10話
やっと一話書く気になった……ほんとこの三日坊主よくない……困ったものです……(´・ω・`)
「グエラ……いや、グラナート。君は相変わらず、顔に出すぎだよ。もう少し隠さないと。君は魔王なんだから」
別れる直前にマモンから釘を差され、ため息をつきながらグラナートは宿に戻ってきた。
宿には、誰もいない。
「街に出たか。少しはピスティの当たりが柔らかくなればいいんだが」
宿の部屋から傍の通りを見下ろす。
気づいた、子供らしい魔族たちがにこにこと手を振るのが見え、手を振り返す。
「守らないといけないものが多すぎるよな……俺が選んだこととはいえ」
魔王だと意地を張った喋り方とは別の、ただの独り言。
「昔は楽だったのになぁ……」
陣取ったベッドに倒れ込んでもだもだと転がるグラナートの傍らに、ピンクの煙がポフンッと軽い音を立てて弾けた。
「魔王様、ご報告です」
「………どうした、シェルム」
5秒ほどたっぷりと名残惜しげにゴロゴロしてから起き上がる魔王を気にする様子もなく、シェルムが報告を開始する。
「先日の件、経過報告です。あの辺りに羽ばたく音を出す魔獣や魔物の生息は確認できませんでした。また、青い炎を使うものも発見できておらず、また目撃談もきけませんでした。はぐれか、なんらかの意図を持った集団により見間違えたか、あるいは……魔王様の推察で正解かと」
はっちゃけた元気さは鳴りを潜め、ただ淡々とシェルムが報告していく。
「………あの青い炎を使える魔族はいない」
「わかっています。しかし、見間違いや幻覚の線も疑ってかかるべきかと。それに、ただの青い炎なら使える者もいます」
「見間違い……赤い炎を青にか?それに、子供が炎を見て冷たいと評するんだぞ」
「それは……ですので、幻覚の可能性も考慮しております」
シェルムも分かっているようで、それ以上は口を閉ざして俯く。
「いい。すまんな。引き続き調べてくれ。もし青い炎を使うものを見つけたら報告を最優先、戦闘は避けるようにと配下に伝えろ。たとえただの幻覚の疑いがあったとしてもだ」
「………はい。ですが、私なら」
「だめだ。戦闘は許さん」
頑なに首を縦に振らない魔王に、ただ秘書は頭を垂れる。
「分かりました。戦闘はしません。ただ、青い炎の使い手を発見した場合、魔王様が動く前に私が確認いたします。アレかどうかを確認せねばならないのであれば、それは魔王様ではなく私達がやるべきです」
「だめだ」
「だめです」
さらに拒絶を重ねる魔王の言葉を間髪入れずにシェルムがさらに拒絶した。
「人間に、彼らにできるだけ知られたくないのは我々の、私達の総意だったはずです。魔王様が動くことはお控えください」
「だが……」
「魔王様、そういえばお渡しした書類、このまま持っていきますね!ちゃんと終わってます?次もありますからね!」
これ以上は聞かないと言わんばかりの勢いでシェルムがいつものテンションを取り戻した。グラナートも諦めたように息をついて、まとめてある書類が積み重なった箱を指で示した。
「しばらく書類は見たくないんだが」
「旅行しながら旅先でお仕事なんて、なんかエリートっぽくていいですね!さすが魔王様!」
「いや、魔王にエリートもなにも……」
「じゃ、書類もらっていきますねー」
箱を大事に両手で持って、またポフンとピンクの煙の中に消えたシェルムを見送って、またグラナートはため息をつく。
「どうにもあのテンションには勝てんな……」
困ったように呟いて、またゴロゴロタイムに入る魔王。難しい考え事はとりあえず後回しにすることにした。
ウルラートとピスティがエキセタムに連れられて戻ってくると、ドアを開けた瞬間にベッドの上でうごめく影に一瞬警戒する。
もちろん、そこから起き上がったのはグラナートである。
「…………お前さ……ご立派な魔王なんだろ?何してんだ」
「ご立派な魔王だってベッドは大好きだぞ」
いっそ清々しいほど開き直ってグラナートが胸を張るが、ウルラート的にはこの魔王のイメージの崩壊をそろそろ止めてほしい。ピスティへの無害アピールにはいいかもしれないが。
「で、街はどうだった?」
一瞬言葉を飲み込んだウルラートより先にグラナートがそう問いかける。
「……いい街だったよ。活気もあってにぎやかだし、人間も魔族も仲良くしてるみたいだし」
「そうか」
微妙な顔をしているピスティに苦笑しつつ、グラナートが満足げにエキセタムを見る。
「さすがはマモンの街だな」
「当然だよ!もっとたくさんの人に住んでもらえるように頑張るからね!」
鼻を膨らませて自慢気に胸を張るエキセタムは、本当にただの子供にしか見えない。強欲のマモンを身のうちに飼おうとしているなど、言われなくては分からないほどに。
「ところで、魔王たちは何日くらいここにいる?次のとこにも行くんでしょ?」
「そうだな……出来るだけ急ぎたいところだし、マモンとの話もついている。体を休めて準備を整えたらすぐに出たいが、どうだ?」
グラナートがウルラートとピスティを見ると、ウルラートは頷きで返し、ピスティは特に反応しない。
「今度相談して地図作ったほうがいいかなぁ。必要なかったから作ってないんだよね、作っとけば渡せたのに」
