6話
最近また更新が滞ってる・・・がんばろ(笑)
寒々しい闇色の空が白んでいくのを、相変わらず人間二人から離れたグラナートは眺めている。
ウルラートとピスティはひとまず手近な廃屋で一夜を過ごしたようだったが、結局、グラナートはそこに戻ることはなかった。
何かを読み取ろうとでも言うかのように、ただ、じっと、空を眺めていた。
「グルナ、寝なかったのか?」
結局朝まで寝てしまったウルラートが起き出して、離れたところにいたグラナートのもとに歩いてくる。
「魔族は人間よりは頑丈だからな。一晩寝ないくらいではどうということもない」
ようやく空から目を離したグラナートがウルラートにその目を向ける。
「お前、あの神官の言葉に本当に耳を貸す気はないのか?俺は魔王で、あっちは神の徒だろう」
一瞬、言われた意味が分からなかったウルラートが胡乱気な顔になり、意味を察した後は不愉快そうに顔をゆがめた。
「会ったこともない喋ったこともない神より、俺の声に応えたお前を信用して何が悪い。言っただろ、俺はお前を信用するって」
「だが、それが神の意志に背くのであれば、人間は神を選ぶものだと思っていたがな」
感情の見えない紅い瞳が凪いだままウルラートを見つめる。感じようによっては神を選ばないことを責められているようにも、何にも興味を持たれていないようにも思えてしまい、どこか委縮してしまうような気がした。
「………まぁいい。その信用は、俺にとっては都合も心持もいいからな」
グラナートの目に、感情の動きが戻ってくる。
「ところで、ピスティはどうだ?」
「あ、あぁ、中にいるよ。さすがにお前とは必要以外は関わりたくないそうだ。そのうち、慣れてくれると助かるけど」
ウルラートの返答に納得したように頷いて、グラナートはため息をつく。
「昨日も言ったが、お前たち本当に俺のこと魔王だと思ってるか?いくら何でも明け透けすぎではないか?」
「誤魔化したって仕方ないだろ?それにお前、そんなことでいちいちヘソ曲げないだろ」
「人間からどう見られるかは俺も分かっているつもりだ。嫌われた程度でヘソ曲げたって仕方がない」
うんうんとお互いに頷いて現状を受け入れたところで、グラナートがすっと表情を厳しくする。
「ウルよ、ここから先、少し行き先を俺に任せてはもらえないか。確認せねばならないことがある」
「デゼルトたちが言ってた青い炎のことか?」
デゼルトとザフィロの口から青い炎という言葉が出た時のグラナートの反応は、明らかにおかしかった。すぐに、そのことだろうと思い当たるくらいには。
「旅路が長引きはするが、この確認はどうしても必要なことだ」
「任せるのは構わないけど、何をそんなに気にしてるんだ?」
昨日はぐらかさせたことも、もう一度聞く。
「…………確信が持てたならすべて話す。だが、これは、この話は、お前たち人間は知らない方がいいことだ。かつての人間たちがそう判断した。俺はそれを勝手に喋ることはできない」
呟くようにそう弁明する。ウルラートに弁明しているというより、自分自身を納得させようとしているように思えた。
「それに、その推測が外れていてほしいと、そう思っている。口にも出したくない」
硬い表情で吐き出すグラナートに、ウルラートはそれ以上問い詰める気にはならなかった。問い詰めるほど切羽詰まった状態でもないし、必要ならこの魔王は隠さずに話すだろう、とそう判断した。
「分かった。目的は聞かない。でも、目的地は教えてくれ。さすがに行き先も分からないのは不安だからな」
そこは譲れない、とウルラートも真剣な顔でグラナートを見据えた。
「……七魔の地を回る。奴らの話を聞かねばならん」
ウルラートは驚いたように目を見開く。
「七魔の地って、魔境じゃねぇか…!それに、七魔なんて最悪の魔族なんじゃ……」
「………大丈夫だ。奴らの話を聞かねばならん。どうしても」
反論しようとして、グラナートは口をつぐむ。その表情は、目的を喋らなかった時のような硬い表情をしている。まるで、言ってはいけないことのような、言いたくても言えないような、そんな顔。
「なぁ、そんなに話せないのって、俺は信用ないってことか?」
「違う、それは違う……そうではないんだ。ただ、俺たちは……」
即答で否定して、緩く頭を振りグラナートはまた空を見た。
「………いや、いくら言葉を並べても、話すつもりがない以上は意味のないことだな。さて、戻るぞ、ウルよ。ピスティを説得して進まねばならんからな」
さっさと踵を返し、グラナートはピスティが待っている廃屋に足を向けて歩き出す。
