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殴る勇者と斬る魔王  作者: 鳳梨
4/13

2話

めっちゃ好きだったゲームが配信終了ということでそっちに集中して時間つぎ込んでました。

無事駆け抜けることができたので、ボチボチ投稿再開……



「えーと……あの、ウルラート様。とりあえず、響鳴ノ祝はこれにて終了となるのですが……」

 和やかに親睦を深め始めた勇者と魔王におずおずとエレオスが声をかける。

「……響魔のお披露目としてこの後、王に謁見せねばならん」

 エリオスの懸念をヴィテスが代弁する。こちらも気が重そうに難しい顔をしている。

「………え、こいつを王に会わせるのか?魔王だぞ?」

 ヴィテスの言葉に、はたと現実に変えるウルラートが頭を抱えた。

「ふむ、面白そうだな。だがその前に…」

 対するグラナートは愉快そうに笑って王の前に出る気満々の様子であったが、その前に懸念事項を片付けておくことにしたらしい。

「面白くない。で、その前にってなんかあるのか?」

 愉快そうなグラナートを軽く睨んで、ウルラートが言葉の意味を問う。

「先の件、部下に確認させるのだ。その方が早く事が進むであろう。さしあたって、我が秘書をここに呼ぶ」

 当たり前のようにとんでもないことをのたまうグラナートに真っ先に慌てたのは、当然のように上級神官たるエレオスだった。

「こ、ここにですか?」

「いくらなんでもそれはまずかろう。他の神官に悟られれば厄介なことになる」

 エレオスとヴィテスの動揺をグラナートは鼻で嗤った。

「魔王たる我の配下を侮ってもらっては困るな。人間の国に現れる時はきちんと魔力の放出を押さえるように言いつけてある。悟られるようなドジは踏まん。というわけで、異論は認めん。………シェルム!ここへ来い」

 グラナートが声を大きくして呼ばわると、ポンとピンク色の煙が弾けた。

「あーーー!魔王様やっと見つけた!なんだって人間の国にいるんですか!まだまだ書類は山積み、本日の謁見も終わってないし、あと……あれ?もしかして魔王様、人間と契約しちゃったんですか?もー、それならそうと言ってくださいよー。ちゃんと書類は整理して机の上に置いておきますね!あ、謁見どうしましょう、側近から誰か代役を?それからそれから……」

 けたたましく一方的に魔王に話しかける体でまくしたてるピンクのボールに小さな蝙蝠のような形の翼がついたものがパタパタと女らしき声で話している。

 魔王の仕事とは思えない、普通の人間の王と変わらない仕事内容が並べられていくのを、勇者たちは黙って遠い目で聞いていた。

 が、その魔王はウルラートたちから魔族が人間を襲っているという話を聞いた時と同じような剣呑な表情でそのピンクボール蝙蝠をねめつける。

「…………シェルム……」

 地を這うような声に、ピンクの丸蝙蝠もどきはびくぅっと震えた。ついでに、雰囲気の変わりように勇者たちもびくっと震える。

「ま、魔王様、ご機嫌悪い……?ど、どうしたんですか?書類の多さにとうとうブチ切れちゃったんですか?謁見とかでの愛想笑いに疲れたんですか?それともそこの人間が気に入らな……」

「シェルム、我に報告していないことはないか?例えば…………魔族が人間を襲っている、とか」

「………へ?何言ってんですか、魔王様!何を言い出すかと思えば。魔王様は人間を襲う事を禁止しているのは暗黙の了解ですし、そんなことあるわけないですよぅ。もう、びっくりしたぁ」

