姉弟の話し合い
翌日。王宮の一室で男女四人が向かい合って座っていた。アリスの横にはスカーレット、その向かいにリチャードとグレン。テーブルの上にはティーカップと焼菓子が置かれているが、他には誰もいない。アレクサンダーは扉の向こうで待機している。
「話す気がないの?」
一向に口を開かないリチャードにアリスは呆れ声でそう言った。彼女は弟の言い分を聞きたいので無言を貫かれても困る。
「早く相手を決めないから、お父様が妙な事を言い出したのよ。多分まだ何とかなるわ。相手がいるならすぐに申し出なさい」
レヴィ王国にとって特に益が出ない話を、エドワードが迅速に進めるとは思えない。大臣達の前で発言したとしても、あくまでも議会止まりだ。国同士のやりとりには多くの手続きをする必要があり、まだ進めていないだろうとアリスは踏んでいた。
「相手はいないよ」
リチャードは視線を伏せたまま告げる。
「本当に? 私の目を見て言いなさい」
アリスは苛立ちを隠していない。リチャードは視線を姉へと向ける。
「姉上に私の気持ちなど、わかるはずがない」
「えぇ、わからないわね。好きなら好きと言えばいいのよ。心の中で抱えていても進めないわ」
アリスはリチャードに助言したつもりだった。しかし彼も言葉に出来るのなら既にしている。それがいかにスカーレットを困らせるかがわかるだけに、彼は言葉に出来ないのだ。
「世の中には言ってはいけないものもある」
「相手が既婚者ならね。独身なら問題ないわ」
アリスは視線をグレンに向ける。グレンはそれを無表情に受け止めた。
「ところでエドガーでなくグレンを選んだ理由は?」
リチャードの側近としてここにいるべきなのはエドガーだろう。勿論アリスの横も公務の予定を組んでいる女官の方が適任だろうが、彼女は元々リチャードの想い人について話すつもりだったのでスカーレットを連れて来ていた。
「エドガーは姉上の味方だから」
「彼は公私混同などしないわ」
「自分の結婚の為に私をどうにかしたいと思っているよ」
リチャードは投げやりに言い放った。エドガーが側近として自分を支えてくれているのはわかっている。それでも受け入れ難い。自分が手に入れられないものを手にしている彼が羨ましいのだ。
「どうにかしたいと誰もが思っているわよ。一国の王太子が二十一歳になって婚約者もいないなんて」
「私が結婚を急がなくても、王位継承者は大勢いるから問題ないはず」
「つまり私が王位を継いでもいいのかしら」
アリスは真剣な表情をリチャードに向ける。彼はそれをまっすぐ捉えた。
「姉上が望むのなら」
「グレン。側近としてこの意見をどう思う?」
アリスはあえて弟ではなく、その横に腰掛けていたグレンに問いかけた。
「私はリチャード殿下が王位を継がれるべきだと思っております。それは性別の問題ではありません」
「私は相応しくないと」
「いいえ。今後レヴィ王国はより平和になっていくでしょう。穏やかな治世ならリチャード殿下が向いていると思います」
アリスの横でスカーレットは納得していた。仕事中のグレンを見る機会はなかったが、こうして見ると、側近らしい。
「私は過激だと言いたいの?」
「いいえ。しかし不要な争いが生じる懸念がございます。それはレヴィ王国の為になりません」
「グレンとしては、リチャードにどうなって欲しいの?」
「心から信頼し合える配偶者と出会えればと思っております」
これはグレンの心からの願いである。リチャードがスカーレットを好きであろうと、彼女が彼を選ぶとは思えない。それでも可能性は全て潰しておきたかった。
「グレンはレティと心から信頼し合えそうかしら」
「努力中です」
「レティは鈍いから生半可な態度では伝わらないわよ」
無言で話を聞いていたスカーレットだったが、アリスの言葉に反応し顔を横に向けた。
「その話は今関係ないと思います」
「関係あるわよ。幸せそうな二人を見たら、リチャードも本気で相手を探すようになるかもしれないわ」
「それはアリス殿下がエドガー様となされば宜しいではありませんか」
「嫌よ」
「私も嫌です」
スカーレットははっきりと言いきった。それは誰かの前で幸せそうにするのが嫌なのであり、グレンを否定した訳ではない。しかしグレンはそうわかっていても気持ちは複雑だった。そしてリチャードも複雑そうな表情を浮かべる。
「私の命令は覚えている?」
男二人の気持ちなど気にする様子もなく、アリスはスカーレットに問う。スカーレットは気持ちをはっきりさせなさいという命令は覚えていた。しかし命令された時と今では事情が違う。そしてリチャードとグレンの前で話す事ではないと思った。
「覚えていますけれど、解決には至っていません」
「努力はしているの?」
「数日でどうにかなるものではありません」