「グルナ、お前は魔王だからいろいろ考えたりしなきゃならんのは分かるけどさ、そんなこと考えなくても話ができるような相棒に、俺はなりたい」
ウルラートは先を行く魔王にそう声をかける。グラナートは、それを聞き流してそのまま足を進め続ける。
返事も反応も返ってこないことに少しばかり落胆を感じつつ、ウルラートもまた、足を動かし始めた。
「俺たちのエゴでしかないのかもしれん。だが、できればお前たちもこのことを知らずに全てが終わったなら、きっとそれが一番いい」
その呟きは、ウルラートの耳には届かなかった。
廃屋に戻ってくると、ピスティは少しばかりの食料を3人分出して用意していた。
「ほう」
3人分用意された食料を見て、グラナートが少し嬉しそうに息を漏らす。
「勘違いしないでください。一応勇者様の響魔であるから用意しただけのこと。私はまだ魔王を信用できませんので」
不満げに冷たい声音でピスティは言うが、その目はどこか怯えているようで、虚勢を張っていることが分かってしまう態度だった。
「分かっている。今はそれで十分だ、ピスティ。礼を言う」
グラナートの返答に釈然としない思いを抱きながら、ピスティはウルラートに目を向けた。
「とりあえず食べながら進路を決めましょう」
「あぁ、そうだな。準備ありがとう、ピスティ」
食事を始め、そして進路の相談が始まる。
「で、進路のことだけど、グルナに考えがあるらしいからしばらくはグルナの案内で進もうと思う」
「…………危険では?」
不安げで不満げなピスティがウルラートに問う。
「ウルラート様が魔王を信用しているのは分かりました。ですが、進路を完全に任せてしまっては罠にはまる可能性も…」
「……いやあの、ピスティ、そういうことはせめて俺から隠れて言うことではないか?というか罠とは何だ、失礼な」
真剣に考えられる危険を進言する姿勢は悪くないのだが、いかんせんその場にその、魔王張本人がいるのだ。さすがに魔王も戸惑う。
「大丈夫だって、ピスティ。こいつはそういうことはしない。ただ、向かいたい先は確かに危険かもしれない」
ウルラートの視線がグラナートのほうを向く。魔王の困惑については完全にスルーすることにしたらしく、目的地の説明を求めているようだった。
「………お前たち、二人そろって本当に俺が魔王だと分かっているのか?いろいろとおかしくはないか?」
「いいから説明頼むって。な?」
魔王の何度目かの訴えをあっさり封じて、勇者は話を促してくる。魔王はフォローが欲しい。誰もくれないが。
「……まぁいい。俺が辿ろうと思うルートだが、まず、七魔領を回り、奴らの話を聞きたい」
「七魔領……!ウルラート様、さすがに危険すぎるのでは?」
ピスティが青ざめて反対の意を得ようとウルラートに目を向ける。
「俺もそう思うが、グルナが言うにはかなり重要らしいんだ。危険だから、なんて理由で尻込みする気はないよ」
「ですが……」
「まず、ここから一番近い七魔はマモン。そこに行く」
ピスティの反応は気にすることなく、グラナートは話を進めていく。
「マモン、っていうと、強欲のマモンか」
「……そうだ」
不本意そうにグラナートが少し間を開けて頷く。
ピスティは汚らわしいと言わんばかりに顔を険しくして行く先に嫌悪感を露わにしている。
「お前たちが心配するのも分かるが、大丈夫だ。少なくとも、マモンが危害を加えて来ることはない」
確信を持ったグラナートの言葉に押されるように、その言葉で行く先が決まる。
「じゃあ、行き先は七魔の地の一つ、強欲のマモンの領地に決まりだな」
ウルラートの決定にグラナートは満足げに頷き、ピスティは不安げな顔で目を泳がせた。
「道案内は任せていいんだな、グルナ」
「あぁ。外れとはいえ魔王領だ、任せてくれていい。すでに向こうには伝令を出してある。うまくいけば道中で会えるだろう」
自信ありげなグラナートに
「マモンと会ったことはあるのか?……まぁあるか、お前魔王だし」
と問うてみると、当の魔王はあっさりと首を振った。
「マモンとは……そうだな、だいぶ昔になら会ったな。七魔とはそう会えはせん。あれらは魔王城まで出向いてくることはないし、俺も書類だの政務だのに追われて出向く機会もない。残念ながら」
書類だの政務だの、の辺りでグラナートの目が遠くなる。向き合わねばならない仕事を思い出してしまったようだ。弁当箱だと思っていた書類の箱の分を終わらせて今度こそ解放されたと諸手を上げた翌朝には次の書類箱が届いた。その時の顔と悲しいことに同じ顔。
「あの、ウルラート様……魔王はなんであんな遠い目してるんです……?」