「いい。それに地図なんか万一にも出回ったらせっかく街を隠している意味もない」
まぁそうだね、と納得してエキセタムは頷く。
「とりあえずご飯とお風呂はしっかり準備させとくから、ゆっくりしていってね!他の七魔領よりいい宿準備してるつもりだからさ!」
じゃあね!と元気に手を振ってエキセタムは帰っていった。
「………あれ、お前が抱えてた書類箱は?」
「あぁ、さっきシェルムが来てな、持っていった。次がそのうち来るらしい」
「大変だな」
書類と聞いてしょぼくれる魔王の肩をたたいてとりあえず励ましてみる。ため息が返ってきた。
「で、マモンとの話って何だったんです?まさかまた話せないとか言いませんよね?」
沈黙していたピスティがグラナートを睨む。
「そう睨むな、眉間のシワが消えなくなるぞ」
「余計なお世話です」
最初のオドオドした態度は何だったんだと頭を抱えたくなるウルラートだったが、確かに話の内容は気になるため、口は挟まない。
「マモンとは……昔の話をしていただけだ。久方ぶりだったからな」
わずかに間があいたものの、サラリとそう告げる。
「それだけ?本当に?」
「本当だ。それと、お前たちにも言ったことだが、先の件、確証が持てたらもしかしたら協力を頼むかもしれんとな」
「協力って……七魔に協力を仰いで信用できるのですか?とてもそうは思えませんが」
「マモンの街を見てもか?」
グラナートの返しに、いつも通り強気で否定していたピスティが言葉に詰まる。
「同じだ。七魔も魔族も人間も。お前たちがなんと言おうと、同じ生きているものだ。脅威の可能性があるなら協力の道を敷くのが一番いい。それを敷くのが魔王である俺の役目だ」
ぐっと詰まったままのピスティは、踵を返して自分にあてがわれた個室に向かった。
「それを敷くの、勇者の俺の役目でもあるんじゃねぇ?」
「そうだなぁ……お前には道よりも橋を作ってもらいたいところだ。人間と魔族の」
「なるほど。大役だな」
あっさりと笑うウルラートに、グラナートは期待しているぞと笑い返した。
「その大役、ちゃんと背負ってやるから、お前が話せると思ったら全部話せよ」
「分かっている。必要以上に隠す気はない。知らないで済むなら知らないほうがいいことだというだけのこと」
「ならいい。あぁ、そうだ。今度剣教えてくれよ。こないだの手合わせでお前が強いのはよく分かったから。剣はまだまだなんだ、俺」
目を泳がせるウルラートに、当然のようにグラナートは頷く。
「ほう、向上心があるのはいいことだな。いいぞ、またいつでも手合わせしよう。基礎はできているんだ、あとは経験を積めばいい。その中でお前の剣筋がお前に馴染むよう慣らす」
剣士として上のグラナートから、ヴィテスを始めとした騎士たちに教わった基礎はできていると言われたことは素直に喜ばしい。伸びしろがあることも。
「あぁ、頼む」
「使える魔術は身体強化だけと言ったか、それももう少し精度を上げたほうがいいだろう。この間のを見る限り、まだ剣を自分の手足のように、とまでは行かないようだからな」
しっかり見抜かれていたことに、むぅ…と息を漏らすウルラート。やはり、剣の腕が上だと認識していても、倒すべきとされてきた魔王にあっさりと指摘されるのは面白くはない。
「急ぐ必要があるかもしれんが、焦ることはない。だいたい、この俺がこの域に達するまでどれだけ時間をかけたと思っているんだ」
「お前には時間があったかもしれないけど、これからは悠長に時間取ってる余裕ないかもしれないだろ。焦りもするよ」
「焦っては足元がおろそかになるだけだ」
ド正論を返されてウルラートは口を閉ざした。
「そうは言うけど……何も知らないままで焦るなっていうのはちょっと無理があるぞ」
少しばかり当てつけがましい言い方になったことを自覚しつつ、ウルラートがそう言い返すと、またグラナートは難しい顔になる。
「それもそうだな。早いところ、俺の予想が外れていたとはっきりしてくれればいいんだが」
「その予想がなにか知らないけど、そんなにマズいことを想定してるのかよ」
沈黙。それは肯定と同義だとウルラートもグラナートも知っている。
その上で、グラナートは口を閉ざした。
「この状況下で、余計な混乱はしたくないだろう。だからもうしばらく我慢してくれ」
「………はいはい。分かりましたよ。良かったな、俺が聞き分けよくて」
「本当にな。さて、風呂にでも行くか。裸の付き合いというやつだ、行くだろう?ウルよ」
「裸の付き合いって……野郎との風呂はそろそろ飽きたんだけどなぁ」
「そう言うな。それともピスティと行くか?混浴もエキセタムに言えば準備してもらえるぞ」
「お前……そんなの冗談でもピスティに聞かれてみろ。この先ずっと針のむしろだぞ」
「ふむ……それは困るな、やめたほうがいいぞ、ウル」
「言い出したのお前だけどな?」
やいのやいのと言い合いをして、二人は風呂に向かうことにした。
賑やかしい物音が遠ざかるのを自分の部屋で一人聞きながら、ピスティはずっと口を閉ざしている。
ペルルが心配するように傍に控えているのを気づかないふりをして、魔族は、魔物は悪なのだと神の教えを胸の内で繰り返す。
(本当に……?)
