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黒を被った弱者達  作者: 南波 晴夏
第3章
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89. 壊す言葉を掻き消して

「そーなんだけどさ。結局ここでこーなったじゃん」


「だよなぁ……。でもやっぱり……」


坂上先輩たちがホワイトボードの上で磁石を動かしながら話す。俺たちは今日の試合の反省ミーティングをしていた。会場にいくつか用意されている会議室のようなこの部屋は、試合後の選手たちが代わる代わるミーティング室として利用していた。


ホワイトボードに向き合う形で白い長机と椅子が並び、壁にはぽつんと時計がかけられているだけの殺風景な部屋だ。汚れひとつなく真っ白な壁には眩しさすら感じる。

まぁ、そんな眩しさも里宮には通用しないのだが。

まだミーティング開始から10分も経っていないというのに、すぐ隣の席では里宮が小さな寝息を立てていた。本当、どこまで呑気なんだ。


「里宮」


顔を伏せて寝ている里宮の肩を揺するが、案の定反応はない。後ろの席から「もうほっといていいだろ」と五十嵐が面倒くさそうに言った。相変わらずのテキトーさに苦笑していると、唐突に里宮の肩が小さく揺れた。反射的に触れていた手を引っ込める。

ゆっくりと顔をあげた里宮は眠そうに目元を擦り、小さくあくびをしてから立ち上がった。


突然響いた椅子の音に全員が振り返る。部員たちの視線に気がついているのかいないのか、里宮はそのまま堂々と前に出て行った。


「明日の作戦」


みんなが頭上にハテナマークを浮かべる中、里宮は躊躇なく言い放った。


「明日当たるのは履践学園(りせんがくえん)。相手チームの名前を完全に覚えてパスを防ぐって戦略らしい。白校のマネが言ってた」


部員たちの戸惑いなどお構いなしに話を続ける里宮に、みんなは考えることを辞めたようで里宮の話に耳を傾けた。突然話を遮られた坂上先輩もとりあえずは里宮の話を聞こうと思ったのか黙って里宮の方を見ている。この場にいる部員たちはみんな里宮の扱いに慣れているのだ。


「だから、雷校のメンバーにしか分からないような呼び名を作る」


提案ではなくはっきりとそう宣言した里宮に、部員たちは顔を見合わせて首を傾げた。今の説明だけで里宮の言う“作戦”がどんなものなのか理解した部員はいないようだった。もちろん、俺を含めて。

そんな中、大きな笑い声と共に三神先輩が声を上げた。


「ははは! なんだそれ!じゃあ坂上の呼び名がハゲだったら“ハゲ! パス!”つってボール渡すのかよ。謎すぎんだろ」


「いや、なんで例として俺がハゲなんだよ。お前がハゲろ」


坂上先輩がすかさず突っ込みを入れ、その場にいた全員が声を上げて笑う。そんな中里宮だけが無表情のまま「じゃあ三神センパイはハゲでー」と言ったのを聞いて、みんなは更にどっと噴き出して笑った。


「はいはいはい! 色で呼ぶのってどう!? ちなみに俺オレンジがいい!」


隣の席から身を乗り出して手を上げた長野に、白い椅子がガタンと大きな音を立てる。元気よく放たれた長野の主張は、先程の里宮と同じく決定的なものだった。それに乗った五十嵐が「じゃあ俺緑〜」と片手を上げると、たちまち流れが完成する。


続けて後ろに座っていた川谷も「俺は紫かな」とにこやかに言った。困惑していた他の部員たちもすっかり乗り気になって自分の色を決めていく。

あちこちから聞こえて来る色を、里宮は正確にホワイトボードに書いていった。


勢いが弱まったのを見計らって口を開こうとすると、里宮の体がホワイトボードの横にずれ、小さな背中で隠れていた文字が姿を現した。


“高津 青”


達筆な字で書かれた自分の名前と色を見て、心臓がひとつ大きく跳ねる。里宮は、俺に確認しなくても俺の選ぶ色を知っていたのだ。

ふと目が合うと、里宮は機嫌良さそうに下手くそなウィンクを送ってきた。それに小さく笑いながらも、口パクでお礼を言っておく。やがて里宮が頷いたのを見て、俺も頷く。どうやら伝わったようだ。