「あぁ……なんかあいつ、魔王城では毎日書類と格闘してたらしくてな……こっちに来てからも部下にうまく転がされて書類片してるんだ……響鳴の儀のときなんか…」
「やめろウル!あれは俺の最大の失態だ、安易に漏らそうとするんじゃない!」
遠い目から戻ってきたグラナートが悲鳴を上げてウルラートを遮ろうとする。が。
「空気椅子でペンと判子握り締めて、そのまま思いっきり尻もちついたんだ…」
「ああああああああああああああああ!!!」
現実もウルラートも相変わらず非情であった。まぁウルラートに関しては非情というより、ピスティへの魔王無害キャンペーンのつもりだった。魔王怖くないよー。
頑張って声を張り上げるグラナートだったが、ピスティのすぐ隣にいるウルラートの声をかき消せるような声などではもちろんなく、ウルラートのキャンペーンボイスは当然のようにピスティの耳に入る。
「……………」
うわぁ、というシラッとした目が魔王に向けられた。嫌悪からは離れたが、だからといって関係が改善されるかと言われると微妙なところだ。わずかながらに同情するような憐れむような色も見えなくはないが、無駄に恥をさらしただけである。
「…………仕方ないではないか、書類仕事中に呼び出す方が悪いのだ、ちゃんとアポイントを取れ、我魔王ぞ……」
「いやー……そんなこと言われても…じゃあいつならよかったんだよ?」
がっくりとしょげた魔王が唸りながら自分のスケジュールを頭の中に思い浮かべる。
「書類をこなした後は来城者との謁見があるからダメだな、そのあとは食事兼配下たちとの意見交換、その後また書類と格闘して雑務に城外視察、帰ってからは視察結果をまとめて改善点を洗い出し……魔王領は広いからな…毎日できるわけでもないから追いつけん」
「うわぁ…え、なんで魔王のお前がそんな修羅場生きてんの…部下の使い方下手なのかお前」
「何を言う!部下たちも采配しているに決まっているだろう!………ただ、俺の指示でないと動かない者も多いのだ。それに部下たちにも家庭というものがある、城に仕事にと縛り付けておくわけにもいくまい」
大変立派な上司である。休め。
「魔王城、労働環境ホワイト寄りなのかよ、勇者業終わったら雇ってくれ…」
しばらく忘れ果てていた最初も最初のころの希望をウルラートが口に出すと、グラナイトはジロリとウルラートを睨んだ。
「住み込みで俺と同じスケジュールでなら雇ってやろう」
「あ、やっぱいいわ。俺は堅実な生き方希望するから」
即答である。1秒もかからない素晴らしい判断速度であった。
「勇者に堅実もなにもないだろう…」
二人してフッと哀愁漂う笑みを浮かべて、全部終わったら生き方見直そうかな、と未来に思いをはせる。
「まぁ、終わったらも何もまだ何一つ解決どころか始まってすらいませんけどね」
ピスティの冷めた正論がグサリと刺さってようやく現実に帰ってくる二人。そのくらい自分たちで気付いてほしいものである。
「よ、よーし。んじゃ出発するぞ。グルナ、案内頼むな」
「お、おう、任せろ!」
食べ終わったごみを片付けて、荷物をまとめる。
「進路としてはこのまま方向は変えずに進めばいい。人間領を出るまでは危険もそうないだろうしな」
「魔族領との境界ってこっちはどうなってるんだっけ?てか、なんで王都が魔族領から一番近いんだよ」
首をかしげる勇者にはピスティが応える。
「王都は最も発展した裕福な都市ですが、同時に魔族からの侵攻があった場合にそれを食い止める砦でもあるとされています。その危険を負うからこそのこの発展なのです」
「あぁ、なるほど。治安のわりに軍備が充実してるのはそういうことか」
「まぁ侵攻があったことはこれまで一度もないがな」
ぼそりと魔王が口をはさんで肩をすくめる。
「そうですね。幸運にも、今のところはそんなことは起こっていませんが」
ピスティは、幸運にも、のところを強調する。グラナートはそれ以上反論はせず、さっさと廃屋を出ていった。
「……ピスティ、あいつも頑張ってそういうことがないようにってしてるんだからさ、たまたまそうなっただけ、みたいな言い方やめろよ」
相変わらずなピスティにウルラートが頭痛が痛いと表情で訴えてみるが、さして期待はしていない。今はまだ態度の軟化は無理だろう。
「人間と魔族では寿命が違いますので、壮大な計画があるかもしれませんし、そうでなくともいつ気が変わるともしれません。そう意味では、間違ってはいないと思いますが」
魔族を長く敵視する環境にいたら、そういう最悪を想定するのかもしれない、そこは環境や性格の違いか、とひとまずこの場は諦めてウルラートはピスティと一緒に廃屋を出る。
外で待っていたグラナートは二人を確認すると、少し距離をとって歩いていく。
