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準備

 レヴィ王家主催で開かれる王宮舞踏会の開催まであと十日と迫った朝、アリスは王女用執務室で頭を抱えていた。

「本当に二人とも来るなんて」

 婚約者候補ではあるが、表向きは国同士の交流として二人の女性に王宮舞踏会の招待状を送っていた。そしてどちらからも参加するという返事が届いたのだ。これによりアリスを始め、色々な人の日程調整に王宮内は慌ただしくなっている。

「この短い準備期間で来ようと思うとは想定していなかったわ」

 王宮舞踏会は年に二回。レヴィの貴族達は招待状が届く前提で準備をしている。しかし他国の人達に招待状が送られる事は稀で、準備をしていたとはアリスには思えなかった。

「折角の機会を逃す気はないという事でしょう」

 アビゲイルは淡々とそう言いながらアリスの前にハーブティーを置く。

「それはわかるわよ。それでも高貴な女性の準備はとても時間がかかるものなの。ドレスを用意する十分な時間があったとは思えない」

「それは高貴だからこそ無理が通った可能性もあります」

「無理をするよりも十分に準備して半年後に来た方がよかったのではないかしら」

「今回は二国に送っています。出し抜かれるわけにはいかない、という事でしょう」

「そこまで父は考えていたという事ね」

 アリスは深くため息を吐くと、ハーブティーを口に運ぶ。そして控えているスカーレットに視線を向けた。

「ところでレティ、グレンに通訳は任せていいの?」

「問題ないと思うわ。先日、サリヴァン卿と公国語の調整をしたみたい」

「そういう事ではないのだけれど」

 スカーレットが業務的に答えるのを、アリスは呆れた顔で受け止めた。アリスが聞きたかったのは公国語が通じるかどうかではない。

「いいわ。リチャードと候補達の顔合わせに私も立ち会うから、レティも参加して」

「私は公国語もメイネス語もわからないけれど」

「私もレヴィ語と帝国語しか知らないわ。そうではなくて、候補達が妙な行動をしないか見張っていて頂戴」

 アリスは真剣な表情だ。しかしスカーレットは妙な行動と言われても思い当たるものがない。

「妙な行動、とは」

「怪しい薬を盛ろうとするかもしれないでしょう?」

「流石にそれは考えすぎではないかしら」

 この世界に惚れ薬のようなものは存在しないので、スカーレットはアリスの不安が理解出来ない。しかしアリスは真剣な表情のままだ。

「要注意するのは公国よ。前王妃ツェツィーリア様には権力がなく、その息子二人は公爵ではあるものの公国と別段関係を築いていない。それどころかフリッツ叔父様は領地の関係上、メイネス王国と近いわ」

 アリスの言いたい事を理解し、スカーレットは頷く。ローレンツ公国の雲行きが怪しいというのは近衛兵の中でも共通認識であり、近衛兵の裏方担当が潜入捜査中である。ローレンツ公国は以前シェッド帝国と戦争をし、レヴィ王国が間に入って交易について交渉をまとめた事がある。しかしシェッド帝国が連邦になった事により、輸出量が以前よりも減ってしまったのだ。これはシェッド帝国が連邦になったから金銭的に苦しくなったわけではない。正しいルジョン教の国にしようとした結果、自給自足を目指してしまった弊害だ。

「なりふり構わない者は予想外の行動をすると言うわよね」

「えぇ。私達のように平和で恵まれた人間には到底思いつかない行動をしかねないわ。弟がいるとはいえ、王太子はリチャードなの。害されるわけにはいかない」

「流石にそれは近衛兵達が黙っているとは思いませんけれど」

 二人の会話にアビゲイルが口を挟む。エドワードもリチャードに何かあってはいけないと思っているはずである。実際、二国から婚約者候補が来るからと、近衛兵達には厳戒態勢の指示が出ている。その為、婚約者候補達が入国する前から、不審者が入国しないか国境で目を光らせていた。

「こちらも難癖をつけられないように十分なもてなしをしなければいけませんね」

「そうね。二国間に差を出してはいけないわ。既に通訳に差が出ている気がするけれど」

「王宮内に公女と話せる身分の公国出身者がいませんので仕方がありません」

 レヴィ王宮で務めるには、きちんと身元が保証されていれば流れている血は問われない。それでも仕事に支障が出ない程度にレヴィ語を理解している事を求められるので、他国出身者は非常に少なかった。更にローレンツ公国は昔から不遜な態度の国。ルジョン教を信仰していないレヴィ王国を見下しているのだ。それ故に貴族以外の通訳を付けるのを躊躇われ、公爵家のグレンが選ばれた経緯がある。

 しかしアリスはそれを言っている訳ではない。そもそもツェツィーリアは王都には暮らしていないが生きている。婚約者候補の伯母に当たる彼女を呼び出しても良かったはずだ。しかしそれを議会で提案する者は一人としていなかった。アリスは視線をアビゲイルに向ける。

「公国にレヴィ語の通訳はいるわよね?」

「いないと支障がありますから複数人いるはずです。ただ今回の旅に同行をするかはわかりません」

「普通は連れてくるわよね」

「そうですね、普通なら」

 アビゲイルは普通を強調した。アリスはそれを聞いて嫌な顔をする。レヴィ王国の普通が他国で通用しないと言われているようで面白くなかったのだ。しかしアリスは自分が間違っているとは思えない。

「だから宗教は嫌いよ。信仰で食べていけるのなら、レヴィ王国が大陸一になった理由が説明付かないわ」

「それを言われるとナタリー様が悲しむわ」

 スカーレットの指摘にアリスは気まずそうな顔をする。ナタリーはシェッド帝国出身であり、ルジョン教の教皇の血を継いだ皇女だ。レヴィ王妃となってからは信仰心を表に出していないが、心の中で信じているのはアリスも知っている。

「祖母や母のような人ばかりならルジョン教も受け入れられるわ。公国は違う」

「元は同じ宗教のはずだけれど、こればかりは宗教を持たない私達にはわからないわね」

「そのような国の出身者とリチャードが結婚して上手くいくかしら?」

 アリスの言葉にスカーレットもアビゲイルも答えられなかった。確かにツェツィーリアという前例はある。しかし、ツェツィーリアは公務をほぼしなかった。ルジョン教に関わらない行事に参加は出来ないと言い、それを前国王ウィリアムが容認していたのだ。だが容認出来たのは、ウィリアムの側室やナタリーが代わりを務めたから。また、ツェツィーリアの前の王妃オルガも公務をしていなかったので、王妃の公務自体が有耶無耶になっていたという背景がある。

 だがナタリーは王妃としての公務を積極的に行っている。国民も王妃はこれ程に距離の近い方だったのかと認識してしまった。公務が出来ない王太子妃など受け入れられるとは思えない。

「リチャード殿下との関係は置いておくとして、国民には受け入れられないでしょう」

「私がスミス夫人として代行をしてもいいけれど、それでは解決しないわよね」

「そうですね」

 三人の間に重い空気が流れる。リチャードの結婚相手は王太子妃、将来のレヴィ王妃である。リチャードとの相性も大切であるが、国民に受け入れられるというのも重要だ。

 アリスは重い空気を振り払うかのように表情を明るくする。

「会ってみない事にはわからないわ。今は二人を迎える準備に集中しましょう」

「はい」

 スカーレットとアビゲイルはアリスの言葉に頷き、二人を迎える準備について話し合う事にした。

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