3話
少し暑い今日この頃。寒くなったり暑くなったり、体調管理に気を付けましょう!
翌朝。
目の下にうっすらと隈を作った魔王にウルラートはある種の悲しみさえ覚えながら、直視しないように微妙に視線を外して顔を会わせた。
「よ、よぅ……なんか……アレだな………お疲れ……」
「ふっ……いつものことよ、もはや慣れたわ」
弱々しくも何故か誇らしげな辺り、この魔王、社畜の素質でもあるのかもしれない。
そんなことを考えつつ、朝食が用意された食堂に二人で入る。
「おはようございます、ウルラート様、グラナート様」
一足どころではなく早く来ていたらしいエレオスがいつも通りに挨拶をする。
「おはよう、エレオス」
「うむ」
それぞれに返事を返し、席につく。
「グラナート様、昨夜は随分と頑張っておられたようですね」
エレオス本人としては純粋な労いのつもりなのだろうが、ペンと判子と書類を渡してやらざるを得ない状況を作った張本人である。
(おいおい、エレオス、お前それ取りようによっては煽ってるぞ……!)
「あの程度、どうということはない」
自慢げに胸を張るグラナートも何も考えていないようではあるが。
この二人のやり取りで気を揉むのはウルラート一人だけだという理不尽。
「そういえばウルラート様。此度の旅の同行者として、ピスティという女性神官に声をかけています。お食事の後にでも会いに来ると思うので、その後、出立について打ち合わせるというとこで」
「え?……あ、あぁ、分かった……」
同行者がいるとは聞いていなかったウルラートが分かりやすく困惑するが、いつも通りにエレオスは話を勝手に進めている。エレオスに悪気はない。
「で、その同行者とやらはまだ来んのか」
むぐむぐと物を噛んでいるのになぜかハッキリ喋っている不思議なグラナートに、ウルラートは冷めた目を向ける。
「あのな、なんでこうなってると思って……いや、そこに文句言っても仕方ないか。契約しちまったもんは仕方ない。とにかく、エレオスの話だと、同行者は魔族嫌いで自分の響魔ともうまくいっていないって話だ」
「なぜそのような者をこのような重要な旅に同行させる?」
グラナートの疑問ももっともなのだが。
「力のあるやつは要職についてる。そうそう旅なんかには出られないんだよ。だから、手すきの中で力のあるやつが選ばれたってことだろ」
ウルラートの答えにはグラナートはまだ不満げではあったが、そこから先は続けることができなかった。なぜなら。
「すみません。勇者様のお部屋で間違いないでしょうか」
ノックと共に聞こえる女性の声。
「はい。開いているのでどうぞお入りください」
初対面の礼儀として丁寧に応対し、入室を促す。
扉を開けて入ってきたのは、ウルラートとそう歳の変わらない様子の女性だった。
どこかおどおどした様子で部屋を見回し、角をつけたグラナートの姿に固まり、そしてウルラートに視線を戻す。
「こ……この度、旅の供を仰せつかりました、ピスティと申します。ウルラート様、グラナート様。精一杯務めさせていただきますので、よろしくお願いします」
若干視線を泳がせながら、そう自己紹介をするピスティにウルラートは苦笑いする。特にグラナートの方に視線が向かないのはきっと気のせいではないのだろう。
「ピスティ、とりあえず肩の力抜いて。そんなに緊張しなくていい。グルナ……グラナートも悪い奴じゃないんだ」
「そ、それは、その……勇者様と契約なさった響魔様ですから、悪い方であるはずがないとは分かってはいるのですが……」
申し訳なさそうに縮こまるピスティに、多難を感じながらつきたくなるため息をウルラートは飲み込む。