 剣呑な雰囲気全開で睨む魔王に、一瞬で震えを引っ込めてあっけらかんと笑い飛ばすピンク丸蝙蝠もどき、シェルム。

「………本当にそんな報告は上がっていないのだな?」

 再度、念を押すように確認する魔王に、シェルムはさすがに魔王が本気で聞いているのだと察し、グラナートの視線の高さに降りてくる。

「少なくとも私のところには上がってきていません。真偽を確認次第、ご報告に参ります」

 真面目な声音で一礼するように上下に動き、そして中央にある大きな目玉のような部分でウルラートを見た。

「ところで、そこの男が魔王様の契約者ですか?すごいですねー、どんな方なんです?」

 ぱたぱたと大の男の周りを飛び回るピンクの丸蝙蝠もどき。なかなかにシュールである。

 当のウルラートもどう対応したらいいものかとグラナートとヴィテスたちの間で視線を行ったり来たりしている。

「あぁ、その男は勇者の剣に選ばれたウルラートだ。仲良くな」

 あっさりとした紹介のあとに、グラナートの口から飛び出した仲良くという言葉が違和感しかない存在感を発している。

「へぇ!勇者なら魔王様の契約者に相応しいですね!よろしくお願いします!」

「いやいやいや、魔王と契約してるのが勇者ってとこにまず突っ込めよ!」

 思わずウルラートが突っ込みを炸裂させると、シェルムはきょとんと勇者と魔王を見比べる。そして、勇者ではなく魔王に向かって言葉を発する。

「魔王様、契約者さんに迷惑かけちゃダメですよ?私みたいに魔王様の世話に慣れてるわけじゃないんですから。それと、こっちでは魔王様だからっておまけしてくれるお店ないですから、ちゃんとお金の計算してくださいね!おいしそうだから、なんて理由で商品持ってっちゃダメですからね」

 次々と明かされる衝撃の魔族事情。なかなかに平和そうな主従である。

「…………俺はこんな奴らを倒すために日々しごかれてたのか………」

 遠い目をするしかない勇者を尻目に、大真面目にシェルムの言葉に頷く魔王。

「あぁ。あ、そうだ、シェルム。我の剣をすぐに持ってこい」

「あ、それもそうですね。じゃ、持ってきたらすぐに調査に向かいますね!何人かに声かけてみるので、動員の許可をください」

 明るい声でシェルムが魔王に頼むと、魔王は鷹揚に頷く。

「許す」

「了解です!じゃ、また!」

 まるで友達に挨拶するかのようにピンクの蝙蝠翼の片方をちょこんと上げて、現れた時のようにピンクの煙を巻き上げて消えた。

「な…なんだったんですかね……」

 さすがのエレオスも唖然として呟く。

「嵐のようだったな……」

 ヴィテスも思わず再び遠い目になっている。

「あれは我の秘書だ。使い魔を飛ばして我を探していた様だな」

 何事もなかったかのようにそう解説するグラナート。なかなかに我が道を行くいい性格をしている。

「それで、これからどうする?」

 こちらもなかなかに耐性がついてきたようで、ウルラートが言葉を返す。順応性の高い勇者である。

「そうだな……まさか勇者が魔王と契約したなどと公表するわけにもいかんし、王に報告すれば最悪勇者もろとも処刑となる可能性もあるからな」

「そうですね。元凶と思われている魔王と契約したなんて知れたら異端者扱いは免れないでしょう」

 ヴィテスとエレオスが神妙な顔で話し合う。ウルラートも思わぬ話に険しい顔をしている。

「ふむ……ならばウルよ、どうせ魔王を倒すためにすぐに発つ予定だったのだろう?それまでの間我が魔王であると知られぬようにすれば良いだけだ。幸い、呼び名ならできたことだしな」

 余裕の表情でグラナートがそう提案する。

「王に偽りを報告するのか……」

「それしかなさそうですが……しかし……」

 渋る王の忠実な部下たちを差し置いて、勇者があっけらかんと笑う。

「よし、それでいくか!魔王が何も関与してないなら、原因を探しに行かなきゃならねぇし」

「それでこそ我が契約者。ところで、我は腹が減ったな」

 グラナートが催促するようにそう言った直後。またもやポンッとピンク色の煙が巻き上がった。

「魔王様、ご所望の剣と……あと、これ!」

 ピンクの丸蝙蝠もどきが再び、ではなく、同じ声を発する人型の魔族が現れ、黒と赤の装飾が施された剣と、何やら縦に大きな四角い包みを魔王の目の前に置く。

「うむ、ご苦労、シェルム。これは……気が利くな」

 見た目重箱弁当のような包みをグラナートは目を輝かせて見つめる。

「はい!頑張りました!」

 褒められて嬉しそうな人型魔族、シェルムが尻尾をふるふると遊ばせ、被っているフードの下から満面の笑みを覗かせた。

「よし、では……」

「え、ここで開けるんですか?ちょっと待ってください、一回儀式が終わったことを報告して、ちゃんとしたお部屋に案内しますから」

 早速包みを解こうとするグラナートをエレオスがそう押しとどめ、そして一足早く部屋から出ていく。報告を終わらせて人払いをしてくれるつもりなのだろう。それをするのはこの場の指揮を執る上級神官のエリオスが適任である。