「とりあえずついて行けばいいか」
「そうですね」
グラナートが距離をとるのはピスティに気を使ったのか、それとも自分がこれ以上気分を害しないためかは分からないが、魔王がそばにいないときはウルラートには多少ピスティの態度は軟化するため、とりあえずウルラートはグラナートに感謝しておいた。胃が痛くなりそうだ。
村を出て、双子のいた北西の森を迂回するように進路をとるグラナートの後ろをついて行く二人。行く先が変わらず北西なら、森を突っ切ったほうが早いのは明白で、グラナートならそういう進路をとると思っていた二人は首を傾げた。
「グルナ、森を突っ切ったほうが早いんじゃねぇ?」
少し声を張って、ウルラートが前を行く背中に声をかける。
「バカを言うな。あの森が暗いのは分かっているだろう。何かあった時にあの暗さでは、光魔法が役に立たん。俺やお前はどうにでもなるが、ピスティが困るだろう」
まさか自分を考慮されているなどとは思ってもいなかったピスティが目を丸くする。
「それに、足場も視界も悪い。勇者に目の前でスッ転ばれる魔王の気持ちを考えてみろ、何となく虚しい気持ちになるぞ、多分」
「誰がスッ転ぶか!」
帰ってきた予想通りの反応に満足そうに笑うグラナート。
「ちょっとイメージアップだったのに台無しです。ほだされる気はありませんけど」
「まぁそういうやつだな、損な魔王だ」
肩をすくめてそれ以上のコメントを飲み込むウルラートに、ピスティはため息をついた。
「とにかく、七魔領のこともですが、あまり気を許さない方がいいかと。目的も情報も共有してくれないのでしょう?」
「………何か理由があるんだって。あいつは魔王だから、俺たちより責任とかいろいろあるだろうし」
不信感がどうしてもぬぐえないピスティは進言を聞いてもらえないことに不満を感じて眉根を寄せる。
「デゼルトとザフィロのことでさ、俺ってまだ視野って言うか、考えが狭いなって、思ったんだ。デゼルトを見てすぐに、倒さなきゃって思った。襲われたから、やられる前にって。でも、グルナは違った」
「それは、あの魔王が魔族びいきだからです。ウルラート様の問題ではありません」
ピスティがそう言葉をはさむと、ウルラートは首を振る。
「俺が勇者に選ばれたことも、勇者に選ばれた俺が魔王を呼んだことも、何かあるんだって思うんだ。だって俺は、魔族が憎いわけじゃない、倒したいとか滅ぼしたいとか、そんなことは思ったことない。それを望んで勇者になることを夢見てたやつらじゃなくて、なんで俺なんだろうって」
それはピスティも持っていた疑問だった。
自分のように、魔族を根絶したいと思う人間は珍しいわけではない。それを望む人間の中にも勇者にふさわしいくらい強い人間はそれなりにいる。
神が魔族を、魔王を討伐したいのなら、なぜそういう人間を選ばなかったのか。
「だからとりあえず、グルナと同じところから世界を見たい。そうしたらきっと、何か分かるんじゃないかって今は思ってる。襲ってきたデゼルトを、倒さなきゃいけない敵として即決しちゃいけなかったと思うんだ。だって、冷静になったらデゼルトが怯えてるのは分かったんだから」
「………それは立派な考えです。ですが、立派すぎて……傲慢なのでは?」
ウルラートの考えに、ピスティは言うべきではないのかもしれないと思いつつも、痛い言葉を選んだ。傲慢は、かつて神に歯向かって戦争を起こした忌むべき悪魔の、七魔の領分だ。
刺さるその言葉に、ウルラートもそうかもしれないと苦く笑う。
「……理想論だと言ってくれよ。それか綺麗事。まぁ、それを傲慢だって言ってくれる奴が一緒にいてくれるなら大丈夫だろ」
沈黙が下りる。
「勇者が勇者である理由を俺は知りたい。何で選ばれたのか、本当にやらなくちゃいけないことはなんなのか。少なくとも、俺って言う勇者は魔王を討伐するために選ばれたんじゃないはずだ。今はそう信じてる」
「………魔王を倒さなくてはならなくなったら、それが勇者の務めであるとウルラート様が結論付けざるを得なくなったら、その時はどうするのですか」
また、沈黙。
先の沈黙より、長くて重い沈黙がずしりと肩にのしかかってくる。
「………それが、務めなら、果たさなきゃならないならやるさ。あいつは俺の響魔だから、その責任は俺が取る」
でも願わくば、そんな未来を、結末を迎えることがないように。
今はそう願っていたい。
たとえそれが神の意思に反していたとしても。
毎週土曜日週一投稿しようと思ってたのに、仕事始めるとダメだ・・・・・・
早く仕事に慣れて時間作れるようにしなきゃ・・・・・・!