(これは……魔王を討伐しない、というか、グルナが魔王だってバラす時期を考えないとかなり厄介そう……エレオスもっと考えろよ……でも、それまで隠し通せるか……?え、何この不安すぎるパーティ……)
「ところで、自分の自己紹介をするのはいいが、気配だけで姿を見せない響魔はどういうつもりだ」
不機嫌そうに顔をしかめるグラナートに睨まれ、ピスティの顔色が悪くなる。
「え、あ、あの……」
怯えが濃くなったピスティに、ウルラートがグラナートをたしなめようとした瞬間に、ピスティの影から細長い縄のようなものが飛び出し、ピスティを護るようにグラナートの前に浮かび上がった。
『申し訳ありません。私が未だに彼女に心を開いてもらえるほどに信頼を勝ち取れていないだけなのです。お怒りならば私に』
そこに浮かぶのは、純白の真珠にも似た光沢の身体にちょこんとした小さな翼を持った蛇。
『ペルル、という名をいただいております。以後、よろしくお願いいたします』
性分なのか丁寧に挨拶をするペルルに多少は機嫌を直したグラナートが頷く。それを見て、ピスティは申し訳ないようなほっとしたような表情を浮かべてグラナートに少しだけ頭を下げた。
「…………おい貴様……」
「グルナ」
庇った響魔に礼の1つも言わない態度にまた気分を害したグラナートが何か言いかけるが、それをウルラートが遮る。
「ピスティ、ペルル、これからよろしくな。お前たちは何が得意なんだ?」
話を変えるようにウルラートが話を切り出すと、ピスティもようやく表情をほぐした。
「私は回復、浄化、結界魔法を得意とします。その代わり、攻撃魔法は全く使えませんが……きっとお役に立てるかと」
『私も戦闘はあまり得意な方ではありませんが、一度に2つの魔法を増強することができます。攻撃手段と言えば………小さな毒牙を持っているくらいでしょうか……しかし、私が強化したピスティの結界は魔王様直属の魔族でない限り、そう破れることはないかと』
ちらりとグラナートを見る辺り、ペルルはグラナートの正体に気付いているようだ。しかし、それをピスティに伝えるのは時期尚早と判断したのか、魔王であるグラナートに黙礼するにとどめ、口を閉じた。
「へぇ、すごいじゃないか。全部俺達ができないことだ……よな?グルナ」
そういえばグラナートが何ができるのかをまだ把握していなかったと思い出して、ウルラートが首を傾げる。
「…………………………………そう、だな」
もの言いたげな長い沈黙ののちにグラナートがそれを肯定した。
「頼りにしてるぞ、2人とも。とりあえず、最後の仕上げで必要なものを買い揃えたいから、いったん解散して、2時間後に出立しよう」
「え、でも、勇者様の祭典が……」
「おお、また買い物に行くのか!ちょうどいい、インクが切れていたのを思い出したのでな、ついでにそれも買いに行こうではないか」
ピスティとグラナートが正反対の反応をウルラートに返す。
「俺はあんまり目立ちたくないからさ、そこんとこ頼むよ、ピスティ。祭典は王様たちに任せて、俺達はすんなり旅立ちたいんだ」
「ウルラート様!謙虚で良い考えだと思います!そういう事なら、異論はありません!」
きらきらとした尊敬の眼差しが眩しくてウルラートはそっと目をそらして苦笑いするにとどめて、その場を解散したのだった。
そして街にて。
「おい、ウル!これはなんだ?」
「それはガラス細工」
数歩歩けば、
「おい!コレを買え!幸運になれるそうだぞ!」
「そんな初歩的な詐欺に引っかかるんじゃねぇ!てめぇも王のお膝元でんなもん売ってんな!通報するからな!」
そこから数十歩も行かないうちに、
「おお、これは美味いな!」
「あー、はいは……おいそれどっから………え、試食?おま、次を食おうとすんな!すみません……これ、一つください」
etc.etc.....