「あ、そういえば里宮は?」


思い出したように長野が声を上げると、その場にいた全員の視線が里宮に集中する。うーんと唸ってから、坂上先輩がパチンと指を鳴らした。


「チーム唯一の女だし、ピンクでいんじゃね?」


それを聞いた里宮が、「別に私何でもいいけど」と言ったので、ピンクに決まった。


「よっし! じゃあ明日はこの作戦でいくぞ!」


よく通る声を張り上げた坂上先輩に、部員全員が「「おー!」」と声をあげて拳を突き上げる。

色のない部屋に、たくさんの“色”たちの笑い声が反響した。




* * *




「ミーティングの時言ってた情報って、工藤が教えてくれたのか?」


なんとなく気になって尋ねると、里宮は僅かに頬を緩めて「うん」と頷いた。

会場を出てから、同じ電車に乗った部員たちも乗り換えなどで少しずつ減っていき、最後には俺と里宮のふたりだけが残った。いつもの学校帰りと同じ状態だ。


混雑した駅のホームは慌ただしい雰囲気に包まれていたが、里宮はまるで日向ぼっこでもしているかのような顔をしていた。

工藤と仲直りできたことが余程嬉しいのだろう。


初対面、特に“女”に対しては敵意剥き出しの里宮を押し切るなんて、工藤はかなり強靭な心の持ち主なのかも知れない。それとも、何か強い想いがあったのだろうか。何度拒否されても、他の誰でもない里宮と友達になりたいと思わせるような何かが。


「〜かな。高津?」


ハッとして顔を上げると、不思議そうに首を傾げる里宮の瞳が真っ直ぐに俺を射抜いた。


「……悪い、ぼーっとしてた」


正直に言って軽く頭を下げると、里宮はあからさまに不機嫌そうな顔をして頬を膨らませた。それを見て、怒らせている身なのについかわいく思ってしまう。

元々上機嫌だったからかすぐにいつもの顔に戻った里宮は「だから」と前置きをしてから話し始めた。


「黒沢が、阜から私の話聞いたことあるって言ってて。クラスも同じだったらしいし、仲良かったのかなって」


「あぁ……」


里宮からすれば2回目なのだろう話を聞いて、俺は思考を巡らせる。どこまで親しかったかは分からないが、好きになるくらいだからある程度の関わりはあったのだろう。……でも。


『俺、工藤に告られたんだ』


理由は分からないが、あの時の鷹はどこか寂しそうに見えた。


「里宮、工藤の好きな人知ってる?」


頭に浮かんだ疑問をそのまま口にすると、里宮は目を丸くして左右に首を振った。思わず噴き出して笑うと、里宮は訝しげに眉を顰めて言った。


「なに、急に。今日初めて会ったんでしょ。もうそんな話する仲なの?」


「まぁ、気になるなら明日本人に聞いてみ」


俺も鷹から聞いただけなのだが、なんだか面白くなって意味深に言うと、里宮は唇を尖らせてぷいっとそっぽを向いてしまった。本当に怒ったわけではないと分かっていたので、俺はまた小さく笑った。


「高津はさ、告白とかしないの」


こっちを向かないまま、いつも通りの声で里宮が言った。唐突すぎる質問に心臓が止まりそうになる。

大きく深呼吸をして目を開くと、1番に目に入ったのは里宮の長い黒髪だった。


「しないな」


肩をすくめて答えると、里宮はすかさず「なんで?」と俺の瞳を覗き込んだ。まっすぐな声がチクリと心臓を刺す。里宮がこうして俺に向けてくれる信頼も、なんでも話せる関係も、“みんな”で過ごす時間も。


「……壊したくないから」


呟くように言うと、胸が締め付けられるような思いがした。里宮は少し目を丸くしたが、すぐに正面を向いて「ふぅん」とだけ言った。

やっと到着した電車がホームに駆け込んでくる。


「……好きだよ」




掻き消されたはずの言葉が、ずっと耳に残っている気がした。

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