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殴る勇者と斬る魔王  作者: 鳳梨
3/13

1話

お立ち寄りくださりありがとうございます!

今日の更新はここまで

よろしくお願いします!

光の女神が眠りにつき、魔王の脅威が去って、もう原初の人間と言われた存在もいなくなったこの世界。最初の魔王の脅威が去り、次代の魔王が残った魔族たちを連れて、魔族領として区切った地域に移動し、生活区域を分けた。

 魔王は世代交代を繰り返しながら魔族たちをまとめ、戦争を起こさないよう尽力している。多少の小競り合いのような紛争はどうしても起こるが、それでも、人間対魔族という大規模な戦争は永く起こっていない。

 しかし、それでも光の女神の加護が失せたこの世界は、脆弱な人間には決して優しい世界とは言えなかった。

 人間は、この世界を生き延びる術として、魔族を呼び出し、契約を交わす術法を編み出した。それを響鳴(きょうめい)(ほう)と呼ぶ。


 18歳以上になれば王都にて響鳴の祝を執り行い、人間の呼びかけに呼応して契約を交わした魔族を響魔と呼び、響魔と契約した人間は契約できなかった他の人間を守る職に就く事が多い。

 国家兵士、傭兵といった戦闘職や中には響魔を使った運び屋や何でも屋まがいの仕事などを選ぶ者もいる。



 契約ができる人間とできない人間の明確な違いははっきりとは分かっていないため、未だに多くの研究者たちが頭を悩ませているとも聞く。


 しかし今、歪なバランスによって保たれてきた均衡が崩れつつあった。魔族の凶暴化である。人間や家畜が次々と襲われ、放棄せざるを得なくなった街や村が続出し始めた。

 魔族は魔王を頂点としたピラミッドを形成していることは周知の事実であったため、人々は胸の奥に常に潜ませていた恐怖の推測をまことしやかに囁く。


「魔王がとうとう人間を滅ぼそうとしている」と。


 そんな不穏な状況を憂いた国王は、一つの決断を下す。魔王に対抗しうる、勇者を選別する剣を公表し、響魔と契約を交わした者は必ずこの剣の選定を受けることを義務付けた。しかし、誰一人、剣に選ばれる者は現れない。一刻も早い勇者の誕生が望まれ、早8年の月日が流れた。






  ウルラートは16にして戦闘職に就くためにこの王都にやってきた。戦闘職にしろ何にしろ、職を得るにはまず王都に来なければならない。というのも、16になったら勇者の剣の選定を受け、そののちに職業適性の選定を受けなければならないと義務付けられているからである。

 戦闘職を希望していたウルラート。まぁ、戦闘職は給料もいいし、18になれば響鳴ノ祝を受けるチャンスを与えられる職種でもある。腕っぷしに自信がある若者は戦闘職を希望するものが多く、ウルラートもその一人にすぎなかった。

 祭壇に祀られた、白い光を帯びた剣。その選定の順番が来るまで、一人一人個室で待たされる。が、ウルラートが案内されたのは選定の剣の部屋からかなり遠く離れた部屋であり、その間にあった部屋の数だけ、自分の前に選定を待つ若者がいるという事になる。少しは終わって空いてる部屋もあるだろうが、混乱を避けるためか空いた前の方の部屋は同じ日には使われないと聞く。贅沢な。

(うわ、こんなにいるのかよ…)

 さっさと帰って日課の鍛錬に戻りたいウルラートは思わず、げっ、とでも言いそうな顔になった。選定がどんなものか知らないが、これでは終わる前に日が暮れてしまう。なれるか不確実な、しかも内容も判然としない称号のような勇者より、確実堅実な普通の戦闘職に就きたいウルラートとしては時間の無駄でしかない。

「………めんどくさい……なんで傭兵志望なのに勇者選定とか…帰って鍛錬したいのに……どんだけ待たされんだよ、こんなの時間の無駄だっての……」

 ぶつくさと不満を垂れてせめて体が固まらない様にと体を伸ばそうと立ち上がって体をひねったウルラートがそのままの姿勢で固まる。

 その視線の先には、表情を窺わせない神官が今まさに扉を開けてウルラートの控える部屋に入ってきていたのだった。

「ウルラート・グランツ、選定の準備が整いました」

 変わらない表情と無機質な声音に、ウルラートは内心焦りまくり頭がぐるぐるとパニックを起こしていた。

(い、今の聞かれてたかな……聞かれてたよな、怒ってるもんなこの人!ヤバいかな……偉い人に怒られるのはこれからにかかわるかも……やべぇ、どうしよう……!)