「では魔王様、何か分かり次第、すぐ報告に来ますね!では!」

 にっこりと笑って、またピンクの煙の中に姿を消すシェルムを見送り、グラナートは恨めし気に包みを見つめる。

「腹減ってんだなぁ……」

「………何というか、魔王も我々と大して変わらんのだな……」

 感慨深いものを感じながら、ウルラートとヴィテスは顔を見合わせた。何とも言えない虚しさが胸に広がるが、もう気にしたら負けだと思う。

「そもそもさ、グルナ。魔族って何を食ってんだ?人間とかだったら嫌なんだけど」

「響魔は人間と同じものを食べるが……確かに、魔族は何を食べているのだろうな……」

 人間二人の視線も、グラナートとは違う関心をもって包みに向けられる。その疑問には、グラナートがあっさりと応えた。

「我々とて基本的な食物は人間と変わらん。人間を食う時もあるが、人間は我の味覚には合わんな。女子供は比較的旨いがそれでもなぁ……やはり人間の感性で言うところの普通の物が美味い。喰わずとも多少の時間なら生きていけるが。飲み物は我は果実を絞ったものが好ましい」

 おどろおどろしいサバトのような地獄絵図の食卓を想像していた人間二人は、続いて目の前の魔王がフレッシュな色合いのジュースを飲んでいる所を想像して、思わずグラナートの顔を二度見した。

「もちろん、酒も好きだがな」

 自己主張の強い魔王である。その能天気な自己主張で無自覚に二人の警戒心を解いてしまっていることには気付いていないグラナートは説明とも自己主張ともとれる問答を終えると、包みを手に

いつこの部屋から出れるのかとエレオスが出ていった扉の方を気にしていた。

 そして少し経ち、ようやくエレオスが戻って来る。

「報告までしてきましたが、王には人型の上位魔族であるとお伝えしてあります。この後に王がお会いになりたいと言ってますが、絶対にボロは出さないでくださいね」

 念押しするエリオスにグラナートは良かろうと頷いた。

「とりあえず、その尊大な口調を何とかしてくださいね。特に一人称我とか」

「なんだ、この口調はやめていいのか?それは助かるな」

 渋られるかと思っていた忠告に、むしろ嬉しそうな顔をするグラナートに首を傾げてエリオスが尋ねた。

「助かる、とは?」

「威厳があると言われたこの話し方、堅苦しくて疲れる。もう自分の事も俺でいいんだな?我とかめんどくさい。多少は癖になっているが」

 唐突に終わりを告げた魔王の威厳。まぁ現れた時点で威厳なんて跡形もなく消滅していたが。そのあともわずかに復活しただけでひたすらに下降の一途をたどっているが。いいのかそれで。