この街は、豊かだ。人間領の王都より雑然とした印象で、お綺麗に整備された街ではない。売られているものも高価そうなものはそうなかった。
それでも、豊かだと感じられた。
人間も魔族もどこでも自然な笑顔ばかりで、固い笑顔も媚びるような笑顔もなく、普通の会話をして普通に笑っていた。
それが本当に、あってはならない姿なのだろうか。神の望まざることなのだろうか。
(………いいえ、魔族は神に望まれざる存在。例え良好な関係を一部で築いていたとしても、それが免罪符にはならないはず)
パートナーと結ばれて子供を慈しみ育んだマンティコアも、この街も、強欲のマモンも。
きっときっと、正しからざるもので、神の望まざるもののはずだ。
だって、そう信じてきたのだ。ずっとそう信じて、神に祈って生きてきた。
神官の端くれである自分が、それを疑ってはいけない。受け入れてはいけない。
人間こそ、神に愛された存在のはずなのだから。それが神の教え。神の意志。
「魔王なんて、信用できない。七魔なんて信用できない。なのに、なぜウルラート様は魔王の言葉を信じることができるのか……理解できません」
言い切って立ち上がり、ピスティも入浴の準備を始めた。
その背中を、ペルルは悲しげにじっと見つめる。
(純粋なピスティ。あなたの葛藤を私に分けてほしいと思っているのに、私は魔族だから、私の言葉はきっとまだあなたに届かない)
でも、いつかきっと。
白い蛇は小さな翼をパタつかせて、ピスティの影にそっと潜った。
「じゃあ今日は物資調達ってことで、食料とか出来るだけ買っとこう。ピスティはどうする?ここなら一人で動くのもいいし、俺たちと一緒でも構わないけど」
朝食を取りながら、顔を合わせて予定を打ち合わせていた中、ウルラートの意見にピスティが首を傾げる。
「ウルラート様が魔王と一緒に動くのは確定ですか?」
「そうだぞ、俺だって一人で買い物とかしたい」
ピスティの疑問に乗っかってグラナートも抗議の声を上げるが、ウルラートはそれを鼻で笑い飛ばした。
「ハッ。お前目を離したらまた変なツボとか買わされそうになったり試食荒らしした挙げ句に商品持ってこようとするだろうが。お前の個別行動は当然却下だ」
ピスティがありえないようなものを見る目でグラナートを見る。
「変なツボって……怪しすぎて逆に騙される人がいないからって放置されてるあのツボ売のツボ……?あれを買わされそうになったんですか……?」
「え……あれって黙認されてたのか……?」
「はい……最初は対処しようとしていたみたいですが、あまりにも騙される人がいないために放っとかれてるツボ売がいますね」
買おうとする人いたんだ……と珍獣でも見るような目でピスティはグラナートを見る。いっそやべーやつを見る目の方がなんぼがマシな気がしてくる視線だった。
「か、買えば幸運になれるなど、素晴らしい発明だと思ったのだ……人間の成長は素晴らしいものがあるから、きっとそのひとつなのだろうと………」
どんどん弱くなっていく言葉尻に、ウルラートとピスティは頭を抱えた。ついでに、ペルルもピスティの影の中で、あちゃー、という顔をしていた。
「だが、もう騙されんぞ!安心するがいい、シェルムから説教もされたしな!」
「胸張って元気に言うことではないです」
「というわけで、グルナは絶対に個別行動は駄目だ」
結論が出たところで、グラナートはがっくりと肩を落として楽しいお買い物タイムを諦めた。
「とりあえず、保存が効く食料を……何日分だ?」
「そうだな……次はルクスリアのところが近いか。そうなると……歩きで5日というところか。だがその次が長いぞ。まぁルクスリアは食事情は豊かだ、とりあえずはその5日分を賄えばいいだろう」
少し考えてグラナートがそう結論づけると、ウルラートが首を傾げる。
「ルクスリアって、つまりここで言うところのアパリシアってことだろ?治めてるのは?」
「アスモデウスだ」
グラナートの答えにピスティが口の中で悲鳴を上げた。
