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黒を被った弱者達  作者: 南波 晴夏
第3章
87/203

86. 強くなれる

会場の熱気のせいか、なんだか頭がぼんやりとしていた。観客席の後ろからコートを眺めていると、試合終了のブザーが鳴り響き、白いユニフォームの選手たちが歓声をあげた。どうやら、白校が第一試合を突破したようだ。ベンチには飛び跳ねて喜ぶ工藤の姿も見える。


『白校の試合が終わったら、東階段に里宮を連れて行く』


自分で言ったことなのに、まるでドラマの中の台詞みたいに非現実的な言葉に聞こえる。

里宮はもう東階段にいるのだろうか。そんなことを考えながら、鷹の作ったスポーツドリンクを飲んで深呼吸をする。

俺には、ただ祈ることしか出来なかった。




* * *




「高津、なんかあったん?」


顔をあげると、人懐っこい瞳で俺の顔を覗き込む長野と目が合った。


「え? いや、別に……」


ないとは言えないが……。

曖昧に言葉を濁すと、長野は「そうか?」と首を傾げた。普段は鈍感な長野だが、こういう時はやけに鋭い。隠しているわけでもないが、里宮の許可なく勝手に色々話すのは良くないだろう。それに里宮は、みんなにもちゃんと自分の口で話してくれるはずだ。


「そういえば里宮は?」


控え室を見回しながらそう言った長野に、五十嵐が「さぁ」と短く答えた。


「ま、そのうち来るだろ」


小さくあくびをした五十嵐がそう付け足し、川谷が「そんなテキトーでいいのかよ」と呆れ笑いを浮かべる。そんな会話を聞きながら、俺はただ黙って控え室のドアを見つめていた。そこから何食わぬ顔で里宮が現れてくれることを祈りながら。


「そろそろ移動するぞー」


やがて坂上先輩が声をかけ、部員たちがぞろぞろと控え室から出て行った。みんなの後ろ姿を見送っても、里宮が戻ってくる気配はない。ゆっくりと深呼吸をし、俺は左手首のリストバンドを強く握った。


里宮は、きっと大丈夫だ。今はそう信じるしかない。

心の中でそう唱えながら控え室を後にし、階段を下りようとした時、視界の端に小さな影が映った。

反射的に振り返ると、遠くの廊下から予想通りの人物が小走りに駆け寄って来るのが見えた。


「里宮……!」


ポニーテールに結ばれた髪を揺らしながら駆けて来る里宮は、……泣いていなかった。


「遅れてごめん。……阜に、会いに行ってた」


「あぁ。鷹から聞いてたよ」


安堵の息を吐きながら言うと、里宮は「だろうと思った」と呆れたように肩をすくめた。


「やっと、阜と向き合えた。……私、阜を信じるよ」


気だるそうな瞳を微かに細めて、里宮は笑った。

心からの安心が伝わってくる。いつもよりテンションが高い里宮は、なんだか幼い少女のように見えた。


「高津、ありがと」


穏やかに微笑んでそう言った里宮に、心臓が大きく跳ねる。その笑顔がやけに眩しくて、俺は咄嗟に目を逸らした。


「別に、俺は……何もしてないだろ」


口に出して思い出す。

……そうだ。俺は、何もしていない。

里宮に嫌われたくなくて、里宮が一番不安な時に何もしてやれなかった。

黙り込んでいると、里宮は小さく息を吐いて言った。


「高津は、きっと応援してくれてるって信じてたよ。私にも、もうできるようになったから。“信じる”ってこと。それに」


一度言葉を切った里宮は、歩いていた足を止めて俺の瞳を一直線に射抜いた。その眦が悪戯に緩む。


「高津がいるだけで、強くなれるんだ」


少し弾んだ高い声が鼓膜を揺らす。

たった数分前まで全身を支配していた暗い感情が泡のように消えていく。気を抜いたら涙が出てしまいそうだった。必要とされていることが、心から嬉しかったのだ。こんな俺でも、里宮は信じてくれている。

それだけで胸の中心にじわじわと温かさが広がっていった。


やがて歩き出した里宮の背中で、高く結ばれた黒髪が踊る。やっぱり里宮は俺にとって、いくつもの意味で大切な存在なんだ。


「どしたの、高津。行くよ」


「うん。……勝とうな」


「あたりまえ。勝つよ!」


小さなガッツポーズを作って笑う里宮に、俺も思わず声を上げて笑っていた。




* * *




数分前まで遠くから眺めていたコートが目の前にある。今日俺たちが戦うのは葵山高校だった。

葵山高校は、強い、というか凶暴なチームらしい。

選手は皆体格が良く、平均身長は184センチだとか。

全て鷹が調べた情報だった。


「葵山高校は力強い感じがあるからね。大丈夫だろうけど、怪我には充分注意するように!」


コーチの言葉に、全体の空気が引き締まるのを感じた。ベンチにいる後輩たちは不安そうな顔をしている。向こう側のベンチに目を向けると、情報通りガタイの良い選手たちがミーティングをしているのが見えた。コーチの“力強い”という表現にも納得できる。


その時、いきなり飛びついてきた人影に思わず「うおっ」と声をあげてのけぞる。


「長野?」


俺のユニフォームに顔を埋めているが、特徴的すぎるちょんまげですぐに分かった。


「どうした?」


声をかけると、長野は勢いよく顔を上げた。


「さっきトイレで葵山の選手に会ったんだけど、ちょーガン飛ばされた! なにあいつら怖ぇんだけど!」


尻尾を巻いた犬のような表情で喚く長野に、俺は思わず安堵の息を吐いていた。“体当たり”なんて聞いた後だから、さっそく怪我でもさせられたのかと思ったのだ。長野は相変わらず青い顔をしているが、俺は自然とやる気になっていた。


誰が相手であろうと、負ける訳にはいかない。

今日負けてしまえば、先輩たちは引退なのだ。


『みんなで勝ちに行くぞ!』


部員たちに笑顔で声をかける坂上先輩の姿が脳裏を過ぎる。……俺はまだ、先輩たちとバスケがしたい。




「これから、雷門対葵山の試合を始めます!」


「「お願いします!」」

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