「ぼぅっとしてないでついてきてください、あなたの番ですよ」

「は、はぃぃ……」

 冷や汗をだらだらさせながら神官について歩を進めるウルラートに、神官は変わらない口調で続けた。

「一人で百面相して楽しいですか?」

 冷めたような呆れたような、読み取れない神官の表情に戦々恐々としながら、慌ててウルラートは首を振る。

「い、いえっ…!」

「そんな力いっぱい否定しなくていいと思いますけどね。ほら、着きましたよ」

 戦々恐々としている間にいつの間にか選定の剣が祀られた宝室の、見上げるほど大きく豪奢な扉の前にたどり着いていた。

「……うわぁ……金かかってるなぁ……」

「なかなかに夢も希望もない感想ですね。初めて聞きました」

 思わず口をついて出た感想への返事で改めて神官の存在に意識が持っていかれ、ウルラートはさらに冷や汗をかく羽目になっていた。

「い、いや、あの……すみません…」

 ウルラートが目を泳がせていると、宝室の奥からガタイのいい初老に差し掛かるかといった風体の男が歩み寄って来る。纏うものからして騎士だろうと当たりをつける。

「遅かったな、エレオス」

「すみません、少し話し込んでしまいまして」

 老騎士からの咎めるような視線に、エレオスと呼ばれた神官が肩をすくめて軽く一礼する。

「さぁ、ウルラート様、あなたの感想はどうでもいいんで、早く済ませてきてください。後も控えてますし」

「えー……」

 あまりといえばあまりの反応に、思わずウルラートは絶句するが、目の前の二人に逆らえるわけもなく、示されるままに宝室の中央まで進みでる。

 宝室の中央には、勇者選定の剣が鎮座していた。

 鞘は白を基調に金色の装飾が施され、ところどころに魔力を感じる小さな宝玉があしらわれている。柄の先に一際大きい無色透明な宝玉が燦然(さんぜん)とした輝きを放っている剣が白銀の煌びやかな台座から存在感を放っている。

(うわ、すげぇ豪華……この飾り一つでいくらになるんだろう……)

 悲しいかな、一般庶民の感性で金勘定してしまうウルラートであった。

「その剣を手に取り、鞘から抜け」

 老騎士がそう促すと、あからさまにウルラートの顔が引きつる。

「え、これを……ですか……?触っていいんですか?飾りとか落ちません?」

「落ちませんから。さぁ、どうぞ」

 神官と老騎士が両脇に立って促す。ウルラートがそれに逆らえるわけもなく、とうとう、おっかなびっくりその剣を手に取った。

(……見た目の割に軽い?さすが勇者の剣、材質とかも特別なんだろうな……装飾も近くで見ると細かくてすごく綺麗だ……)

