならばパウリナと纏まってくれた方がいい。

 そう考えた所でスカーレットは視線を落とした。リチャードに告白されたわけではないが、自分が王太子妃になりたくないからと言って、違う人と纏まって欲しいと願うのも違う気がしたのだ。リチャードには幸せになって欲しいという従兄妹としての願いに偽りはない。だが、どうにももやもやとしたものが消えなかった。



 レヴィ王宮の一角。庭園の薔薇が良く見える部屋でリチャードとパウリナの顔合わせが始まった。パウリナの隣にはメイネス王国から連れてきた通訳、リチャードの隣にはボジェナが腰掛ける。そしてアリスは四人が見える位置に腰掛け、その後ろにスカーレットが控えた。侍女の格好をしたエミリーが紅茶を淹れて五人の前に供すると、壁際に待機する。

 言葉を発しないリチャードにアリスは視線で催促をした。リチャードはそれを感じてパウリナの方を見る。

「リチャードです」

「メイネス国王ダリウスが娘パウリナと申します。本日は私の為に貴重な時間を割いて下さりありがとうございます」

 片言のレヴィ語でパウリナが挨拶をした。その懸命さに緊張をしていたリチャードの表情が少し緩む。

「レヴィ語を学ばれているのですか?」

『勉強中です。なかなか難しいですが、叔母が流暢に話す姿を見て、より努力をしようと思いました』

 通訳を通してリチャードとパウリナは会話をする。婚約者候補と会話が出来るのだろうかと不安だったアリスは安心した。しかし会話は長くは続かず、すぐに沈黙が訪れる。アリスが口を挟もうか迷っていると、パウリナが話しかけた。

『レヴィ王国は噂通り素敵な所ですね。馬車からの景色もとても華やかでした』

「そうですか。恥ずかしながら私は王宮の外に詳しくありません」

 国王エドワードは出不精で有名である。レヴィ王宮の外に出なくても国は治まるのだ。リチャードはその父の背中を見て育ったせいで、彼もまたレヴィ王宮の外に滅多に出ない。

『それなら是非一緒に王都を巡りたいです。あ、お忙しいですか?』

「そうですね。公務が立て込んでおりまして、なかなか外出する時間はありません」

 時間を調整しようと思えば出来なくはない。そもそも王太子の結婚問題は国の将来に関わる。リチャードはあまり乗り気ではないのかと、アリスは残念に思った。とてもではないがヒルデガルトは勧められない。パウリナが駄目ならばエドワードを説得する必要が出てくる。アリスは王位など要らないのだ。

「折角の機会なのだから一緒に出掛けてみてはどうかしら。国内を見てみるのもいいと思うわよ」

 アリスは口を挟む事にした。アリスはリチャードにグレースは合わないと思っている。パウリナも頼りないが、可愛らしいと感じていた。女王よりも、公爵夫人として王太子夫妻を支える方がいい。

「しかし王族が出かけるには色々と準備が必要ですから」

「護衛を連れてお忍びで出掛ければいいわ」

「簡単に言わないで下さい」

 リチャードは困ったような表情を浮かべている。本当に乗り気ではないのだと察したアリスはそれ以上押すのをやめた。

「お忍びが嫌なら仕方がないわね。けれどパウリナ殿下には是非王都を見て欲しいわ」

『はい、ボジェナ叔母様から話を聞いて私も興味を持ちました。舞踏会が終わった後で是非遊びに行かせて頂きます』

 パウリナは笑顔でそう言った。アリスはこちらも別にリチャードと一緒である必要性はなさそうに思えた。お互い興味が持てないのなら仕方がないが、一応王家同士の顔合わせである。もう少し興味を持ってほしいとアリスは思った。

「冷めないうちに紅茶をどうぞ。焼菓子も美味しいですよ」

 アリスはせめてレヴィ王国が素晴らしい国だと思って貰おうと、パウリナに紅茶を飲むように勧めた。焼菓子も王宮料理人に用意させた品々である。通訳の言葉を聞いてパウリナは目を輝かせて紅茶と焼菓子を口に運ぶ。そして心から嬉しそうに微笑んだ。

『レヴィ王国は本当に素晴らしいですね。これほど美味しいものは初めてです』

 そう言ってパウリナは次から次へと焼き菓子を食べていく。あまりの食べっぷりにリチャードは驚きながらその様子を見ていた。レヴィの貴族令嬢なら作法に則ってゆっくり食べる。しかしパウリナは美味しさに手が止まらないといった様子だ。アリスも無粋な気がしたので、あえて忠告はしなかった。

 こうしてリチャードとパウリナの顔合わせは、パウリナがレヴィの茶会を堪能して幕を閉じた。

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