数日でわかるものなら、婚約期間を延長したりしていない。スカーレットにとってグレンとの結婚は決められた道だった。その道が正しいのかわからず延長しただけで、間違っていると思えたのならはっきりと婚約解消を切り出しただろう。
スカーレットの表情を見て、アリスはそれ以上追及するのをやめた。これ以上話しても意味がないと察したのだ。アリスは視線をグレンに動かす。
「ところで、グレンから見てリチャードはどのような女性が似合うと思う?」
「姉上。それは私が考えますから」
「考えて答えが出ていないのでしょう? 側近の意見を聞いたら何か見えるかもしれないわ」
リチャードの言葉をアリスは押しのけた。この姉弟の力関係は昔から姉が強い。そもそも弟妹誰もがアリスに口では勝てないのだが。
「殿下は相手の事を考えて言葉を飲み込んでしまう癖があります。そうさせない女性が宜しいかと思います」
「それをローレンツ公国やメイネス王国の人間に願うのは難しそうね」
「国で決めつけられるのは宜しくないのではないでしょうか。少なくともサリヴァン夫人は素晴らしい女性かと存じます」
「ボジェナ叔母様は根が真面目で学者気質なのよ。あのような女性がメイネス王国の標準とは思えないわ。そうだ、大学に通う女性なんてどうかしら」
フリードリヒの妻ボジェナはメイネス王国の王女で、レヴィの国立大学の医学部に通っていた。大学で二人は出会い、彼女が卒業後結婚したもののそのまま教授として働いている。ボジェナはナタリーの専属医師でもあるが、女性医師を増やす活動も夫婦でしている。
「最近は女子大生も増えたとは聞いておりますが、学びたいと思った者が王太子妃になろうとするでしょうか」
グレンの言葉をアリスはつまらなさそうな表情で受ける。大学に進学する女性は増えたとはいえ、まだまだ少ない。強い意志がなければ難しい道なのだ。そしてその道を選んだ者が、王太子妃になろうと決意するのは余程の事。フリードリヒとボジェナは恋愛結婚であり、フリードリヒが全面的にボジェナの仕事環境を整えている。しかし王太子妃ともなると、教授との両立は流石に難しい。
「私に王位が転がってくる可能性が上がっている? 要らないのに」
「要らない?」
アリスが零した言葉にリチャードは驚いた。その様子を見てアリスは呆れたように息を吐く。
「王太子はリチャード。私はスミス夫人になるの」
「それならば何故、先日あのような事を」
「それはリチャードを鼓舞させる為。どうしてわからないのよ」
リチャードはやっと、議会でのエドワードの言葉を理解した。アリスは彼に厳しい表情を向ける。
「お父様は誰も欲しがらなかったから仕方なく王になった、と言っているけれど嘘よ。望んで手に入れたの。だからリチャードも自ら手に入れて欲しい。そうでなければ国王なんて辛いわよ」
リチャードはやっとアリスの気持ちがわかり胸がいっぱいになった。常に彼女は彼に対して厳しい態度を取っていたが、根底に優しい思いがあったのだと気付けたのだ。
「姉上は私を心配して下さっていたのですね」
「レヴィ王国の将来を案じているのよ」
アリスはそう言うとティーカップを手に取り口に運ぶ。紅茶は冷めていて、彼女は微妙な表情で戻した。
「本当に他国から女性を迎え入れるの? 最悪王太子妃と側室にする羽目になるわ」
「会ってみないとわからない。父上も最終的に選ばれたのは母上なのだから」
エドワードとナタリーの仲の良さは誰もが知る所であるが、エドワードが多くの女性に声を掛けていた話は子供達の耳にも入っていた。
「お父様の事だから手は打ってあるのでしょうけれど、本当に迎え入れてもいいのね?」
アリスはリチャードを見据えて念を押した。彼は一瞬スカーレットの様子を窺う。しかしスカーレットは何の感情も浮かべていなかった。ただ姉の護衛として同席しているだけ。彼は姉に強い視線を向ける。
「大丈夫です。嫌なら嫌だと断りますから」
「そう。断れるのならいいわ。私も最善を尽くすと約束しましょう。あと、グレンはレティの事を宜しくね」
「かしこまりました」
グレンはアリスに一礼をして答える。スカーレットはアリスに問うような視線を投げかけるが、それを気にせずアリスは立ち上がった。
「レティ、戻るわよ。美味しい紅茶を淹れて頂戴」
アリスはそう言うと扉へと向かって歩き出す。スカーレットは慌てて彼女の後を追った。そして二人が部屋を出ていき、室内には男性二人が残される。
「殿下、本当に宜しかったのですか」
グレンは前を向いたままリチャードに問いかける。リチャードはグレンに視線を向けずに立ち上がった。
「私に必要なのは王太子妃に相応しい女性だ。私達も戻ろう」
「かしこまりました」
自分の気持ちを告げずに封印し、王太子として前を向いたリチャードを、グレンは支えていこうと決意した。それと同時にスカーレットに対して積極的に行動をしようと思った。