 その装飾と一切の汚れも寄せ付けないような純白の鞘に目を奪われながら、ウルラートは剣の柄を引く。

 剣は、何の引っかかりも感じさせることなく抜かれ、その刀身を宝室の光に晒した。

「……え?」

 ウルラートの困惑の声と、神官と老騎士の息を飲む音がやけに大きく耳に響いたと思った瞬間。抜き放たれた刀身から暖かな光がこぼれる様に溢れ、視界を白に飲み込んだ。

「………は?」

 光が収まって、そんな間抜けな声を漏らすウルラートに、神官が恭しくこうべを垂れた。

「選定が……成ったというのか……」

 老騎士が事態を飲み込むように声を絞り出す。

「はい。ウルラート・グランツ様。あなたこそが、剣に、女神に選ばれた今代の勇者なのです」

「………はぁっ!?いや、え、えええっ!?」

「つきましては、国王にこれから謁見していただき……」

「ちょ、ちょっと待ってください!?俺は別に勇者なんて……」

 思わず抗議の声を上げるウルラートを尻目に、老騎士は

「私は一足先に王にご報告申し上げてこよう」

 と言い置いてさっさと宝室を出ていく。

 老騎士が言い置いたのか、入れ替わるように神官らしき服を纏う数名が入って来る。

「あなたは彼の方を部屋へお通しする準備を。あなた方は他の選定を待っていた方々に説明を。それから……」

 全くもって予想だにしなかった結果に、ただ狼狽えるしかない当の本人とは対照的に、神官は部下らしき人たちに指示を出し始める。

 すると、テキパキテキパキという音が聞こえてきそうなくらいに明瞭に出された指示に、指示された者たちがさっと散っていく。

「あと、彼に着替えを。ウルラート様、準備された服へお着替えください。さすがにその年季の入った服で王の前に出るのはちょっと……」

 バカにするとかそういう様子はなく、明らかに思ったことを言ったといった様子の神官に、ついにウルラートが声を上げる。

「聞けよ!俺は勇者とかどうでもいいし、今さりげなくボロいって言わなかったか!?」

 現状を理解しても納得がいかないウルラートの抗議に対しての答えは。

「ではウルラート様、部屋へ案内させていただきます。こちらへ」

「聞けって !つーか待て!ついて行ってないのに歩き出すな!それでこの剣はどうしたらいいんですか!」

「あなたが抜いたんですから、あなたがちゃんと持っていてください。行きますよ」

 渾身の叫びさえも綺麗に流されるウルラートであった。


 案内された部屋に入ると、控えていた侍女らしい女性たちが手に手に服や装飾品、果ては誰が使うんだと言いたくなるような髪飾りまで持ってさっとウルラートを取り囲む。

 「え、ちょ、服引っ張らないで……ちょぉぉぉぉ!?」

 そして慣れた手つきでさっさとウルラートの服をはぎ取り、持っていた服を合わせては着せて脱がせ、はぎ取ってはまた着せてとせわしなく手を動かす侍女たち。その間、当のウルラートはと言えば、最初に悲鳴を上げたきり、魂が抜けたような遠い目で着せ替え人形を演じていた。

 そして、ようやく満足げなやりきった表情で侍女たちが下がると、最初の神官と老騎士が部屋に入ってきて、うんうんと納得したように頷く。

「これなら王の前でもなんとか体裁は取り繕えるでしょう」

「嫌味か?嫌味なのか、それ……」

 嫌味なのか、思ったことをそのまま悪意なく言っているのかの判断がつかず、神官の言葉に怒るより先に首を傾げてしまうウルラート。

「何でもいいが、勇者殿。なぜ剣を後生大事に抱きかかえているのだ?」

 老騎士が、勇者の剣を抱きかかえる、というより、剣にしがみついているという表現の方が正しい気もするウルラートにそう問いかけると、ウルラートは緊張した面持ちでカッと目を見開く。

「お、落としたりしたら飾りが折れたり宝石が取れたりしそうだからです!」

「そんなことでいちいち壊れてたら魔族と戦えませんけどね」

 ウルラートの返答に、神官は呆れたようなため息をつき、老騎士は反応に困るように目を泳がせた。

「き、気持ちの問題……!」

 確かに!と納得しつつも、それでも万一を考えるととてもじゃないが床や机に直接置くのは躊躇われる。

「まぁ、それで勇者殿が落ち着くのなら構わんが……」

「それより、王がお待ちです。あまりお待たせしては悪いですし、早く行きましょう」

 神官は相変わらず空気を読まずにゴーイングマイウェイに話を進めていく。そして足も進めていく。その先は、国王が座する王の間。

「え、もう!?」

「善は急げと言いますし、勇者様、行きますよ」

「はぁ……とにかく、勇者殿。そう固くならずとも良い、堂々としていればいいのだ」

 休憩を求めるウルラートの視線を受け、神官を見て……老騎士はウルラートを励ますようにそう言った。

「ど……堂々と……」

(無理無理無理!盗賊とかと殴り合ってる方がマシだって!)

 すがるようなウルラートの怯えた視線は端から見ていない神官とスッと目をそらした老騎士によってなかったものとされたのだった。

(お、俺、いろんな意味でやっていけるのか、これ……!)

 膨らむばかりの不安を胸に、勇者ウルラートは王の間へと歩を進めるのだった。


「陛下がお見えになられます。しばしお待ちを」

 王の側近らしき鋼の鎧を纏った騎士が玉座の傍らから声を響かせる。

 待つこと数分。ようやく騎士が護る扉が開き、そこから遠目にしか見たことのなかった王が姿を現した。

「そなたが剣の選定した勇者か」

(そなた!?)

