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黒を被った弱者達  作者: 南波 晴夏
第3章
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88. 憧れの笑顔

「みんなお疲れさま〜!」


コーチのゆるい挨拶で、ハッと我に帰る。

俺と鷹は試合の最後をベンチで見届けることが出来ていた。コーチには痛みが引いたから、と説明して許しをもらった。完全に痛みが消えた訳ではなかったが、負傷した時よりは大分マシになっていた。


試合終了のブザーが鳴った直後は、実感が湧かず呆然としていた。そんな時小走りに近寄ってきた里宮に一言、「勝った」と言われた時には、全身の力が抜けたかと思った。


選手たちはみんな滝のような汗を流して無邪気に笑っていた。あの時は危なかったとか、あの時のシュートはすごかったとか、選手にしか分からない話題で盛り上がっている部員たちを離れた距離から見守る。

勝ち上がったことにほっとする反面、素直に喜べない自分もいた。


本当なら俺も、今目の前にいるみんなのように、試合に出られていたはずなのに。仕方のないことだと分かっていても、そう考えずにはいられなかった。


「高津!」


突然大きな声に呼ばれ、力の抜けていた身体が飛び上がる。慌てて振り返ると、ユニフォームの上からジャージを羽織った坂上先輩が腰に手を当てて立っていた。


「なにぼーっとしてんだよ。ミーティング行くぞ」


呆れたように笑ってそう言った先輩が出口の方を指す。釣られて目を向けると、いつの間にか部員たちの背中が扉の奥にまで遠ざかっていた。楽しげな笑い声が小さいながらもしっかりと耳に届く。

あんなに元気な部員たちの移動に気づかないなんて、俺は一体どれだけぼんやりしていたのだろう。


小さく息を吐くと、「すみません」という弱々しい声と共に自嘲気味の笑みが零れた。そのまま歩き出そうとした俺の視界に、先輩の顔が大きく映し出される。


「どうした?」


控えめな声が鼓膜を揺らす。先輩は心配そうな瞳で俺の顔を覗き込んでいた。そんなに暗い顔をしていただろうか。思わず片手で口元を覆うが、先輩の表情は変わらない。まっすぐに向けられた嘘のない瞳に、全てを見透かされているような気持ちになる。


きっと、坂上先輩には何を隠したってお見通しなのだろう。部員に何かあると、一番に駆けつけるのはいつも坂上先輩だ。一年生たちは先輩がキャプテンだからだと思っているかもしれないが、あれは先輩が2年の時から変わっていない。先輩は誰よりも仲間のことを気にかけて、大切に想っている。


「坂上! 行くぞ〜!」


少し先の廊下から大きく手を振る三神先輩の声が届くが、坂上先輩は迷うことなく「悪い、先行っててくれ!」と言い放った。

優しくて仲間思いの坂上先輩は、いつも俺の憧れだった。……だからこそ、ショックだった。


「負傷した選手は役に立たないですか?」


言ってしまってから、激しい後悔が俺を襲った。

こんな言い方、まるで先輩を責めているみたいじゃないか。訂正しようと口を開きかけた時、「なんだ、そのことか」と先輩が肩をすくめた。


「さっきはああ言うしかなかったんだよ。ごめんな。もちろん、高津には出てもらいたかった。俺も結構悩んでたんだよ。……でも、里宮が」


里宮の名前を聞いた瞬間、心臓が大きく跳ねる。

その時のことを思い出したのか、先輩は遠い目をしてふっと頬を緩めた。


「あいつが、“勝つ”って言うんだからなぁ。高津には明日の試合で頑張ってもらうことにしたんだよ。本当、あいつは生意気だよな」


呆れたように言いながら、先輩はとても嬉しそうだった。里宮の言動は、俺だけでなく先輩の心まで動かしていたのだ。本当に、敵わない。


「……そうですよね。里宮がいれば、なんか勝てる気がしますよね!」


自信満々に口角を上げる里宮を思い出し、俺は思わず笑っていた。そんな俺に、先輩はキョトンと目を丸くする。


「高津……お前、知らないのか」


唐突にそんなことを言う先輩に、何のことか分からず首を傾げると、先輩は吹き出して笑った。


「そっか、お前、知らなかったのか!」


笑いながら同じ言葉を繰り返す先輩に、俺はただ呆然としていた。何のことだかさっぱり分からない。


「いや、もちろん里宮も強いよ。だけどな、高津。雷校(うち)には、“皆”で戦うと飛び抜けて強いやつらがいんだよ。その名も、イケメンカラス!」


人差し指を立てて得意げにそう言った先輩に、俺はポカンと口を開けてしまった。思考停止した脳に少しずつ先輩の言葉が流し込まれていく。


()()()は、雷校の希望だよ」


ニッと歯を見せて笑った先輩は、俺の肩に手を置いた。


「だから、もっと強くなれよ。高津」


耳元で響いたその声に、視界が歪み始める。俺は慌てて涙を堪えた。先輩は、俺のことを見捨ててなんかいなかった。それどころか、期待してくれていたのだ。

こんな俺のことも、先輩はチームの一員として認めてくれている。……なら、俺も全力で応えたい。


大きく深呼吸をすると、いつの間にか心が軽くなっていたことに気付く。さっきまで沈んでいた気持ちが嘘みたいだ。こんな風にいつも、先輩はみんなの不安を取り除いて来たのだろうか。


「……坂上先輩は、俺の憧れです」


思ったことをそのまま口にすると、先輩は照れたように笑って前を歩き出した。


「んなこと言ってないで、早く行くぞ!」



夏の日差しに勝るほど輝いて見えた先輩の笑顔は、やっぱり俺の憧れだった。

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