「進まねぇえぇぇぇぇぇぇ!!」
ついにウルラートが吼えた。が。
「ん?どうした、ウルよ。急に大声を出して。お前も腹が減ったのか?」
肝心のグラナートは満足げな顔でいろんな店の試食品で頬を膨らませている。
「お前と一緒にするな………お前はインクが必要で、俺は旅荷を整えたい。いちいち立ち止まってる暇ないんだよ!そもそも、お前さっきまでもごもご食ってたじゃねぇか!!」
力が抜けるのを感じて、ついため息をつく。
「あと1時間で出立だぞ、丸っと半分も時間使わせやがって……」
そんなこんなで、街でのウルラートの受難はあと一時間続いたのだった。
「いいか、グルナ。少しずつお前が危険じゃないってことをアピールしつつ、国境を出たあたりでお前の正体をバラす………方向で行きたい。とにかく、そのあたりで話を切り出せるようにするんだぞ」
何度も何度も、ピスティの隙を見てはグラナートに念を押すウルラート。それにうんざりと嫌な顔をするグラナート。
「その話はあと何度聞けばいいのだ………耳にタコができるわ」
「まだできてねぇから大丈夫だ」
魔王からの苦情も勇者には何のその。軽く流してまた念を押す。
「ウルラート様、グラナート様、どうかなさいました?」
こそこそとしたやり取りに不審に思ったピスティが振り向くが、慌ててウルラートが手を振る。
「何でもない何でもない!それより、お前、荷物とかは大丈夫か?」
「お気遣いありがとうございます。私の準備は大丈夫ですので。それでは、出立なさいますか?」
うまく話が流れたのを感じて、ウルラートはそれに乗っかって頷く。
「あぁ。さっさと行って、解決させよう。で、できるだけ早く帰ってきて、皆を安心させてやろう」
「はい!」
ウルラートの言葉を頼もしく感じてかピスティは笑顔で頷いた。実際は乗っかって調子よく流しただけなのだが。
「どういう道で行く?」
グラナートが相当と、ウルラートは少し考え、
「とりあえず、魔族がどのくらい活性化してるのか見たいし、被害に遭ったっていう町や村をいくつか回ってみよう。で、その後で国境を出て魔族領に入る」
さしあたっての方針をそう決めるウルラート。もっともらしいことを言っているが、なんとかグラナートの正体をばらすまでの時間稼ぎがしたいだけである。
「しかしウルラート様、一刻も早く魔王を打ち倒し、平和を取り戻すべきでは?」
ピスティの言葉に、彼女の影が揺らぐ。それはペルルの動揺。
「…………魔王が本格的に動けば、村や町程度の被害では済まん。少し様子を見つつ、真実を探るべきだろう」
「あー…………それにだな、ピスティ。やっぱり自分の目で被害を確認するって重要だと思うんだ。だから、せめて行けそうな範囲くらいは見ておきたいんだ。それに、想像以上に魔族が暴れてたりしたら対処が難しくなる。ある程度見極めてからのほうがいい」
「そういう事だ。数や暴れる規模が大きすぎた時の為にも、経験や準備は必要だ」
かわるがわるにそう説明して、まっすぐ国境へ繋がる街道から外れていく。
「なるほど、さすが勇者様とその響魔様ですね!魔王を倒すだけでなく、民の事までしっかり気にかけてくださるなんて!」
尊敬の眼差しが一層耀きを増して、ピスティは嬉しそうにウルラートを見る。ほんの少しだろうが、グラナートの株も上がったようなので、とりあえず良しとするか、とウルラートはトウヒ気味にそう考えたのだった。
(言えない……グルナの事を話すまでの時間稼ぎだとか……い、いや、別に嘘は言ってない、うん、言ってないことにしよう!)
「魔王領に向かう道すがらでの最寄りの集落となると……北西の」
思い返すようにグラナートがそう呟く。
「あぁ。よく村の位置なんて覚えてたな。村の名前は忘れたけど、森に面した村があったはずだ。そこに行ってみよう」
もはや、村の名前を思い出そうという意識すらなく、あっけらかんと忘れたと言うウルラート。
「はい、壊滅して村人たちは近隣の村や町に出ているようです。それからそれほどまで時間は経ってはいませんが……しかし、その村の森、マンティコアが出るとか」
ピスティの言葉に、グラナートが眉を顰める。
「マンティコア?中級魔族ではないか。本来魔王領の奥に住まう種族のはずだが」
「マンティコア……えーと……なんだっけ……?」
対してウルラートはそう首を傾げている。
「赤い獅子の頭と体、ヤギの足、サソリの尻尾、コウモリの翼を持つ凶暴な人食いの種族です。個体数が少なく目撃例はほとんどありません」
ピスティの解説に、ウルラートは顔をしかめる。
「え、かなりヤバい奴じゃねぇか……ほんとにいるなら早々に討伐しとかないと、危険だな」
「はい。その通りです」
頷き合って足を速める二人に、グラナートは何とも言えない視線を向けるが、口は閉ざしたまま、森のある村の方角を見やるのだった。
ボチボチ書き進めてはいますが、なかなか進まないなぁ…