 呼ばれたことのない呼び名にさらに動揺して出ない声の代わりにこくこくと頷くウルラート。理解はできないが、とりあえず自分が勇者に選ばれたことだけはようやく把握したようだ。

「勇者、名は?」

「う、ウルラート……グランツ……です」

 緊張で乾ききった喉からかすれない様に出した声は、しかしかすれていた。

「そうか。では勇者ウルラートよ、よくぞ選定を成してくれた。したがってそなたには、魔王討伐の任を負ってもらうことになる」

 王の話を引き継いで、側近騎士が口を開いた。

「魔王討伐の任にあたり、貴公にはこの王宮にてこれから暮らしてもらい、ここでの戦闘訓練を受けてもらう。そして18になったあかつきには響鳴ノ祝を執り行い、そののちに任に着くことになる。弱いまま送り出してせっかくの勇者を失うわけにはいかないからだ」

 その理屈はよく分かる、むしろ、今すぐ行けと言われなくて良かった、と心底安堵した。もう、呼び方が貴公とかいうこれまた聞きなれない呼び方だったことに突っ込む余裕もない。腕っぷしが強くても魔王にいきなり突っ込むのはただの自殺。しかも今は魔王が人間を滅ぼそうとしているのだ。冗談ではない。

 その後、長ったらしい、といえば失礼だろうが、王からのありがたい直々の激励を頂いてその場はお開きとなった。

 そこでようやく、ウルラートは後生大事に抱えていた剣を側近騎士に示す。

「あ、あの、この剣は…」

「?それは貴公の物だ。勇者の剣なのだから」

 当たり前のように側近騎士は、何を言ってるんだ?と言わんばかりの顔でウルラートを見つめてそう返す。

「え?」

「え?」

 お互いにお互いの反応、言葉が理解できなかったようで、しばしの沈黙が訪れる。

「……あ、あの、俺…素手で戦うスタイルなんですけど……」

 だから剣は必要ない、とウルラートは訴えた。だが。

「ふむ、そうか……ならば剣術の訓練も重点的に行おう。勇者の剣はそれを振るうこともまた勇者の仕事だからな」

 剣を振るう事そのものが義務だったらしく、ウルラートはまた勇者の剣を後生大事に抱える羽目になった。




 こうして勇者に選ばれて2年。ウルラートはようやく響鳴ノ祝を執り行う年になり、そして明日には響魔を呼び出すことが決まっている。

ここでの最後の訓練が終わり、当時より近衛騎士長でもあった老騎士ヴィテスと向かい合っていた。

「大分剣の扱いにも慣れたな。体つきもすっかり戦士として完成した」

 感慨深げに言うヴィテスに、ウルラートは苦笑いを浮かべる。

「そりゃ、2年もここでしごかれりゃなぁ。でも剣じゃとうとうあんたから一本も取れなかった」

 あの時後生大事に抱え込んでいた勇者の剣は今では無造作にウルラートの腰にぶら下げられている。

「その代わり、体術ではほぼ互角にやりあえていただろう。上等だ」

「あんたが勇者でもよかったんじゃないか?」

 冗談めかして歴戦の猛者に問いかけると、ヴィテスは首を振った。

「俺がお前と同じ歳であったなら、今お前には勝てなかったろうよ。お前の成長は目を見張るものがあった。きっとそういうことだ」

 未だに選定の理由は分からない。だが、せめて鍛えてもらった分の期待には応えようとウルラートは己に誓う。

「しかし、なんだな」

 感慨深げだったヴィテスが面白そうにウルラートを見る。

「緊張と混乱で狼狽えまくってたガキがふてぶてしくなりやがって」

「言わないでくれ、思い出したくない」

 目を泳がせるウルラート。16の子供とはいえ、そこそこガタイのある男が剣にしがみつくように歩いていたのだ。本人は落とさない様に、傷つけないように必死だったのだが。今思うとなかなかに恥ずかしい絵面であると自覚している。