「し、色欲…!汚らわしい!はしたない!絶対に反対です!そこは飛ばしましょう!」
「え…ちょ、落ち着けよ、ピスティ。そんなこと言ったって、必要なんだからさ」
「本当に必要なのか疑わしい……!どんな領なのか簡単に想像がつくというもの!行く必要などありません!」
全力で反対を唱えるピスティを困ったように宥めるウルラートをグラナートは他人事のように見つめる。
「なら、ここに残るか?ルクスリアのところに行きたくないならここにいればいい。アパリシアがお前の身の安全は保証するだろう。どうしても七魔全てに会わねばならん」
ぐっとピスティが口を閉じる。
「………いいえ、私はウルラート様の旅の共をするためにここにいます。そういうわけにはいきません」
「ウル。決まりだ。次はルクスリア。こことは違う意味で、とても豊かなところだ」
「そう、なのか?まぁ色欲の悪魔ってことは……あー……」
少しバツの悪そうな顔でウルラートが目を泳がせる。
「意外とウブな反応をする。神官で女であるピスティはともかく、お前もか。少しくらい遊んでもらったらどうだ」
「魔王!ウルラート様になんてことを!」
面白そうに焚き付けるグラナートをピスティがにらみつける。
「そう怒るな。冗談だ。こんなことを本気で言っていたら俺もアスモデウスに殴られるどころじゃすまなくなるからな。ここでの発言は内緒というやつで頼む。敵を増やしたくはないからな」
楽しそうにグラナートはからからと笑う。
「ずっと会ってないって言う割に、お前らって結構仲いいんだな」
「…………そう、だな。仲は悪くなかった、と思う。たぶん」
少しだけ嬉しそうな顔でグラナートはそう返す。
「まぁ昔の話だ。全員が昔のように話を聞いてくれるかは分からん。だが、話をつければ必ず力になってくれるはずだ。そして、その力を借りれるようにしていて損はない」
「分かった分かった。ピスティ、この話はここまででいいな。買い物行くぞ。食料は5日分でいいんだな」
「あぁ、まぁ少し余裕を見るとしても6日分あればいいだろう。そのうち騎獣でも見繕うか。魔族領を駆けられて戦闘を恐れないとなると優しく臆病な馬では少しばかり厳しいからな。シェルムに頼んでおこう」
「マジで!?」
顔を明るくして目を輝かせるウルラートに苦笑してグラナートは頷く。
「お前の響魔は俺だし、ペルルも人を乗せられるほど育っておらんからな。本来なら響魔に乗るのがベストではあるが仕方がない。人間領には連れて行くことは許さんが、こっちにいる間だけはな」
「さっすが魔王!頼むぞ、相棒」
嬉しそうにバシバシとグラナートの背中を叩いてまだ見ぬ騎獣に大喜びしているウルラートを、ピスティが生ぬるい視線で見守っている。
「ウルよ、喜ぶのはいいがその子どものような態度はやめておけよ。勇者だろう?」
初めての立場逆転というべきか、グラナートがウルラートを呆れた目で諭す。
「勇者とかどーでもいいから、俺の騎獣はモフモフしたやつな!!」
「………どーでもいいってお前……勇者をどーでもいいって……」
肩を落として、何故か拗ねる魔王。
「なんでお前が拗ねてんの?」
「うるせー」
しょんぼりしながら完全に拗ねているグラナートは、今にも体育座りでのの字でも書き始めそうなドヨンとした雰囲気を放っている。
「なんか、心なし口調も変じゃね?」
「………そんなことはない」
はぁぁ……と大きなため息をついてグラナートが姿勢を伸ばす。
「さて、じゃあ買い物に行くぞ、ウル、ピスティ」
「えーと、じゃあとりあえず夕暮れまで買い物タイムってことで」
「だから!!願いが叶うペンダントとかまたそれ騙されかけてるから!買うな!買わせねーからな!!どんだけ人がいいんだお前!」
「なんだと!?またこれも嘘か!!」
「お客さん、そんなんで大丈夫かい?これうちの定番のジョークなんだけどねぇ……」
また、こんなやり取りがあったとかなかったとか。大量の食料と一緒に頭を抱えながらウルラートの買い物タイムは過ぎ去っていくのだった。
次はまた半年とか一年後くらいかもしれない……(´・ω・`)