 えー、という顔になるエレオス。珍しく、というか、今日はやけに分かりやすい表情をしている。

「とにかく、お前たちの王とやらに会いに行こうではないか」

 包みのおまけとばかりに傍らにあった剣を手に取り、腰に帯剣する。

「グラナート、王への謁見に帯剣はダメだぞ。そう決まっているからな」

 ヴィテスがそう咎めると、魔王は首を傾げて剣を外した。

「何故ダメなんだ?」

「当たり前だ、王の前に立つのに武器など物騒だろう。暗殺なんかの危険の為の用心だ」

 そこから説明していくが人間的には当たり前の礼であっても、魔王的には納得がいかないらしい。

「人間の王とは存外臆病だな。自分の身を守るというのに武器を持たず盾となる者に任せるだけで、しかもその武装した近衛を控えさせるのに相手には武器を許さないのか。

つまり、任せている部下すら信用していないという事だな。というか、近衛が裏切ったらどうするんだ……」

 ぶつぶつと文句を垂れながら、グラナートはウルラートに剣を突き出す。

「ウル、お前が持て。俺の愛剣だからな、大事に扱えよ」

 その大事な剣、包みの横に転がってたけど。とは言わず、仕方ないなとウルラートはそれを受け取って、そして自分の剣と一緒にヴィテスに預けた。

「おい!?俺が言った事を聞いてなかったのか!?」

「いや、俺も王に会いに行くんだから持てるわけねぇだろ……お前、意外と抜けてるな……ヴィテスなら剣の扱いにも慣れてるから大丈夫だ。ほら、行くぞ」

 まだ文句の言いたそうなグラナートをウルラートは引っ張って部屋を出た。


 というわけで、所変わって王が坐す部屋の前に勇者と魔王が並んだ。

「グルナ、頼むから失言だけは気を付けてくれ。意外と抜けてるとこがあるのはさっきので実証済みだから」

「うるさいな、そう頻繁に失言なんかしていたら外交時に困るだろう。心得ている。貴様こそ、ボロを出さぬよう気を付けることだ」

 お互いにかなり不安は残るが、進まないわけにはいかない。それに、さっさとこの苦難を乗り越えて一時の安寧という旅に早く出たい。

(………あれ?おかしいな、王様に響魔を紹介して、名残を惜しみながら旅に出る予定だったのに……)

 という疑問が脳裏をかすめるが、そんなことは言っていられない。予定と違うところで自分の命がかかっている。

「よ、よし……行くぞ………勇者ウルラート、王の命により響魔と共にお目通り願いたい!」

 声高に部屋の中へ呼びかけるウルラート。何でもいいが、個人的に名乗りの部分をどうにかしてほしい。身分証明というかそういうのが必要なのは認めるが、自分の事を声高に勇者と名乗りあげたくない。

イタイ奴みたいでいたたまれない。

「入られよ」

 最初の頃は堅苦しく芝居がかった物言いにいちいち狼狽えていたウルラートも2年の間にそれを当たり前のように受け入れていた。慣れってすごい。

 部屋の中から許可を得て、ウルラートは開かれていく扉の間を堂々と進み、通り抜ける。響魔たるグラナートも彼に続いた。

「よく来たな、ウルラート。頭を上げ、楽にせよ」

 部屋の中央にひざまずいたウルラートに玉座に座った王がそう声をかける。その後ろには近衛騎士が2人控えている。だが、グラナートはその光景を眺めているだけで膝をつこうとはしなかった。

 王の言葉に従い、頭を上げたウルラートが、仁王立ちしているグラナートにギョッとして慌てて立ち上がり、自分より身長の高い魔王の頭を自分の頭の高さまで引っ張り下ろす。

「何してんだよお前は!?王の御前なんだから頭下げろ!」

「人間の礼法は知らん」

「知らんじゃねぇ!も、申し訳ありません!」

 慌てて頭を下げるウルラートに王はおおらかに笑って見せた。

「よい。魔族が人間の礼法に通じておらんのは通りだ。これから響魔にお前が教えていくことは多い。今回は目をつぶろう」

「は。温情に感謝します」

 ようやくまっすぐに立ってグラナートの隣にウルラートが並ぶ。

「しかし、人型の響魔とは珍しい。さすが勇者に選ばれただけの事はあるな。ウルラート。して、その響魔、名は何という?」

「いえ。自分でも上位魔族を召喚できたことは今後を考えても運が良かったと思っておりますが、召喚の成功は私だけの手柄ではありませんので。………名は……グラナートと申します」