「なぁ、あの時のガキが、こんなに化けるとは思わなかった」

 その目は、成長した息子を見る父親に似て、どこか気恥ずかしさを覚えた。

「ウル、がんばれよ。お前は俺達人間の希望だ。どんな魔族が響魔として来ても、お前ならやっていける」

 もうここでの訓練は終わりだと、教えることはもうないと言われているようで、誇らしさと喜び、そして寂寥感(せきりょうかん)が胸をよぎる。

「……あぁ。あんたに鍛えられたんだ、どこでだってやっていけるさ。任せろ」

 勇者になることに困惑しておどおどとしていたあの時の少年はもういない。ここにいるのは、勇者であることに誇りを抱いた、戦士となった青年だった。


 そして翌日。ウルラートが響鳴ノ祝を執り行う日が、旅立つ準備が整う日が来た。

「ウル」

 呼びに来たヴィテスに、きっちりと騎士に準じた正装である甲冑で対応し、2年を過ごした部屋を出る。

 平静を装ったウルラートは、歩き出したヴィテスの半歩後ろを歩く。平時なら隣に並ぶところだが、実力もあり経験も豊富なこの騎士長を目上と敬う程度には尊敬の念を抱いているウルラートとしては、公務の最中にそれは自重すべきと考えていた。

 平静を装った、というのも、この勇者、昨夜ほとんど寝ていない。魔王討伐にとうとう出発するのにのんきに寝れるわけない、と言いたいところだが、理由はもっと単純。契約する響魔に思いを馳せて、ワクワクして眠れなかっただけである。ガキか。

(どんな奴が応えてくれるかなぁ……一緒に戦ってくれる頼もしい相棒もいいけど、フワモコな癒しもいい……獣型とかのかっこいい奴もいいなぁ……あ、でも、応えてくれなかったらどうしよう、いたたまれない……)

 夜が明けても考えることは変わらないようだ。ガキである。

 ソワソワするウルラートにヴィテスは苦笑を浮かべて歩調を速め、やがて響魔召喚のために造られた別塔に着いた。

 勇者の剣が祀られていた部屋のような豪奢な造りではないが、広くて天井も高く、そして頑強な作りになっていた。恐らく、凶暴なモノや大きすぎるモノへの配慮であろう。

 冷たい大理石が敷き詰められた重厚な床に巨大な魔法陣が中央に描かれ、神官たちが準備に確認にと追われている。

「ウルラート様」

 作業の指示を出していた当時の神官、そして今は上級神官となったエレオスが、扉門をくぐって現れたウルラートに気付いてさっと歩み寄り、頭を下げる。

「様はやめてくれって言ってんのに、とうとう2年間やめてくんなかったなぁ、エレオス神官。あんただけだぜ?」

「勇者であるあなたを、他にどう呼べとおっしゃるのです?」

 変わらない表情で首を傾げるエレオス。皮肉でも距離を作っているのでもなく、これが彼の素である。

「そんな困ったように言うなよ、そこ曲げないのはもう分かってるからさ」

 それが2年の付き合いで分かっているウルラートも肩をすくめるだけで軽く流す。

「ウルラート様、もうしばしお待ちを。今陣の最終調整をしているところですので」

「そっか。分かった、手間かけるな」

 ねぎらいに、ほんのわずかに口角を上げ、エレオスは一礼ののちに指示に戻っていく。

「残念だったな、ウル。もう少しお楽しみはお預けだとさ」

 作業の邪魔にならないよう端の方に移動して、何とはなしに神官たちを眺めて平静を装う裏でちょっとばかりがっかりしたウルラートの心の内を見透かしたようにヴィテスがからかって笑う。

