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黒を被った弱者達  作者: 南波 晴夏
第3章
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90. 当てはまる人物

『告白とかしないの』


『……壊したくないから』



やけに真剣な声が鼓膜を揺らした。その表情は優しくて、優しすぎて、苦しみを抑え込んでいるようにも見えた。あの時、私は一番に何を思っただろう。

昨日のことなのになんだか上手く思い出せない。

……まぁ、私には遠い世界の話だろう。




* * *




夏の日差しを遮る分厚い雲。空一面に灰色が広がっていて、まだ午前中だというのにあたりは薄暗かった。

長時間揺られたバスから降りて、すぐ近くにある会場を見上げる。

今日の対戦校は履践学園(りせんがくえん)だ。偏差値も高くスポーツでも強豪の部が多いため、天才の集まる学校として知られている。


バスケでももちろん結果を残していて、白校とはよく対戦するライバル校らしい。昨日、勝ち進めば履践学園と当たることを話すと、阜は親身になって様々な情報を教えてくれた。その瞳は真剣そのもので、普段から部活のために努力している姿が窺えた。


控え室に着くと、私は荷物を置いて真っ先に阜の元へ向かった。歩く足と共に鼓動が早くなっていく。

涙を流しながらもあの頃と変わらない笑顔を浮かべる阜の姿が脳裏を過る。

昨日の出来事が、私の見ていた都合の良い夢なんかじゃないことをこの目で確認したかった。


それに、昨日高津が言っていた“阜の好きな人”に関しても、全く気になっていないと言えば嘘になる。

控え室の近くまで来ると、やけに懐かしい声が私の名前を呼んだ。


「蓮? なんでここにいるの?」


振り返ると、白いジャージを羽織った阜が不思議そうに小首を傾げていた。その姿を見て思わず安堵の息を吐く。本当に、取り戻せたんだ。


「あ〜〜のさ、阜。……ちょっと聞きたいことあるんだけど、いい?」


阜の丸い瞳が向けられ、私は慌てて目を逸らした。

誤解が解けたといっても、今までずっと女を避けて過ごして来たのだ。接し方が全く分からない。

そんな私の心情を知るはずもなく、阜は「聞きたいこと?」とオウム返しにしてこてんと首を傾げた。

直後、緊張で私の頭から話の順序が消え去る。


「阜、好きな人いるの?」


しばらくキョトンとした顔で黙り込んでいた阜の瞳が、大きく見開かれる。しまった、と思った時には遅かった。阜の顔が、火をつけたように赤く染まっていく。


「な、なんで!? どしたの、急にそんな話……」


「えっと、高津から聞いて……」


「高津くん!? 私、そんな話した覚えないけど!」


真っ赤になって喚いた阜に、思わず首を傾げる。

昨日、高津は阜の好きな人を知っているようだった。でも言われてみれば、阜から聞いたとは一言も言ってなかったな。……でも、じゃあ、誰から?

両手をうちわ代わりにして赤い頬に風を送っていた阜が、う〜んと唸ってから話し始める。


「今まで好きになった人、ひとりだけだからその人のことだと思うんだけど」


そう前置きして、阜は笑った。困ったような笑い方にどこか寂しげな雰囲気を感じる。


「告白したの、私。でも結局返事はもらえないまま、その人はいなくなっちゃったの」


「いなくなった……?」


「そう。転校しちゃった。多分、私のせいで。その人すごいお金持ちだったから、簡単に引っ越し出来るって言ってたし」


そう言った阜は呆れたように眉尻を下げて肩をすくめた。頭の中で阜の言った言葉が少しずつ整理されていく。自由に転校できて、簡単に引っ越しもできるほどの金持ち。そんな人間は滅多にいないだろう。

……でも、私はその全てに当てはまる人物をひとりだけ知っている。


『俺、雷校に来る前、白校にいたんだ』


「黒沢?」


ふと呟いた名前に、阜は目を丸くした。


「えっ……? 知ってるの? 黒沢くんのこと……」


その反応を見て、やっぱりな、と納得する。

知ってるも何も、黒沢が転入してきてからの毎日はめちゃくちゃで、一時はどうなることかと思った。

今ではすっかり部活に馴染んでいるし、高津とも和解したようだけど。


「知ってるっていうか……黒沢、雷校にいるから」


諸々の説明は省いてそれだけ言うと、阜はさらに大きく目を見開いた。その眦を見て、裂けそうだな、なんて呑気なことを思う。


「え……黒沢くん、雷校に転入したの……?」


「うん。同じクラス。……あ。あと、バスケ部のマネージャー」


ポンと手を叩いて言うと、一瞬、時間が止まったような錯覚に襲われる。そんな沈黙も束の間、みるみるうちに顔を引き攣らせていった阜が、これでもかというほど大きな声を上げた。


「えええええ!?」


開いた窓が揺れそうなほどの大声が廊下中に響き、周りにいた人たちが何事かと阜に目を向ける。


「ちょ、ちょっと阜」


私が止めるのも聞かず、阜はすごい勢いでまくしたてた。


「待って待って、じゃあ今日もここにいるってこと!? あ、高津くんは黒沢くんから聞いたのか……死にたいっ!」


叩くような勢いで顔を覆って叫ぶ阜に、私はただ苦笑いを浮かべていた。阜の言うとおり、高津は黒沢から色々聞いていたのだろう。それならそうと言ってくれれば良いのに、あんな意味深な言い方をするなんて。なんだか騙されたような気がして悔しくなる。


「まぁ、でも、そんなに気にすることでもないよね。試合でも当たらないし、控え室も遠いし、会うことなんてないよね、うん」


ぶつぶつと自分に言い聞かせるように呟く阜の声を聞いて、私の頭にひとつのアイデアが浮かぶ。


「阜!」


思わず意気込んで名前を呼ぶと、阜は泣きそうな顔を上げて「へ?」と首を傾げた。


「黒沢に、告白の返事聞きに行こう!」


両手でガッツポーズを作って言うと、阜はポカンと口を開けて目をしばたたかせた。

沈黙が続くにつれ、その頬が徐々に引き攣っていく。




「えええええええええ!?」

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