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黒を被った弱者達  作者: 南波 晴夏
第3章
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93. 懐かしい空気

あっという間に午後の授業が終わり、放課後になった。終礼を終えて教室を出る時、琴ちゃんが両手を合わせてお願いのポーズをしていたので、私は小さく敬礼の真似をして笑った。そんな行動とは裏腹に、私の心臓はいつもより忙しく脈を打っていた。


呼び出すだけ、といっても、それが成功しなければ琴ちゃんは告白が出来ないわけで。そんな責任重大な役目を任されて、緊張せずにいられるわけがなかった。

やがていつもどおりに部活が始まり、井口くんの姿を見ては緊張に身が固くなるような時間がゆっくりと過ぎていった。


「あの」


部長に頼まれたテーピングを取って部室のドアを閉めた時、後ろから声をかけてきたのは黒沢くんだった。


「視聴覚室ってどこ?」


初めての会話に緊張している私のことなんて全く気にしていない様子で、黒沢くんがそう尋ねた。

その手には小さなノートとプリントがある。


「2階の真ん中にある教室だよ」


簡単に答えると、黒沢くんはプリントに何かを書き込みながら「あー、ありがと」と言って身体を翻した。

教室の場所をメモしてるってことは、校内図でも作ってるんだろうか。少しずつ離れていく背中がなんだか寂しく見えて、私は思わず声をかけていた。


「あの、よかったら案内しようか?」


頼まれたテーピングもただの補充で今すぐ必要な訳ではないらしいし、少しくらいなら大丈夫だろう。

そんなことを考えていると、振り返った黒沢くんが僅かに頬を緩めたのが分かった。


「ありがと」


不意に笑顔を向けられ、心臓が小さく跳ねる。

なんだか無愛想だと思っていた黒沢くんへの印象ががらっと変わった瞬間だった。鋭めの目を細めて控えめに微笑む黒沢くんの笑顔はなんだか可愛く見えた。


黙り込んでいる私を不思議に思ったのか、黒沢くんが軽く小首を傾げる。それを見た私はハッとして逸れた思考を振り払い、黒沢くんの隣に並んだ。


「そういえば黒沢くん、なんで校内図なんて作ってるの?」


疑問に思ったことをそのまま口にすると、黒沢くんはキョトンとした顔をした。


「なんでって……場所、分かんないから」


「でも、そんなの作んなくても友達に聞いたりして覚えればいいんじゃない?」


黒沢くんの顔を覗き込むようにして言うと、黒沢くんは「ああ」と声を漏らした。


「友達、いないし。多分これからもできない。それに、場所とか覚えたってどうせまた転校する」


「あ、そっか……」


当たり前のことのように言い放った黒沢くんの口調がどこか冷たくて、私は曖昧に返すことしか出来なかった。黒沢くん、親の仕事で転校してきたって言ってたもんな……。もしかしたら転勤族なのかも知れない。


何度も環境が変わって、その度に友達と離れ離れになってしまうなんて寂しいはずなのに、黒沢くんの割り切った態度を見てなぜだか私の方が悲しくなった。


「……ごめん、暗かった?」


控えめな声に顔を上げると、黒沢くんが困ったように笑って私の顔を覗き込んでいた。


「いや、ううん、全然! 大丈夫!」


思ったより近くにあった黒沢くんの顔に驚き、思わず身体を仰け反らせて顔の前で両手を振る。

なんだか黒沢くんの前だと緊張して変なことばかり言ってしまう。案の定黒沢くんは私の必死さを見て面白そうに笑っていた。

少しも目を細めずに、口元だけで。


黒沢くんと話せて、笑ってくれて、嬉しかったけど。

黒沢くんの笑顔は、どこか嘘くさかったのを覚えている。




* * *




「工藤ちゃんっ!」


「うわっ!?」


例の告白から数日が経ったある日の昼休み、急に後ろから飛びついて来たのは琴ちゃんだった。

琴ちゃんの告白は今のところ成功とも失敗とも言えず、井口くんからの返事待ち状態らしい。いくらなんでも引き伸ばしすぎな気もするが、想いを伝えられてすっきりしたのか琴ちゃんは対して気にしていないようだった。


「あのねあのね! 雑誌見てて思ったんだけど、工藤ちゃんってツインテールが似合うと思うの! 結ばせて! こないだのお礼に!」


いつになくハイテンションな声でそう言った琴ちゃんに、私は思わず顔をしかめていた。


「ツインテール……?」


口に出した瞬間、人気アイドルのツインテール姿が頭に浮かんだ。あざとくウインクするその顔は、自分とはあまりにかけ離れている。


「いやいやいや、似合わないよ!」


顔の前で両手を振り全力で否定するが、琴ちゃんは構わず私の髪を櫛で梳かし始めた。


「ほ、ほんとに似合わないよ?」


「もー、分かったから!……はい、完成!」


そんな声が聞こえて、今まで肩にかかっていた髪が左右に別れてふわりと揺れた。首元が少し寒くて、それでも心は温かくて。なんだか不思議な感覚だった。


「うん、いいね! かわいい!」


琴ちゃんは正面から私を見つめて満足そうに笑った。

かわいいなんて絶対にありえないけど。

でも、いつもより頭が軽くて楽だ。視界に髪が入らないことで周りもよく見える。

……これからは、ツインテールにしてみようかな。

そんなことを考えて、浮ついた心のまま結ばれた髪に触れる。


「ありがとう」


お礼を言うと、琴ちゃんは「どういたしまして」と優しく微笑んでくれた。その時、初めて自分が自然に笑っていたことに気付き、微かな期待を抱き始めた心にそっと触れた。




久しぶりに感じた心地良い空気感は、蓮と笑い合っている時のそれとよく似ていた。

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