「べ、別に残念じゃねぇよ、響魔は逃げねーし!」

 それが恥ずかしくて、ウルラートはヴィテスから顔を背けた。

「はっはっはっ、そうむくれるな。昔の俺も響魔と契約するのは楽しみだったから、はやる気持ちも分かる」

「あんたの響魔、強いよな…俺の響魔はどんな奴なんだろうなぁ」

 取り繕おうとしたのも忘れて、わくわくと目を輝かせる。

「ヴィーゼか?そりゃな、あいつは強いぞ」

 響魔を褒められてヴィテスもまんざらでもないようだが、その時のそりとヴィテスの影が盛り上がる。

「起こしちまったみたいだな。悪いな、昼寝中に」

 しゃがんで、盛り上がった影にウルラートが話しかけると、影が獣の頭の形になった。ヴィテスの影に潜む響魔、ヴィーゼの頭である。

そのままヴィーゼは影の中からウルラートに目を合わせ、また影の中で目を閉じた。

「ヴィーゼもお前の成長が嬉しいのさ。俺と一緒にお前を見てきたからな。頑張れだとよ」

 ぐっと唇を噛みしめ、ウルラートは立ち上がる。そして、ヴィテスとまっすぐ目を合わせた。

「ヴィテス騎士長、ヴィーゼ……2年間、ご指導、ありがとうございました。必ず……必ず、魔王討伐の任を果たしてくる。あんたたちが鍛えてくれたことに恥じない様に」

 必ず、とウルラートはヴィテスとヴィーゼに見届けられて自分に誓う。それに、ヴィテスはただ頷いて応えた。

「ウルラート様、お待たせしました。準備が整いましたので、こちらへ」

 エレオスが、響鳴ノ祝の準備ができたとウルラートを呼びに来る。

「行ってこい、ウル」

 ヴィテスにそう背中を押され、ウルラートは冷たい床に描かれた形を持たない熱を感じさせる魔法陣に踏み出した。

 魔法陣に足を踏み入れた瞬間、陣はカッと白い光を放って結界を作り出す。結界が張られていることを確認したエレオスが片手を上げて神官たちに退室の合図を出した。響鳴ノ祝に立ち会えるのは騎士長と上級神官のみ。神聖な儀式に雑多な者を配置することはできないと決まっているからである。

 万が一、響魔と成り得なかった魔族が暴れだした時の安全対策として召喚塔の外には国家騎士兵団と神官たちが待機しているが、中の様子は知ることはできない仕組みとなっている。当然、その理由から王族の立ち合いもない。

 完全に3人だけとなった空間で、勇者ウルラートは魔法陣に向かって魔力を流し込み、そして呼びかける。

 ともに戦う者を、仲間を、国を守る力を望むのだと、一心に語りかけ、響鳴する魔族を求めてひたすらに(こいねが)った。

 やがてその願いはキンッという涼やかな、契約者同士にしか聞こえない音を立てて金色の光を生み出す。

「………来る…!」

 金色の光の糸に導かれ、何か強大なものが近づいてくる。その圧倒的な気配にヴィテスとエレオスの響魔がさっと姿を現し、契約者たちの前に出た。

 ウルラートの姿が一瞬光に飲まれ、結界の中を灰色の風が荒れ狂う。

「……は?」

 という声が聞こえたような気がしたが風に飲まれて消えたその音は誰の耳にも届くことなく、やがて灰色の風が魔法陣の中央に収束し始める。

 徐々に晴れていく灰色の風の中でまず目に入ったのは、それになびく輝かんばかりのプラチナブロンド。次いで金色の雄々しくねじれた角。

「お…おお……!?」

 期待に胸を膨らませて、だんだんと姿を現す相棒に輝く瞳を釘づけにするウルラート。うっすらと見え始めた上半身のシルエットで、人型の魔族であると確信する。人型の魔族は、並み居る魔族の中でも特に強い力を持つ者だという。これはかなり期待できる……!

 だがしかし。

「え?は?」

 とうとう全容を現した魔族。それはいい。戸惑うような声もまぁ許容しよう、いきなり召喚されたわけであるし。しかし、そのポーズはダメだろう。

「……なんで空気椅子なんだよ!!?」

 全力で突っ込んだ勇者悪くない。現れた人型魔族のポーズ。それは空気椅子である。しかも、今まで何かを書いていたかのような大変良い姿勢に、手にはペンと判子が握られており、手元から数枚の紙切れがはらはらと落ちていく。思わずその場にいた者が人間響魔関係なく浮かべた表情を一言で表すなら、チベットスナギツネである。

 ちなみにこのあたりには当然ながらいない。

「うぉっ!?」

 周りを気にする間もなく、召喚された人型魔族はどこか間抜けな表情のまま重力という法則に従って体制を崩した。思いっきり盛大な尻もちをついたのである。

「いっててて……なんなんだ、いきなり…」

 したたかに打ち付けた尻をさすりながら、人型魔族は立ち上がり……ウルラートと目が合ってピシリと固まった。そのまま視線が室内を巡り、納得したように一つ頷く。そして。

「…………ふ、フハハハハ!我を呼び出すとはなかなかやるではないか!」

 バサァッと着ていた黒いマントを翻し、人型魔族は尊大に言い放つが、その耳は羞恥に真っ赤になっている。どうやら登場シーンをやり直したいらしいが、現実とは非情なものである。そして、人型魔族の手には相変わらずペンと判子が握られていたことを追記しておく。

