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面倒だが対価はある

「休みの時に重要な事を決めないでもらえませんか」

 王太子の執務室で、グレンはローレンツ公国の王女の通訳に決まったと聞いて呆れた。言葉がわからない者同士の間に入る通訳の役目は重要である。少し意味の違う言葉を選んでしまえば、そこから拗れてしまう。それ故に通訳が仕事として成り立つのだ。

「フリードリヒ叔父上がグレンの公国語なら問題ないというので纏まってしまったのだ」

 リチャードにそう言われてもグレンは納得出来ない。グレンの父カイルが帝国語と公国語を覚えていたのだが、公国語の発音は微妙と言われている。その為グレンは話し言葉を母とライラから、文字を父から習って習得していた。グレンとフリードリヒに親交はないが、ライラがグレンの発音を認めているとフリードリヒは知っていたのだろう。

「公国語の通訳を専門にしている者が居るはずですが」

「父が私に近い者が通訳した方がいいのではと言い出した」

 エドワードが言い出したと言われれば、グレンに反論する余地はない。リチャードとボジェナの距離感はわりと近い。ボジェナはナタリーの主治医であるが、リチャードの家庭教師としての顔も持っているのだ。

「サリヴァン夫人は引き受けられたのでしょうか」

「叔母上は夫婦で対応するとの事だ」

 グレンは納得出来ず首を傾げた。ボジェナは公爵夫人ではあるが、それよりも医者、教授としての活動を優先している。そしてそれを支えているフリードリヒが受け入れるとは思えない。実際は夫婦ではなくフリードリヒが通訳をするのだろうとグレンは判断した。そうなればフリードリヒが自分を推薦したのもわからなくはない。

「私は公国へ行った事もなければ、血が流れているわけでもありません。通訳に不都合が出た場合に責任を負いきれません」

 ボジェナは母国語なのだから、不都合が出るとは考えにくい。しかしグレンはあくまでも習った言語であり、基本的に日常生活では使用しない。母から抜き打ちで話しかけられるだけだ。しかもその母エミリーもローレンツ公国へ行った事はない。

「多分本命はメイネス王国だと思います」

「オースティン、何故そう思う?」

 グレンとリチャードのやり取りを黙って聞いていたオースティンが口を挟み、それに対しエドガーが聞き返す。

「陛下はローレンツ公国がお嫌いだと聞きました」

「噂話を真に受けるのは良くない」

「しかし今までの周辺国との交流を顧みれば明らかです」

 レヴィ王国と周辺国との交易はエドワードの意思が大きく反映されている。それでも目立って差がつかないようにはしているが、ローレンツ公国に対してはいつでも縁が切れそうなほどに関係が薄いのだ。

「ローレンツ公国から得られるものがないのは事実ですね」

 グレンは視線を落として口にした。交易とはお互いの希望が一致していなければいけない。しかしローレンツ公国から輸出される物はレヴィ王国内で作れる物ばかりで、別段欲しいと思える物がない。それでも交易をしているのは、国が亡びると面倒なのでそうならない程度に支援しているというのが実情だ。婚約の打診をメイネス王国だけ前向きに検討するのは体面上宜しくなく、また一応選択肢を与えたいというエドワードの意思もあったのだろう。だがグレンには決して面白い任務ではない。

「メイネス王国から得られるものも微々たる物だったはず」

「しかしメイネス王国でしか育たない薬草が多数あります」

 エドガーの言葉にグレンが返す。平和を享受したレヴィ王国では近年医学だけでなく薬学の研究も進んでいる。しかし自国の薬草だけでは限界があり、各地から珍しい薬草を輸入しては分析している。そしてその一番の輸入先がメイネス王国なのである。

「その為だけに陛下が政略結婚をさせるとは思えないが」

「父はそのような事は考えていないだろう。グレン、仕事を増やして申し訳ない」

「殿下とその王女の面会時のみなら対応します。流石に日常生活の世話は厳しいですが」

「レティは話せないのか?」

 突然リチャードの口からスカーレットの名前が出てきて、グレンは訝しげな表情を浮かべた。この面倒事に彼女を巻き込みたくなかったのだ。

「レティはレヴィ語しか話せません。閣下と同じです」

 グレンの言葉に三人が残念そうな表情を浮かべる。ジョージがレヴィ語しか話せないのは有名なのだ。だからこそ通訳出来るようにとグレンの父が他の言語を覚えたのである。

 だがスカーレットは完全に父と同じではない。聞き取れる言葉もある。それでもライラはスカーレットには他言語を教えなかったので、よく聞くから覚えた程度の知識であり、通訳出来る程ではない。

「先方が通訳を伴ってくる可能性もありますよ。この大陸で何より強いのはレヴィ語なのですから」

「それはそうだな。公女がレヴィ語を学んでいる可能性もあるだろうし」

 オースティンの言葉にリチャードが頷く。本当に婚姻を結ぶ気があるのなら、嫁ぎ先の言葉を勉強していてもおかしくはない。しかも大国の言語なのだから覚えておいて損はないはずだ。

 しかしグレンはメイネス王国ならまだしも、ローレンツ公国の公女がレヴィ語を話せるとは思えなかった。実際前レヴィ王妃はレヴィ語を覚えずに前レヴィ国王に嫁いでいる。

「ところで本当にこちらにいらっしゃるのですか?」

 グレンは通訳云々の前に、先方がレヴィへ来る気があるのかを知りたかった。婚約者ではなく、あくまでも婚約者候補である。そのような中途半端な話では嫌だと断りそうな気もしたのだ。

「父は来ると思っているようだ。理由は教えてくれないが」

 リチャードの言葉にグレンは心の中で落胆した。エドワードは有言実行の人である。またリチャードの父に対する判断は基本外れない。理由はわからないが、二国から婚約者候補としてレヴィ王国に来るのは間違いないのだろう。

「受け入れの準備はアリス殿下がされるのですか?」

「あぁ、姉が指揮を執る。だから先方の予定など決める場合はそちらを優先していい」

 アリスの所へ行けばスカーレットも近くにいる。あくまでも仕事ではあるが、会える時間が増える事はグレンにとって嬉しい。真面目なスカーレットは近衛兵としてしか振舞わないだろうが、それでも彼はよかった。面倒な仕事ではあるが、その対価にはなると思えた。

「それでは先方がこちらに来るという話が纏まった後で、仕事の調整は相談させて下さい」

「それはエドガーがやる」

 リチャードに振られてエドガーは主に視線を向ける。

「殿下。私にも仕事があるのですが」

「だが私も婚約者候補達と会う時間の調整が必要になるだろう。その辺り全て上手く調整して欲しい」

 リチャードにそう言われ、エドガーはわかりましたとしか言えなかった。婚約者の話が出た時点でわかってはいた事なのだ。

「昨日の議会の話はここまでにして、今日の仕事を始めよう」

 リチャードの言葉に他の三人は頷き、王太子の執務室では仕事が始まった。

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