 謙遜して見せるウルラートに王は頷いて好意的な視線を向けた。

「そうか。さて、本題に入るとしよう。勇者ウルラート、準備が整い次第、魔王討伐に出立せよ。魔族の凶暴化の原因を取り除き、我々人間の未来を導くのだ」

 王から下された魔王討伐の言葉にウルラートは居心地の悪さを感じて当の魔王を窺うが、表情一つ変わる様子は見られない。

 そのことに安堵し、勇者はこの場で必要な言葉を選んで口にした。ちなみに、自分に都合の悪い魔王討伐の部分に関しては聞かなかったことにした。

「はい。必ずやその任を成し遂げて見せましょう」

 勇者の返答に満足げに頷いて、控えていた近衛騎士に目配せする。その近衛騎士は控えていた王の後ろからウルラートの方に歩みを進める。

「これを。陛下より、旅に用立てよとのことです」

 ずっしりとした布袋が渡された。布袋はずっしりと重く、その存在感を発している。庶民の出のウルラートとしては怖くてあまり覗きたくないもの……大量の金貨が入っている。

「それだけあれば足りるとは思うが、旅が長引いたり装備を買う分についての必要経費なら足りない分は出してやろう」

「ほう、太っ腹だな」

「もうお前黙れ……本当に申し訳ありません……ありがたく頂戴いたします」

 余計な口を開くグラナートに冷や汗をかきながらウルラートは王に頭を下げる。

「頭を上げよ。もう下がって明日の旅立ちに備えるがいい。では、武運を祈る」

 謁見の終了を告げられ、手に汗握りながら魔王を引き連れて退出する勇者。

「失礼いたします」

 一つ目の難問クリア。と胸中で呟きながら、ウルラートはあと一日で出ていく自室に向かった。


 自室前にはエレオスとヴィテスが二振りの剣と包みを持って扉前で二人を待っていた。

「戻ってきたな」

「その様子ではうまいこといったようですね」

 歩いてきた勇者と魔王に、2人はどこかほっとしたようにそう声をかけた。

「あぁ、とりあえず部屋に入ってくれ。疲れた」

 ため息をつくウルラートにヴィテスとエレオスも何も言わずに頷いた。廊下で下手に話すと誰に聞かれるかわからない。

 扉を開け、3人を招き入れて最後に自分が入り、扉を閉める。

「一応、防音用の結界を張っておきますね」

 泡のように色を変えるベールが部屋を壁に沿って覆っていく。

「さすがエレオス。上級神官は伊達じゃねぇよな」

 感心してウルラートは結界をつつく。

「そんなことより、俺は腹が減った」

 自分の剣と包みを率先して受け取る、どこかウキウキしている様子の魔王。どこまでもゴーイング・マイ・ウェイな魔王である。しかし、しっかり包みを持った魔王は、ん?という顔をして包みを見る。

 それでも弁当だと信じたい魔王は包みを開け……そして膝から崩れ落ちた。

「シェルムめ……」

「どうしたんだよ……あ」

 呻く魔王にウルラートが声をかけて包みの中を覗き込む。

「あぁ……」

 そして納得した。包みの中身は弁当などではない。箱に大事に納められた紙の束。つまり、書類である。

(書類から逃げるとかなんとか言ってたな………)

 そしてメモが一枚。

“とりあえず急ぎの書類と、魔王様がやらないといけない分だけ寄り分けて入れてあります!他の物も少しずつお運びしますので、この分は終わらせておいてくださいね!書類をキッチリ片づけてくれる魔王様の忠実でデキる秘書、シェルム”

「余計なところにばかり気をまわしおって……しかも、やらないという選択肢を潰しにかかっているだと……」

 すっかりやさぐれた魔王の肩を励ますように叩いたのは、意外にも上級神官エレオスだった。無言で慈悲深い笑みを浮かべるエレオスに、思わず魔王が希望を見つけたかのように顔を上げる。

「さ、がんばりましょう」

 慈悲深い笑みのエレオスの手に乗って差し出されたのは、投げ捨てたはずのペンと判子。

 希望を見つけたような顔が一瞬にして失意に変わった瞬間であった。

「あ、トドメさした……」

(エレオス容赦ねぇ……というか、順応しすぎじゃね?神官としてそれどうなんだ?)

 魔王に希望を与え、次の瞬間に絶望を突きつける。ある意味、神官としては間違っていないが、コレジャナイ感が半端ではない。

 そして、順応という点に関しては、おそらくエレオスもウルラートだけには言われたくないはずである。


 その夜。

 ウルラートの部屋の明かりが消えても、その隣、グラナートの部屋の明かりは一晩中消えることはなかったというのは完全な蛇足である。

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