「………えーと……俺があんたを響鳴ノ祝で呼び出した契約者、ウルラート・グランツだ。まずはあんたの名を教えてくれ」

 いたたまれない人型魔族がさすがに可哀想になったのか、ウルラートが気を取り直して名を聞く。

「ふむ、名か……我に名など無い。そんなものは必要ないからな」

 相変わらずの尊大な態度で、名前を持つ必要性がないことを話す人型魔族に、ウルラートは悟ったような表情になった。

「………名前を呼ばれない……ボッチか」

「違う!!我はボッチなどではない!!」

 なんだか可哀想になって生暖かい視線を送るウルラートに即座に反論する人型魔族。というか、ボッチという単語が分かるのか。

「じゃあお前、なんて呼ばれてたんだよ、おい、とか、そこのお前、とかか?」

 ウルラートの二人称があんたからお前に変わってしまっているが、そんなことは気にならない様子で人型魔族は不敵な笑みをこぼす。

「呼ばれ方か……普段は魔王様、と呼ばれているな………あ、我こそは魔の王にして頂点、魔王である!人間よ、我を召喚したこと、誇るがいい!」

 さらりととんでもない発言を素でした後、「あ」と思い出したように名乗りを上げる人型魔族―魔王―。ご丁寧に両腕を広げてそれっぽく言っているが、あえてもう一度言おう。相変わらず両手に握られているのはペンと判子である。迫力も威厳もあったものではない。

「…………………………ヴィテス、エレオス……俺、鍛錬のし過ぎと寝不足で疲れてるわ」

 空気椅子で現れて尻もちをつき、ペンと判子を手に名乗りを上げる、魔王。なかなかに酷い字面であるが、残念なことに実際に今目の前で尊大な態度をとっている者の正体である。

 できることなら嘘と断じたいが、響鳴ノ祝における名乗りでは嘘はつけない。そういう誓約が成る空間としても結界が外界と遮断しているのだから。つまり、この男は紛れもなく魔王なのである。

 魔王を響魔、つまりパートナーとして呼んでしまったことに動揺すべきか、それとも息巻いて全力で倒すのだと鍛錬してきた相手がコレなのだという事に動揺すればいいのか。とりあえずウルラートは現実逃避を選択してみたようだ。

「ウル、寝不足はともかく、鍛錬の量はきちんと考えてある。し過ぎという事はない」

「というかウルラート様、眠れなかったんですか?旅行前の子供じゃあるまいし」

 立ち合いの二人も現実逃避を決め込んでいる。魔王に敵意や害意がなかったせいで完全に毒気を抜かれている。それでいいのか、騎士長と上級神官と勇者。

ここで、深呼吸を一つ。

「と、とにかく!倒すべき相手が来てくれたのなら好都合!」

 無理矢理気味に我に返ったウルラートが勇者の剣に手をかける。それに合わせてヴィテスとエレオス、響魔たちが臨戦態勢に入る。

「ほう………その剣といい、そのセリフといい、貴様が選ばれた勇者か」

 紅い瞳を煌かせ、どこか満足げな表情で魔王がさらに言葉をつなぐ。

「うむ、勇者ともなれば我の契約者に相応しいな。いいだろう、契約は成立だ!これで書類からしばらく解放される!!休暇だ!!!」

「「「はぁぁ!?」」」

 判子を握りしめた拳を突き上げて顔を輝かせる魔王。ものすごく戦いにくい。

「しばらくは本も書類も読むものか!字なんぞ書かんぞ!」

 一人でひゃっほう!と言わんばかりに盛り上がり始める魔王(装備:ペン&判子)。しかもその場にその数少ない装備を放り捨てた。

「ちょ、ちょっと待て!?お前は人間を滅ぼそうとしてるんじゃないのか!?」

 焦ってウルラートが叫ぶと、魔王はウルラートに視線を戻してきょとんと首を傾げた。

「何故我が今更そんなことをせねばならぬのだ?形は歪であっても、これまでそれなりにうまくやってきたと思っているが」

 本気の疑問で返され、ウルラートたちは返答に窮する。魔王の言う通りなのだ。小さないざこざはあったものの、大きな戦争に発展したことなど無いし、貿易まがいの事もしている。いきなり牙をむかれる覚えなど無い。

「だ、だって、数年前から急に魔族が凶暴化して、街や村がいくつも壊滅してるんだぞ!?」

「………なんだと?」

 浮かれていた声が一変し、底冷えするような声音が魔王の口から漏れる。その声だけで、その場の空気がビリビリとした緊張を帯びるようだった。

「お前が命じてるんだろ!?」

「知らん。それに、そんな報告は上がってこなかった……どうなっている……」

 険しい顔で虚空を睨んで考え込む魔王。嘘をついているようには見えないその様子に、ウルラートたちは困惑して顔を見合わせる。それが本当なら、魔王すらもあずかり知れぬところで何かが起きているという事になる。

「おい、そこの神官。結界を解け。契約者であるウルラートを傷つけるような真似はせん。貴様らにも何もしない。疑うのなら響鳴ノ絲に誓ってやってもいい」

 響鳴ノ絲への誓い。響鳴ノ祝の際に契約者と響魔を結んだ金色の糸の事である。これに懸けた誓いを破れば糸は切れ、誓った者の命を奪う。そのことを魔王たるものが知らないはずがない、つまり文字通り命を懸けた誓いである。

「……エレオス、結界と陣の術式を解いてくれ」

 しばしの逡巡ののち、ウルラートは意を決してエレオスにそう頼んだ。

「しかし、相手は魔王。(いと)の誓いも無効にする(すべ)を持っているかも……」

「俺の呼びかけに応えたんだ、俺はこいつを信用する」

 控えめに反論するエレオスにウルラートはそう笑って見せる。このままここにいてもらちが明かないのも事実で、エレオスはしぶしぶながらも術式を解除した。

「うむ、信用には礼をもって返さねばな」

 魔王が嬉しそうに言う傍で、エレオスが相変わらずの無表情で肩をすくめる。

「まぁ、いくらいい言葉を取り繕っても、装備は相変わらずペンと判子なのは変わりませんがね」

「やめろ言うな!!」

 一瞬戻ってきた魔王の威厳は本当に一瞬で消えてしまったようだ。

「…………警戒するのがバカバカしくなってくるな」

 遠い目でため息をつくヴィテスをウルラートがとりなす。

「ま、まぁまぁ……魔王が事の次第を知らないんじゃ、魔王討伐の旅にかこつけて原因を探さなきゃな。あー、それと、魔王って呼ぶわけにもいかねぇし、呼び名を考えないとなぁ……」

 魔王の呼び名がないことに今更ながら気づいたウルラートが難しい顔で腕を組む。

「うむ。なればウルラートよ、貴様に我が名を考える栄誉をくれてやろう」

 相変わらず偉そうな言葉を重ねる辺り、割と図太いのかもしれないなとどうでもいいことを考えつつ、ウルラートは呆れた顔を魔王に向ける。

「栄誉なのか?それ……単に呼び名がないと困るってだけなんだが」

「つべこべ言わずに考えろ!」

 首を傾げられるとは思っていなかったようで、魔王がむっとした顔でウルラートをせかす。

「えー……んー……」

 ない頭を一生懸命にひねって唸りながら魔王の呼び名を考えるウルラート。

「…………」

 そんなウルラートを、むっとした顔を取り繕いながらも期待するような目で見つめる魔王。

(平和だなぁ……)

 ヴィテスとエレオスが現実逃避したのは言うまでもないことである。

「お前の目、紅いよな…確か、勝利の意味を持つ石が紅かったな……よし、お前、グラナートな。俺と一緒に戦ってもらうんだ、俺の勝利の象徴になれ。お前が俺に勝利を持ってこい」

 じっと魔王を観察していたウルラートの口がようやく動き、相棒の名前を紡ぐ。

「ふむ、勝利の石、グラナートか……よかろう。貴様に勝利をくれてやる。ついでに貴様にはグルナと呼ぶことを許してやろう。我が貴様に勝利をもたらす代わりに、貴様も我に勝利をもたらすがいい」

 その名と由来に満足げな笑みを浮かべて魔王…グラナートはそれを受け入れ、相互となる条件をウルラートに突きつける。

 もちろん、それに対してウルラートに否やはない。

「よし。改めて契約成立だ。よろしくな、グルナ」

 ウルラートが笑顔で差し出す手を、グラナートの手が握る。

「あぁ。よろしく頼む、ウル」

「おい、勝手に略すな」

 いきなり呼ばれた略称に文句をつけながら、握った手を放した。

「ウルラートでは長い。面倒だ」

 遠慮も何もない言葉に苦笑するしかないウルラートは、それでもあっさり了承する。

「お前なぁ……まぁ、いいけど……」




 こうして、今代の勇者と魔王は出会った。

 彼らの望みを叶えるために。


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